カレー会議

 <登場人物>
   ・山田 正(会社員)
   ・山田光子(正の妻)
   ・山田 修(正の息子)
   ・校長先生
   ・川上先生(修のクラスの担任)


尾張家投稿バージョン


 (平日の朝。山田家の食卓。

  夫・正と妻・光子が会話をしている)

 「おはよう。けさも天気がいいなー」

光子 「あなた、明日は何の日か覚えてるわよね?」

 「明日? 覚えてるよ。
 俺と光子の10回目の結婚記念日だ」

光子 「早いわよねー」

 「夫婦の縁なんて不思議なものだよな。

 九州生まれの光子と、北海道生まれの俺が、
 たまたまお互い旅行で来ていた東京で会ったのが12年前。
 それが縁で結婚までして、今は東京に住んで、
 子供までいるんだもんなー」

光子 「始めのうちは、北海道と九州の生活習慣の違いで
 苦労したけどねー」

 「そんな違いは、慣れれば何とかなるもんだなー。

 それはそうと、修はどうした?
 学校に遅刻するんじゃないか?」

光子 「そうね、起こしてこなきゃ」

 (ややあって)

光子 「あなた、修ったら学校休みたいって」

 「休みたい? 体の具合でも悪いのか。
 ちょっと見てくるか。

 おい修、どうした?
 なんだ、泣いてるのか?」

 (泣き声)「お父さん、ぼく学校休むー」

 「どうしたんだ、何かあったのか?」

 「昨日、ホームルームでみんなに笑われたー」

 「クラスのみんなに?
 そうか、いじめられたんだな。父さんに詳しく話してみろ」

 「うん……
 昨日、ホームルームでね、ディベードをやったんだ」

 「ディベ……何?」

 「ディベード。討論会だよ」

 「なんだ、討論会か。
 今の小学校はホームルームでそんなこともするのか。
 それで?」

 「昨日のディベードのテーマがね、
 “カレーの具には何を入れるか?”だったんだ」

 「“カレーの具には何を入れる?”
 ずいぶんくだらないテーマだな。
 まぁ、小学生ならそれぐらい判りやすい方がいいか。
 それで?」

 「それでね、クラスのみんなが学級委員長の指名にあわせて、
 順番にカレーの具を言ってって、ぼくに番が回ってきたんだ。

 “山田くんは、カレーの具といえば?”って言うから、
 “はい、カマボコ”って。

 そしたら、みんながすごく笑うんだ」

 「みんなが笑ったのか!
 聞いたか光子、カレーにカマボコを入れるって言ったら、
 クラスで笑われたってよ!」

光子 「まー、ひどいわね!
 カレーにカマボコの、どこが変なの?」

 「まぁ俺も、結婚した当初は“えっ?”と思ったけど……」

光子 「なによ?」

 「いや別にいいんだけど……
 それだけか?」

 「それでね、ぼくもみんなが笑うから
 おかしいと思って、言い直したんだ。

 “違う違う、カレーにカマボコじゃなかった。
 カレーにカマボコに、あとパインも入れるんだった”って。

 そしたら、笑いが倍になったんだ」

 「カレーにカマボコにパインで、また笑われたのか?」

光子 「まーひどい!
 パイン、おいしいじゃない !!」

 「まぁ俺も、カマボコまでは納得したけど、
 パインはやりすぎかなー、と……」

光子 「なによ?」

 「いや別にいいんだけど……
 そうか、ホームルームでそんなに笑われたのか。
 担任の先生はどう言ってたんだ?」

 「担任の先生はね、涙を流してた」

 「えらいな、修が笑われて、悔しがってるのを読み取って、
 一緒に泣いてくれたのか」

 「ううん、涙を流して笑ってた」

 「先生も笑ってたのか !?」

 「それからクラスのみんなが、ぼくのことを
 “カマボコパイン”って呼ぶんだよ。学校休むー」

 「聞いたか光子!
 子供は家庭の料理以外あまり接する機会がないから、
 あんまりエキセントリックな家庭料理を作ると、子供が表で恥をかくんだ」

光子 「エキセントリックってなによ!
 カレーにカマボコは、うちの実家のお母さんも、町内のお友だちの家でも、
 みんなやってたんだから!」

 「光子の実家の町内じゃ、みんなやってたのか?
 何軒ぐらいで?」

光子 「えーとね、うちと、あと2軒」

 「めちゃくちゃ少数派じゃないか」

光子 「あら、でも町内会のおばさん言ってたもん。
 “光子ちゃんちのカレーはハイカラカレーだねー、アハハー”って笑ってた」

 「やっぱり笑われてたんじゃないか!」

光子 「そう言えばそうね。
 あっ、でも聞いて!
 カレーにパインは、私のオリジナル!」

 「そのオリジナルが今、問題になってるんじゃないか!

