聖地が滅びてから一体どれほどの歳月(とき)が流れただろう。既に現在の宇宙に聖地というものが存在していたことを知っていたものすら、殆どいない。微かに、神話のように、そのようなものがあったらしい、という程度のものである。
 宇宙が連邦制度をとり、最高評議会と呼ばれる組織によって統括されるようになってからすら、既に数十万年という歳月が経っている。それは宇宙における時間としては決して長いものではないが、そこに生きるものにとっては、過ぎるほどに長い歳月だ。そして、聖地を滅ぼし、現在に続く連邦制度を構築した、その生ある時から生きた伝説となっていた、“緋の大元帥”と呼ばれ、彼が死んだ後も尚、数百年に渡って、彼に代わる指導者を見出すことのできなかった評議会は、彼のクローンを生み出し続け、彼による統治を望んだ。だがやがて、彼が自らその命を絶ったことをきっかけとして、彼一人に対してあまりにも負担を掛けすぎていたことに気付き、自分たちはいつまでも彼に頼るのではなく、自ら考え、この宇宙を統治していかねばならぬのだと思い知らされることとなり、新たな指導者となるべき存在を時間をかけて探し始め、以来、宇宙中から指導者たるに相応しいと思われる存在を見出す方法を見出す方法も探した。ちなみにその間は、評議会の議員たちによる集団統治という形になり、何かと統治にあたっては時間がかかってしまっていたが、それもまた経験、通過しなければならないことだったのだと理解した。そして、もっと早くそうするべきだったのだと、自ら命を絶った彼── “緋の大元帥”オスカー・ラフォンテーヌ── を思うたびに、議員たちの心に苦痛を齎したものだった。
 そしてそのオスカーの存在すら、伝説というには余りにも長い歳月が流れたのだ。もはや、彼は伝説ではなく、神話の中の存在と言えるほどのものになっていた。
 そう、かつて存在した、この宇宙を歪めた形で統治していた存在を滅ぼし、現在に至る制度── 現在の形は、オスカーが生きて統治を行っていた頃とは、長い歳月の中で変わってきているのは否めないが── の根幹を創り上げた神話上の存在、それが現在のオスカーについて語られる形である。



 宇宙には数多くの恒星が、惑星がある。しかし全ての惑星に生命体が発生するわけではない。しかし、本来なら生命体が発生しそうにない惑星に対して、育成と称してサクリアという力を使い、そこを生命体の存在する、自分たちが統括する惑星と化して言っていたのが、かつての聖域である。
 そしてその聖域の無い現在、もちろんそのようなことは起こっていない。
 また同時に、かつてであればどのような惑星であっても、そこに誕生する知的生命体は全て人間── ホモ・サピエンス── であり、その人間の身近な動物は殆ど同じものであった。その惑星に生まれる惑星独自の生命体とは、明らかにその進化を異にしていた。しかし、聖域がなくなったことでそれもなくなった。
 現在の宇宙でも、まだ未発達、未開発の惑星は多くある。そしてそこに発生している生命体は、かつてとは大きく違っている。どこでも、かつてのように同じ人間や一部の動物が生まれることはない。生命体の発生が可能な惑星においては、どこでもそれぞれ独自の進化を進めている。生物学者の意見によれば、それらの惑星に生まれた知的生命体となる進化を辿る可能性を持つものは、必ずしもこれまでと同様の“人間”であるとは限らないとの考えが多数を占めている。
 それはすなわち、かつて聖地があった時に、炎の守護聖であった、伝説の“緋の大元帥”オスカー・ラフォンテーヌのオリジナルが、聖地には内密に、当時の王立派遣軍の総司令官という立場を利用して調査、調べ上げた内容に一致している。ちなみにそのデータは、長い歳月を経た今でも、評議会の奥深くに秘められている。つまり、評議会において高位に位置する者たちは、そのデータを知っている。むろん聖地のこと、女王や守護聖と呼ばれた存在、サクリアという力、そしてその力によって行われていたこと。ゆえに、彼らは慎重にならざるをえない。また同じような力を持った者が現れること、同じようなことをしようとすることがないようにと。
 そして現在、連邦に加盟している惑星は、ほとんど全てといっていい惑星に対して、多少なりともかつての聖域による育成、すなわちサクリアの力が送られていた。つまり、いまだ宇宙は聖地の影響を受け続けている、聖地はなくなったが、その力はまだ完全に消えてはいないということだ。そう、おそらくは多くの惑星に同じ“人間(ホモ・サピエンス)”だけが存在し続ける限り。しかしその存在が完全に消えることもまた無いだろう。つまりかつての聖地の行っていたことが完全にこの宇宙から消え去ることはないということだ。ただ、それを知る者が極限られた者を除いて知られていないというだけで。
 自分たちもまた、聖地の“育成”の犠牲者とも言える現在の連邦制に参加している各惑星とその代表者たちだが、少なくとも、今は聖地という歪んだ力、考えからは解放されている。そう考えれば、現状において聖地の影響を考える必要はないといっても差し支えないのだろう。
 そして自分たちで考え、自分たちの方法でこの宇宙で生きていく。それが、聖地を滅ぼし、現在の体制の元を創り上げた“緋の大元帥”── つまるところ、そのオリジナルである炎の守護聖であったオスカー── の望んだことなのだから。
 そうして長い歳月の流れる中で、遥か昔に既に伝説となっていた“聖地”も“緋の大元帥”も、やがて神話となり、いつしかそんなことがあったのだ、という微かな記憶、歴史に変わり、やがてはそれすらも忘れられていくのかもしれない。全ての知的生命体が、全ての真実を知ることが必ずしもよいとは限らないのだから、それでいいのだ。
 そう、それこそが、炎の守護聖として生きたオスカーが最終的に望んだことだったのだから。

── das Ende




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