競争社会で気を楽に生きる
高田 明和 たかだ・あきかず 2011年10月8日(土曜日)中日新聞「人生のページ」より
比べず
自ら喜べるものであれ [上]
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2001年に小泉純一郎氏が首相になり、小泉改革が始まった。今までの規制はできるだけ撤廃させ、企業、組織、人間間の競争を自由にさせよう、そうしないと規制だらけの日本は国際的な競争に負けてしまうというのが、小泉さんの考えだった。
その結果競争が激しくなり、勝者は自己の業績を誇り、敗者は屈辱にまみれる生き方をせざるをえなくなった。競争社会では勝者がある反面、敗者も必ず出る。各人の天性の才能、教育環境、運などもあり、努力だけでは、目的を達成できないのが普通である。そうなると、敗者は精神的に屈辱を負い、生きるのが苦しくなるものだ。
詩人で文化勲章の受賞者、堀口大学は「座右銘」という次の詩を作った。
暮らしは分が大事です
気楽がなにより薬です
そねむ心は自分より
以外のものは傷つけぬ
堀口大学は一流の詩人である。それでも、人をうらやんで苦しみ、このような詩を作り、いつも心に秘めていたのには驚かされる。
私の医学分野でも優秀な人、そうでない人の間には大きな差がある。昔は周囲の人に配慮して研究費、学会賞、国際学会への招待などは、自分や周囲の数人のみの知る事項であった。今は大学の広報誌に、研究費の授受、学会賞の受賞、企業からの助成の有無などが細かく記載され、大学で誰がどのような立場にあるかが分かるようになっている。このようになると大学の同僚間の優劣を身にしみて感じ、心が穏やかではなくなるものである。
さて、昔海軍で、本来秋山さねゆき真之が海軍次官になってもよいところをその才能、人望から鈴木貫太郎が海軍次官になった。そのために2・26事件の際に部隊を率いる安藤輝三大尉の軍に射撃され瀕死ひんしの重傷をおった。その後、連合艦隊司令長官にもなり、戦前の日本政府最後の総理大臣になった。彼の座右銘は「求めぬ者は富む」であった。求めないことは敗者の論理でなく、心の幸せの論理である。
足るを知り、多くを望まず、なすことを少なく、簡素な暮らしをする者は感覚器官が鎮まり、懸命で、謙虚である。
ブッダに信者が次のように問うた。「人はどのように激流を渡るのですか。どのようにして海を渡るのですか。どのようにして苦を越えるのですか。どのようにして清らかになるのですか」
答えは「人は信仰により激流を渡り、怠りなきことで海を渡る。精進によって苦を越え、智恵によって清らかになる」であった。
競争が苛烈かれつになり、混乱する世の中で、誰を信じたらよいのだろうか。地位がその人の人生を支配する時、人は地位以外に人生の目標をおくだろうか。地位を得るためには友人も、恩人も裏切る。精進する人以外に信じられる人はいないのである。
人生はお金ばかりで決められない、とよくいわれる。日本に比べ中南米の人たちは確かに貧しい。しかし、彼らの顔に漂うものの方が豊かではないだろうか。サッカーの試合で狂喜する中南米の人たちを見ると、幸福とは何かを改めて考えさせられる。
厚生労働省によると、精神疾患の患者は、1996年、約220万人だったが、2008年には約320万人と約1.5倍に。この間、がんは約130万~約150万人で推移、虚血性疾患は約120万人から約80万人に減っている。競争社会が私たちを幸せにしない証拠としてあげられるのではないだろうか。
ブッダの教えに三法印という宇宙を貫く真理がある。第一は「諸行無常」で、どのようなものも一瞬も同じでないとの教えである。第ニが「諸法無我」だ。自分のものと言えるものは何一つない、すべては因縁により結果が生まれ、それが因縁を生み、さらに結果を作って宇宙は進む。最後は「涅槃寂静ねはんじゃくじょう」。世の中で唯一変化しないのは心の奥にある「本当の心」という。
ブッダは生きるものは安楽で、平安で、自ら喜べるものであれ、といわれる。私たちはこの教えに従っているだろうか。
念を継がず
苦の元は記憶にあり [下]
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私たちはたえまなく変化している。脳も細胞も細胞内の成分もである。過去の自分は、もはや今の自分ではないと言える。仏教の「諸行無常」は、私たちに過去は存在しない、過去の自分とは関係ないという教えである。過去の自分の言行を思い出して、それを今の自分だと思うのは自分を苦しめるだけだ。後悔は、自分を苦しめるのみならず自分の能力も損なうのである。
