「絆」という言葉にふれて思うこと
哲学者・大谷大学教授 鷲田 清一 2012年5月9日(水曜日)中日新聞「時のおもり」より
だれへの呼びかけなのか

 幽霊のように、いま、この時代にいちばん必要なこととして、流通している言葉がある。「絆」。


 だれがだれに向けて呼びかけている言葉なのか、わたしにはよくわからない。そうした「呼びかけ」の言葉をまわりで耳にしたこともない。とすると、東北の被災地へボランティアに駆けつける人びとのモチベーションを上げるための言葉なのだろうか。あるいは、このたびの震災を機に、日々の暮らしのなかで「つながり」の大切さを痛感した人びとが、それをまわりの人たちに訴えるときの合言葉なのだろうか。わたしには、何が具体的に必要かがくっきり見えているときに、人びとのあいだでそのような比喩の言葉を必要とするとは思えないのだが。
 比喩というのは、「絆」がもともと「馬・犬・鷹たかなど、動物をつなぎとめる綱」(広辞苑)を意味する言葉だからである。「絆」とは「つながり」というよりも、むしろ何かを繋縛けいばくするものであることは、いまはさておく。じっさい、「格差」を強く意識させられ、孤立のなかで貧困に向きあっている人たちは、それに抗あらがう言葉を発しこそすれ、「絆」の回復を、とは口にはしないだろう。
 とすれば、「絆」は、政党団体や慈善団体をも含め、報道メディアや出版界など言論を生業とする人たちのあいだで流通している言葉のように思えてならない。「つながり」を否定する人はいないから、だれも表だって反対できない匿名の言葉として流通しているだけのように思えてならないのだ。
 たしかに、「絆」という言葉の裏には、「多様性」というもう一つの流通語が空疎に響くだけに終わったという苦い認識があるのだろう。この認識について、かつて平川克美は、「多様というよりは、個々の欲望の目先が細分化し、お互いがお互いを参照する必要のないところで自己決定、自己実現しようともがいている光景」、つまりは「ひとりひとりが、分割されて、お互いに交通することをしなくなるということを称して、『多様性の時代』と言うなら、それは人間の本質的な多様性というものの価値を断念した時代という他はない」と書いた。
 思えば、戦後の高度成長期、わたしたちが生活の向上をめがけているときは、「三種の神器」に象徴されるように、人びとの欲望は画一的であった。1950年代後半にはテレビ、洗濯機、冷蔵庫が、60年代半ばにはカラーテレビ、クーラー、自動車という3Cが、庶民の合言葉となっていた。それが、少なくとも主観的には「一億総中流」としてある程度達成されると、逆に欲望の形はばらけてくる。「豊かな」生活のなかで人びとの嗜好しこうは多様化してくる。幸福の記号やメニューが増えてくるのである。が、その「多様性」が、平川の指摘したように「欲望の細分化」でしかなかったこと、ひいては人びとのあいだの交通の遮断、つまりは分団の深化であったことは、おそらくまちがいない。


 だからこそ人びとのあいだに「絆」を、というわけなのだろうが、いま必要なのは、「絆」というイメージの言語でその分断に被おおいをかけることではなく、むしろその分断の、ひいては「格差」の認識を、さらに深めることではないのだろうか。他者とのあいだに厳然と存在する溝の深さをさらに細部にわたって知ること、これは痛い認識である。けれどもそれを通じてしか、ほんとうに必要なものは見えてこない。痛みを「分かちもつ」ことはその先にしかありえないとおもう。「絆」という言葉の被いは、多様性の前提となる差異の存在を覆い隠すものになってはならない。