アイガー登頂 3970m 登頂年月日 2005.07.22

【7月21日】  今日からいよいよ今回のメイン、アイガー登頂だ。今朝は少々小雨が降った。
昨日、メンヒの帰りに今日の待ち合わせ時間をレンチと決めた。「午後3:30にアイスメーア駅で」と言われたが、何だか遅い気がして、午後2:30にしてもらった。
13:02 グリンデルワルト発の登山電車に乗り、クライネシャイデックで乗り換え、アイスメーアで降り、昨日のガイド、レンチ・ウルス(36歳)と若いモーザン・ファビアン(25歳)と落ち合い、レンチと私、モーザンと渡辺さんでアンザイレンする。
 鉄の扉を開け、暗い洞窟のようなトンネルを進んで、出口近くになると足元がつるつるに凍っていたので、手すりにつかまりながら慎重に下る。
 トンネルを出てからアイガー南壁の下の氷河の上部をトラバースして進む。私達の前に新しい足跡があった。
 30分程行くと岩壁に突き当たり、ここを登るのだという。
最初から容赦なく岩登り、先が思いやられる・・・

 最初にレンチが登り、そのあとをギアを回収しながら私が続いた。もたついていると、下から渡辺さんが「右」とか「左」とか指示してくれる。経験豊富な渡辺さんは何の問題もなくモーザンとスムーズに登ってくる。さすがだ。
 レンチが「rightって日本語で何て言うんだい?」と聞くから「みぎ」、「じゃ、leftは?」、「ひだり」。その他に「ちょっとまって」などを、すばやく覚えてその後の指示に頻繁に使い出した。もし今度、ガイドがそれらを言うのを聞いたら、私たちが教えたと思ってよい。
 岩登りが終わると岩稜のトラバースが延々と続く。たまに踏み跡のようなものも認められるが、ほとんど気の抜けないトラバースだ。辺りはガスッて視界は50m位だが、足元は深く氷河に落ち込んでいるのが分かった。
 途中で岩場が切れていて、確保してもらいながら10m程溝の下部に降りて越し、また水平にトラバースする。
 ようやく前方のガスの中にミッテルレギヒュッテ(標高3355m)が見えてきた。
 標高差100m位の急なガレ場をジグザグに慎重に上り詰めると、木の香も新しいヒュッテに到着した。「槙有恒」が建てたこのヒュッテは2001年に現在の新しいヒュッテに生まれ変わっていた。夜になると、東山稜の稜線上のこのヒュッテの明かりが、グリンデルワルド村からよく見えた。
ミッテルレギヒュッテ(細い稜線にバランスを保って建っている。両側の金網の通路の下は空中だ。)

コースタイム  アイスメーア駅発14:40−ミッテルレギヒュッテ着16:10
 
我々の着いた後、4人の日本人が氷河の方から上がって来た。アイスメーアからの新しい踏み跡はこの人達のものだった。途中から我々は南壁伝いに来たが、彼らは氷河伝いに来たとのこと。2時間以上かかったことになる。残念ながらアイガー山頂方面はガスッて見えない。
 この日の宿泊はガイドも含めて14人、女性は私と渡辺さんだけ。英語とドイツ語と日本語の混じった賑やかな夜となった。小屋番の若い2人の女の子も陽気で楽しかった。レンチとは大の仲良し。
 ちなみに今夜の夕食は、
 ◎ クノールスープのようなスープ
 ◎ パン
 ◎ レタスとキュウリとヒマワリの種のサラダ
 ◎ 牛ひき肉とポテトのクリームチーズ焼
 ◎ 果物とポッポヤキのようなもののチョコレートソースかけ(ティラミス)
であった。どれもこれもとても美味しかった。でもモーザンがひき肉とポテトの料理を私の皿に大量に盛りすぎて、それでも一生懸命食べていたら、優しいレンチが「無理しなくていいよ」と言ってくれた。多分ガイド達より沢山食べたかもしれない。だから太るのよねー 反省!
【7月22日】  夜は暖かく良く眠れた。
 明け方外に出てみた。
 満月がこうこうと光ってガスはすっかり上がり、周りの山のシルエットが鮮明に見えた。眼下にグリンデルワルドの街明かりが美しかった。
 しめた!今日は最高のお天気だぞ!何て運がいいんだろう。
ヒュッテのベッド(3段になっていて8人ずつ寝られる)
 
 5:00に朝食ということだったのでベットにいたら「レイコ、早く起きて支度をしろ」とレンチに促される。
 朝食はパンとジャムとジュースとコーヒー。日本人だからやっぱりおにぎりが食べたい。でも、ガマン。
 5:20 「アイゼンはちゃんと持ったかい?」 ハーネス、ヘルメットを着けピッケルを持ってレンチとアンザイレンして出発。緊張している私を察して深呼吸をしてみせる。
 小屋からいきなりナイフエッジの岩稜帯、落ちれば確実に天国行き(この稜線は全部そうだ)。バランスをとりながら慎重に進む。
 小さな岩稜を登ってクライムダウンすると、前方のメンヒ(4099m)に朝日が当たり輝き始めた。写真を撮らせてもらう。
       
朝日に輝くメンヒ(4099m) 御来光
 
 小さなピークをスタカットで進む。後ろを振り返ると、既にミッテルレギヒュッテは小さくなり、まるでナイフの刃のような稜線が望め、自分が歩いて来たなんて信じられない。
 ガイドは、手品のように手際よくザイル操作をして、ビレイ、クライムダウンをこなす。
ナイフの刃のような稜線。日本の山のように鎖も梯子も手すりも無い。
 
