粋狂いな人々・弐式

スーパーロボット大戦・涅槃 第漆話 『禁猟区の攻防』 後編


第漆話 『禁猟区の攻防』 後編


 九朗がアルと共に道を闊歩する。既にマギウススタイル。その格好にある種の貫禄が出てきていた。セツヤに指定された場所に到着する前の話だ。そこにあったのは蜘蛛の巣だった。別に苦戦はしていない。異形の者ではあった。しかし、アルは理解していた。それが己の断片であることを。その異形を倒した。すると、その異形のものが本のページに変化しアルに同化する。
九朗「こんな所にお前の断片があったなんてな」
アルアジフ「我も思ってはいなかったな。だが、戦いを前にして意外な収穫じゃな」
九朗「だな」
 そして、九朗たちが正面バルコニーに到着する。
九朗「どう思うアル? このルートで来ると思うか?」
アルアジフ「セツヤが来ると言ったんじゃろ? あやつの実力は九朗も良く知っておるじゃろう。例え敵がここから来なかったとしてもわれらの信頼は揺るがん」
九朗「そうなんだけどな。でも、戦うのが俺とお前だけって言うのはさすがにな」
アルアジフ「心細いか? うぬらしくない」
??「いや、1人ではない」
九朗「!?? あんた」
 人気のない方向から闊歩してくる男が1人いた。それはDEAVAの司令不動GENその人だ。
不動「われらの基地が攻め入られていると言うのに何もしないのではクヌギに申し訳が立たないのでな」
九朗「あんたってDEAVAの長官なんだろう? こんな所に出てきたって守ってやれない」
不動「守る? 見くびらないで貰おうか」
 と不敵な笑みを漏らす不動を九朗はあせりの表情で眺める。
九朗「どうするアル?」
アルアジフ「一応クヌギに聞いてみればいいのではないか? クヌギの言うことならあの男、聞くかも知れん」
九朗「そうだな」
 一応、九朗はセツヤから風伯のクルーとして認められているので通信機器の取り扱い説明は受けていた。覚束ない手つきではあったが習ったとおりに小型の通信機をいじる。直ぐにセツヤが応答する。
九朗「あ、セツヤさん?」
セツヤ『はいよ。九朗君か。何かあったかい?』
九朗「DEAVAの司令長官が一緒に戦うって言ってるんだけど、俺が言っても帰ってくれないんです。セツヤさんから何か言ってもらえないですか?」
セツヤ『不動さんが? ・・・・・・・・・・・・・・・・・・いいよ。願ってもない。戦ってもらって』
九朗「!? でもこの人って!」
セツヤ『大丈夫。不動さんは人間がてらに『神速の魔術師』って呼ばれるほどの猛者だから。君等の邪魔にはならない』
九朗「!? 本当ですか?」
セツヤ『心配なら実力は俺が保障する。不動さんは強い』
九朗「・・・・・・・・・わかったよ。すいません。忙しいときに通信入れて」
セツヤ『いや、的確だよ。・・・・・・・・・また何かあったら通信入れて』
九朗「わかりました」
不動「納得してもらえたかな? 覇道鋼造の志よ」
九朗「?? 覇道鋼造? 確か姫さんの爺さんか?」
不動「そうだ。覇道鋼造とは古い知己でな。こういう日が来るのではないかとは思っていた。やや唐突だがな」
九朗「・・・・・・・・・・・・・・・・・・そんな話は戦いが終わったら教えてくれよ。そっちのほうがいい」
不動「確かにな。・・・・・・・・・・・・・・・・・・来るか?」
 不動が立ち上がって正面の扉を凝視する。照明は付いているが周囲に人気はない。戦うには絶好の場所だ。彼等の前に現れた敵は想像に反してたったの2人だった。
クラウディウス「いやがったぜ、カリグラ!! 覇道の本拠地にいた魔術師だ!!」
 1人は少年だ。青年という表現は浮かばない。けん玉を持って外で遊ぶのがお似合いの少年に見える。
カリグラ「ああ。ティベリウスが言っていた風体と同じだな」
 もう1人は少年とは真逆の大男だ。カリグラと呼ばれたのは骸骨を連想させる仮面をかぶった男だ。
 この2人の言葉を聞いてあきら中になったことがある。それは・・・・・・・・・
アルアジフ「九朗、やつら」
九朗「ああ。ティベリウスって言いやがったな。こいつ等ブラックロッジ」
不動「秘密結社ブラックロッジか。良くもまぁ連邦も随分な連中を寄越したものだな」
 九朗たちの会話をほぼ無視して2人は話を続ける。
クラウディウス「で? どうするよカリグラ。アルアジフは大十字九朗の付属品としてもう1人いるぜ?」