英国のオックスフォード大学の内科の教授をしていたウィリアム・オスラーという学者がいた。もともとカナダの牧師の子どもとして生まれたが、医学を志し、卒業したマッギル大学の内科教授になり、その後は米国に渡り、エール大学、ジョンズ・ホプキンス大学の教授になった。当時は米国と英国の間の旅行は船旅であった。
舟に乗ると大きな音がする。船長に聞くと、これは船室の隔壁をつるし上げている鎖のからからする音だという。オスラーは非常に感銘を受け、エール大学の講演で「自分は4つの大学教授にになり、え偉大な能力をもっていると思っている者も多いだろうが、そんなことはない。その船の隔壁のように、記憶をその中に閉じ込め、思い出さないようにして生きてきただけだ」と述べたという。偉大なオスラー教授にして、この言である。
さて、仏心は仏教徒に限られたものではなく生きとし生けるものがもっている心の本質とされる。私たちはすべて仏心をもっているので、本来悪い人、よい人などというものはない。ただ記憶がよい、悪いを決めているのだ。
臨済宗の盤珪永琢ばんけいようたく禅師は1622年に播州の浜田村に生まれた。草庵そうあんにこもり努力したが、次第に体をこわし、衰弱し、死に瀕ひんした。気息奄々きそくえんえんの中で、忽然こつぜんとして悟った。親が生み付けてくれたものは仏心一つで、不生にして霊明なものだという。
不生ならば当然、不滅といえ、人間はすべて仏心をもっており、悪人の善人のという差はない。盤珪は「悪人を転ずれば、即仏心でござる。悪人といえども不生の心があると申せましょう」と述べている。
さらに盤珪はこうも教えている。不生の仏心から離れてしまうと、怒り、腹を立て、惜しみ、不足の心が起こる。これを止めようと思っても、それに留まれば、一つの心が二つになる。走るものを追うようなものである。例えば、怒りを止めようと思うと、怒る念と止めようという念が闘って止まらない。そこで思わず怒ることになる。怒る念に執着せず、止めようとも、止めまいとも思わず、関わらなければ、おのずと止まるものなのだという。
つまり競争を忘れ、競争の結果を忘れること以外に心を静める方法はないのである。どの世界にもイチローがいて、石川遼がいる。この二人とて永遠に勝者ではいられない。どのような分野でも決してかなわない人がいる。そうならば競争の結果に幸せを求めることはできないことが分かる。私は競争では本当の幸せを得られないと思っている。
盤珪は、あらゆる苦の元、争いの元は記憶にあるとしている。嫁姑しゅうとめから苦しみを訴えられたときに言った。
「嫁は憎いものではないぞ、姑は憎いものではないぞ。嫁が、姑が、あの時にあんなことをした、言いなさったという記憶が憎いのだ。記憶さえ捨ててしまえば、嫁も姑も憎いものじゃないぞ」と述べておられる。
われわれはよいことを望む。しかし、よいことも心を乱す原因になる。よい業績、地位、財産などを望むことは、競争の世界に飛び込むことにほかならない。その結果、心に苦しみが忍び寄ってくる。
よいことにも悪いことにもとらわれずに生きてゆく覚悟が、心を乱さない方法である。よいことだけを望み、羨望せんぼう、嫉妬、劣等感などという感情をまったく抱かないということはできない。では、「好事も無きに如しかず」といい、よいことだって、心を乱すから、とらわれてはいけないと教えている。
私たちは記憶がよくなければ、この世で活動できないから多くの人は記憶をよくしようと努力を重ねる。しかし、その記憶が私たちを、憎しみ、嫉妬、憎悪の世界に導き、人間関係を悪くしているのではないだろうか。
競争を忘れる、競争相手を忘れる、競争の結果を忘れることが心に平安をもたらす。その結果、自然に仕事もできてくるというのが私の経験である。他人のことを常に意識し、うらやめば、心を乱し、結果的に自らの仕事を妨げることになる。
たかだ・あきかず 1935年、静岡県生まれ。慶応大医学部卒、同大学院修了。ニューヨーク州立大助教授。浜松医科大教授を経て同大名誉教授。専門は脳生理学。テレビや講演を通じ心の健康を啓発。「『一秒』禅」(成美文庫)「他人と比べずに生きるには」(PHP新書)など著書多数。 |