暗き鉱脈の惑星──
 幾つもある坑道の一つ、その奥、仮初めの牢獄に、強さを司る炎の守護聖オスカーはいた。
 どうにか顔の判別がつく程度の明かりしかないその中で、オスカーは壁際に腰を降ろし、さてどうしたものかと、考えを巡らしていた。


◇  ◇  ◇



 女王の結界に守られ、天候も穏やかでまさに楽園といった感のある聖地は、その日、珍しく荒れていた。
 青空は暗く翳り、強風が吹き荒れ、嵐を思わせる。
 常ならぬ、そして有り得ぬ聖地の状態に、女王は異常を、そして大いなる不安を感じ、その源と思われる旧き城跡の惑星に二人の守護聖── 風の守護聖ランディと、鋼の守護聖ゼフェル── を派遣したのだった。
 そして時が経ち、聖地を嵐が襲う。それは単に天候のことだけではなく──



 オスカーは首座を務める光の守護聖ジュリアスの執務室を訪れた。入室してきたオスカーの緊張した面持ちに、ジュリアスが言葉を掛ける。
「異常事態発生、だな」
「やはり気付いておいででしたか」
 答えながら、オスカーはジュリアスに歩み寄った。
 と、廊下に荒々しい幾つもの足音が響いたかと思うと、思い切り執務室の扉が開かれ、そこには数人の軍人と思しき男たちがいた。
「聖地は陥ちた。ご同行願う。なお、女王は我らの手の内にあるものと了解せよ」
 男たちのうちのリーダーと思われる一人が、無駄な抵抗は止せと言い聞かせるように声を荒げて宣告する。
 男たちを真っ直ぐに見据えながら、ジュリアスが呟く。
「聖地の安定がこうも早く破られるとは……。一体敵はどれほどの力を……」
 それを耳に留めながら、オスカーはそうと気付かれぬように注意しつつ、その身を少しずつ窓際に下がらせた。
 男たちが二人の守護聖を捕らえようと室内に大きく足を踏み出した時、オスカーは身を翻すと、腰に帯びた大剣と己が身を持って窓を打ち破って外にその身を躍らせ、そのまま2階にある執務室のベランダから飛び降りた。
「オスカーッ!」
「しまった! 何をしている、奴を追え、逃がすなっ!!」
 リーダー格の男は慌てて窓際に駆け寄ると、マントを背に靡かせて庭を駆け抜けてゆくオスカーを目で追いながら、後に控える男たちに怒鳴りつけるように指示を出す。
 ジュリアスを捉えるために二人が残り、指示を受けて他の者たちが執務室から飛び出していくのを確かめてから、男はジュリアスに向き直った。
「馬鹿な真似はなさらぬことだ。足掻いたところで逃げられはしないのだから。連れてゆけ」
 二人の男に両脇から腕を獲られて執務室から連れ出されながら、ジュリアスは思う。
 女王陛下を抑えられた状態で、オスカーは一体何をするつもりなのかと。オスカーが何がしかの策を、手立てを見つけてくれることを祈りながら。



 ジュリアスの執務室から飛び出したオスカーは、追っ手を撒くと自分の執務室に忍び込んだ。
 自分が逃げた後に、戻っていないか確かめにきたのだろう、書類が散乱し、壁に掛けてあった楯や剣が床に落ちていた。しかしその様子に、逆に少しは時間があるか、とも思う。一度確認した後ならば、再度確認に訪れるまでは、多少なりとも時間があるだろうと。
 執務机につくと、右側の一番上の引出しの鍵を開け、その中に収められていたブレスレットを取り出して左腕にはめながら、その引出しの奥に隠すようにしてある一つのスイッチを押した。
 すると机の上の一角がスライドするように開いて、一つの端末装置がせりあがった。
 オスカーの他には、その存在は誰一人として知る者はいない。王立派遣軍の総司令部と繋がる専用のホットラインだ。
 端末を立ち上げて回線を繋げると、慣れたようにキーを打つ。そして一通り必要なことを打ち込み終えて送信スイッチを押した時、バンッと勢いよく扉が開けられ、先刻、ジュリアスの執務室を訪れた人数を上回る男たちが、それぞれに銃や剣を構えて立っていた。
「何をしておいでなのか、教えていただけますか?」
 リーダーを務める男が、真っ直ぐに銃を向けたまま、ゆっくりとオスカーに近づいてきた。
 オスカーは空けたままでいた引出しの奥から、銃を取り出しながら立ち上がった。
 オスカーの手の中にある銃を認めて、男は宣告した。
「たった一人で何をするつもりです? これだけの人数を相手に。無駄なことはよしなさい。抵抗しなければ命までは奪わない」
 オスカーは唇の端を上げてニッと笑うと、引鉄を続けて引いた、端末に向けて。
 男は顔色を変えて叫んだ。
「貴様、何をしていたんだっ!?」
「知りたければ自分で調べるんだな。ただし、できるものならな」
 そう言って不敵に笑いながら、オスカーは男に向けて銃を放り投げた。これで終わりだ、もう抵抗もしないと宣言するように。
「連れていけ!」
 部下たちがオスカーを連れていくのを横目に見ながら、男は粉々に破壊された端末の破片を手にした。
 オスカーがこれで何をしていたのか、気に掛けながら。


