社会不信 闇の中の光
中村 桂子 2010年3月24日(土曜日)中日新聞「時のおもり」より
脱貧困・脱自殺へ踏み出す
|
今、一冊のブックレットを読み終えたところである。『闇の中に光を見いだす―貧困・自殺の現場から』というタイトルの下に、二人の写真がある。一人は、NPO法人「自殺対策支援センター ライフリンク」代表の清水康之さん、もう一人は「反貧困ネットワーク」事務局長の湯浅誠さんだ。
清水さんは、NHKのディレクターとして今世紀初め自殺問題を取り上げ、遺児の現状を知らせたが、当時は小泉路線、規制緩和を進めろという声が大きく、社会の方向性がおかしいというメッセージとしては受け止められなかったそうだ。社会の辺境で起きる自殺から社会のひずみが見えるので、自殺をなくす努力はもちろんだが、それを通して社会を変えたいという気持ちが強くなり、NHKを退職しNPO法人を立ち上げたのである。
一方、湯浅さんは、東京大学大学院で政治学の研究をする中で、日本社会に明らかな貧困層が生まれていると認識し、それを見える形にしなければならないと考えて、やはりNPOで活動を始めた。
「自殺実態白書」を作成し、それぞれの自治体の相当部分に附箋ふせんをつけ、担当部署に送るなどして人々の意識を喚起する清水さんの活動と、「公設派遣村」(行政の言葉では「年末年始の生活総合相談」)など、住む場所のない人に住居を提供し、職探しを応援する湯浅さんの活動はご存じの方も多いと思うが、自身の言葉で指摘される具体的な問題点には学ぶところが多い。
清水さんが「湯浅さんに会って、まだ日本社会も捨てたもんじゃないなと感じた」と言っているが、私も、三十八歳と四十一歳のこの二人に同じことを感じた。タイトル通り、光が見える気がするのである。
活動の基本になっているのは、「政治不信が深化してきて、社会不信になってきた」という認識である。成立から半年を経過した鳩山内閣の支持率は30%にまで落ち、不支持の値の方が大きくなってしまった。では、不支持の人々が別の党に移っているのかというと、そうでもない。まさに社会不信としか言いようがない。政治不信は人を信じられないことであり、根は深い。しかし、その中に光を見つけなければならない。
問題点の指摘と、それを解決するための活動として語られるのが「総合相談窓口(ワンストップ)」である。雇用、福祉、住居を別々でなく一カ所で相談できることで、具体的な生活が見えてくるのである。追い詰められて死ぬしかないと思っていた人が、これで生きていこうと思うようになった例があるとのこと。国や自治体の部署を横断するので、実現には苦労があり、しかも現場での担当者が利用者の目線を持たず人々に情報が届かないなど問題山積の状況が語られるが、一歩は確実に踏み出されている。
自殺と貧困に向き合わなければならない社会を作ってしまったことはつらい。これを変えることこそが、皆が生きやすい社会を作ることである。それには制度改正と資金が必要だが、もっと大事なのは私たちの気持ちである。内閣府参与にもなり(湯浅さんは辞任)、明るい顔で、やりがいと手応えがあって面白いと語る二人が見ている闇の中の光を少しでも大きくできるよう応援していきたい。