自死の肖像
2011年7月9日(土曜日)
2●悩み受け止め 改善案 中小経営者ホットライン


 「事業資金の借り入れができなくなった、もうだめだ」
 「後継ぎがいなくて先が見えない。もうやる気が出ない」
 やるせなさや焦燥感が、受話器を通して伝わってくる。税理士の岩山直樹さん(38)=富士市石坂=が、経営に行き詰まった中小企業の経営者を対象に無料で相談に応じる「緊急ホットライン」。2月から始め、約50件の相談が寄せられた。
 「経営の改善案を提示する前に、悩みをじっくりと聞くことを心掛けている」。自殺の寸前まで追い詰められるような経営者は真面目で誇り高い人が多い。ホットラインで弱味をさらけ出した勇気を、しっかり受け止めることが大事という。
 岩山さんには、中小経営者の自殺を、人ごととは思えない切実な経験がある。
 16年前、岩山さんの父親は富士市内で大手電気メーカーの部品を製造する町工場を経営していたが、資金繰りが悪化。経営難に押しつぶされるように、自殺を図った。一命は取り留めたものの、自宅を売却しても返しきれないほどの大きな借金を抱えることになった。
 父親は岩山さんが子どものころ、少年団のサッカーの試合の度に仕事の合間をぬって応援に来てくれた。思春期の反抗期にも、辛抱強く、温かく受け止めてくれた。そんな父親が自殺するほど苦しんでいても、岩山さんに悩みを打ち明けてくれなかった。「俺はなんて非力なんだ」とうちひしがれた。
 その約10年後、友人らとIT系のベンチャー企業を立ち上げた。経営方針の違いで友人らとたもとを分かち、岩山さんは多額の借金を抱える羽目に陥った。「経営者は孤独だ」。自殺未遂まで追い詰められた父親の気持ちが、初めて理解できた。
 「失敗を繰り返さないために、経営について本物の知識を身に付けよう」。勉学に励み、3年前に税理士の資格を取得し開業した。「父親や自分のようなつらい思いを味わわせたくない」。決意を胸に、中小経営者からのホットラインに真摯しんしに向き合う。


東日本大震災の後に経営不振に陥った中小経営者にも「大丈夫、諦めないで」と呼び掛ける岩山さん=富士市石坂で

 東日本大震災後、企業の生産活動が滞っており、中小経営者を、さらに追い詰めかねない情勢だ。
 「法人格のない個人事業主の多くは丼勘定の経営で窮地に陥りやすい。でも、無駄な支出をなくすなど経営努力をPRすれば、運営資金の貸し出しに応じる金融機関が見つかるケースはある」
 5月ごろには、静岡市のマンション経営者が「沿岸部の住民が津波を恐れて引越してしまった」と悲痛な声で相談してきた。岩山さんは穏やかに語りかけた。「大丈夫。諦めないで」

中小経営者の自殺
 内閣府の統計によると、2010年の自殺者3万1,690人のうち、「自営業・家族従業者」は2,738人と全体の8.6%。男女別では、男性が2,451人と9割近くを占めた。動機別では「経済・生活問題」が1,650人と半数を占めた。「緊急ホットライン」は岩山直樹税理士事務所=電0545(22)6558=へ。原則として富士市と近辺の経営者が対象。
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