カリグラ「たかが人間だ。物の数には入らん」
クラウディウス「だな。なら適当に殺しとくか」
不動「・・・・・・・・・・・・・・・・・・心外だな」
 恐らくは不動の言葉と動き始めは同時だっただろう。かなりの距離を離れていたはずだ。その距離を不動は一瞬で詰めていた。そして、クラウディウスの腹部に足を当てるとそこから力を導いて衝撃を生み出す。明らかに軽量級とはいえクラウディウスは後方にとてつもない勢いで吹き飛ばされた。その様子を不動は興味なさそうに眺めながら
不動「フム・・・・・・・・・、クヌギの見よう見まねだが、そうそう上手くいかないものだな」
 と漏らす。これはあくまで挨拶代わりということだ。やはり何の興味も示していませんと言う表情で起き上がってくるクラウディウスを不動は一見する。
クラウディウス「・・・・・・・・・・・・・・・・・・テメェ・・・・・・・・・テメェテメェテメェ!!! お前は俺がぶっ殺す!!!」
不動「やってみるが良い。外法の者よ。子供の姿をしていても本性は分かる。どれほどの血を浴びて狂喜してきたかを。本来ならばクヌギの仕事だが・・・・・・・・・この場所はDEAVAだ。引導は渡してやろう」
 そして、不動は構えた。
 その不動の後に突如現れたものがいた。その巨体、カリグラだ。
カリグラ「引導が欲しければくれてやる」
九朗「させるかよっ!!」
 九朗が飛び跳ねてバルザイの堰月刀で切りかかる。どれだけ巨体であってもどれだけ屈強であってもさすがに魔力の篭った武器での攻撃を受けることはできないのだろう。カリグラは飛び跳ねてクラウディウスの隣にまで下がる。
カリグラ「どうやら油断で近相手のようだな」
クラウディウス「知るかよ!! 殺すことには変わりねーだろうが!!! 俺はあの余裕かました男を殺す! ・・・・・・・・・お前! 名乗れ! せめて覚えておいてやる。俺を怒らせた可哀相な奴をな」
不動「・・・・・・・・・DEAVA司令長官、不動GEN」
カリグラ「そうか。貴様が不動か」
クラウディウス「知ってんのか? カリグラ」
カリグラ「名前はな。・・・・・・・・・神速の魔術師と呼ばれている男だ」
クラウディウス「魔術師? こいつ魔術師なのか?」
カリグラ「いや、ただの通り名で恐らく人間だろう? だが、油断はできん」
クラウディウス「そうみてーだな」
 2対2のタッグマッチが正面ホールで始まる。


 衝撃音が基地全体に響く。その音に反応した人物達の会話だ。
ソースケ「始まったらしい」
 大量の武器に囲まれたソースケが発する。その言葉に答える相手もまた様々な武器と共にいた。
クルツ「方向からして正面ホールだな。ありえねーな。正面玄関からの正攻法は」
ソースケ「アンチクロスのような連中ならばありえる。そのための大十字とデモンベインだ」
クルツ「まぁ、そうなんだけどな。・・・・・・・・・姉さん、実際このルートから攻め入られる可能性はどのくらいだと思う?」
マオ「さあね。ただ、特殊部隊員ならまず間違いなく考えるルートよ。それもかなりの上級者向け。・・・・・・・・・パラって手も考えたけど風伯やDEAVAがいち早く反応するから論外。日本じゃマスコミも抑え難い。やっぱ、私達で考えたルートしかないわね。問題があるとすれば物量!」
クルツ「そうなんだよなぁ。幾ら補填されても風伯組ってどうしたって本職が宇宙戦隊だかんなぁ」
ソースケ「肯定だ。個人の技術や能力は非常に高水準だが厚みがない。分散攻撃をされてしまえばこうも弱さが目立ってしまう」
マオ「今更言っても遅いわよ」
ソースケ「それは肯定だ」
クルツ「2人とも喋るな! ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
 クルツが真剣な表情になる。戦闘前に急ごしらえだが設置したトラップに反応があったようだった。小さなモニターを見ながらクルツが息を漏らす。
クルツ「4番に反応ありだ。・・・・・・・・・数は・・・・・・・・・くそ、壊された。最低4。E6ハッチのコンソールにハッキング確認した。・・・・・・・・・・・・・・・・・・ここって結構な貧乏くじかもな。・・・・・・・・・・・・・・・・・・開く!」