 まったく、前から俺は思ってたんだよ。
 光子の料理ってみんな、作り方が変だろ?

 たとえば味噌汁の身だよ。
 味噌汁で一般的な身っていったら、豆腐に油揚げにわかめ……そのあたりが相場だろう。
 うちの食卓の味噌汁で、いちばん多く出てくる身って何だ?」

光子 「麩」

 「麩だよ! 麩!
 しかも野菜も何も入らずに、麩だけだよ! おかしいだろ?」

光子 「いいじゃない、おつゆをいっぱい吸った時のあの食感、
 私大好きよ」

 「それでこの間、物足りないから何か他に
 動物性タンパク質を一緒に入れてくれ、って頼んだろ。
 あの時おまえ、味噌汁に何を入れた?」

光子 「シーチキン」

 「シーチキンだぞ!
 麩とシーチキンの味噌汁なんて、世間じゃまず無いぞ!

 あと、目玉焼きもそうだ。
 この間、会社の同僚とメシを食ってて、
 “目玉焼きにかけるのは何がいいか?”って話題が出たんだよ。
 “ソース派”と“醤油派”とに分かれて、他に“塩派”と“ケチャップ派”がいたよ。

 その光景を見てて、俺は思わずうつむいちゃったよ。
 ちょうどその日の朝食に、目玉焼きが出た時のことを思い出して!

 その日の朝、おまえが目玉焼きに添えて出したもの、覚えてるか?
 青のりだぞ、青のり!
 少数派もいいところだよ!」

光子 「目玉焼きに青のりのどこがおかしいの?
 だいたい、そんなに言うなら、
 目玉焼きにかける調味料ぐらい、自分で好きに選んだらいいじゃないの!
 ゴマでもラー油でも!」

 「そのチョイスが変なんだって!

 あとそうだ、新婚の頃、会社に愛妻弁当を持たせてくれただろう」

光子 「あれはちゃんと私も、お弁当の本を買って
 一所懸命おかずを作ったんだから、変じゃないはずよ」

 「おかずはな。おかずは変じゃなかったよ。
 問題なのは、なんでデザートのリンゴに、俺の顔が彫刻してあったかだ!」

光子 「あれねー。あれは毎朝苦労したわ」

 「苦労の方向性が間違ってるんだよ!」

 「お父さん! お母さん!
 ぼくの部屋でケンカしないでよ!」

光子 「なによ修、
 あなたが学校に行かないから、ケンカになってるんじゃない!
 あなたが悪いわ!」

 「おまえが悪いよ」

光子 「違うってばー。

 そうよ、元はと言えば、ホームルームで、
 生徒に多数派と少数派の色づけをするようなことをする、学校が悪いのよ!
 よし、今から校長に抗議の電話を……」

 「おいおい、朝から電話しても学校には誰もいないだろ」

光子 「いいのよ、校長先生の家にかけてやるんだから……」

 (ややあって)

光子 「かけたわ」

 「早いな。何て言ってた?」

光子 「さすがねー。
 授業にディベードなんてやる小学校の校長だけあるわ! 立派!」

 「ずいぶん様子が変わったな。どうした?」

光子 「私がこうこうって話したらね、
 “じゃーいっそ全校総出で会議をして、『学校内基準』ってのを決めちゃいましょう”
 だって!」

 「話し合いの好きな小学校だなー」

光子 「そうね、校長先生の苗字がたしか、田原って言ったかしら?」


――(地の説明)

よほど奥さんの抗議が効いたのか、
それから間もなく、小学校で
 “全校一斉ホームルーム特別授業・校内基準討論会”
なる催しが開かれます。

講堂には全校生徒と全教師、PTA役員がぎっしりと集まりまして、
壇上には、校長先生を中央に、
向かって右手に教師代表、左手に生徒代表。
ずらり並んで、会の始まりを今や遅しと待ち構えております。

校長 「エヘン!
 では、只今より“全校一斉ホームルーム特別授業・第1回校内基準討論会”を
 始めることにします。
 第1回の校内基準のテーマは……
 “カレーの具には何を入れるか?”

