<漫才>携帯のある風景



「さっき電車に乗ってたら、驚いてさ」

「どうしたの」

「席にすわって、何気なくあたりを見回したら、周囲のすわってる乗客が全員、携帯電話をいじってるんだよ」

「携帯電話を?」

「そう。メールを打ったり、ゲームをしてたり、携帯サイトを見てたり」

「いろいろだねぇ」

「僕の隣りにすわってた人なんて、携帯見ながらブルブルブルブルふるえてて」

「寒かったのかね」

「不思議に思って、横からのぞいたら、マナーモードでバイブ機能が作動してて、体も一緒にブルブルブルって」

「そんなに強いんだ」

「そしたらその人、みるみる痩せてっちゃってね」

「ダイエットのベルトか! どんだけ強烈なバイブなんだ」

「驚いていたら、今度は向かいの席の方から、いきなり音楽が聴こえて来てね」

「携帯の着メロだ」

――(A、曲のメロディーの一節を口ずさむ)

「うん」

「次に、その2つ隣りの席から…」(同じ曲、続きの一節を口ずさむ)

「なんでつながってるんだよ」

「そしたら真ん中にいた男が、立ち上がって歌いだしちゃって」

「参加したくなっちゃったんだ」

「途端に、端っこの方の席の携帯が『カーン!』って鳴ってさ」

「のど自慢か! だいたい『カーン!』なんて着メロがあるのかよ」

「そうかと思えば、ななめ横にすわってた女子高生の携帯に電話があって、
 友達なんだろうね、その女子高生が普通にしゃべりだしちゃってさ」

「あー、マナーがなってないね」

「隣りの大学生風の男がジロッと睨んで注意してたよ。『車内で電話したら、他の乗客に迷惑だろ』って」

「偉いじゃない」

「それが偉くないの。そいつはそいつで、携帯のゲームに熱中して、『おー、わー、ぎゃー』ってうるさいうるさい」

「自分も迷惑なんだ」

「そしたら今度は、その隣りのサラリーマンが注意してたよ。『車内で大声で騒いで、他の乗客に迷惑だろ』って」

「ほぅ」

「でもそいつはそいつで、ワンセグでドラマチックな映画でも見てたんだね。
 車内に響き渡るような大声で『うわーんうわーん』って号泣してて、うるさいうるさい」

「迷惑っていうか、何なんだそいつは」

「そしたらさらに」

「まだあるのかよ」

「今度は、その隣りのお婆さんがサラリーマンの方を見て、
 『あなた、横でワーワー泣かれたら、ごはんがまずいでしょ!』って、おにぎりを食べてた」

「…携帯どこ行っちゃったんだよ!」

「まぁそんなわけで、今は日本中どこへ行っても、おにぎりブームですが」

「携帯だろ!」

「最近は、携帯って誰でも持ってますね」

「ホント、お年寄りから子供まで持ってますからね」

「犬まで持ってますからね」

「それはCMだけ!」

「知ってる? 最近は初対面の人としゃべってて、会話のキッカケで、
 『携帯はどこの会社のをお使いですか?』なんて聞くんだよ」

「へぇー、携帯でキッカケを作るんだ」

「ちょっと聞いてみてくれる?」

「いいよ、えー、『あなた携帯はどこの会社のをお使いですか?』」

「フクスケです」

「作ってないよ! もう一度聞くから。『携帯はどこのをお使いですか?』」

(無言)

