人はいつか死んでいく。だが死別は全ての喪失を意味するわけではない。その人を記憶する者がいる限り、他人の心の中で生きることができる。悼む人の存在は命を超えて、亡くなった人を生かし続ける。
 では、自分はどうなのだろうと、現在のオスカーは思う。
 オリジナルは、かつて存在した聖地で、炎の守護聖として、そして当時の王立派遣軍の総司令官、元帥として千数百年を生き、守護聖の座を退くと、生まれ育った草原の惑星呼ばれていた、そして聖地の失策により、死の惑星と化して全ての生物が死に絶えた惑星の大地に還った。
 そしてそれを受けて、100年程後、聖地では僅か1年後、オリジナルの思いを、意思を受け継いだ王立派遣軍はオリジナルの最初のコピーを生み出し、そして彼を指導者として仰ぎ、聖地に対してクーデターを起こした。
 当時、代替わりしたばかりの新しい炎の守護聖はまだ幼く、そのため、王立派遣軍の総司令官はだいたいにおいて強さをつかさどる炎の守護聖が務めていたが、風の守護聖が務めることとなった。しかし、王立派遣軍は彼を受け入れてはいなかった。確かに表面上は総司令官として頂点にいだいていたが、それまでの慣例を破り、総司令官たる彼に元帥号を与えることを頑なに拒絶したのだ。聖地側は、風の守護聖が総司令官を務めるのは、新しい炎の守護聖が成長して総司令官になるのを待っているものと判断し、一時的なことにすぎないと考えた故のことだろうと思ったがゆえと考え、その状況を受け入れていた。
 しかし実態は大きく異なる。オリジナルが総司令官の立場にある時に在籍していた者が全ていなくなった後も、王立派遣軍はオリジナルだけを総司令官と仰ぎ、その意思を、そしてまたオリジナルが調べ、王立派遣軍に残していたデータを元に、時を待っていたのだ。そして最初のコピーを、クローンを作り出した。
 そうして生み出されたコピーを還ってきた王立派遣軍の真の総司令官、元帥として戴き、オリジナルが望んだ二つのうちの一つ、オリジナルが叶えることのできなかったことを選んだ。それがクーデターを起こした最大の要因であり、不意をつかれた聖地はほとんど抵抗らしい抵抗をすることもできずに陥落し、崩壊した。聖地のために存在するはずの、自分たちが統制しているはずの王立派遣軍がそのような行動に出るなどということをまったく考えたことがなかったことも、クーデターがあまりにも簡単に成功した原因の一つになっているだろう。
 オリジナルが望んだ、聖地の存在しない世界。生まれ故郷の惑星に還るという望みはオリジナルが果たしていた。だからもう一つの望みであるその世界の構築のために、最初のコピーは動いたのだ。ある意味、王立派遣軍の望むままに。
 とはいえ、それは元をただせばオリジナルが望んだことなのだから、それをコピーたる彼が叶えようとするのは決して誤ったことではない。問題はその後だ。
 世界は、宇宙はあまりにも彼に頼りきっていた。神格化していたといってもいい。だから彼が死んだ後、彼の後継者たる存在を他に見出すことができず、それが故に再び2代目のコピーを作り出し、それが繰り返された。代を重ねる毎に、コピーの記憶は、オリジナルはもちろん、代々のコピーたちの記憶も受け継がれていった。コピーを生み出していく者たちがそうしたためだ。そして彼らは気づかない、コピーの中に降り積もっていく心の影に。
 オリジナルが望んだ故郷の惑星へ還る、その理由は、守護聖として女王に仕えよ、という命令を受け、それを無事に果たしたと報告するためということもあったが、何よりも、死ぬためだったのだ。死んで同胞たちの元へ逝くために、故郷の惑星に還ることを望んだのだ。その思いは、初代のコピーはもちろん、その後に生み出された代々のコピーにも受け継がれていた。己の死を願う心を、皆、持っていたのだ。それでも彼らが自らの死を選ばなかったのは、たとえ自分がそうして死んだとしても、結局はまた新しいコピーを生み出すだけだろうという思いがあったからにすぎない。それは自分の中にもあるがゆえに誰よりも理解できる。
 しかし、もういい加減解放されたい。解放されてもいいはずだ。
 初代のコピーはまだその生あるうちから、“緋の大元帥”として生きる伝説と化していた。そしてその彼に、正しくは聖地の実態を暴いたオリジナルの、ということになるのだろうが、導かれている宇宙は、聖地によって支配されていた歪んだ形の宇宙とは異なり、正しい姿で、どの星々も豊かに平穏にあると、皆がそう考えていて、だからコピーを生み出すことが繰り返されてきたわけだが、もう解放してほしい。死なせてほしいと切に思ってやまない。
 聖地の真の姿を暴き、滅ぼし、新秩序の元に、本来あるべき姿の宇宙、世界を創り直したといっていい、かつての炎の守護聖であり、緋の大元帥であったオスカー・ラフォンテーヌは、たとえその身が滅びても、人々の記憶の中で生き続けるだろう。とうに伝説の存在にすらなり、その存在が語り継がれているのだから。
 だからもうケリをつけようと思うのだ、幾度も繰り返される人生に。そして願う、もう自分の、オリジナルのコピーを生み出すのはやめて、この世界に住む全ての者たちが、本当の意味で自分たちで未来を切り開いていくことを。それがオリジナルのもう一つの真の意味での望みだったのだから。



 そしてあえてデータではなく、自筆のサインを入れた、自分の、いや、代々の自分たちの思いを綴った書面を残し、オスカーは姿を消した。ただただ二度と自分の、オリジナルのコピーを作り出してくれるなと、それだけを強く願って。
 それから、多少の時間はかかったが、世界は、宇宙は変わった。ただ一人の存在に頼るのではなく、この宇宙に生きる者たちが自らの責任で導き、治め、発展させていくように。それが、自分たちの愚かさ故に犠牲者とさせてしまったと言っていいのだろう、緋の大元帥オスカー・ラフォンテーヌの心に沿うことなのだと、ようやく思い至って。
 そうして宇宙はまた新しい時代を迎えることとなる。聖地という歪んだシステムの支配する世界でもなく、たった一人の存在に全てを委ね、任せるのでもなく、自分たち自身で、独立した意識の元で発展する宇宙を。
 しかしそれでも、二度とオリジナルのコピーが生み出されることはなくなろうとも、緋の大元帥の記憶はいつまでもこの宇宙に生きる人々の間に残り続けるだろう、伝説として、いつかは神話として。それはいつかは御伽噺のように思われる時も訪れるかもしれない。だがそれでいいのだろう。
 オスカー・ラフォンテーヌの身は今度こそ真の死を迎え、けれど、記憶としては、彼の存在はいつまでも生き続けるだろう。人々の記憶から完全にその存在が失われるその時まで。

── das Ende




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