 では、本会開催のきっかけとなった、3年1組担任・川上先生から、
 ここまでの経緯を発表してもらえますか」

川上 「3年1組担任の川上です。
 経緯を発表させていただきます。

 えー、先週火曜日6時限めのホームルーム、ディベードの授業で、
 先ほど校長先生からもございました
 “カレーの具には何を入れるか?”をテーマに、討論をすることにしました。

 まず生徒全員に発言機会を作ろうと考えまして、全員にひとつずつ聞いて回りまして、
 牛肉・豚肉・ジャガイモ・玉ネギ等々出ていったわけですが、
 その中で一人、山……いや、名前は出さない方がいいですね、
 一人の生徒だけが、カマボコ、さらにパインと答えたのです。

 ここでクラス全員が……いや、私も含めてですが、
 その答えに爆笑し、彼を傷つけてしまったという……
 以上です、校長」

校長 「……あー、川上先生?」

川上 「何でしょうか、校長?」

校長 「この……今先生が言われたカレーの具だがね……」

川上 「はい」

校長 「しいたけは?」

川上 「は?」

校長 「しいたけは何故出てこないんだ?」

川上 「しいたけですか?」

校長 「ふつうカレーには入れるだろう。
 あと、フキ」

川上 「フキ?」

校長 「しいたけとフキだよ。それから春にはゼンマイも入れるよね。
 そもそも、この説明でおかしいのは、
 何故川上先生のクラスでは、カマボコと言うと笑うんだね?
 ふつうカマボコは入れるだろう」

川上 「え? こ、校長、ちょっと待ってください……
 (壇上から下を見回し)
 皆さん、静粛に! ザワザワするんじゃない!
 こらーそこっ、笑うんじゃない!
 (と言いつつ自分も噴き出しそう)
 カレーにしいたけとフキですか !?
 み、みんな静かに !!」


 (数日後、再び山田家の朝の食卓)

 「おはよう。けさも天気がいいなー」

光子 「あなた、おはよう。朝ごはんできてるわよ。
 納豆と海苔と、麩のお味噌汁」

 「お父さんお母さん、おはよう」

 「おはよう、修」

 「これ、昨日渡すの忘れたんだけど」

 「何のプリントだ? なになに……(黙読)
 へぇーっ」

光子 「どうしたの?」

 「小学校の校長先生、辞職したそうだ」

光子 「辞職したの? ホント?」

 「ああ、見てみろ。

 “私はかねてより、物事には基準があるべきだとの信念で
 学校教育にたずさわって今日まで来ましたが、
 先日の校内基準討論会におけるカレーの具の一件で、自分の信念が著しく揺らぎ、
 教育者としての物の考え方を今一度改めたくなりました。

 よって、本日付をもって当小学校校長の職を退き、
 一人の人間として視野を広げるべく、仏門に入りたいと思います”

 ……だと」

光子 「まぁ。軽いと思ったら、そんな信念があったの。
 そんなにショックだったのかしら。
 でも、今の校長が辞めたら、そのあとの校長はどうなるのかしら?」

 「それも書いてある。

 “なお、次期校長は、今後生徒の皆さんに
 よりグローバルな物の考え方をしてほしい、という私のたっての希望で、
 アメリカ人教師のマイク・スミス氏を招き、
 校長職に就いていただくことが決定しております”

 ……と」

光子 「アメリカ人の校長 !?
 やっぱり、辞めて仏門に入ろうなんて考える校長先生の考え方は、違うわねー。
 あんなに笑われたのにねー」

 「いや、恨みはあるみたいだぞ。見ろ。

 “ちなみに教頭先生も新しく招きます。
 イラク人教師のモハメド氏です”

 ……だと」

光子 「イラク人の教頭 !? アメリカ人の校長に !?
 ものすごい最後っ屁ねー。
 やっぱり、陰じゃ自分の信念が揺さぶられたから、怒ってるのねー」

 「そりゃそうだ。
 自信(ジシン)なんてのは、揺れるもんだ」


  <完>


 ※尾張家・註――
  誤字の修正以外、あえて投稿段階から手を加えておりません。
  ご覧のように、サゲが前半〜中盤の流れと全然関係ないわけで。
  でもって、小ゑん師は全体的ギャグ潤色と合わせて、
  以下のように改稿してくださいました。


