はじめて物語
<登場人物>
・博士・吉岡
・助手・山本
・焼き鳥屋の主人
・焼き鳥屋の客
※演者、締め太鼓とばちを持って登場
――(マクラ)
『はじめて物語』という題でございまして……
本来でしたら、このような楽器は下座に置かれているものですが、
この落語は本邦初、演者自らが、噺のさなかに太鼓を使う場面があるという、
一大実験落語でございます。
どうぞそのおつもりで、お付き合い願っておきます……。
――(とある研究室)
助手「博士、長年の研究の成果がついに完成しましたね!」
博士「ああ、山本くん、ついにやったよ。
これぞ、私が血と汗のにじむ思いで研究を重ね、50年という歳月を費やした結果、
完成したタイムマシン……『吉岡22号』だ」
助手「『吉岡22号』?
吉岡は博士の苗字ですけど、22号は?」
博士「ああ、22号という数はな、貴重な研究の歴史証明なのだ。
失敗に次ぐ失敗、試行錯誤に次ぐ試行錯誤、
そんな私の研究を、心血注いでサポートしてくれた有能な助手の数が過去21人……」
助手「ってことは、つまり、歴代の助手の通し番号なんですか?」
博士「そうだ。みんな私のために、尊い生命を捧げてくれてな……」
助手「みんな死んじゃったんですか? よかったー、僕の代で完成して…」
博士「そこでだ山本くん、この『吉岡23号』のな……」
助手「博士、代数が増えてます! 僕をまだ過去にしないで下さい!」
博士「ああ、失敬。いや、私も10人ぐらいまではしっかり覚えてるんだが、
それから先は記憶が定かでないもんでな。
それはともかく山本くん、今日から実地運転にとりかかろうと思うんだ」
助手「実地運転というと、タイムトラベルですか!
それでしたら、ぜひ僕にやらせて下さい!
僕、こう見えて歴史が大好きなんですよ。
行ってみたいなー、桶狭間の戦いの現場とか、江戸城松の廊下とか……」
博士「いかんいかん、何を考えてるんだ。
未来の人間が過去の人間と接触したら、のちの歴史が変わってしまうだろう」
助手「でも、せっかくの世紀の大発明ですよ。
何か地球の歴史に残るようなことの一つもやってみたいじゃないですか」
博士「そこだよ。
私も何をやろうか、まず考えたのだ。この『吉岡83号』で……」
助手「代数がめちゃめちゃ増えてますって! どんだけ犠牲になったんですか!」
博士「……でだ、思いついたのが、
『日常生活における“世界初”の瞬間を記録してくる』
……ということだ」
助手「“世界初”の瞬間を記録……ですか?」
博士「そう、世の中のありとあらゆる行為には
『初めての瞬間』というのがあるわけだ。
例えば、世界で初めて飛行機に乗ったと言われているのは誰だ?」
助手「ライト兄弟です」
博士「世界で初めて電話でしゃべったのは誰だ?」
助手「グラハム・ベルです」
博士「では、世界で初めてナマコを食べたのは誰だ?」
助手「……わかりません」
博士「だろ? そこなんだ、私が思うのは。
ナマコみたいな不気味な形の生物を世界で最初に食べた人ってのは、
よほど勇気のあるに間違いなかろう」
助手「確かにそうです」
博士「それこそ、歴史上に名前が残ってもおかしくはない」
助手「いや、そこまでは思いませんが……」
博士「そうだろう! あの爆弾を発明して世に出たノーベルの勇気を見ろ!」
助手「そんな、爆弾とナマコを並べられても……居酒屋のカウンターじゃないですし」
博士「わかった、納得してもらえないなら、山本くんは降りてもらおう!
さーて、吉岡22号ベータの研究に取りかかろうかな……」
助手「やめて下さい! ベータとかその、微妙なずらし方は!
わかりました、納得しましたから」
博士「わかればよろしい」
助手「でも、そうしますと博士、世界で最初にコノワタを食べた人は、
ナマコを食べた人の助手ですかね?」
博士「知らん」
助手「あーっ、見捨てたー!
ちくしょー、山本10号の研究に取りかかろうかなー!」
博士「わかったわかった、すまなかったよ。
なんだ、キミの10号っていうのは」
助手「僕の服のサイズなんですけどね」
博士「そんなことだろうと思った。話を戻すぞ。
山本くん、キミにこのタイムマシンを使ってだな、
日常生活のさまざまな“世界初”の瞬間の立ち合い人になってきてほしいのだ」
助手「重要な役割ですね」
博士「そうとも。責任は重大だぞ。
いいか、くれぐれもキミが当事者になってはいかん。
あくまでお手伝いと立ち合い人の役だからな。
頼んだぞ!」
助手「わかりました!」
――(地の説明)
……というわけで、博士が助手を試験台にしまして、
タイムマシンの実験が始まったわけでございます。
ここで、いよいよ太鼓の出番となるわけです。
タイムトラベルの描写というのはなかなか口では説明しづらいもので、
何か分かりやすくて従来にない演出はないものか……と考えました挙句、
タイムトラベルの最中、高座で太鼓をテケテケ鳴らしてみよう、という。
お客さまはどうか、太鼓の音が終わった瞬間に
「話の中のタイムトラベルも終わったんだなー」と、ご想像いただきますように……。
さぁ、吉岡博士に見送られ、
身支度を整え意気揚々とタイムマシンに乗り込んだ助手の山本、
スペースシャトルのコックピットのような操縦席に腰を据え、
深呼吸をしておもむろに両手で作動レバーを握り、
意を決してグイッと引くと、ものすごい振動音とともに機体が動き出した。
助手「行ってきまーす!」
テテン・テテン・テテン・テテン・テテンテテンテテンテテン・
テケテケテケテケテケテケ………
助手「着いた! 江戸時代だ!
