カップの嵐

 <登場人物>
   ・大川部長
   ・小山部長補佐
   ・松沼
   ・TVプロデューサー・田中



――(株式会社ヤマちゃん食品の一室)

小山 「困りましたね、部長・・・」

大川 「困ったな、部長補佐・・・」

小山 「部長、私のことは今までどおり、『小山』でいいです」

大川 「そっちこそ、肩書きなんか使わずに、今までどおり『大川さん』でいいよ」

小山 「そうは言っても、昨日付で
 株式会社ヤマちゃん食品・商品企画部部長と部長補佐に昇格したわけですから・・・」

大川 「確かにそうだけどなぁ・・・。
 前の部長以下幹部クラスがみんな子会社に飛ばされて、
 仕方なくオレたち平社員が昇格させられただけじゃないか」

小山 「そうなんですけどね・・・。
 それより、弱ったことになりましたね・・・」

大川 「ホントにな・・・。
 この間とうとう会長に、うちの商品企画部が、よその二番煎じばっかり
 作っているのがバレちゃったからなー。
 あれで、怒ってうちの幹部クラスをみんな左遷しちゃったんだ」

小山 「会長、なんで今まで気がつかなかったんですかねぇ?」

大川 「本当に、よく今までバレなかったよ。
 二番煎じなんて言うと聞こえがいいけど、あからさまにパクリだったからな。

 まず商品名からしてそうだ。
 『ラ王』のパクリで、『ラ主(ぬし)』」とか。
 『カップヌードル』のパクリで、『カップスードル』とか。
 『赤いきつね』のパクリの『赤いきっね』なんて、よく訴えられなかったもんだよ。

 名前だけじゃない、
 商品開発のプランニングもデタラメばっかりだったよな。

 忘れもしない、全国のご当地ラーメンの味をカップで・・・という企画の時だ。

 札幌、博多、喜多方、和歌山、そういうラーメンの名所ならわかるんだ。
 前の部長が出したご当地、松戸だぞ。松戸。

 松戸にご当地ラーメンなんかあるんですか?って聞いたら、何て答えたと思う?

 『ああ、私の自宅が松戸でね。
 うちの女房の作るラーメンが、抜群にうまいんだ』・・・だって」

小山 「ありましたねー。それじゃ、松戸ラーメンじゃなくて、
 商品名を『部長の女房ラーメン』にしなきゃいけないですからね」

大川 「とどめが去年の秋に発売した、『セレブラーメン』だったな。

 苦しまぎれにあんな名前つけたくせに、
 うちの部の人間、あの当時誰一人『セレブ』って言葉の意味を知らなくてな。

 それで部長に聞いたら、
 『いいんだよ、流行語は流行してる時に使わなきゃ!』とか言って企画をゴリ押しして。

 心配で、どうするんだろうなー・・・と思ってたら、部長も無い頭で考えたね。
 具のカマボコに、金太郎飴みたいに片仮名で『セレブ』って練り込め!だって。

 片仮名で『セレブ』って書いたカマボコが3枚入ったきりのカップラーメン。
 値段が2500円・・・誰が買うか!」

小山 「あーそれは部長が、試作品ができたあとで言ってましたよ。
 『へぇー、セレブってのは高級感って意味なんだな。
 じゃあ、値段だけでも本当にセレブにしよう』って」

大川 「そこがおかしいんだよな、うちは。

 オレも今までは平社員の立場だったから、単に面白がってて済んだけど、
 今日から重役になっちまっただろ。責任がかかってきちまうんだよ・・・。
 どうする部長補佐?」

小山 「どうしましょう?
 今度またヘタな商品企画を出した日には、私たちも子会社行きですよ・・・」

大川 「だよなぁ・・・。
 なぁ、前の部長が左遷された先で今やってる仕事、知ってるか?
 ラーメンに入れる乾燥ネギの工場でな・・・
 ネギが乾燥するのを見守ってる係なんだぞ」

小山 「うわー、窓際もいいとこですね!」

大川 「オレたちも、売れる新商品の企画を考えないと、同じ末路をたどっちゃうんだぞ」

小山 「一生、乾燥ネギの見張りですか・・・」

大川 「乾燥メンマの見張りかもしれないぞ・・・」

小山 「乾燥キクラゲかもしれませんね・・・」

大川 「どうしよう・・・うーん」


――(そこへ一人の男が入室してくる)