「『携帯はどこのをお使いですか?』」

「黙秘します」

「会話にならないじゃないか!」

「でも、携帯って今でこそコンパクトサイズになりましたけど、
 昔出始めた頃って、大きくて重くて、ショルダーバッグみたいだったんですよ」

「大きかったよね」

「それでいて、『俺は携帯を持ってる一流ビジネスマンだ!』なんて、肩で風切って歩いてるやつがいて」

「昔はいたね」

「中には肩で風切らないで、肩を脱臼しちゃうやつなんかがいて」

「それはいない」

「あと、まだそんなに携帯が普及してない頃は、
 町の中をしゃべりながら歩いてると、向こうから歩いてくる人に警戒されたりしたもんですね」

「まるで独り言をしゃべりながら歩いてる怪しい人だもんね」

「私も一度、携帯でしゃべりながら夜道を歩いてたら、向こうから来た女性に『キャーッ!』って驚かれたことがあって」

「ああ、怪しまれちゃったんだね」

「まぁ、たまたまその時、ズボンをはいてなかったんですがね」

「怪しすぎだよ!」

「それにしても、今、携帯があればできないことは無いですからね」

「ホントですよ。写真は撮れる、モバイルでインターネットはできる、ワンセグを使えばTVも見られる、
 さらにスマートフォンで音楽も読書もアプリも楽しめる、っていう」

「いろんなことができますから、忙しくて、電話に使うヒマが無いぐらいです」

「使うよ!」

「そのうち、もっといろんなことができるようになるんじゃないですか?」

「そうかもね」

「それこそ、会社ひとつ分の機能を内蔵した超高性能の携帯が誕生する時代が来ます」

「すごいな」

「あんまり機能を詰め込みすぎて、大きさがショルダーバッグぐらいになっちゃって」

「時代が逆行してるなぁ」

「じゃあ、今からあなたがどれぐらい現代の携帯社会に順応しているか、ちょっとテストするから」

「テストって?」

「私がこれから、携帯に関係あるジェスチャーをしますから、
 あなたは私がどういうシチュエーションの人を演じているかを当ててください」

「携帯に関係あるジェスチャーですね。わかりました」

「では第1問」

――(A、片手を顔付近に当てながら、笑顔でペコペコおじぎをする仕草)

「わかった、『出先で得意先に電話を入れている営業マン』?」

「正解。今のは小手調べ。では第2問」

――(A、片手をななめ前方に高く上げて、あっちこっち向ける仕草)

「わかった、『電波が届きにくい部屋の中で、電波状況のいい場所を探してる人』?」

「正解。今はいませんけどね。ここからはちょっと難しくなるから。では第3問」

――(A、すわっている姿勢→体を大きくななめに傾けつつ、顔を手で覆ってしゃべる仕草)

「えーと、『携帯禁止のお店のカウンターで携帯が鳴っちゃって、周囲に遠慮しながらヒソヒソしゃべってる人』?」

「正解。そんなに気を遣うなら、いっぺん店から出ればいいのにね。では第4問」

――(A、ゆったりすわっている姿勢→突然ビクッとして持った物を落とす→周囲を気にしながら地面に落ちた物を大急ぎで拾う仕草)

「えーと、わかった、
 『映画館で突然携帯が鳴って、あわてて切ろうとしたら、持っていたポップコーンをひっくり返しちゃったおじさん』?」

「正解。よくわかりましたね。次も難しいぞ。第5問」

――(A、立ったままキョロキョロする→固定電話の番号を押す→振り返る仕草)

「えっ? それ、携帯じゃなくて家の電話だよね?
 プッシュホンを押して、振り返って…。あっわかった、
 『部屋の中で携帯を無くしたので、家の電話で自分の携帯に電話してみて、発見した瞬間』?」

「大正解! すごいですね。あなた、携帯ジェスチャーのプロですね」

「そんなプロあるのかよ」

「では、これが最後の問題。これがわかれば、あなた携帯ジェスチャー師範代の資格がもらえます」

「別にいらないけど」

――(A、正面を向いて土下座する仕草)

「それだけ? えーと、わかった、
 『携帯のちっちゃい部品がはずれたので、大慌てで這いつくばって探してる人』?」

「不正解」

「ああ、じゃあ『会社から支給された携帯をうっかり無くして、上司に謝罪しているサラリーマン』?」

「不正解」

「違う? じゃあ『携帯で連絡を取りながらデートの待ち合わせに遅刻して、彼女に土下座してる彼氏』?」

「不正解」

「うーん、わかんない。降参。正解は?」

「正解は、『メールの顔文字』でした」

「ジェスチャーじゃないだろ!」



  <完>



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