柳家小ゑん師上演バージョン


「おはよう、今朝も天気がいいな、あ〜あぁ」

「そうね、それより貴方、明日何の日だか分かる?」

「明日? は水曜日だろ」

「それだけじゃないでしょ」

「燃えないゴミの日か」

「もう、二人にとって特別な日じゃないの」

「というと……分かった。粗大ゴミの日だ」

「いい加減にしてよもう、どうしてゴミから離れないのよ、
記念の日じゃないの」

「記念、有馬記念か」

「もう、二人にとって特別の記念日と言ったら結婚……」

「分かってるよ、結婚記念日だろ、
それも今回は十年目だろ」

「なによ、分かってるんじゃないの、まったく」

「でも早いもんだなぁー」

「ほんとに」

「北海道で生まれ育った俺と、九州生まれの光子、
お前がこの東京で、たまたま出会って12年、
今じゃ、こうやって子供も居て家庭を築いているのだからなぁー」

「ほんと、縁て不思議ねー、十年かぁー……」

「それはそうと、修はどうした、
まだ起きてないのか、学校遅刻しちまうぞ」

「あらやだ、起こして来なきゃ」

「まったく、どうしていつも修はのんびりしてんだろうなぁー、
まあ大らかで伸び伸 びしてるところは良いけど……
そういうとこは、俺に似たんだろうな。
でも、のろまで気が利かないこともあるから困っちゃうよ。
こういうところは母親に似たんだ、 まったく」

「あなた、きいて、
修ったら学校休みたいって」

「休む?
どうしたどっか具合でも悪いのか、修……
なんだおまえ泣いてんのか?」

「グスン、お父さん、ボク学校行きたくない……」

「どうした、なんかあったのか?」

「昨日、ホームルームでみんなに笑われた……グスン」

「クラスのみんなにか?
どうした、いじめられたのか、
よし、泣くな泣くな、お父さんに話してみろ」

「うん……
昨日、ホームルームでね、ディベートをやったんだ」

「何、リベートやった、
お前が、クラスのみんなにか、リベートを、そりゃお前が悪い、
リベートをやるなんて、おまえよっぽと阿漕な商売をしたんだな、
何をやったんだ、給食業者への斡旋か」

「何馬鹿なこと言ってンのよ、
小学校3年生が斡旋なんてする訳ないでしょ」

「じゃ、癒着か」

「バカね、あなた。
リベートじゃないのよディベートよ」

「なんだ、そのディベートっていうのは」

「本当に横文字弱いんだから貴方は、
ディベートって言うのはね討論会の事よ」

「何だ、討論会か、
しかし今の小学校はホームルームでそんなこともするのか、
それで?」

「うん、それで、昨日のディベートのテーマがね
『カレーの具には何を入れるか』だったんだ」

「なに『カレーの具には何を入れるか』?
なんだか、くだらないテーマだなぁ……。
もっとも、小学三年生だからその位分かりやすい方がいいか、
いきなり『自衛隊イラ ク派遣への有用性について』なんてやられても困るからな」

「当たり前じゃないの」

「それでね、クラスのみんなが学級委員長の言う通りに
端から順番にカレーの具を言っていってね、
ボクに番が回ってきて、
『山田君は、カレーの具と言えば何ですか』
って聞かれたから、大きな声で
『ハイ!カマボコです』
って答えたんだ。そしたら、みんなが凄く笑うんだ」

「なんでだ、何で笑うんだ、
聞いたか光子、カレーにカマボコを入れるっていったら、クラスで笑われたそうだ」

「まー、ひどいわね。
カレーにカマボコの、どこが変なのよ!」

「でもなぁ、ホントの所、
俺も結婚した当初は『えっ?』と思ったんだけどな」

「なによ !!
貴方? カレーにカマボコが、おかしいって言うの!」

「いや、おかしいなんて言ってないよ、
ただ『ちょっと普通じゃないな』って思っただけ」

「同じじゃないの、カレーにカマボコの何処がおかしいのよ、
そりゃカマボコの板ごと切って入れるンなら可笑しいけど」

「そんな奴は居ないよ」

「でも、貴方いつもから美味しいって食べてるじゃないの」

「そりゃ、食べれば美味しいんだけど、普通カマボコは気が付かない」

「何よ、その言い方」

「それでね、ぼくもみんなが笑うから、
可笑しいのかなと思って言い直したんだ。
『違う違う、カレーにカマボコじゃなかった、
カレーにはカマボコとパインも入れるんだった』って。
そしたら笑いが倍になっちゃって」

