序 章
秋風の吹くよりはやく、そぞろ神、そこここにたちもとほり、いざこ、こざこよと耳にやさしくささやきければ、

  おどろけば 秋立つ風ぞ あかずとも しばし眠らむ 吾をな起こしそ

かくいひをきて西の方を逍遥せむとて、三里に灸をすゑて旅立ちにけり。

須磨の段  東海道は嵐の中にて、琵琶湖を臨みて雲間切れたり。須磨ちかくありて、やすらひつ。まずは腹満たさむと山の手に上り人におしへらるる群愛飲茶てふ店にてランチす。やがて北野に遊べば、イスラム寺院あり、ユダヤ教の寺院あり、ジャイナ教の寺院ありと、彩り豊けく、坂上りつつ異人館の諸々を見物したり。世にののしる諸々、萌黄の館、うろこの家、風見鶏の館なんどはよく整へられけり。この三館にありて、いとゆかしく思ゆるは萌黄の館の阪神大震災にて落ちし煙突なり。また建物にありては風見鶏の館なむよろし。うろこの家は、いささか商ひくさし。
 新神戸の駅前なるホテルの階下に木目調のカフェあり。おとづれたまへ。アイスコーヒーなど中ジョッキほどの量ありて、クリームソーダは金魚鉢にて出たり。のめども尽きぬメロンソーダ、いとおそろし。

  風ふきて 雲そきはなれ 晴れわたり 心なぎさの 須磨の夕ぐれ
  
明石の段  須磨とあれば、次は明石となむあらむ(^^)。明石の君なんど求めしも、光の君にありてはかなたよりたづねこしも、みずからもとむる輩には、天もあきれ果ててぞおはしけむ。

  須磨すぎて一夜あかしの君なくて院に残せし妹らをし思ふ

大伯の段  この夏も海にて泳がむと、牛窓の西脇の海岸にゆきけり。平日の午時なれば人なくて、海岸の海の家も今年より建てざるとあれば、にぎやかしうはなく、目の保養にはさびしかれども、心落ち着く風情にて、一泳ぎせむとて水に漬かれば、いと冷たし。嵐の後とて海月ただよへれば、潮こほろこほろにかきなすとて、足なんど刺されて痛し。バミューダパンツの水着は陸(くが)に登りて風に吹かれて足冷たきゆゑ好まざれば、露出高き水着にてありしを、さらに刺されやすく、チクチクかなはざりけり。
 ほどありて牛窓の港町のホテルにてカフェす。
 牛窓は古き港にて、近世には朝鮮通信使の往還に宿りし処にて、上世には神功皇后の三韓討伐のをりにも立ち寄られしとぞ古老伝ふるあり。近辺は邑久郡といひ、この海は邑久の海にて、大伯とも書けり。すなはち斉明紀に見ゆるはこの辺りなるべし。女帝、皇太子兄弟とともに西征のをり、明石の門を過ぎ、邑久の海に泊まるるに、大伯皇女の生まれしとある処なり。
 邑久の海(180度パノラマ)
吉備の段  倉敷なるチボリ公園てふところは、もとは、はるか西の方デンマーク、コペンハーゲンの駅の西にある遊園地にて、アメリカのディズニーランドの浦安にあるがごとく、ここにあり。
 惟光いにしへ北欧研修にて一月あまり北欧にあそびぬ。数十名の学生の、おのもおのもの専門にあはせ、スヴェレージ・ダンマルク・スオミと別れてかの国の言葉・文化など学びて、帰りにキュベンハウン(コペンハーゲン)に再び集まりて数日遊べり。キュベンハウンの港には王室の船を人魚の像の彼方にあふぎ〔その人魚の像は湘南校舎の池にもあり。これはかの国のものと同じ鋳型にて作るといへれば、本物ぞかし〕、ストロイエ(キュベンハウンの中心たる街路にて、パリのシャンゼリゼ、熊本の上通りのごとき路也)にてBEERを飲み歩き、楽譜などを買ひ求むる中、或一夜にチボリ公園に行きけることあり。駅前の狭き土地にアトラクションを散りばめ、緑も多く、そのころ日本には未だ登場せざりしフライング・カーペットなんどの絶叫系マシンもとりそろへ、いと面白きところにてありぬ。
 さて今、倉敷チボリ公園てふところは、5、6年前に開園しつ。毎年おとづれど、倉敷駅前の狭き土地に池を掘り、やさしきアトラクションを散りばめ、緑を植え、心やすきところにて、コペンハーゲンのにははるか及ばねど、それらしくあらむとこそあれば、いと心やすう思ひはべるに、去年の夏など、イベントのサーカスやショウ、花火など悪しくもなきに客少なく、いささか寂しければ、心いためてあり。
 しかるにこの夏は混雑してあり。さりながら……園内の池の小島に人魚姫の像あり。この夏はその像に柄杓で水をかける者あり。唖然としてあるに、入口でうけとりし「チボリ新聞」なるイベントガイドを読めば、この像彫刻されしをりに、彫刻家とモデルとの恋物語を紹介してあり、結びに「そんなお話から、この像は〈恋人たちの人魚〉と呼ばれ、柄杓で水をかけるとふたりの愛が永遠に続くという伝説があります」とぞ。あるかぁー? コペンハーゲンの像は港(横浜の山下公園を想起すべし)にありて、柄杓など無し。そもそも去年まで柄杓などなかりしぞ。そのさま、あたかも池の小島の弁天像にこそ水をかけたわしでこするがごときなれ。ふと気付けば、園内のイルミネーションはいつしか提灯にかわり、中央広場の去年サーカスやショウを見せし処には櫓が立ちて、盆踊り大会ー!!? ストロイエ(園内のコペンの町並みを再現したというお土産コーナー)に立つのぼりには赤地に大きく白ぶちの「祭」字がそよぎたり……
 もとより高うはのぞまねど、去年より人の多かりけるは、盆踊りのききめにや? せめていささかなりともあはれなるさまあらむかしと思へど、これこそ西国の文化度にやある。
 帰りぎはにストロイエの噴水の脇のベンチにて涼みをるに、大道芸のハーモニカ吹き、来にけり。いきなり…♪ま〜ぼろ〜しのぉーーかぁ〜あげぇーをしぃ〜たいいて……♪ 古賀メロディにてあり。一曲おはりて拍手おこれば、見るに、老婆の集団の手を叩きてあり。それより「ここに幸あり」「埴生の宿」など数曲ありて(曲名のわかる惟光も惟光なれど…^^;)、老楽師去りぬ。人なくてしづまるストロイエにて、これもありやとなむ思ふ。

   もろびとも しづかに闇に消えゆきて 街の夜風に心なぎたり

 人恋ひしくなればいとしきものどもの待ちをる六條院にかへらばや。 
倉敷チボリ公園の夜景   夜の倉敷チボリ公園ストロイエ

終 章
須磨に禊ぎあかしくらし吉備に祓へど、そぞろ神いまだ落ちざりき。されど院に残せし者ども、飲む水に影さへ見ゆれば、帰りなむ、いざ。
  ひかりさす あづまのかたに かへらばや 残せし者に いざあはむとぞ

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