私たちは病気になると、医師の診察をいつも心待ちにする。そして医師が来てくれると、それだけで治ったような気持ちになる。さらに医師の一言一言に注意を払い、その言葉の中から何か病気の重篤さ、治癒の可能性などについてのヒントを読み取ろうとする。
実際にそうした言葉を使った医師に聞いてみると、以外に本人はそれほどの意味を持っていると思わない場合が多いのである。ふとした気持ちから話してしまったということも多いようだ。
では、患者は医師の言葉を回復後も覚えているだろうか。言葉によって傷つけられ、回復が遅れたような場合には、医師の態度を恨み、非難することが多いが、回復した場合には意外と医師の言葉や態度を忘れてしまっているということも多いようだ。
なぜ医師の言葉や態度などが、病気の経過に影響を与えるのだろうか。それは言葉によるプラシボ効果だとされる。プラシボという言葉は後で説明するが、日本語では「偽薬」などと訳されている。しかしプラシボ効果は薬に限定されるものではないので、ここではプラシボという言葉を使うことにする。
英国のトーマス医師は、いろいろな病院で自覚症状はあるが、検査しても悪いところが見つからないという患者200人を選び、研究した。
試験は患者を4つのグループに分けた。二つのグループには医師が患者に「2、3日でよくなりますよ」と肯定的に告げ、うち半数に「この薬は必ず効きますよ」と説明して効果のないプラシボを投与し、もう半数には何も与えなかった。
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残る二つのグループには「いろいろ調べましたが、原因が分かりませんでした」と否定的に述べ、その半数には「この薬は効くかどうか分かりませんが」と言ってプラシボを投与した。ほかの半数には何も与えなかった。つまり「肯定的な言葉とプラシボあり」「肯定的な言葉とプラシボなし」「否定的な言葉とプラシボあり」「否定的な言葉とプラシボなし」の4グループで比較したのだ。
二週間後に病院から質問表が送られ、患者が回答した。すると図に示すように、「効きますよ」と言われてプラシボを投与された人の64%は症状がよくなっているのに、「効くかどうか分かりませんが」と言ってプラシボを投与された場合は39%にとどまった。プラシボのありなしを見ると、プラシボそのものの効果はなかったのである。
医師が肯定的に述べたときにのみ、プラシボの効果もあり、回復もしたのだ。 |