「そりゃ、修、カマボコで、止めといた方が良かったなぁ」

「何言ってのかしら、まったく!
カレーにパイン、美味しいに決まってるじゃない !!」

「いやでも、カマボコはまだしも、パインは暴露しない方が……」

「なによ暴露って、
貴方だって美味しいって食べてるじゃないの」

「そりゃ食べりゃ美味しいんだけど、カレーにパインは驚くよ」

「じゃあ、酢豚にパインはどうなのよ」

「まあ、そりゃそうだけど……。
修、そうか、ホームルームでそんなに笑われたか、
で、担任の先生はどうしてたんだ?」

「真っ赤になって、涙をこらえて……」

「偉いな、お前のみじめな思いを察して、悔しがってくれたんだな」

「ううん、涙こらえて笑ってた」

「なんだ、先生も笑ってたのか !?」

「うん、それからクラスのみんなが、ボクのことを
『カマボコパイン、カマボコパイ ン』って呼ぶようになって、
鉄棒やると『みろよ!カマボコパインがぶら下がってる』って……
トイレ行くと『カマボコパインがオシッコしてるワーイ』って、
うううう……学校なんかイヤだぁ・・ウワぁーン!」

「そうか!
修、泣くな、泣くんじゃない、お前は悪くないぞ、
何も悪いことはしてないんだからな……
聞いたか、光子!
いいか、子供は自分の家の料理が当たり前だと思って育つんだからな、
お前が、あんなエキセントリックな料理を作るからこういうことになるんだ」

「なによ、エキセントリックな料理って!
カレーにカマボコは普通じゃないのよ、
私の実家の方じゃみんなやってるわよ」

「そんなにみんなやってるのか、カレーにかまぼこ?」

「そうよ、おじちゃんの所も、おばちゃんの所も、いとこの家も、妹の家だってみんな」

「それ、お前の親族だけだろ」

「でも、町内の寄り合いの時、家でカレー作って出したら、
みんな『イヤー光子ちゃんちのカレーは個性的だねぇー』って褒めてくれたわよ」

「それ、けなされてんじゃないのか !?」

「いいえ、兎に角みんなやってたわよカレーにカマボコ、
あっ、でもね聞いて!
カ レーにパインは私の工夫」

「その工夫が今、問題になってんじゃないか!
まったく、なあ……。良い機会だから言うけどな、
俺は前々から思ってたんだ。
光子、お前の作る料理ってなーんか、おかしいんじゃないか?」

「そんなこと無いわよ、
私の料理はいたってオーソドックスよ」

「そうかぁ?
じゃ聞くけどな、味噌汁だよ。
普通味噌汁って言ったら、若布に油揚げとか、ナメコに豆腐とか、そういうのだろ、
うちで一番出てくる味噌汁の身って何だ?」

「そりゃ、決まってンじゃないの、『ふ』」

「そうだろ、ふ、だよ、ふ、
それも他に身はないんだ、ふ、だけ、おかしいだろ」

「あら、いいじゃないの、ふ、だけ。いさぎよっくて。
江戸前でしょ!」

「そんな江戸前があるか、
のべつに、ふだけの味噌汁、俺はね、池の鯉じゃないんだから」

「あら、池の鯉だって、ふは勿体ないわよ、近頃じゃたいてい食パンよ、
あっ!今度、お味噌汁に食パン入れてみようかしら」

「よせよ!おまえ、まだふの方がましだよ」

「ほーら、好きなくせに」

「好きじゃないんだよ!
あっそうだ、このまえだって、ふだけじゃ物足りないから
何か他に、こう、動物性のタンパク質のあるもの入れてくれって言ったら、
お前シーチ キン入れたろ、
お前ねシーチキンなんて味噌汁に入れるやつあるか !?」

