■ヨハン・デ・メイ (Johan de Meij 1953〜 )
交響曲第1番『指輪物語』(1984-87年)
比較的若いジャンルである吹奏楽の世界では、現在も盛んに新作が書かれています。欧米や日本で人気を得てその作品が好んで演奏される作曲家もたくさんいます。彼らの作品のうち、どれほどが名曲として残るかは未知数ですが、今後の展開の楽しみなジャンルであると言えましょう。
そんな吹奏楽の世界で、ベルギーのファン・デル・ロースト(Van der Roost)と並んで現在最も注目されている作曲家は、オランダのヨハン・デ・メイです。バンドのトロンボーン奏者として出発した彼は、今回紹介する『指輪物語』でサドラー賞を受賞して以来、作品が発表される度に話題を呼んでいます。交響曲第2番『ビッグ・アップル』、交響詩『ネス湖』などの作品があります。
映画『ロード・オブ・ザ・リング第1部 旅の仲間』(2001年米国)の大ヒットによって、今や日本でもよく知られるところとなった『指輪物語』(1954-55)。英国の言語学者トールキンによるこのファンタジー長編小説は、所有者に強大な力と破滅とをもたらす”ひとつの指輪”をめぐる壮大な物語を、深遠な世界観を背景に描いたもので、戦後のファンタジー小説、SF・ファンタジー映画、アニメ、RPGなどに多大な影響を与えました。
その『指輪物語』の内容に基づき、デ・メイは5つの楽章から成る吹奏楽のための標題交響曲を作曲しました。それぞれの楽章には『指輪物語』の登場人物や場面の名が付けられています。演奏時間が42分に及ぶ大作です。
第1楽章: ガンダルフ
ガンダルフは偉大な魔法使いにして賢者であり、邪悪な力を持つ指輪を棄てるための旅に出た九人の”旅の仲間”のリーダー的存在です。第1楽章では彼の偉大さ、叡智の深さを描いています。まず冒頭でファンファーレが鳴り響きますが、これは旅の仲間のテーマと考えられます。次いで威風堂々たるガンダルフのテーマが登場します。中間部分ではテンポが速くなり、恐ろしい速さで疾走するガンダルフの愛馬・飛影の雄姿を描きます。その後、ガンダルフの叡智を表すと思われるコラール風のテーマを経てガンダルフのテーマが再び奏されます。
第2楽章: ロスロリアン
この楽章は『指輪物語』の第1部「旅の仲間」におけるロスロリアンの森(妖精の種族エルフが住んでいる)でのエピソードに基づいています。前半部分では高雅な宮廷舞曲を思わせるエルフのテーマや、鳥の鳴き声を模したモチーフによって、聖なる森の情景を雰囲気豊かに描いています。後半では、主人公フロドとその従者サムがエルフの王妃ガラドリエルに過去と未来を映す水鏡を見せてもらう場面を描いています。まずガンダルフの叡智のテーマが静かに奏され、第4楽章で描かれるエピソードで死んだと思われたガンダルフが、白き衣を着て歩く姿の映る様を表します。次いで音楽はにわかに緊迫し、おどろおどろしい雰囲気になります。これは水鏡に映った冥王サウロンの恐ろしい目を表しています。
第3楽章: ゴラム
ゴラム(ゴクリ)はかつて指輪を持って山中の洞窟に隠れ住んでいましたが、フロドの養父ビルボに指輪を奪われました。そのため彼はフロドたちにつきまとい、指輪を取り戻そうと躍起になります。最近封切られた映画『ロード・オブ・ザ・リング第2部 二つの塔』では、このゴラムの姿を見事なCGによって描いていましたが、デ・メイの音楽におけるゴラムの描写も負けず劣らず見事です。サキソフォンを中心にした不気味な響きによって、ゴラムの皮膚のヌメヌメした感触、すばしっこい仕草、特異な語り口などを生き生きと描いています。
第4楽章: 暗闇の旅
この楽章もまた「旅の仲間」のエピソード(小説の中では「ロスロリアン」よりも前の部分)に基づいています。旅の仲間は山脈を横断するためにモリアの坑道を通りますが、そこで悪鬼の種族オークや、炎の鞭を振るう魔物バルログに襲われます。前半では打楽器や金管の低音部による、ズンズンという地鳴りのような音が執拗に鳴り響く中で、陰りの濃い旋律が静かに歌われ、暗闇の世界の不安な雰囲気が描かれます。後半では突如オークの邪悪なマーチが鳴り響いて緊迫した雰囲気となり、次いでバルログのテーマ(木管楽器による上下行の旋律)やガンダルフのテーマが現れ、ガンダルフとバルログの壮絶な戦いを描きます。ここでは鞭も鳴らされます。戦いの音楽が静まったあと、カザド・ドゥムの橋の下の深淵へ落ちていったガンダルフを追悼する葬送行進曲が演奏されます。
第5楽章: ホビットたち
ホビットとは、ドワーフよりもやや背の低い小人の種族のことです。フロドやサムもホビットです。第5楽章では、フロドたちが指輪を棄てる旅を終えてホビット村に戻ったあとの場面を描いています。冒頭で旅の仲間のテーマが静かに奏されたあと、歌い踊るホビットたちを表すマーチ風の旋律が何度も繰り返されます。これは飲み食いすることをこよなく愛するホビットの楽天的な気質そのものと言っていいでしょう。続いてそのホビットのテーマが今度は遅いテンポで堂々と歌われますが、それはフロドたちがもたらしたホビット村の繁栄を謳歌しているかのようです。しかし、ガンダルフのテーマが堂々と再現されたあと、音楽は静まってゆきます。エルフのテーマが現れ、遠ざかってゆくような感じで曲は締めくくられます。これはフロドがガンダルフやエルフたちと共に、海の彼方の”西の国”へ旅立ったことを(それは死を暗示している)表しているのです。
このように、交響曲『指輪物語』は小説の内容を巧みに描写していますが、音楽は管弦楽かと思うような豊かな響きで彩られており、内容を知らなくともそれなりに楽しめるものとなっています。クラシック音楽ファンにも『指輪物語』ファンにもお薦めしたい名曲です。
なお、この曲には管弦楽版もあるそうです。もしCD店で見つけたら是非購入して聴いてみたいと思っています。また、映画のサントラ(音楽:ハワード・ショア)も素晴らしい出来栄えだと思います。
【追記】
その後、管弦楽版のCDを入手しました。その感想をこちらにまとめました。
管弦楽版
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Colonel John R. Bourgeois指揮 アメリカ海兵隊バンド Mark 3634-MCD
2002.02.28
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