 クルツの言葉を受けて開くように思えただろう。目の前数10m先のハッチが強制的に開いた。前述しておくがSRTの面々の装備している武装は通常のそれではない。動きを重視して武器をチョイスするセツヤとは異なって彼等は数多の技術と経験でそれをフォローする。軽機関銃、無反動砲、ランチャー、手榴弾、アサルトガン、スナイパーライフル。彼等はパシフィッククリサリス号での強運をしっかりとものにした格好だった。
 ソースケとクルツが軽機関銃、マオがランチャーを構えていた。ハッチから見える人影。そこに現れたのは前に彼等に苦渋を舐めさせた相手だった。・・・・・・・・・アストラル。
クルツ「・・・・・・・・・今晩の寝つきはきっと最悪だな」
ソースケ「そうでもない。一掃できたらさぞ寝つきは良くなるだろう」
マオ「そうね。そう考えることにしましょう。今回は武器が充分にある。クリサリス号での借りを返すわよ!」
クルツ・ソースケ「「おう!」」
クルツ「いつでも!」
ソースケ「どこでも!」
マオ・クルツ・ソースケ「「「ロックン★ロール!!!」」」
 轟音が基地内に響き渡る。


 Y12ルート。セツヤとネージュが提案した潜入ルートだ。正直セツヤはどのルートも敵が潜入する可能性はあると思っていた。要するに敵の気性と能力によってその潜入場所が異なると言うだけのは何しだ。ならば、そのルートに気付いたやからを向かわせれば自ずとそれなりの相性で戦うことができる。通路にあるベンチに腰掛けて周囲に意識を張巡らせる。既に戦闘が2箇所で始まっている。正面、E6ハッチ前。読みどおりだった。他の場所からの潜入はない。例えあってもネージュならば食い止められるだろう。他の連中も素人ではない。時間稼ぎが目的ならば無茶もし難いだろう。
 何かを察知したのかゆっくりと目を開けたセツヤは立ち上がり正面を見る。Y12ルート、通気口の出口がある。既にそこには人影があった。数は5つ。全員が武装している。してはいるがその武装は特徴的だ。特殊部隊のそれではない。あまりに武装が軽すぎる。ナイフと短銃のみ。・・・・・・・・・まるでセツヤと同じような武装だった。
セツヤ「・・・・・・・・・・・・・・・・・・ようこそ。リロイ・ファトラムの傀儡の皆さん」
 その中にひとつ見知った顔があった。アメリカ・アーカムシティでセツヤと剣を交えた男。ヒョウエ・ナミハラだ。
ヒョウエ「・・・・・・・・・やはり読まれていたか」
セツヤ「当然だ。お出迎えは意外だったか?」
ヒョウエ「随分と舐められたもんだな」
 ヒョウエに対してもう1人の人物が前に出る。ヒョウエとは体の線が明らかに違う。顔こそフェイスマスクで隠しているが女性のものだ。だが、そのフェイスマスクを取ってセツヤをまじまじと眺める。二十台半ばの長身の女性だ。整った顔をしている。
覆面の女性「あなた? ネージュを捕まえて、ヒョウエを完全に退けたって人は?」
セツヤ「アーカムシティでの話をしているならそうだな」
覆面の女性「そう。そうなの。いいわねあなた。何者? 私は西洋戦技教導官のネリリン・ハーユイ」
セツヤ「・・・・・・・・・・・・・・・・・・時代か? 女が教導官なんて考えられないがな」
ネリリン「そうかしら? 一応私はファトラムさんに呼ばれて来たの。昔のことは知らないわ」
セツヤ「・・・・・・・・・ほう」
ネリリン「教えてもらえないかしら? ファトラムさんは知らないそうよ。あなたのこと。それにトキオミ・シダラに弟子はいないしね」
セツヤ「心外だな。なら俺に会いに来いとリロイに伝えろ。貴様等では話にならない。お前が来いってな」
ネリリン「ファトラムさんは知っているのね。会ったことがある?」
セツヤ「・・・・・・・・・まぁいいか。確かに昔の俺は今とは随分と雰囲気も人相も違う。だが、明らかに会っている。トキオミ・シダラの弟子ってのは随分面白い意見だがそれも違う。あの人に個人的な弟子はいなかったはずだ」
ネリリン「奇妙な話。ファトラムさんは会ってないと言う。あなたは会っていると言う。どっちが本当かしら?」
セツヤ「どうでもいい話だ。・・・・・・・・・そちらの質問には1つ答えてやった。こちらの質問も1つ答えろ。・・・・・・・・・今の貴様等の部隊名は何だ? まだ蛍なのか?」
ネリリン「・・・・・・・・・・・・・・・・・・漣(さざなみ)」
