八十里越え縦走   登山月日 2007.06.10

※※※写真で綴る八十里越え※※※

 6回目の縦走となった。長い文章はちょっと飽きてしまったので、今回は《写真で綴る八十里越え》をお送りします。
 今回の参加者はとても健脚ぞろいの面々、10時間に及ぶ縦走も余裕をもって踏破した。山菜も沢山採れました。

吉ケ平山荘前で記念撮影(R会グループ) 災害でダメージを受けた道路も復旧し吉ケ平まで車で入れるようになりました。
吉ケ平山荘前で記念撮影(A氏グループ) 東京からわざわざ来られたかたもいます。
山荘から出発し橋を渡ってすぐ左に水準点あり。
ここで道は左右に分かれ、左は番屋山、右に進みます。
「ほこらば」と読みますが字がちょっと違うね!
道は深い草で覆われていて、初めて来た時は迷いそう。
石積みを発見!沢を渡る時の橋の補強だったもよう。
椿尾根に来てようやく休憩。風がないので蒸し暑い。
椿尾根
雪崩と水害で年々崩壊し、道はありません。地元の人がこの日のためにロープを設置してくれた。感謝。感謝。
足場は悪い。沢は深い。慎重な行動が必要です。
山の神に到着しました。ここから急な斜面の登りになります。山道になり旧道は辿れません。
ようやく番屋乗越に到着です。
番屋乗越。河井継之助が「八十里腰抜け武士の越す峠」と詠んだ。
番屋乗越から急斜面のトラバースとなります。雪崩で毎年ルートがなくなります。
少し良い道になると左眼下に大谷ダムからの道路が見えます。
火薬跡。岩に無数の穴が開いていました。
ブナ沢へ向かう。この辺りがこの縦走路のハイライト、見事なブナ林が広がります。
2本目の沢を渡るとブナ沢の杭あり。
またまた石積がみられました。
高倉宮以仁王が住んでいた御所平。空堀は要塞跡。大正末期まで営業していた空堀小屋跡です。
ブナの大木があちこちにあります。
ここで大谷ダムからの道と合流します。
桜の窟
殿様清水。岩の間から冷たい清水がこんこんと湧き出ています。
緑一色、山菜も豊富。ウドが沢山。
ここはいつも遅くまで雪が残るところですが、今年はずっと少なめ。
八十里越えで一番標高が高い峠、鞍掛峠に着きました。。
少し休憩してから出発。
ブナ林の中に水準点を発見。
目だった花はあまりないが、オオイワカガミが僅かに。
右側に黒姫が大きく見えます。
小松横手。ここに来ると前方に浅草岳が大きく見えてきます。「富士を見ぬ人に見せばや陸奥の浅草の山の雪のあけぼの」と以仁王は詠んだ。
オオバキスミレも咲いています。
この辺は見事なブナ林が広がります。
道幅も広くなります。
いよいよ田代平に到着です。
ミツガシワが咲いています。さあ、お昼だ!冷えたビールがうまい!
【宴会は、ちょっとお見苦しいので割愛させていただきます。】
お昼を食べている間、天候が回復して周りの景色が鮮明になってきました。黒姫と袴腰
さて、楽しい宴会が終わり、出発です。昨年はここは一面の雪の原でした。
林道から分かれ先へ進みます。
また石積発見。沢には必ずこのような補強が見られます。
3つ目の水準点発見。ほとんどの人は知らずに通り過ぎていました。
木の根峠。(八十里峠)ここが新潟県と福島県の境。新潟県側には「田代小屋」、福島県側には「木の根小屋」があり旅人で賑わった。ここから江戸時代に開かれた「古道」、明治14年完成の「中道」、明治27年完成の「新道」に分かれます。古道と中道は現在は廃道になりたどることはできません。
雪消えが遅かったのか、ミズバショウが見頃。
年々沢が削られて深くなり、沢のトラバースには苦労させられます。3年前は8時間半で縦走したのに体力も落ちました。
松ヶ崎。次第に雲行きが怪しくなり、大雨が降ってきました。傘を差したり、雨具を着たり、足元はぬかるみ田んぼの中を歩いているよう。
へつりでは慎重な行動が必要です。
「これから2時間雨の中ひたすら歩きました」
16時25分終点「大麻平」に到着。お疲れ様でした。
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