松沼 「なんだこの部屋?
 オーラのかけらも無い部屋だなー!」

大川 「誰だいきなり?」

松沼 「あんた商品企画部の部長さん?
 自分、今日付で広報部から配属された松沼っすけど、聞いてない?」

大川 「あっそうか、ちょっとバタついてて忘れてた・・・部長の大川です。
 こちらは部長補佐の小山くん。よろしく」

松沼 「松沼っすー。よろしくー。
 この部署、今2人なんだってね。いいねー、仕事がやりやすくって。
 えっと、部長さん、年いくつ?」

大川 「43だが」

松沼 「小山ッチは?」

小山 「コヤマッチ? ・・・39だけど」

松沼 「あっそ。自分23。
 あはははー。オレが一番若いのかー。まぁどうでもいいや。
 職場に年なんて関係無いっスよね!」

大川 「・・・あー、松沼くんだっけ。君・・・」

松沼 「(間断なく) 部長! さっそくだけど、
 異動のお土産に企画書持ってきたから、読んでくださいよ」

大川 「・・・えっ、そうですか。じゃ拝見させていただきます・・・って、
 どうしてこっちが敬語なんだ。
 どれどれ・・・
 『カップめん業界におけるイノベーション性と消費者ニーズの二律背反』?
 この、イノベーションってのは何?」

松沼 「イノベーションってのはつまり、『改革』ですよ。
 意味知らないの? だっさ!」

大川 「・・・あー、君・・・」

松沼 「(間断なく) だから要するにー。
 消費者は飛躍的な改革は求めない、
 商品開発もあまりに独創性に走っても成功しない、そういうわけね。

 例えばカップめん業界を例にとって言えば、
 袋めんオンリーの時代から、『容器とセットにして売る』という、
 ほんのちょっとしたアイディア、これでカップヌードルが世に出たわけなんだよね。
 わかる? この、ちょっとしたアイディアの大事さ?」

小山 「ああ、わかるわかる。前の部長が得意にしてたやつだ」

大川 「何が?」

小山 「ほら、『カップヌードル』を『カップスードル』にして・・・」

大川 「シーッ!」

松沼 「・・・あのー、
 自分、配属になる前、商品開発部の仕事ぶりを事前に調べたわけ。
 ぶっちゃけ、ここの人って、あんましモノ考えて行動してないよね?

 こうやって企画書にザッと問題提起してきたんだけど、
 せっかく自分いいこと書いても、部内がこんなじゃ、使えねーっすねー。

 ちょっとしたアイディアすら出せない開発部じゃ、わが社でイノベーションとか、
 超ありえねー!」

大川 「・・・松沼くん、配属初日からちょっと、口数が多すぎないか?」

松沼 「あっそ。
 ほんじゃ、配属初日だから口数を減らして言いますわ。
 あなたたちは、能ナシです。以上」

大川 「松沼くん!」

松沼 「だって、勤め人の常識ってモンがあるじゃん。
 知恵が出なけりゃ体を張って情報収集しろっていう。
 それ、あんたら2人、やってる? やってねーじゃん!
 2人して、会社のデスクにへばりついて、居眠りぶっこいてるそうじゃん!

 居眠りぶっこいてる暇に、表へ出て商品開発のアイディアでも拾って来たらどーよ?
 デスクにへばりついて寝てても、アワビかフジツボになる夢ぐらいしか見らんねーし!
 同じ夢なら、将来の夢を表で探しなっつーの!
 能ナシがやれるのは、体を使うことぐらいなんだから!」

大川 「うるさい!」


――(街を歩く大川と小山)