セツヤ「漣か・・・・・・・・・。寄せて・・・・・・・・・消えていく・・・・・・・・・漣。同じだな。蛍と。・・・・・・・・・虫唾が走る」
 セツヤはゆっくりと鞘から刀を抜いた。右手で刀。左手で拳銃。セツヤの戦闘スタイルだ。
セツヤ「はじめるか。リロイの精鋭が3人。教導官クラスが2人。明らかに俺の抹殺とネージュの捕獲を意識した人数だ。ありえる話だと内心思っていたよ。お前等の目的は俺とネージュの抹殺だろ? 風伯はついでだ」
ヒョウエ「・・・・・・・・・・・・・・・・・・流石だ」
ネリリン「・・・・・・・・・・・・・・・・・・随分と切れるのね」
セツヤ「・・・・・・・・・戦い前のお喋りはこのくらいでいいだろう? ここは通さない。部下のため。お前達のため。信念と理を持って立ち塞がってやる」
 ゆっくりとセツヤは風伯の方向を後にして構えた。それがスタートサインになる。
ヒョウエ「こいつの相手は貴様等では無理だ。基本的に俺とネリリンでやる。隙があれば貴様等はここを通過して奴の母艦に向かえ!」
 刀を握りなおして呼吸を整えるヒョウエとネリリンは飄々と拳銃を両の手で構えながら
ネリリン「そうね。それが無難ね」
 なんとも冷静な判断にセツヤには思えた。しっかりとネージュの件を踏襲している。全員の用意が終えるのを待つのはセツヤなりの礼儀だ。全員が武器を持つ。呼吸を整える。それを確認してからセツヤは地面を蹴った。
 セツヤはイの一番にアタッカーであるヒョウエと一合目を合わせる。視線を合わせてにらみ合うが、アーカムシティとは今は状況が違う。1人に時間を使いすぎるわけにはいかないのだ。そこで、セツヤは随分と変わった使い方をする。右手で刀の柄を持ったまま左腕の部分で峯を押さえて力を加え、左手首を上手く捻ってネリリンと漣の部隊員に向けて巧みに発砲を始める。これだけの複雑な行動の中でもヒョウエの腹部にけりを入れて距離を取った。更にネリリンに数発発砲しながらセツヤの横を通り過ぎようとしていた漣部隊のブロンズヘアーの少年に向けて思い切り斬り付ける。予想通り、咄嗟にナイフでセツヤの打ち込みを受けた少年だったがそこからがセツヤは早い。銃を持っている左手で相手の銃を持っている手の上から小指でスイッチに触れてマガジンを取り出させた。が、チェンバーには銃弾が1発残っているのを双方忘れていない。漣の少年は銃口をセツヤの顔面に向けトリガーを引く。だが、その呼吸をしっかりと読めている。頭を揺らしてそれを容易に避ける。そして、距離をとる瞬間に漣の少年の首に柄で一撃を加えていく。狙った場所は喉。的確な打撃でその少年は気を失ってしまう。
 ものの数秒。これだけの時間でセツヤはもう1人無力化してしまう。
ネリリン「・・・・・・・・・・・・・・・・・・恐ろしい人。ネージュが捕まってヒョウエをやり過ごした手並みね。特殊部隊兵すら適わないこの子達がこうもあっさりと」
 ネリリンの言葉を漏らす間にもセツヤは再びヒョウエと相対していた。正直、セツヤ自身が一番厄介な相手だと思っているのは間違いなくヒョウエだ。剣術、武術、経験。指揮という項目においてはネリリンが上かもしれないが、戦闘には間違いなく長けている。セツヤでも一瞬の気の弛みで致命傷を負いかねないほどの実力だ。その合間に残り3人をも相手にする。1人目は油断に漬け込んだ。もうこれほど上手くはもういかないだろう。
セツヤ「・・・・・・・・・・・・・・・・・・くっ!」
 セツヤの考えに面白いほどにヒョウエは追従できていた。一番やられたくないことを理解できていた。
ヒョウエ「・・・・・・・・・お前には俺が張り付くセツヤ・クヌギ! そして殺す!」
 そう。この中でセツヤと相対して致命傷を負わないのはヒョウエのみだ。ならば、ヒョウエで道を塞いで残りはサポートあわよくば通路を通る。これがベターな作戦なのは明らかだった。
 余計な手出しはヒョウエにとって足手まといにしかならないことはこの場にいる誰もが理解できていた。そして、有能な指揮官は命令を出す。
ネリリン「フイユ! トネール!」
 恐らくこの漣の子等の名前なのだろう。残った2人がセツヤに意識を残したままでネリリンを見る。
ネリリン「行きなさい」
 それだけだった。この命令をこの子等は明らかに理解できていた。小さく頷いてから走り出す。
セツヤ「させるかぁ!!!」
ネリリン「ヒョウエ!!」
