関係者以外立入禁止(プレリク)
「いいの? 本当に」
 今日はオフのはずの晃哉は、私を連れてCXに来ていた。
「うん、エミだって俺の関係者だから大丈夫」
 晃哉の仕事場が見たい、と言ったのは私のはずなのに、いざ来てみると何だかしり込みしてしまった。そんな私に晃哉は前歯を全開にして微笑む。それでも少し足の重い私を、晃哉は手を引いてさっさと社員通用口に向かった。入り口のガードマンに通行許可証をチェックして貰って、そのまま私ごと早足で中へ歩いていく。晃哉が向かったのは地下のリハーサル室だった。鍵を借りて晃哉が重いドアを開けると、そこはに綺麗にワックスがけされた広いフローリング。ドアを除いた壁の全面が鏡張りになっている。
「すごい…。いつも、こんなところで練習してたんだ?」
「うん」
 CXの見学コースは私も行ったことがあったが、社員専用の内部に入ったのは初めてだった。廊下も壁もドアも、どれもまだまだ新しく綺麗で、このリハーサル室も塵ひとつない。
 私が珍しそうに周りを見ているうちに晃哉は部屋の隅の方にしゃがむと、コートを脱いで持ってきたダンスシューズを履いた。それからストレッチを始める。
「まったく、もうすぐ新曲のPVも撮るっていうのに、誰も来てないんだもんなー…」
「仕事中なんじゃないの?」
 鏡張りの部屋で、しゃがんで足を伸ばした晃哉と、うろうろと周りを見ている私が映る。晃哉は前屈をしている。
「いや、シュウはオフだって言ってた。どっか行ってんだろ」
「じゃあ晃哉さんが真面目すぎ」
「女連れでも真面目かなあ?」
 晃哉の科白に私の方が照れてしまった。未だに晃哉のこういう言葉に慣れない。
 ふう、と晃哉は息をついて私の方を見た。
「エミもする?」
「あ、うん」
 私もコートを脱いで、Gパンのまま晃哉の隣に座った。晃哉が自分の部屋でストレッチをするときは私も一緒にするのだけど、私の身体は一向に柔らかくはならない。
 晃哉と同じようにゆっくりと前屈をしていく。正面の鏡で隣の晃哉が見える。
「うーん…」
 爪先に向かって私は手を伸ばす。けれどその手は爪先にはほど遠い。次に開脚して片方ずつ体を横に倒していく。
(あれ、晃哉さんがいない)
「それ」
 いつの間にか私のすぐ後ろに来ていた晃哉が思いきり私の肩を床につくまで押した。
「いったい! イタイイタイイタイ!」
 そのままバランスを崩して私は床に転がった。伸ばした方の脇腹を縮めて、身をよじる。
「もー、晃哉さん…! 私、体固いんだから」
 あはは、と笑って晃哉は私の側に座った。すぐに起きあがって私は反撃の擽りに出た。
「うわ! ははっやめろってエミ!」
 今度はくすぐったがって晃哉が床に転がった。私は指をわきわき、とワザと動かして見せて晃哉に更に襲いかかる。転がったままの晃哉を一頻り擽って笑わせた。やっと私の気が済んでお互いの笑いが収まったときだった。いきなり晃哉が寝ころんだまま私の手を掴んで、引き寄せようとした瞬間、
「あっれー、平山さんきてたんだー」
ドアを開けたのは神波だった。
「お疲れー」
 そのままの姿勢で晃哉は答えた。私の手首を掴んだままの晃哉の手が気になった。神波は両手に一抱えのポリ袋に入ったままの服と、帽子やネクタイの小物を持っていた。
「お疲れさまでーす、えみちゃんも来てたんだ」
「うん、中、見たいって言うから」
 晃哉は起きあがってそのまま私の前に座り込んだ。自然に晃哉の手が私から離れる。私は神波に「こんにちは」と挨拶をした。神波もお辞儀をしてくれる。そしてドアの近くの隅に腕いっぱいの服を下ろすと、1着ずつハンガーに綺麗に掛けなおして壁の衣装かけに並べ始めた。
「あのねえ、衣装が来たんだよ新曲の! で、誰かにモデルになって貰おうと思って」
 背伸びしてハンガーを掛ける神波が振り返って言った。手伝おうかな、と腰を浮かせかけた私は勢いよく神波に駆け寄る。
「ええっ、どんなの?! 見たい!」
 そんな私にくすくすと笑いながら神波は手を休めない。
「というのは嘘で。ちゃんとサイズ合うか、試着しないとね?」
 平山さんは直し入る確率高いんだよね特にジャケットが、と言った神波はなんだか上機嫌だった。
「平山さんが一番乗りっと」
「えぇ?」
「えみちゃんも見たいよねえ?」
 まだパッキングされたままの黒のジャケットを1着、壁から外して見せて神波が言った。