大川 「ちくしょう、配属初日から言いたいことぬかしやがってまったく・・・。
 何がイノ、イノ、イノ・・・」

小山 「イノベーション」

大川 「それだ」

小山 「でも部長、あの松沼という奴、言葉はぞんざいですけど、
 あれで間違ったことは言ってないですね」

大川 「そうなんだ。全部図星なんだよ。だからよけい癪にさわってな。
 実際オレ、この間、デスクで居眠りしてて、イソギンチャクになった夢見たし」

小山 「ともかく、今私たちがやらなきゃいけないことは、
 こうやって表で、商品開発に必要な『ちょっとしたアイディア』を探すことですよ」

大川 「そうだな。
 街を歩いて、カップめんのヒントになる
 『ちょっとしたアイディア』を・・・って、どうやれば探せるんだ?」

小山 「それもそうですねぇ。
 どうしても私たち、会社にこもっている時は、発想が狭まっていましたから・・・。

 そうだ、いろんな場所へ行って、いろんなものを見たり体験したりして、
 それをカップめんとつなげる“連想ゲーム”をしましょう」

大川 「連想ゲーム?」

小山 「そうです。連想ゲーム。
 動きながら頭の体操をしていれば、ちょっとしたアイディアが、ポロッと出てくるものです。

 たとえばほら、
 あそこに銀行のATMがありますよね。
 あれと、カップめんとを連想でつなげるんですよ」

大川 「銀行のATMとカップめん・・・? うーん・・・」

小山 「何でもいいんですよ。
 ほら、あそこにはブックオフがあります」

大川 「ブックオフとカップめん・・・? うーん・・・」

小山 「何でもいいんですって。
 ほらほら、お坊さんがスクーターに乗って走ってく走ってく!」

大川 「ああー! お坊さんかー! うーん・・・って、
 君も出題ばっかりしていないで、何か考えろよ!」

小山 「いいですよ。どうぞ」

大川 「じゃ、いくぞ。
 えーと・・・うーんと・・・えーっと・・・タイム!」

小山 「出題する側は考えなくていいですよ」

大川 「そうだよな。えーと・・・
 おおっ、ほら、あそこにラーメン屋がある」

小山 「ラーメン屋とカップめんじゃ、近すぎて連想ゲームになりません」

大川 「そうかな・・・あっ、ほらあそこ! 立ち食い蕎麦!」

小山 「だから麺類の店は近すぎますって」

大川 「あーっ! ほらほら! 出前持ちのバイクが走ってく走ってく!」

小山 「いい加減にして下さい!」

大川 「だって君はさっき、お坊さんのスクーターでよかったじゃないか・・・」

小山 「部長、あそこに草野球のユニフォームを着た子供たちがいますでしょ。

 例えば、『子供にうけるカップめんには、どんな具が入ってるんだろうなー?』とか、
 そういうことを考えるんですよ」

大川 「はー、なるほど」

小山 「『子供が草野球の後、おなかが減った時に食べたいカップめんって、どんなだろう?』とか」

大川 「ふむふむ。
 『子供が草野球をやっている所に、
 お坊さんがスクーターで乱入してきたら大騒ぎだろうなー』とか」

小山 「お坊さんのことは忘れて下さい。
 そもそもカップめんはどこに行っちゃったんですか?」

大川 「あーそうか。難しいな」

小山 「おっと、信号が赤ですよ」

大川 「あっ、赤信号か」

小山 「部長、信号の3色をカップめんに使うってアイディアはどうです?
 赤は激辛スープ、黄色はとんこつ、青はわかめがたっぷり入ったラーメンとか」

大川 「いや、青は青海苔だろう」

小山 「部長も調子が出て来ましたね。
 おや、目の前にカラオケボックスがありますよ。あそこはどうです?」

大川 「いや、今は歌いたい気分じゃない」

小山 「そうじゃなくて、連想ゲームの方です」

大川 「あ、そうか。うーん連想連想・・・
 カップめんを、カラオケマイクを箸代わりにして食ったら、食いづらいだろうなー」

小山 「何のアイディアですか、それは」

大川 「そうだ、カップめんのフタをあけたら、
 中からカラオケが流れてくる・・・なんてアイディアはいいだろ」

小山 「いいですけど、ずいぶんコストがかかりそうなアイディアですねー。
 いったい誰の曲が流れてくるんですか?」

大川 「そりゃあ決まってるよ。
 よく沸いたお湯をカップめんに注ぐんだぞ。『めん・アット・沸ーく』だ」

小山 「・・・大喜利じゃないんですから」


――(ト書き)
 それからこの大川部長と小山部長補佐の2人、カップめんの商品開発に使える
『ちょっとしたアイディア』を求めて、都内の至る所を巡ります。

 ある時は山手線を1日中ぐるぐる回り・・・
またある時は修学旅行生の格好をして、渋谷・原宿をうろつき・・・
またある時はハトの格好をして、浅草・浅草寺の境内で豆を食い・・・
またある時はゴジラとモスラの着ぐるみを着て、東京タワーによじ登り・・・