 セツヤの反応とネリリンとヒョウエの行動はほぼ同じだった。ネリリンの言葉で激しい打ち合いをしていたヒョウエが突然にしゃがむ。そのヒョウエの頭の上をまるで示し合わせたかのようなタイミングでネリリンの放った弾丸が通過する。セツヤも咄嗟に横っ飛びでそれを交わす。だが、その銃口は未だにフイユとトネールと呼ばれた子供等に向けられていた。しかし、コンビネーションを持たないセツヤとヒョウエ、ネリリンの差がここで発揮する。直ぐに動ける体勢だったヒョウエが畳み掛けるようにセツヤに刀を突き立てようとする。セツヤは渋い顔を共に腹筋の力を使って起き上がり、一端ヒョウエから距離をとる。
セツヤ「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
 2人の少年少女が走っていく先を唇を噛みながら一見する。
ネリリン「これであなたの母艦は終わりね。セツヤ」
セツヤ「・・・・・・・・・いや、そうでもない。この状況も織り込み済みだ」
ネリリン「へぇー、言っとくけどあの子達は強いわよ? 実感あるの? 確かにあなたは世界最強クラスの実力者よ? でも、そんなレベルの実力者がいるってことはないわね。いるならここに来て参戦しているもの。あの子達は漣の精鋭。1人だって船の人間を皆殺しにするくらい訳ないわ」
セツヤ「・・・・・・・・・たどり着ければな」
ヒョウエ「!?」
ネリリン「?? どういうことかしら? あの子達が風伯にたどり着けないと思っているの? 伏兵?」
セツヤ「ああ。伏兵がいる。戦わせたくはなかったがな」
ヒョウエ「ありえんな。お前以外で漣とまともに相対することができる人間などいない」
セツヤ「漣以外ではな」
ヒョウエ「!? なんだと? まさか」
ネリリン「ネージュ?」
セツヤ「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
ネリリン「はっ! ありえないわ。あなたも蛍を知っているなら理解できるでしょう? どれだけ強固なマインドコントロールが施されているかを。人を人とも思わない。血の色は空気の色と同じ。何も感じない。拘束するだけならまだしも懐柔なんて」
セツヤ「その発想が腐ってるんだよ、教導官ども。拘束? 懐柔? あの子等は知らないだけだ。血の色が痛みの色だと。空気の色が恵みの色だと。一つ一つ教えれば良い。それだけであの子等は全てを取り戻す。感情も人生も、なにもかもだ。そして、貴様等に刷り込まれた力を己の意思で使い始める」
ヒョウエ「・・・・・・・・・・・・・・・・・・ネリリン」
ネリリン「・・・・・・・・・・・・・・・・・・ええ。危険ね。本当に危険。ヒョウエが帰ってきたときは何事かと思ったわ。冗談かとも思った。さっきまで実際そう思っていたわ。ただ強いだけの男。脅威にはならないとね。違ったわ。・・・・・・・・・そして認める。あなたは私達の天敵。もうラクテンスなんて如何でもいい。あなたは生かしておけない。ファトラムさんの為にも」
セツヤ「やってみろ。リロイの傀儡」
ネリリン「・・・・・・・・・やらせてもらうわ」
ヒョウエ「・・・・・・・・・その首、俺が貰う」
 2人の目の色は先ほどとは明らかに違う意思が込められていた。その色を敏感に感じ取ったセツヤは再び刀と銃を握りなおしてからゆっくりと息を吸って膝を少し落とす。
セツヤ「・・・・・・・・・・・・・・・・・・いい気概だ。・・・・・・・・・・・・・・・・・・風伯艦長セツヤ・クヌギ・・・・・・・・・推して参る」
 先に進む色で目を光らせたセツヤが2人に迫る。


 孤独は好きだった。安心したからだ。しかし、今は少し変わり始めていた。足音を感じない。温もりもない。笑顔もない。何もないと言うことを連想してしまうからだ。いつからだろうか。こんなことを思うようになったのは。・・・・・・・・・実ははっきりしている。風伯に来てからだ。あそこには全てがある。欲しいと気付きさえしなかったものがたくさんある。皆が優しい。教えてくれる。笑ってくれる。そして、それがずっと続けばいいと思ってしまう。そして、なによりも未来といいうものが楽しみになってしまう。生きていれば、こんなに楽しいことに出会えるのだと分かってしまった。
