うつ病を防げ
2010年8月5日(木曜日)
10●薬 2   結核治療薬から薬効発見


 もう一つのうつ病の薬の発見は次のようなものだ。戦前、結核は重い病だった。薬としてストレプトマイシンが発見され、治療が可能になったが、難聴という副作用を伴った。そこで結核の治療薬として合成した化学物質がないか、探すことが行われた。その一つがイプロニアジドという薬だ。
 この薬で結核を治した人たちは精神が高揚し、気分が良くなった。結核が治ったというだけでは説明のつかない高揚感だったのである。イプロニアジドを与えた動物の脳を調べると、モノアミンの量が非常に増えていた。
 モノアミンなどは神経末端からシナプスの間隙(かんげき)に放出される。すると次の神経の受容体と結合し、次の神経を刺激する。その結果、精神の安定とか高揚感が生まれるのである。
 モノアミンは受容体との結合が終わると、再度もとの神経末端に取り込まれる。そして、一部は再度使用するため、シナプス小胞という袋に入れるが、残りはモノアミン酸化酵素(MAOと呼ばれる)により分解される=図。イプロニアジドはモノアミン酸化酵素の作用を阻害するので、モノアミンがすべてシナプス小胞に蓄えられ、再度使われる。すでにできているモノアミンに新しくできたモノアミンが加わるのでモノアミンの量は多くなる。

 1950年代にニューヨークの精神科医ナタン・クラインはイプロニアジドをうつ病の患者に投与し、著効を上げた。イプロニアジドはうつ病の最初の薬になったのである。
 ところがイプロニアジドはモノアミンに似た物質を分解しないようにする。とくにチーズなどに入っているチラミンという物質を分解しないようにさせるので、服用者は血圧が上がり、脳出血などの副作用を起こした。イプロニアジドを服用している人は厳しい食事制限を受けなくてはならなかった。
 チラミンは腸管から吸収され、血管内に取り込まれ、脳に送られる。脳の血管壁にはモノアミン酸化酵素があり、チラミンが分解されるが、イプロニアジドを与えるとチラミンは分解されない。脳内で血管心臓中枢を刺激するので、血圧が上がり、ときには脳出血を起こす。チーズなどチラミンを含む食べ物は厳禁になったのだ。
 最近では脳内だけでモノアミン酸化酵素を抑える薬が開発されるようになった。血管壁ではモノアミンやチラミンは分解されるので、血圧上昇など副作用はなく、うつを防ぐ作用だけがあるとされる薬が開発されている。

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