 すっかり会社にも戻らず、日々あちこちで、
アイディア探しのパフォーマンスに明け暮れておりました。
そんなに目立つ2人を、マスコミが放っておくはずがない。


大川 「さーて、今日は大塚駅前でストリートミュージシャンだ。歌うぞー」

田中 「すいません」

大川 「はい?」

田中 「私、六本木テレビでビジネス番組のプロデューサーをやっております、
 田中と申しますが・・・」

大川 「何か?」

田中 「先日、番組の企画会議で、
 都内を回ってアイディア探しのパフォーマンスをなさっているオモシロ会社員2人組がいる、
 という話が出まして・・・それで興味を抱きまして、拝見しに参りました。
 もしよろしければ、私どもの番組で取材させていただけないか、というご相談で・・・」

大川 「取材ですか! それはありがたい!
 うちの会社の宣伝にもなりますし、こちらこそぜひお願いします!」


――(ト書き)
 これをキッカケに、あちこちの情報番組やワイドショーで引っ張りだこになる。
CDは出す。本は出す。
講演はする。営業回りはする。
営業用のネタを作らなきゃってんで、コントを作ったりして。
コンビの名前は「部長と補佐」。そのまんま。
 一躍、時の人です。


――(道端でタクシーを拾う2人)

小山 「えーと、赤坂テレビまで。

 いやー部長、それにしても、まさかこんな風になるとはねぇ」

大川 「そうだなぁ。
 でも我々がTVに出て広告塔になったおかげで、
 我が社のカップめんの売り上げもグンとのびたんだ。
 これも会社孝行だよ」

小山 「おかげでよく判りましたよ。
 今のマーケットは、『ちょっとしたアイディア』なんて全然無くても、
 商品は売れるんだ、っていうのが」

大川 「ホントだなぁ。
 そういや、我々2人を会社から表に追い出したアイツ、今どうしてるんだろう」

小山 「松沼ですか」

大川 「我々が外回りを始めてすぐの頃、うちのお偉方と大モメにモメて、
 翌日辞表を出したんだよな」

小山 「もったいないですねぇ。仕事はできる奴だっただけに。
 あの性格じゃ会社勤めは続かないでしょうけどねぇ。

 ・・・あれ? 運転手さん、ちょっと止めて!」

大川 「どうした?」

小山 「ほら、あそこの屋台のラーメン屋」

大川 「なんだ、久しぶりにやるのか、連想ゲーム?
 麺類関係はダメだぞ」

小山 「そうじゃなくて、あそこの屋台でジャンパー着て立っている奴、
 松沼に似ていませんか?」

大川 「松沼? あっ、ホントだ松沼だ!
 おーい、松沼ー!」


――(と言いつつタクシーを降りる2人)

松沼 「あ、大川さんに小山さん。
 どうもごぶさた・・・しております」

大川 「ちゃんと敬語が使えるようになってるじゃないか。ハハハ」

松沼 「はい、会社を辞めて、ちょっとだけ世間の風に当たりましたから・・・」

小山 「ラーメンの屋台をやってたんだ」

松沼 「はい、やっぱ自分、ラーメンが好きなんスよ。
 将来店を持ちたくて、半年前から屋台借りて、自己流で作り方覚えて・・・」

大川 「自己流か。
 まぁ、君の性格じゃ、誰かに習ってというのは難しいもんな」

松沼 「きついなぁ。
 よかったら、1杯食べてってくださいよ」

小山 「いいね。部長、いただきましょう」

大川 「ハハハ。じゃ、君の自己流の味をご馳走になろうか」

松沼 「はい、お待ち!」


――(大川と小山、ラーメンを食べる)

小山 「ん、うまい! うまいですね、部長!」

大川 「ホントだ、とても屋台を始めて半年の味とは思えないよ!
 君、これには何か秘訣でもあるのか?」

松沼 「え?」

大川 「何か特別なものでも入ってるのか?」

松沼 「えへへ、ちょっとしたアイディアが入ってます」



  <完>



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