 前方に朝日を浴びて立ちはだかっている垂直に近い岩壁に太いフィックスロープが下がっている。ガイドは両手でフィックスロープをつかんで登れと言う。その通りにしたら、上部に着く頃には腕がおかしくなった。このロープは太すぎて、滑り止めもなく、手の小さい日本女性には非常に扱いにくい。
垂直に近い岩壁  華麗な登りを見せるレンチ
 
 この岩壁を登り終えると、ロープを思いっきり引いて勢いをつけて上がらなければならないオーバーハングした岩壁になった。でも先ほど腕の力を使いすぎたため、腕に力が入らず、なかなか上がれなかった。見かねた後ろのモーザンがおしりを押してくれてようやく這い上がることができた。重くてゴメンネ!
 しかし、前方には巨大な岩壁がこれでもか、これでもか、と言わんばかりに聳え立っている。グロッサーテュルムだろうか。ほぼ垂直。嫌なフィックスロープも下がっている。
「ここから長いフィックスロープが続くよ」とレンチが言う。後ろからモーザンが時々ルートの指示をしてくれて助かる。
大ジャンダルム(小屋から見えるのはこのピークか?) 岩壁を登る(渡辺さん撮影)
 
 レンチは両手でロープをつかんで登れというが、太すぎてとても無理なので片方の手でロープをつかみ、片方は岩をつかんで登った。大きな登りの他に小さなアップダウンがいくつもあり、空中をまたぐように岩から岩へ移らなければならない所もあった。その全てが気を許すことのできない危険地帯。それに少しでも立ち止まると「キープ ゴーイング!」と急かす。休憩は殆ど無く、ガイドがザイル操作している間に休めるかと思えば、手際が良すぎてその暇もない。彼らの動作は全てにおいて素早い。
登ってきた稜線を振り返る。もう絶対に戻れない。
 
 やがて雪稜になったのでアイゼンをつける。昨年買ったシャルレの12Pはとても気に入っている。
どちらかというと、やっぱり岩より雪のほうがホッとする。ゆるい登りになってようやく山頂に着いた。「コングラチュレイションズ!」「サンキュウ!」レンチと喜びの握手。そして、渡辺さんと写真を取り合った。8000mを5座も登っている渡辺さんにとって、この山は多分易しい山だったに違いない。山頂は風が強く狭いので、少し先で休憩した。
アイガー山頂に無事到着。 足元を見ると垂直(アイガー北壁)

山頂にてガイドのレンチと

アイガー山頂からのメンヒとユングフラウ(右奥) 絶景が広がる。でも登っている時は景色を楽しむ余裕などない。
 
 さて、山頂に着いたからといって喜んでいられない。これから先、ここまでと同じようなゴジラの背がまだまだ続くのだ。
 遥か下方に続くナイフエッジの稜線にどうやって行くのだろうと心配になるほど険しい。二人のガイドが協力して50mザイルをいっぱいいっぱい伸ばしてクライムダウン。レンチはザイルを送るタイミングが非常に上手い。おかげで脇に振られる事もなく無事着地。クライムダウンは4.5回あった。「あなた達のチームワークは最高ね!」と言ったらニッコリ。
 下るばかりでない。ビレイして登る場所も次から次へと容赦なく現れる。いったいいつまで続くんだろう。もう体力は限界。それでも「キープ ゴーイング!」と言って休ませてくれない。
 ようやく岩稜帯が終わり、メンヒとのコルへ続く長いナイフエッジの雪稜に出た。レンチは「ここから200mは特に危険だ。谷は深いし気を付けろ」と言う。今までのほうがずっと危険だったのに・・・と思ったが、彼らにとって支点の取れる岩場より、支点の取れない雪稜のほうが注意が必要ということらしい。傾斜のあるトラバースをアイゼンを利かせて慎重に通った。
 そして広大な雪原。クレバスに備えて4人でアンザイレンするため、今のザイルを外してくれたモーザンが「バイ バーイ」なんて冗談を言う。
 ザイルを目いっぱい伸ばして、レンチを先頭に、渡辺さん、私、モーザンの順にアンザイレンして進む。途中に2箇所深いクレバスが現れて、思いっきり飛んだ。
 急な斜面は皆でおしりで滑る。足元はズボズボ潜って歩き辛い。
 メンヒヨッホヒュッテ前までの最後の登りが本当に辛かった。もう重い足を引きずるように最後の力を振り絞った。
 一般観光客のいるヒュッテ前でようやく長かった緊張から解放された。レンチとモーザンにお礼を言い、ここでお別れした。

コースタイム ミッテルレギヒュッテ5:20発ーアイガー山頂9:40〜10:00−メンヒヨッホヒュッテ前14:00着
【最後に】  
 指は岩で傷つき、足も、打ち身や傷で無残な状態。それに比べ渡辺さんの体力と技術には脱帽。やっぱり世界の渡辺さんだ。今回、最高のパートナーを得て、それに素晴らしいガイドにも恵まれ、天気にも味方してもらい、すべてに恵まれたアイガー東山稜登頂だった。
 日本山岳会の100周年の企画がなかったら、多分、永久に登ることはなかったであろうアイガー。でも、こうして機会を与えていただいて登ることができた。感謝している。尾根歩きに甘んじているわが身と比較して、渡辺さんの超人的なバイタリティーには敬服するばかり。本当に有難うございました。
アイガー山頂からの絶景(左のピークがユングフラウ、その右奥にモンブランが見えた)(渡辺さん撮影)
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