オリヴィエが部屋を出て暫く、オスカーはソファに座ったまま、彼が出て行った扉を見つめ、まだ残っている赤ワインの入ったグラスを揺らしなが物思いに耽った。



 オリヴィエ、俺は一つ、おまえに言わなかったことがある。
 それは、聖地の成立に絡んでのものだ。
 何かといえば、大いなる矛盾の存在だ。
 王立派遣軍── その存在こそが、俺の推測を裏付けるものの一つなのだということを。
 聖地は、女王は、そしてその女王に仕える守護聖は、サクリアによってこの宇宙を導き、育んでいると言われている。本当にそうであるならば、聖地は、女王や守護聖は、この宇宙を争いのない、平和な世界に導くべきだろう。それが、この宇宙を統治していると言っている者の責任であり、義務といえる。だが実際にやっていることは、多少の調整はしても、基本、望まれた通りにサクリアを送るだけで、導きや育成などは何一つとしてやっていない。全くとまではいかずとも、俺から見れば、殆どやっていないといえる。内政不干渉の一言のもとに。ならば、どこに聖地が存在する意味があるというのか。
 そして現在の、いや、もうずっと前から、王立派遣軍は、聖地に、女王はもちろん、守護聖にその存在を軽んじられている。そうなっている原因は、王立派遣軍の主な任務が、この宇宙最大の武装集団でありながら、実際には軍隊というよりも、聖地の警護、サクリアに要因があるとされる被災地の救済がメインとなっているからだ。確かに、まれに星間戦争の調停などを行うこともあるが、軍隊である以上、それが本来の主任務であろうに、そうではなくなっている。故に、王立派遣軍の在り方に、聖地にいる者はそれが当然の、当たり前の在り方だと、誰も疑問を持たない。それが王立派遣軍の在り方だと思っているからだ。なのに、軍隊として、そしてこの宇宙最強の武装集団としてあり続けている。しかし今に至るまで、長く続く現状から、聖地において、王立派遣軍は軽く見られ、扱われている。その結果が俺の故郷たるヴィーザの不幸を招いた要因ともなっている。
 だから疑問が生まれる。
 なぜ、王立派遣軍は軍隊として存在しているのか。その意味はあるのか。
 王立派遣軍の成立は、聖地の成立とほぼ同時期だ。だから俺は調べた、王立派遣軍に残されている記録を。
 王立派遣軍が現在の形になる以前、それは聖地が聖地としての形態を確立する前にまで遡る。
 その頃は、そして聖地が聖地としての形態を整えて暫くは、まさしくこの宇宙最強の武装集団、紛れもない軍隊だったのだ。
 いつからか、その当時の記録はトップ・シークレットとなっており、それを顧みるものはいない。いや、その存在そのものすら、知っている者は上層部のほんの一握りであり、しかしその彼らも、その記録を確認することはできない。その資格を持たない。それほどに厳重に隠され、封印されている。それを見ることのできる資格を持つことを許されているのは唯一人、王立派遣軍総司令官のみなのだ。だが、その歴代の総司令官の中で、実際にその記録を見た者は、俺が調べた限り、存在しない。それは単に興味がなかっただけなのかもしれない、とも思う。おそらく、それが封印された頃には既に聖地は完全に確立した存在となり、その存在を脅かすものはなくなり、王立派遣軍もその軍隊としての本来の役目から離れはじめていたからなのではないか。
 だが、俺は聖地の存在に、その在り方に疑問を持ち、だから調べた。
 その結果、判明したことは、かつての王立派遣軍は紛れもなく軍隊として、聖地を守り、聖地を聖地とならしめるために在ったということだ。そう、昔は、今のような名と形のみ── 武装は確かに今でも宇宙最強のものといえるが── の存在ではなく、聖地に異を唱える者たちに対し、武力を行使していたのだ。
 俺はオリヴィエに、俺の推測として「追われた」と言ったが、推測でもなんでもない、それは事実だったのだ。当時の、まだ王立派遣軍という名前になる前、彼らは聖地に、女王や守護聖の存在、サクリアという力に背く者に対して、その力を行使していた。
 そして永い時間(とき)の中で、当時のことは記憶の彼方に忘れ去られ、記録は封印され、誰も知る者はいなくなった。だが、聖地がこの宇宙を統治しているということを内外に知らしめるために、形は整えているとはいえ、実質的には形骸化したといっていい王立派遣軍を、現在でも存続させ続けている。聖地の存在感を示す、聖地がこの宇宙を統治しているのだという事実を明らかにする、そのためだけに。
 この宇宙を導いているといいながら、実際にはただ望まれたサクリアを送るだけで、何ら義務も責任も果たしていない聖地。そして、そんな聖地のために故郷であるヴィーザを失い唯一の生き残りとなった俺と、前々から多少なりともその傾向があったとはいえ、聖地に対して、危険性を奏上しながらそれを真剣にとりあげてもらえぬまま、一つの惑星が滅びていく様をただ見ていることしかできず、そのことで聖地に対して不満や疑念を抱いていた王立派遣軍に所属する者たち。
 それが一つに重なった時、つまり今、俺は俺の目的を果たすために、そして王立派遣軍は己らの存在価値を、理由を確かめるために、俺たちは聖地に知られぬように秘かに共に動き出したのだ。
 せめて、聖地が既に形骸化している王立派遣軍を解体し、せいぜい治安維持軍程度におさえておくか、それともいっそのことレスキュー隊にでもしておけば、こんなことにはならなかっただろう。だが、あくまで王立派遣軍という存在の、建前だけを重視してそのままに存在させているがゆえに、俺は疑問を持って調べはじめ、王立派遣軍は己らの存在価値を確実なものにしたいと願った。
 導いているという言葉だけで何もしない聖地と、俺からしたら、何もできないのに、聖地の威厳を保つためだけに存在し続ける軍隊、という大いなる矛盾。そしてその矛盾は、いつか聖地を窮地に陥れることになる。
 実際のところ、既に王立派遣軍は聖地ではなく、総司令官たる俺の指示の下で、聖地の意図とは別に動いている。そう、以前ならば聖地が放置していただろうことを、聖地には内密に、俺の判断で動いている。
 俺自身は、俺が調べたことについては何もしない。ただ調べあげるだけだ。だが、その内容を王立派遣軍が把握したとすればどうなるか。
 俺はオリヴィエには、何もしない、と告げたが、たぶん、俺は調べ上げたデータをそのまま王立派遣軍に残していく。それがいつか、俺の、聖地に対する、何よりの復讐になるだろう。

── das Ende




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