 ネージュはハッチ前のコンテナの上で胡坐をかいて銃のチェックをしていた。さすがにSRTが持ってきた銃だけのことはある。粗がない。手入れも完璧。言うことはなかった。ナイフもきちんとしている。武器の状態を見ていると突然ネージュが何かを察知したようだ。見ていたナイフを腰裏の鞘に納めてから拳銃を抜いてコンテナの後に身を隠す。
 足音を聞く。・・・・・・・・・数は2人分。訓練されている者の音だ。思考を止める。考えたら負けだから。ネージュは知っている。セツヤがどれだけ戦闘技術の高い人間なのかを。漣の教導官を相手にしても一歩も引かない。確かに永い年月でネージュは教導官から戦闘技術を授かり物にしている。だが、それでも東洋、西洋の教導官には未だに至っていない。つまり、セツヤは最低限そのレベルに至っているのだ。物量と言う要因はあるだろうがセツヤが逃がした人物がそうそう美術の低い人間な訳がなかった。
 迫ってくる。どんどん近くなってくる。警告などはしない。ネージュはコンテナから体を出して何の躊躇いもなく発砲する。
 相手の反応はネージュの予想以上だった。とてつもなく早い。体勢を崩しはしたが反撃するまでの時間がものすごく短い。だが、対応できないほどではなかった。だが、相手の数が多いと言うのはやはりマイナスの要因だ。何の目配せをすることもなく片方が牽制でもう片方が距離を詰める。しかも手際はほぼ完璧だった。動けることは動けるが非常に動きが制限させられる。弾丸が飛び交う中、もう片方が随分と近くにいる。殺気が強い。ものすごい無機質な殺気だ。・・・・・・・・・・・・・・・・・・思い至った。この殺気には身に覚えがある。まるで・・・・・・・・・・・・・・・・・・まるで自分が発していたものと・・・・・・・・・同じなのだ。
 頭の上から迫ってくる人間の顔。黒髪の少女の顔を見てネージュは徐に口にした。口にしてしまった。
ネージュ「・・・・・・・・・・・・・・・・・・フイユ」
フイユ「! ・・・・・・・・・ネージュ」
ネージュ「じゃあ、向こうにいるのは・・・・・・・・・」
フイユ「トネールよ。・・・・・・・・・・・・・・・・・・捕まったとは聞いていたけどもまさか相対することになるとは思っていなかったわ。それで、どうするのネージュ? 投降する?」
トネール「・・・・・・・・・? ネージュか?」
 遠方からの射撃だったのでようやく射撃主がネージュの表情を確認したようだった。警戒を保ちつつ、ゆっくりと近づく。
ネージュ「そんな・・・・・・・・・・・・・・・・・・フイユ、トネール」
フイユ「答えなさい、ネージュ。殺される? 投降して再教育? Y12ルートにいた男はナミハラ教導官の言うとおりの化け物だったけどあなた1人なら問題ないわ。早く決めなさいネージュ」
トネール「投降しろネージュ。お前の技術は貴重なんだ」」
 フイユ、トネールは少しネージュから距離をとって拳銃を構える。躊躇うような感覚はない。瞳に色がないのだ。・・・・・・・・・少しセツヤの言っていたことがわかった。
ネージュ(私はこうだったんだ。こんなに簡単に殺せるんだフイユもトネールも。・・・・・・・・・私は助けられないけど・・・・・・・・・セツヤなら助けてくれる)
トネール「早くしろネージュ。セツヤ・クヌギの母艦を破壊する時間がなくなる」
ネージュ「!! 風伯を・・・・・・・・・家を皆を殺すって言うの!! ・・・・・・・・・・・・・・・・・・わかった」
フイユ「そう。ならそこで大人しく・・・・・・・・・」
ネージュ「行かせない!! 私は2人を止める!! 私は2人を助けられないけどセツヤなら助けてくれる!!」
トネール「・・・・・・・・・フイユ」
フイユ「ええ。ここまで侵食されているとはね。残念ね。もう処分するしかないわ」
ネージュ「負けられないよ。・・・・・・・・・フイユ、トネール」
 ネージュはナイフと拳銃を両手に持つ。特殊な戦闘スタイルだ。少し屈んでネージュは目に力を入れる。彼女にとっては自分で決めた戦い。自分で地面を蹴って嘗ての同胞と勝負を始める。


 風伯のブリッジでもセツヤ達が戦闘行動に入ったということは理解してた。通信がほぼ同時期に一斉に返答がなくなった。白兵戦に出ているメンバーの力量を考えれば通信ができなくなったのではなく通信に出れなくなったと考えるのが普通だ。恐らく回線だけは開いているだろうから逐一情報だけは流させている。
