家康と国府宮の柿

 <登場人物>
   ・ご隠居

   ・八五郎
   ・マスター



――(マクラ)

『家康と国府宮の柿』という馬鹿馬鹿しい名古屋弁落語でございまして…



八五郎「こんちはー」

ご隠居「おー八ちゃんか、よぉーござらったなー。まぁこっち入りゃーて」

「ご隠居、今日も名古屋弁が濃いですねぇ。私ら若い名古屋人はそんな言葉使いませんよ」

「ええぎゃーええぎゃー、気にせんと。ほんで、今日は何の用だて?」

「ええ、実は昨日、稲沢の国府宮に行ってきまして」

ご隠居「国府宮? おー知っとるわ、はだか祭の国府宮だぎゃー」

「そこで聞いたんですけど、ご隠居は『家康と国府宮の柿』の話、ご存知ですか?」

ご隠居「なんて? 『家康と国府宮の柿』の話?」

「そうです。私は初耳だったんですがね。
 ご隠居はこの界隈一の物知りですから、ひょっとしたらご存知なんじゃないかと思いまして…」

ご隠居「あー、もちろん知っとるて! 知っとるに決まっとるぎゃー。なめとったらかんて!
 家康っちゅうたら、おみゃー、徳川家康だぎゃー」

「まぁそうですね」

ご隠居「だーろぉ? つまりアレだぎゃ、徳川家康が柿食ったって話だわな?」

「まぁそうなんですけど……ご隠居、知りませんよね?」

ご隠居「あかんわ、ワシそん時ゃたまたま病気で、家で寝とったでかん」

「学校の授業じゃないんですから。
 なんでも、今から400年余り前、関ヶ原へ三万人の兵を率いて向かう徳川家康軍が、
 途中、宿屋町のあった稲沢で休憩をしたんだそうですよ。
 そこに国府宮神社の宮司が、差し入れを持って挨拶に現れたんですって」

ご隠居「おーおー、それなら知っとる!
 お茶を持って来て『家康さん、国府宮では、こう飲みゃー!』って言ったんだろー? ぐわはははっ。
 とろくしゃー駄洒落こいとるわ!」

「言いませんよそんなこと。
 宮司さんが差し入れに持って来たのは柿の枝で、その枝には大きく生(な)った柿の実が三つ、付いていたんだそうです。
 『家康様、この柿をお召し上がりになって、英気をお養いくださいまし』と宮司が献上すると、
 これを見た家康、いきなり手を叩いて大喜びして…」

ご隠居「何だ? 懸賞が当たったか?」

「ちょっと黙っててもらえませんか。話が進まないんで。
 家康は『なに、枝に三つ生った柿を食えと? すなわち『三成を食え』とは、こりゃ縁起がよいわ!』と大いに喜んで、
 三つの柿をペロリと平らげ、意気揚々と稲沢を後にしたんだそうです。
 そのあと出向いた慶長五年九月十五日の関ヶ原の戦いでは、家康率いる東軍が三成率いる西軍に圧勝して、
 わずか一日で決着したわけです」

ご隠居「……その話、気にいらん」

「え? どうしてですかご隠居? 面白いエピソードじゃありませんか。ひょっとしたら戦の途中に稲沢で食べた三
つの柿が、勝負の辻占になっていたかもしれないんですよ?」

ご隠居「そぉやないわ。三つ生った柿を食って『三成を食う』っちゅうんで手をたたいて喜んだのなら、さっきのワシの『
国府宮では、こう飲みゃー』がなんであかんのだ!」

「そこですか」

ご隠居「でもまぁ、家康も地元の偉ゃーさんだけあって、なかなか頓智が効いとるぎゃー。
 おもれぇネタ持っとらっせるわ。さすが、オレの先祖だけある」

「ウソばっかり」

ご隠居「あーっ、あかんあかん、忘れとった。これからよー、銀行行って金おろしてこないかんかった。
 八ちゃん、帰ってまえん?」

「いきなりですね。わかりましたよ」

ご隠居「お茶も出さんと悪いねー。お茶は自分ちで、こう飲みゃー! ぐわはははっ」

「何のシャレにもなってませんよ」



ご隠居「いやー、八ちゃんからどえりゃーおもれぇ話聞いてまった。
 ワシも忘れんうちに、どっかで喋って自慢したらないかん! 誰がええかなー。

 うーん、通りに誰も歩いとれせんで、だーれも声かけられぇせんなー。ちゅーか、クルマ運転しとるで声かけられぇせんぎゃー。
 ちょぉ出かける時はいっつもクルマ乗るで、習慣でハンドル握ってまったけど、失敗だったなー。
 しゃーない、こっから大通りに出て、バイパス乗って、橋渡って、モールの手前のコメダ珈琲行くか。
 よっしゃ着いた。おーいマスター!」

マスター「いらっしゃーい。なんだね、ご隠居、今日で5日連続だがー」

ご隠居「ぐわはははっ、日課だわ。日課。明日からこの店で寝んとかんわ! なぁ聞いとる?」

「今ちょー立て込んどるで」

ご隠居「ほんなことよりよー、ワシ昨日稲沢行ってよー」

「ほんだで5日ずっと来とるて」

ご隠居「あれ? この店、稲沢だったか? まーええわ。聞いとる?」

「ちょー、後にしてまえん?」

ご隠居「ああ、聞いとらんか。なら、勝手にちゃちゃっと話すわ。
 稲沢の国府宮に家康がござらって、宮司さんが柿を三つ持ってみえて、『これでみっつなりだで、関ヶ原は勝てるわ』ちゅーて、
 お茶はこう飲みゃー! ぐわはははっ。ほいじゃまた!」

「なんだ今のは?」



ご隠居「おかしいなー。ちゃんと喋ったのに、ワシが喋ると、いっこも聞いてくれぇせん。一体どうなっとるんだ。
 おーい八ちゃん!」

「わっ、ご隠居どうしました?」

ご隠居「おみゃー、さっきの家康の話、ワシも喋ったのに、いっこも聞いてくれぇせんぎゃー! どうなっとんだ?」

「さっきの話、よそで喋ったんですか。それで聞いてもらえなかったと? おかしいですね、どんな風に話したんですか?
 コメダのマスターに? ふんふん。『柿を三つ持って来た』?
 あー、持って来ただけじゃダメなんですよ。枝に生った柿じゃないと、三成のシャレになりません」

ご隠居「そうか、ほんだで聞いてもらえんかったんか!
 ははぁ、そりゃマスターもワシの話が、木に生らん(気にならん)わけだ」



  <完>



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