自然は思い通りにならない
JT生命誌研究館館長 中村 桂子 2011年7月20日(水曜日)中日新聞「時のおもり」より
危うい「大量に」「便利に」

 福島第一原発の事故から4カ月。この間、科学技術文明のあり方を基本から考える必要を感じてきた。考えるべきは、原子力発電という一つの技術ではない。科学技術のありようを単なる効果や閉じた場での安全性に止とどまらず、自然との関わりの中で総合的に捉えなければならない。
 そのようなことを考えていた時、米国の科学誌に、農薬耐性の雑草がはびこってきたという記事が出た。遺伝子組み換えによって生み出されたトウモロコシ、ダイズ、ナタネ、ワタ、テンサイなどが、今世界中に広まりつつある。一つは除草剤耐性、もう一つは害虫耐性という性質を持ち、栽培の手間が少なくてすむということで農民に受け入れられているのである。
 1996年から商業栽培が始まり、2009年には1億3400万ヘクタール、当初の80倍にふえている。日本はまったく栽培していないが、世界地図を見ると北米、南米、オーストラリアに始まり、中国、インド、東欧、さらには東南アジアやアフリカへと広がっているのがわかる。


 日本では、遺伝子組み換えという技術それ自体への抵抗があって栽培されていないのだが、世界では、便利な作物として採用されている感がある。食品としての安全性については、組み替えをしていない作物との比較で特別の危険はないという判断が経済協力開発機構(OECD)から出ている。安全に絶対はないというのは科学技術の鉄則であるが、現時点での自然のものとの違いを示すデータが出ていないことは事実であり、安心の立場からの評価をどうするかによって判断がきまる。
 ところで、今回問題になっているのは食品としての問題ではなく、特定の除草剤耐性の作物を栽培し続けたためにそれに耐性の雑草がはびこるようになってしまったという点だ。
 一つの薬を使い続けるとそれに耐性の個体が登場するという事実は抗生物質とバクテリアの間ではよく知られていることだ。バクテリアの場合、耐性遺伝子の運び役が知られており、す早い、しかも多種類の薬剤への耐性出現に悩まされている。組み換え作物の場合も、作物自身から雑草へと耐性が移るのではないかという懸念が出されてはいた。
 しかし、今回出現した耐性雑草は、本来自身の中に持っていた耐性遺伝子を増やして強くなったようだ。栽培が始まってから十数年、植物もかなり早い対応をすることがわかった。生きものは与えられた環境の中でとにかく生きのびようとするものなのである。抗生物質の時と同じように別の除草剤を考える他なかろうが、お誂あつらえのものがあるかどうか。それにこれはイタチゴッコということはわかっている。


 潤沢な量の食料を効率よく生産する。現代科学技術の至上命令だが、自然は思い通りになってはくれないし、そこを強引に進めると閉じた場での科学技術の場合以上に問題は大きくなる心配がある。世界の作物が組み換え体で一様になることにも問題がある。
 エネルギーも今や自然に人気が集まり、それを用いれば問題解決であるかのように言われているが、自然に関わり合う時は、自分も自然の一部であることを意識し、使い方を考える必要がある。大量に、便利にという気持ちをそのままに自然に向き合うと思わぬしっぺ返しがある。ここで想定外などと言わないように、考えて行動しなければならない。