歩いてる人がみんな着物で、チョンマゲか日本髪だよ。
空が広いなぁー。ここはどこだ?
あっちに大きなお寺があって……入口に大きな提灯……浅草かー。
さて、博士からの指令は……えーと、
『流行っている焼き鳥屋へ行け』か。
焼き鳥屋、焼き鳥屋……あったあった。ずいぶんお客がいるなー。
『焼き鳥屋を見つけたら、一番たくさん焼き鳥を食べている客の後ろに近づいて』……」
――(以下、無言で台の上の串をつまんで下に落とす仕草。その繰り返し)
客「おやじさん、いくら?」
主人「ありがとう存じます。えー、串の数が……ひぃ、ふぅ、みぃ……
おや、案外少のうございますね。では……」
客「えっ? そんなに安いの? 悪いねー。
ごちそうさまー!」
助手「あー、気づかないで行っちゃった。
これで今の客が、
『世界で初めて焼き鳥の串の数をごまかした人間』
として認定されたわけだ。あはははは」
テケテケテケテケ………テテン
助手「博士! 只今戻りました」
博士「ご苦労さん。首尾はどうだったかね?」
助手「はい、博士の指令どおり、ちゃんと焼き鳥の串を落としてきました。
これがその決定的瞬間のデジカメ画像です」
博士「ほぉー、上出来じゃないか山本くん!
この画像は永久保存して、来たるべき学会の席で発表するよ!」
助手「何の学会ですか?」
博士「それは後で考えるんだ。
さぁ! 次だぞ!」
助手「もう次ですか? 今戻ってきたばっかりですよ」
博士「いろいろやりたいことが多いんだよ。
さぁ、今度はこれを持って安政2年12月1日に行ってくれ」
助手「今度はきっちり日が決まってるんですね……
何ですかこれ! ナマズじゃないですか!」
博士「そう。江戸ではこの翌日に大地震が起きている。
その前日に、江戸の真ん真ん中にこのナマズを放しておけば、
日本に“大地震の原因はナマズ”という都市伝説が定着するのだ!
ほら、頑張って行ってこい!」
助手「行ってきまーす!」
テケテケテケテケ………テテン
――(地の説明)
こんな調子でこの博士と助手、
世紀の大発明・タイムマシンを使って、
どうでもいい取るに足らない作業を延々繰り返しております。
その結果、コレクションした『世界初』の瞬間が、
『世界で初めて、本のページをめくる時、親指をなめたギリシア人』
『世界で初めて、肩にオウムを乗せたヨーロッパの海賊』
『世界で初めて、風船をいっぱい持って空を飛ぼうと思ったけどやめた人』
『世界で初めて、鉛筆のおしりをけずって数字を書いてサイコロにした受験生』
『世界で初めて、居酒屋の割り箸の箸袋を結んで五角形に折った人』……
ホントに知らなくてもいいような『世界初』ばかり。
もっとも、重要な『世界初』ですと、地球の歴史が変わってしまいますから
この程度のことしかできないわけなんですが。
そんな『世界初』を集めも集めたり、998個。
テケ・テケ・テケ………テテン(ちょっと弱め)
博士「だいぶ疲れてきたみたいだな。
お帰り!」
助手「(弱々しく)た、だ、い、ま……戻りました……」
博士「山本くん、いつの間にそんなに髪の毛が真っ白になったんだ?
顔のシワも増えたようだし、目なんかドンヨリ濁ってるし」
助手「はぁ……やっぱり精神的に疲れてるんでしょうか……」
博士「わかった、きっと(締め太鼓をテンと叩いて)バチが当たったんだ! あはははは」
助手「笑い事じゃありませんよ!
それよりも、はいこれ、999個目の指令の証拠写真です。
『世界で初めて、眼鏡のツルが取れちゃってセロテープで止めた人』」
博士「おお、よしよし、でかした。
これで999個、あと一つで区切りの1000個となるわけか。
さて、どんな『世界初』にしようかな……」
助手「いや、博士、もう1000個達成してますよ」
(そう言って写真を見せる)
博士「なに? もう1000個達成したか?(写真を受け取る)
何だ、この写真、私じゃないか?」
助手「はい、世界で初めて、こんなくだらない発明をした科学者です」
<完>