「うん、見たい!」
 ぶんぶんと音が鳴るくらいに私は首を縦に振る。
「ほらほら、えみちゃんも言ってんだしさ!」
 晃哉に袋入りの衣装を一揃え押しつけると、神波は部屋の端に晃哉を追いやって着替えさせ始めた。


 新しい野猿の新曲は格好いいダンサブルな曲で、振り付けもSAM氏に戻っていた。新しい衣装は黒のスーツにシルクハット、ネクタイも黒。濃い青のシャツに晃哉の顔つきは映える。
「うーん…」
 私と神波は同時に唸ってしまった。
「シルクハット、平山さんはない方がいいんじゃない?」
「私もそう思う」
「なんだよ、折角着たのにさ」
 少しきついのか、晃哉はスーツのボタンを3つとも留めていなかった。機嫌を損ねたのかすぐに脱いだシルクハットを神波にフリスビィのようにとばして返し、大きな壁一面の鏡に向かって髪を手櫛で整えてサングラスをかけ直す。
「スーツ自体は似合うって! すっごく!」
 私は真剣に晃哉に力説する。
「やっぱこういうかぶり物は憲武さんかシュウさんだね」
 そう言って神波は首に掛けていたメジャーで修正する数値を測っていく。肩幅、袖丈、着丈、身ごろと測ってメモを取ると神波は晃哉に、もう脱いでも良いとOKを出した。しかし、晃哉は聞いていないのか、きゅっきゅっきゅ、と私も見覚えのある振りを晃哉がするので、私も立ち上がって一緒に後ろでやってみた。鏡にそれはしっかりと写り、私達はほぼ全く同じ動きをした。
「動きにくいですかー?」
 離れたところで立って私達を見ていた神波が聞いた。
「うん、少し突っ張るねやっぱり」
「ちゃんと採寸した数字で作ってもらってるんだけどなあ。何で平山さんはあわないんだろ」
「太ったのかな俺」
 は、と晃哉は自分の身体を見る。
「そんなことないよ」と私。
「肩幅が少し、大きくなってますね、そのせいですよ」
 さっきのメモを見ながら神波が言う。
「来週には直したのが出来ますよ」
 言いながら煙草に火をつけた神波は、それが最後の1本だったらしく箱をくしゃりと握りつぶした。
「カン、煙草買いに行くなら俺のも」
「あ、はい。いいですよ」
「カートン買いしてきて」
「えぇ?」
 神波は目を白黒させた。
「いいから!」
「だってカートンなんて、いったんCXから出ないとないじゃないですかあ」
「頼むよ神波ィ」
 晃哉は財布を鞄から出すと、神波に強引に5千円札を押しつけた。もー、遠いのにー、と文句を言う神波をさっさとリハーサル室から追い出した。
「わざわざカンちゃん、アクアシティまで行かせるの? 何なら私が行ってあげるのに」
 不審に思って首を傾げていると、晃哉が衣装のまま私に近づいてきた。サングラスを外しながら。
「それじゃ意味ないでしょ?」
 む、と黙って私は晃哉を見上げた。晃哉はにっこりと微笑む。
「これで邪魔はいなくなったわけだから」と言って私を胸に抱きしめた。そんな晃哉が少し可笑しくて私はそっと笑う。会社の外のコンビニまで晃哉の煙草を買いに行かされた神波が気の毒になった。けれど仕方ない、とも思う。神波には諦めて貰うしかない。
「さっきのつづき、とか言う?」
「ちょっとだけ、ね」
 晃哉の胸に顔を埋めたまま、目だけで横を見たら鏡の自分たちが見えて、私は目をそらした。


End 
済みません済みません(笑)ああもう、初っぱなからこんなん載せちゃったら、ナナはどんなに普段からこういう甘ったるぅいアホっぽぅい物を書いているんだと思われてしまう!!それだけは避けたい!
・・・ええと、ハニィことエミコからのリクエスト、「ネクタイ、フローリング、シルクハット、煙草1カートンが出てくる奴」とのことでした。クリアは出来てると思います。元々はお台場に二人で行ったときに関係者以外立入禁止の入り口の前で写真を撮り(笑)、「関係者になって入りたい!!」「というか関係してぇぇぇええ!!」と叫んだことによってできたネタです・・・。普段書いてるものとは全く違って、これでもかってくらいにいちゃいちゃな感じです。ハニィには「この神波さんには彼女がいる余裕を感じる」と言われました。「休みの日の仕事場に女連れで来てんじゃねーよ」という感じがないからだそうです。ううむ、深い(笑)。
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