「だって、シーチキンてマグロよ、
葱まの味噌汁なんてマグロと葱で王道じゃないのよ! マグロよマグロ!」

「お前は、妙なとこに気が付くな、
そりゃ、そうだけど『ふ』とシーチキンの味噌汁 は無いだろう、
あと、そう目玉焼きもそうだ。
この間、会社の昼休みに、目玉焼きには何を掛けるかってことで盛り上がってさ、
『俺は何と言っても醤油だ』とか『私はソース』『ぼくはケチャップ』
中には『塩コショウ』なんて奴も出てきて」

「バカじゃないの、貴方の会社、
目玉焼きには『青ノリ』じゃないの!」

「それがおかしいってんだよ、お前は」

「どこがおかしいのよ!
目玉焼きには『青ノリ』当たり前じゃないの、
第一バランス を考えてみても分かるでしょ、動物性のものには、植物性のもの」

「そう言う問題じゃないだろ、
しかしお前は、ほんとみょーなとこに気が付くな、でも『青ノリ』はやっぱり・・」

「うるさいわね、もういちいち!
貴方そんなに言うなら何だって自分の好きなもんかけたらいいじゃないの、
カルピスでもラー油でも」

「おまえ、その例えがおかしいんだよ、例えが!
そんなこと言ってたら、ほら、思い出したぞ、
新婚の頃、会社に持っていってた愛妻弁当」

「あれは、完璧だったでしょ、
貴方だって美味しい美味しいって一粒残さず綺麗に食べてたじゃないの!」

「そりゃ美味しかったよおかずは、
問題はノリ弁の時に毎回上に載ってるノリの形だよ、
普通は、ハートマークとか、英語でLOVEとか、それでも恥ずかしいけど、
どうして、お前は、海苔で藤娘切って御飯に乗せてンだよ!」

「ン・もうあなったて照れ屋さんなんだから」

「そう言う事じゃないんだよ、恥ずかしいだよ」

「やっぱり、照れ屋さんなんじゃない、
第一、大変だったのよ藤娘切るの、
寄席行って 林家正楽にリクエストしてもらってきて、それで稽古したのよ」

「お前ね、力の入れる方向が違うんだよ」

「そうかしら、じゃやっぱり、佐渡おけさの方がよかった」

「バカ!全くお前は、そう言う事じゃなくて……」

「ねぇー、お父さんもお母さんも喧嘩しないでよ、
やだよ、ボクのことで喧嘩しちゃ」

「御免なさいね、修、貴方が悪い訳じゃないのよ」

「そうだ、悪いのはそんなことで差別をする
他の生徒や先生の方だ」

「そうよ、もとはと言えば、
ホームルームで生徒に多数派とか、少数派とか色づけをするからいけないんじゃないの、
あなた! これは、立派ないじめよ、許さないわ、
私 今から校長に抗議の電話してやる」

「お前何も、急にそんなことしなくとも、
……ああ、もう受話器とってる、
でもな、コレが元で、修が登校拒否になんぞなったら、
それこそ取り返しがつかないからなぁ、
ああ、全く凄い迫力だな、光子も、
……修、校長先生ってどんな先生なんだ」

「とっても優しくてね面白いの、ボク大好き、
お昼休みにもみんなとよく遊んでくれる」

「そうか、そりゃ、なかなか良い校長じゃないか
……どうした光子、なんて言ってた」

「さすがね、なかなか話の分かる校長ね」

「そうか、で、どいううことになったんだ」

「わたしが、いきさつを話したらね、
『わかりました、では、良い機会なので、
来週にでも全校生徒、職員それに保護者の方も参加で、
学校内基準についてのディベート を行いましょう』
ですって」

「ディベートの好きな学校だな」

「でもいいじゃない、これで、問題が解決すれば」


 こうして、いよいよ、
 『全校一斉ホームルーム特別授業、校内基準討論会』が開かれることになりました。
 さて、当日、噂が噂を呼んでPTA役員はもとより、
 父兄も押 し寄せてくるという塩梅で、もう体育館は満杯。


「保護者の皆様方、
本日はお忙しいところをこの討論会に御参加いただき、誠に有り難うございます。
私が校長の田原でございます。
で、今回の校内基準のテーマは『カレーの具には何を入れるか』でございます。
初めにこの会開催のきっかけとなった、
3年1組担任・川上先生よりコレまでの経緯を発表してもらいましょう」

