知識とは何か?
 物事の表面を撫でるだけではなく、願望の眼鏡を通して物を観るのでもなく、現実をあるがままに受け取り、その本質を捉える真の知識とは何か?
 事実と虚偽、真実と神話、現実と幻影を正しく識別する有効手段として確立された唯一の思考形態は何か?
 それは、それこそが、科学だ。
 一念をもって信じることが事実をも動かすという考えから、人は往々にして何かを一途に思い詰める。
 だが、事実はあくまで揺るぎないものだ。
 そんな不動の事実として俺たちが知っていることは、全て合理的な科学の方法によって明らかにされたもの。
 科学のみが、立証に耐える思想の土台となり得る。
 にもかかわらず、ことサクリアに限っては、それが為されていない。
 確かに、王立研究院は、昔からサクリアの研究を続けてはきた。しかしそれは、果たして本当に科学的なものだったと言えるのか?
 遠い昔、サクリアというものが認識された時、それは必ずしも科学によって裏打ちされたものなどではなかったはずだ。
 非合理的な教養、無力な偶像、当時の人々にとっては、呪術や魔力のようなものだったろう。言ってみれば、俗信のようなものだ。
 そしてその力を持つ者によってそれが使用された時、表面上、人に齎されたものは、単なる人の力を超えたもの。
 だから人は信じたのだ、サクリアという力を。その力の根本が一体何なのか、それを知らぬままに、ただ目に見える現象だけを、齎されたものだけから、その力を信じた。
 つまりはそれがはじまり。意識はしていなくても、サクリアの研究の根幹にあり続けた。そもそも、サクリアという力があることが研究の根底にあってのことだったのだ。
 だから長年に渡って研究を続けてきたにも関わらず、王立研究院は、サクリアの本質を、現在に至るも理解していない。
 確かに数年に渡って、サクリアの齎す影響などは観察、報告はされているが、そもそも、サクリアという力がどこからきているものか、それを理解していない。
 現実に研究機関としてある王立研究院も、そして守護聖の中では一番の博学と言われ、研究熱心で知識が豊富なルヴァさえも理解していない。
 それは、そもそもサクリアというものを考える視点、観点が、俺とは異なることから起きていることだろうとは思う。
 だがそんな、遠い過去の迷信とも言っていいものを発端として開始された研究の出す答えが、本当に、科学によって立証されたものと言えるのか?
 目の前に現れた現象だけで推し量られたものが、それによって導き出された結果が、真実、正しい答えを、科学によって裏打ちされた事実を導き出せると言うのか? そうだと言うなら、それはまやかしだ。決して真実ではない。正しい知識などというものからはほど遠いことだ。
 そしてそうやってサクリアという力を、誤った考えの元で認め、使用し、さらには聖地という形態を成立させて、もう長いこと、サクリアという力を操る者を頂点としておき、この宇宙を支配している。いや、させている、というべきか。それがいかに誤ったものであるか、知ろうともしないままに。
 その結果、この宇宙は滅びゆこうとしているのに、その本当の原因を誰も何一つとして理解していない。サクリアの本質を理解していないのだから当然なのだろうが、起きている現象から、単にこの宇宙が古びたからだと単純に考えている。
 つまり、未だに大昔の迷信、俗信が、形を変えて、いつのまにかそれが正しいものと認識されて、現在にまで至っていると言える。この宇宙が滅びようとしている今に至ってもなお。そして現在進められている計画がそのまま進めば、宇宙は、そこに住む人々は何も理解しないままに、いずれまた、そして何度も、同じことを繰り返していくのだろう。
 そんな一方で、過去において、サクリアとは違う力は、たとえ実際にそれらの力があったとしても、否定し、その存在を消してきている。これは大いなる矛盾だ。サクリアを認めるならば、他の力も認めてしかるべきではないのか。真実、その力があるのだとしたら。
 だがサクリアを正しいものとして認め、聖地と、そこにある女王と守護聖という力持つ者を生み出した結果、サクリア以外の力は、必然的に悪とみなさるようになったのだろう。それらの力を持つ者が、サクリアや聖地を否定すればなおさらに。それはある種の自己防衛本能の結果、と言えるのかもしれないが。



 俺は、数年単位などではなく、百年、千年単位で、この宇宙に、惑星(ほし)に与えられたサクリアの影響を、その惑星だけではなく、その周辺星域一帯に渡って、様々な観点から調べさせ、その結果を纏めさせた。
 そうしてそこから得られた事実から、そこに多少の推測も含んでいることは否定しないが、漸く理解した。サクリアとは何なのか、どこからきているものなのか、元は何なのかを。
 だから、まだ全てではないかもしれないが、おそらく限りなく真実に近いだろうサクリアという力の本質を知った今、俺は、サクリアという力を否定する。存在することは確かだが、それを使うことを否定する。そしてその力をもって成立した聖地を、その力によって形作られた現在の宇宙を、俺は否定する。それは決して本来のあるべき形ではないと。そして使ってはならない力だと。
 俺の得たサクリアに関する知識が、その全てが正しいとは決して言わない。たとえ王立研究院がやってきた方法に比べれば、より多角的に、長期に、そして広範囲に渡って調べ上げたこととはいえ、ことの最初から調べられたわけではないのだから、まだ俺が掴みえていない、見えていないものがあるかもしれないことは、否定しない。
 だが少なくとも俺は、今現在、俺が持っている、得ることのできた知識から、サクリアによって為されたものを、為されたことを否定する。俺が得た知識を覆すような事実が出てこない限り。それが、俺にとってのサクリアというものなのだから。
 今、俺は、俺が聖地を離れる時、すなわち逝く時に、俺がこれまでに調べ上げてきたこと全て、彼ら── 王立派遣軍── に遺していくつもりになっている。その結果、彼らがどう動くかは知らない。知ろうとも思わない。彼らが動き、世界の在り方を変えていくか、それとも、現在の在り方をそのまま受け入れて続けていくのか。俺がいなくなった後の世界が、宇宙がどうなるかなど、俺には関係ないことなのだから。俺はただ、一つの方向性を示すものとして、俺の調べ上げたものを遺していくだけだ。叶うなら、かつて俺が味わったようなことが二度と起きないように、この宇宙の在り方を変えてほしいと、そう思いはするが……。

── das Ende




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