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記憶の痕跡(5)


■     ■



ノブが回る音。

どれくらいこうしていたのかと、其の瞬間に思った。

「あれ?岩田君は」

速水が立っている。

「もう復活してかえっちゃった?
 謝ろうと思ってたんだけど」
 
遠坂は布団の脇に座り込んだまま、顔を上げた。
そして、義務のように応じる。
「…岩田君は目が覚めて、出て行ったみたいです。」

それだけ言って、また俯く。

「そうなんだ。…遠坂君も具合が悪いの?顔色が悪いけど」

「…いえ。少し、疲れたみたいで、休んでいました。
 もう…大丈夫です。」
 
そう?と速水は首を傾げる。
何事か考えをめぐらせて、ふっと、遠坂を見た。

「あ、遠坂君」

「…はい?」

「口紅ついてる」

「!!!」

ぎょっとして遠坂は口を押さえる。

それを見て、速水はいたずらっぽく笑った。

「あはは、嘘。驚いた?」

「う…そ」

呆然とする遠坂をよそに、速水は調子悪いなら早く家に帰りなよ、とだけ声を掛けてその場を後にした。

そのまま固まっていた遠坂は、唇に当てていた手を広げてみる。なにもない…、なにもない。
慌てて手鏡を出す、なにもない…、ない。ない。

…まさか、見られてませんよね、まさか気づかれてませんよね。
口紅ったって女性のとかそういう方向で、からかわれたんですよね…


遠坂は改めて、人生について考えなければならないような気がした。




2002/03/19/BXB



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