「はい、3年1組担任の川上です。
事の起こりはですね、先週の火曜日のホームルームでディベートを行いました。
テーマは身近なものがよいだろうと言うことで
『カレーの具には何を入れるか』にいたしました。
生徒全員に発言の機会を作ろうと考えまして、
全員に一つづつ聞いてまわりまして、
牛肉、豚肉、ジャガイモ、タマネギ、等々、
順当な答が返ってきていたのですが、
その中で一人、こともあろうことか、
ヤマ……いや、名前は伏せておきますが、一人の生徒がですね、
カレーにカマボコ、さらにはパインも入れると言い出したのであります。
この暴言、いやこの答にクラスの全員が……あっ、私も含めてですが、
その答に爆笑し、もう、とりとめが付かなくなり
彼を傷つけてしまったと言うことでして……」

「……あの、ちょっと、川上先生」

「は、何でしょうか校長先生?」

「その……いま、先生が言われた、カレーの具についてだがね」

「はい」

「シイタケは?」

「はぁ?」

「いや、シイタケが何故出てこないんだ」

「あの、シイタケですか?」

「そうだよ、普通カレーには入れるだろう、シイタケ、
それにフキ」

「フキ?」

「シイタケとフキだよ。
それから春にはゼンマイもいれるよね」

「ぜ、ゼンマイですか?」

「そうだよ、
そもそもこの問題でおかしいのは、
カマボコというと何故みんな笑うんだね?
普通カマボコは入れるだろう、
パインも美味しいじゃないか。
あっそうそう、肝心なものを忘れてるね、
『ふ』だ」

「『ふ』ですか、カレーに、ふ、ふふふ校長ちょっと待って下さい、
(舞台から下を 見て)皆さん、静粛に!
静かに、ぷっ(笑いをこらえている)
あ、あの保護者の皆様もお静かに、
こら、そこ笑うんじゃない!
誰だ校長先生のことをシイタケフキなんていう奴は、
そんな上手いことを、いや、そんな失礼なことを言っちゃいけない!
あの校長そのシイタケにフキ、おまけにフですか、
フフフフブハハハ、ハァッー、クク ク、ふふふ、
ひぃー、こりゃ大笑いだ、アーハハッハッッハハハ!」


 とにかく、もう、先生は笑い出す、生徒は転げ回る、
 PTA役員は机をたたいて大喜び、
 あまりの笑い声に、近所の住民も押し掛ける、
 終いにはパトカーまで出動するという有様で、
 収拾がつかないままこの会は打ち切られました。

 そして二日後、


「ただいま」

「おかえんなさい、あなた、もう遅いんだから」

「これでも、残業、途中で切り上げてきたんだぞ、
大変なことになったから早く帰っ てきてくれって、メールはいってたから、
何だいったい」

「大変よ、校長先生辞職するんですって」

「なに、辞職」

「ええ、緊急電話連絡網が回ってきて、
詳細は生徒にプリントを持たせますって」

「なんでまた、」

「これよ、修が持ってきたの」

「なになに、

 保護者の皆様へ……
 私は、かねてより、物事には確固たる基準があるべきだとの
 強い信念を持って学校教育に携わってまいりました。
 しかし、先日の校内基準討論会におけるカレーの具の一件で、
 私の今まで積み上げてきた教育者としての信念が、大きく揺らぎ、
 根底から音を立てて崩れ去ってしまいした。
 よって、本日を もって当小学校校長の職を退き、
 一人の人間として修行し直す事とになりました。
 急なお知らせではございますが、私は明日より頭を丸め仏門に入り、
 大本山永平寺にて 八〇〇日間の修行に入る次第でございます。

……おい、こりゃ穏やかじゃない、 元はと言えば、修の発言で……」

「そうなのよ、もうわたし責任感じちゃって」

「まったく、お前がカレーにカマボコなんて入れるからこういうことに」

「そんなこと言ったって」

「じゃ、明日一番に校長に会いに行って思いとどまるように」

「もう、頭剃って、永平寺行っちゃったそうよ」

「ええ、じゃ、八〇〇日戻ってこないのかい !?」

「いいえ、噂じゃ、それから、すぐインドへ渡るんですって」

「へえーっ! 仏教の修行にか?」

「ううん、カレーの研究に」


  <完>


 ※尾張家・註――
  ね? 見事なサゲでしょ?
  加えて、途中で校長先生の人柄をせがれ(修)に言わせたり、
  細かいフォローが盛り込まれているのです。
  それでいて、原作の大筋の流れは大事にして下さっているという……

  いやー、勉強になります。



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