 だが、ブリッジにい人間は非常に少なかった。万能兵であるジャスと修理の技術があるユージーン、それと生活班の班長であるマリアは艦内を走り回っているだろう。それだけの緊急事態だということだ。実際にブリッジにいるのはユメコ、エーデ、ジュリアの3人だけだ。無理には違いないが緊急事態が発生すれば艦を動かすことは可能なメンバーだ。
ユメコ「エーデちゃん、ユゼフさんから何か進展ある?」
エーデ「いえ・・・・・・・・・まだ」
ユメコ「わかった。彼も急いでいるだろうから急かしちゃダメだよ。余計に時間を食っちゃうから」
エーデ「了解」
ユメコ「ジュリアさん、管制はなれないだろうけどちょっと我慢して」
ジュリア「問題ありませんよ。副長」
ユメコ「うん。実は心配してない」
エーデ「・・・・・・・・・副長! 整備長からの通信です」
ユメコ「出して」
エーデ「了解」
 ユメコのコンソールにユゼフの顔が映る。その表情は未だに険しいが刺々しさはない。
ユゼフ『待たせたな。完璧とはいえねーが負荷をかけなければ大気圏内迷彩システムは使える。装甲は3分で済むが形振り構わないならもう通常運航は可能だ。過多な戦闘は正直厳しいがな。今、ブリッジクルーをそちらに戻した』
ユメコ「充分だよ、ユゼフさん。ありがと」
 ユゼフが少しだけはにかんでから通信が切れる。通信が切れるタイミングを同じにしてマリアがブリッジに飛び込んできた。
マリア「お待たせしました。人的配置変えと物資の運搬、終了しました」
ユメコ「助かるよ。マリアさんユージーン君が来るまで管制官を受け持って。ジュリアさん、発進準備開始して」
マリア・ジュリア「「了解」」
ユメコ「エーデちゃん、白兵戦部隊に通達。フェイス3に移行。これを連続で」
エーデ「了解!」


 戦闘は以外にも九朗、不動タッグに優勢だった。九朗は攻撃に移るモーションに無駄があるがそれを細やかに、かつ考えられないスピードで不動がカバーするのだ。この動きの滑らかさに九朗は驚嘆と言う感情を超えて笑ってしまう。
九朗「すげぇ。セツヤさんといい、この人といい、どうなってんだ?」
アルアジフ「ああ。貴様、本当に人間なのか? ここまで魔術師と戦えるとは」
不動「人と言うものは生誕の瞬間から可能性を秘めている。この程度は造作もない。クヌギも恐らく同じことを言うだろうがな」
 この動きは目立つものではない。だが、どう言えばいいのか人の意識から外れるような動きなのだ。そんなことがにわかに人ができるのだろうかと九朗とアルは考えてしまう。その自問をどうやってか認識した不動はしっかりと答えを返す。
不動「クヌギを見続ければいい。あれは理の体現者だ。全ての答えを持っている」
九朗「・・・・・・・・・あんた・・・・・・・・・」
クラウディウス「あ゛あぁぁぁあああーーー!! 何なんだよ! テメェら!!」
 2人の会話は対峙しているクラウディウスとカリグラの怒りを増大させるに充分だった。先ほどからこの調子なのだが、どんどん声のボリュームが大きくなっているような気がする。そんなことにいちいち反応はしないのだが。だが、九朗とアルの耳に装着している無線から通信が入る。
エーデ『シルフから各員へ。現時刻を持ってフェイス3に移行します。繰り返します。フェイス3に移行します。要員は速やかに行動を開始してください。・・・・・・・・・・・・・・・・・・』
九朗「終わったみたいだな」
アルアジフ「そのようじゃな。だが、こいつ等が我々を逃がしてくれるかな?」
不動「・・・・・・・・・終わったんだな? ならば行け! ここは私が足止めをする」
九朗「!?」
アルアジフ「しかし、それでは」
不動「構わん。もとより今回のことはこちら側が招いたことだ。これで責任を取ったとは思わんがな」
カリグラ「・・・・・・・・・・・・・・・・・・グオオォォォォオオオーーー!!!」
 1人で2人を相手できると宣言したに等しい不動にキレた格好なのだろう。カリグラが雄たけびを上げる。クラウディウスのそれとは随分と重みの違うものだ。だが、九朗はその雄たけびを受けても先ほどまで見せていた不動の動きを信じることにした。
九朗「あんた、死ぬなんてことはないんだよな? あんたに死なれちゃセツヤさんに顔向けできないんだぜ?」
不動「そんな心配は無用だ。俺は死なん」