◇  ◇  ◇



 壁に身をもたれさせながら、オスカーはピアスに手をやった。
 ピアスに仕込んである発信機は、確実に自分の居場所を王立派遣軍総司令部に送信している。
 そして左腕、袖の下に隠しているブレスレットは通信装置になっており、これのおかげで軍と連絡を取り合い、おおよその現状も確認できている。幸い、現在閉じ込められているこの場所には敵自身も殆ど訪れることはなく、オスカーの動きにさほど注意を払っている様子は見受けられない。閉じ込められた状態で、何もできまいと思ってのことだろうが。
 現在判明しているのは、聖地が既に完全に陥ちたこと、女王は敵の手にあるのではなく、東の塔に入り、それきりであること。
 敵に囚われる前、オスカーが最後にホットラインを通じて行った指示は、『動くな』ということだった。
 敵の正体が分からない以上、ヘタに軍を動かさない方がいいと判断したためだ。まして、敵は女王の結界に護られた聖地を、ああも簡単に陥としたのだ。どれほどの力を有しているのか知れない。
 だから軍としての行動は、治安の維持と情報収集に集中するように指示を出したのだ。



 どうしたものかと、オスカーは考えを巡らせる。
 軍は、オスカーの位置ははっきりと確認している。命じれば即座にオスカーを救出するために、一隊を派遣してくるだろう。
 だが敵に囚われ離れ離れにされた他の守護聖に関しては、それぞれがどこに閉じ込められているのか、判明していない。
 加えて、報告を信じるならば、何者なのかは未だ知れないが、敵は人間を操る力を有している。しかもその姿かたちを魔物に変える力も持っている。それはつまり、場合によっては同士討ちといった事態を招くことを意味しているのだ。それではなおのこと、軍を動かすことはできないと思う。
 新宇宙の女王となったアンジェリーク・コレットが、女王と女王補佐官ロザリアの依頼を受けてこちらに戻ってきているのは、軍からの報告で承知している。
 あの娘にどれほどのことができるかは分からないが、女王が依頼したということは、何かしか考えがあってのこと。おそらく尋常でない力を持つ敵に対し、女王である彼女の力をもってすれば、対応することができると読んでのことだろう。ならば今は、アンジェリークを待つのが最善の策なのだろうか。



 そう考える一方で、もう一人の自分が、今回の事態を喜んでいるのにオスカーは気付いていた。
 誰にも言えない、オスカーの本音。
 女王のいない、守護聖のいない、聖地の存在しない世界──
 はからずも、現在の世界はそれに近い状態にある。確かに女王も守護聖も未だ存在はしているが、その力を揮うことは叶わずにいるのだから。
 それを、心の奥底で喜んでいるもう一人の、守護聖ではない、個のしての自分。
 守護聖としてある限り、女王を、聖地を裏切ることはできない。だが、心が望むことを止めることはできない。
 この身も共に滅びても構わない。この命が必要だというなら捧げもしよう。それで望みが叶うのならば。
 敵が、女王を、守護聖を、そして聖地を滅ぼし、この世界から消滅させることを、この世界が聖地の支配から解放されることを、切に願ってやまない。

── das Ende




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