全宇宙の女王と、その女王に仕える守護聖── 。宇宙の全てを統治する聖地──
 故郷に起こった出来事を知り、聖地に、その在り方に疑問を持ち、炎の守護聖となったばかりのオスカーは聖地を飛び出した。そしてそこで知り合った王立派遣軍の副司令官であったグレゴール・ゲンシャー大将の意図の元、オスカーはフランツ・シュレーダー少佐の官舎に滞在した。その間、外界では2年近く。しかし聖地に戻ってみると、僅か1週間ほどしか経っていなかった。
 禁じられていると知りながら、それでも戦争状態にあった故郷のことが気に掛かって調べてしまい、そして知った故郷の現状、飛び出した先の外界で知った、聖地と王立派遣軍の関係、派遣軍の上層部はもちろん、一般の兵士たちにいたるまで、全てはなかったが、多くの者が抱いていた、女王をはじめとする聖地に対する不満、そして何よりもそれらを知る過程でオスカーが抱いた幾つもの疑問。
 フランツの協力を得て── ゲンシャーの意図もあればこそ叶ったことではあったことではあるが── 密かに調査を始めた。特に聖地に属する他の者には決して知られないように注意しながら。
 その中で次第に幾つかのことが判明していったが、それでも、そのことだけは信じていた。女王が、聖地が支配、統治するのは宇宙の全てであると。だから宇宙が滅びに向かっていると知らされ── それ以前にオスカー自身も既にそうなるだろうと思い至ってはいたが── 、滅び行こうとしている宇宙を新しい宇宙に移転させる、そのために新しい女王となるべき者を選出するための試験を行うと告げられた時も、それは信じた。つまり、別の次元の世界、宇宙に、旧い宇宙の星々を移動させ、それを封じるのだと、そう信じていた。
 確かに一部ではあったが、外界では、宇宙は決して滅びることなどなく、今もまだ膨張を続けているとする説もあることはオスカーも知っていた。しかし、確かに耐え切れずに滅び行く星もあったが、その一方で、オスカーは無駄なことを、と思っていたが、聖地が滅亡に向かう宇宙の中で、未だに新しい星を誕生させ、育成を行い続けていたのも事実であり、外界での説はそのことを指しているのだと思っていた。
 しかし、いつしかそのこと事態にオスカーは疑問を抱くようになった。本当にそうなのか、封じられた旧い宇宙と新しい宇宙とは別次元のもので、聖地が統治しているのは宇宙の全てなのかと。
 オスカーがその思い、疑念を深くしたのは、封じた筈の宇宙から、新しいまた別の宇宙が誕生しようとしていたことが分かったことからだ。その疑念は、皇帝を名乗るレヴィアスとその部下たちの侵略によって更に深まった。
 そしてオスカーは当然のように調査の手を広げた。
 別の次元世界、異次元の存在そのものを否定しようとは思わない。確認することはできていないが、確認できないからといって、それが即否定に繋がるわけではない。
 しかし、聖地が言う“全宇宙”とは、単なるレトリックに過ぎない。“次元(・・)回廊”という言葉に惑わされていた部分もあるのだろう。
 聖地の言う“全宇宙”とは、一つの“島宇宙”に過ぎないのだと、調査の中で知れた。あくまで聖地の存在する惑星を中心とした島宇宙の一つでしかなく、つまり、女王となったアンジェリーク・コレットが支配する宇宙も、かつてレヴィアスがいた宇宙も、別の次元に存在する宇宙ではなく、同じこの次元に存在する別の島宇宙に過ぎないのだと。
 よく今まで皆騙されてきたものだと、オスカーはそう思った。オスカーが調べた、いや、調べさせた限りにおいて、誰も疑う者など見当たらなかった。とはいえ、考えてみれば、普通の人間が、自分の住む惑星を離れて別の惑星に行くことはそうそうあるものではない。決して無いとは言わないが、だがそれでも、それは果てしなく遠い所などではなく、比較的身近な惑星、あるいは必要に応じて、聖地のあるこの島宇宙の中心に位置する惑星くらいのものだ。そう考えれば、別の島宇宙、などというものに行く機会などあるはずもなく、聖地の言う“全宇宙”が本当に全てなのだと、そう思い込んでいても致し方ないのかもしれない。
 それを考えれば、王立派遣軍こそよく分からずにいたものだと思う。しかし、行く場所を指定されれば、行く先は指定されたそこでしかないのだから、これまで深く考えることもなかったのかもしれない。では王立研究員はどうなのだろうか。これもまた、王立派遣軍と同様なのかもしれない。中にはオスカーのように疑問を持つ者もいたかもしれないが、調べる箇所、問題を指示されれば、その与えられた問題に取り組み、他に目が行くようなゆとりはなかったとも感がることはできる。
 そして何よりも、この宇宙に存在する人々にしてみれば、聖地の、ひいては女王の支配、統治を受けるこの島宇宙において、聖地の存在と、そこに在る女王、そしてその女王に仕える守護聖は絶対的存在であり、疑う余地はない。そう生まれたときから教育されてきたのだから。まれに、オスカーの故郷のようにその存在を民間の者が知らない、ということはあっても、少なくとも、支配者層に限れば、聖地は絶対的存在だったのだから。
 そして人々は知っている。女王も守護聖も世代交代していることは。女王も守護聖も、人間(ひと)として生まれ、やがて(サクリア)に目覚めて、聖地に招かれ、新しい女王、守護聖となって、普通の人間とは違う理の中で、長い歳月(とき)を宇宙のためにその力を使いながら生きるのだということを。だから人々にとって、女王のも守護聖も遠い存在ではあっても現実の存在であり、そしてその生の長さと力から、神の如く思われている。現に、それぞれの惑星には守護聖たちを奉ずる神殿と、そこにつめる神官がおり、人々にとっては、女王も守護聖も現存する信仰の対象たる神なのだ。オスカーにしてみれば、守護聖としてその力ゆえに長い歳月を生きるとはいえ、基本的に普通の人間と変わらないと思うのだが。そう、所詮、守護聖として人々からあがめられようと、オスカーは自分たちは力を持っているだけで、他の人々と同じ人間であることに変わりはないと考えている。神のように信仰の対象となるような存在などありはしないと。もし本当に人々が信じるような存在であるならば、自分の故郷のようなことはありえなかったはずなのだから。
 人々が思っている聖地から与えられる恵み── 女王や守護聖からすれば、育成、ということになるが── は、必ずしも人々が思っているようによいことばかりではない。現にそのためにオスカーの故郷は滅亡したのだから。
 だからオスカーは思う。女王や守護聖を神などと思う、いわば幻想のような思いを持つことを止め、現実を知るべきだと。いや、そう思わずとも、もしかしたらいやでも、必要に迫られて思い知らされる時が訪れるのではないかと。そしてそれは、できるだけ早いほうが人々のためになるのではかいかとも思う。ただ、少なくともそれは、自分が炎の守護聖としてある間ではないだろう、とも思うが。

── das Ende




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