9●前頭前野 外背側部の指令 期待高める正の回路形成 |
痛みの緩和に関係するのはβエンドルフィンだと述べた。しかしエンドルフィンの作用を阻止してもプラシボの効果は残る。この効果を説明するため、「ドーパミン」という脳内伝達物質が候補になった。
ドーパミンの神経活動を調べるために、ドーパミンの受容体であるD2、D3受容体と結合するアイソトープ(放射性同位体)を注入し、結合を調べたのである。
痛みとしては咬(こう)筋(ものを咬むためのほおの筋肉)に5%の食塩水をゆっくり注入する。高濃度の食塩水は注入されると、強い痛みを感じる。20分かけて0.15ミリリットル注入するが、その際15秒ごとに被験者に痛みの程度をコンピューターの画面に示させる。
次に、被験者に新しい鎮痛剤だと伝え、生理食塩水を静脈に注射する。その後、咬筋に高濃度の食塩水を注射して痛みの程度を調べる。するとプラシボの注射を受けた人の痛みは軽減していた。
このとき脳を機能的磁気共鳴画像法(fMRI)で見ると、側坐核の活性が上昇していた。さらにドーパミンの受容体の活性も増加していたのだ。
プラシボ効果の大きな人に架空のマネーゲームをさせる。ある質問にうまく答えれば、お金をもうけることができるというゲームである。もちろん、その行動がうまくいかなければ、お金を失う。しかしプラシボ効果が大きい人は、側坐核が非常によく反応している。お金を得るという期待が高いときには、側坐核の活動が高いということだ。
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側坐核が反応するということは、何を意味するのだろうか。図に示すように、側坐核が刺激されると、その情報は前頭前野の外背側部を刺激する。この部分の活性化はへんとうの活動を抑え、不安、恐怖などの感情を抑える。同時に中脳水道周囲核を刺激してβエンドルフィンを出させる(この神経は脳内のいろいろなところに突起を伸ばし、ここでエンドルフィンを出す)。
中脳の腹側被蓋(がい)を刺激すると、ドーパミン神経が活性化され、それがさらに側坐核を刺激するというように、正の回路が形成されるのである。その結果 、痛みを感じなくなる。 |
プラシボを与えられたとき、「痛くないはずだ」と考え、その指令を脳のいろいろなところに送るのは前頭前野、その外背側部なのだ。ここが「私」なのである。
痛みを感じさせなくなるというのは、側坐核の働きということは分かったのだが、プラシボの作用には痛みを抑えるような働きだけでなく、良いことを期待する働きもある。