九朗「・・・・・・・・・!! アル、あれ使ってみようぜ」
アルアジフ「あれ? ・・・・・・・・・・・・・・・・・・おお! あれか?」
九朗「ああ。・・・・・・・・・不動司令、逃げる準備をしてくれよ」
不動「あれは早々簡単に逃げおおせる相手ではないぞ?」
九朗「だろうけどな。やってみる価値はあるぜ。・・・・・・・・・・・・・・・・・・行くぞ!! アトラック・ナチャ!!」
 九朗の先ほど新たに習得した魔術。くもの巣を模した魔術がクラウディウスとカリグラにまとわりついて2人の動きを封じる。
クラウディウス「何だこりゃ!!」
カリグラ「ニトクリスの鏡か。・・・・・・・・・習得していたとは」
 何の躊躇いもなく2人に背中を向けた九朗と不動を忌々しそうに、そして殺気を込めた目で見つめる2人がいた。


 数にして10体以上の投入だった。この数での奇襲ならば簡単な基地くらいなら制圧できたかもしれない。それだけの数のアストラルを彼等は相手にしていた。前の戦いでは相当苦労したが今は武装が違う。用意できたと言うことがやはり大きかった。クルツが大口径の徹甲弾を打ち放つ。それがアストラルの頭部や胸部を抉り取ってしまう。その前にソースケが敵の足を止めたのがやはり大きかった。更にはまとめとばかりにマオがランチャーを発射して一網打尽にしてしまう。たった3人ではあるが戦地を生き抜いてきたメンバーの経験はやはり違っていた。
 銃弾がうるさいのでクルツが話をするために叫び声を挙げた。
クルツ「ターミネーターと戦うときってこんな心境なんだろうな!!」
マオ「えーー!? 何だって!!? 聞こえない!!」
クルツ「だからぁ!! ターミネーター!!」
ソースケ「ターミネーターとは何なのだ!!?」
 会話に関しては少々かみ合わないところがあるが、息はばっちりなのだ。ものの十数分で最新科学の結集とも言える人型アームスレイブアストラルが鉄屑になってしまっていた。
クルツ「ざまー見やがれ!」
マオ「まぁ、そんな気分ね。前が散々だったから」
ソースケ「肯定だ。だが、これだけの火器を投入しなければ致命傷を与えられないと言うのはやはり脅威だ。現実的では決してない。色々と考えることがあるな」
マオ「ええ」
クルツ「硬いんだよなー。ネクラ軍曹はよー。今回くらいは買ったことを素直に喜ぼうぜ」
ソースケ「この作戦は元から厳しいものがある。喜ぶのは任務を達成してからだ」
マオ「そうね。・・・・・・・・・・・・・・・・・・!」
 マオが耳に取り付けた簡易型の通信機を周囲に沈静を促してから手を置く。
エーデ『シルフから各員へ。現時刻を持ってフェイス3に移行します。繰り返します。フェイス3に移行します。要員は速やかに行動を開始してください。・・・・・・・・・・・・・・・・・・』
マオ「吉報。フェイス3に移行よ」
 その言葉が皮切りだった。使い捨てではない武装を3人が一斉に片付け始める。この辺はやはりプロと言うことなのだろう。


 致命傷がない。これは考えるべきことだ。実力が拮抗しているか、誰かが手加減しているか、最後の弾丸を撃ちつくしてしまったセツヤは拳銃をホルスターにしまってからヒョウエ、ネリリンを一瞥する。そのときだった。セツヤの耳につけた通信機に連絡が入る。
エーデ『シルフから各員へ。現時刻を持ってフェイス3に移行します。繰り返します。フェイス3に移行します。要員は速やかに行動を開始してください。・・・・・・・・・・・・・・・・・・』
セツヤ「ここまでのようだな」
 その一言に全ての意味が込められていた。それは漣部隊の任務の失敗を意味している。その言葉にヒョウエが苦悶の表情になる。
ヒョウエ「・・・・・・・・・何故だ!!? 何故勝てない!! 『天意無双』と言わしめた俺が!!」
ネリリン「・・・・・・・・・・・・・・・・・・あなたの剣術は陰流。徒手空拳でも相当な腕前。それに銃の近接、遠距離の技術は私達と同様のものね?」
 この2人、意外にいいコンビなのかもしれない。セツヤはそう思ってしまう。互いに補填すべきところの補填ができている。もしかしたら、この2人はそういうところをリロイに認められた教官としての適正を見るテストケースなのではないかという考えが頭を過ぎるが、今考えるべきことではない。
セツヤ「だから言ってるだろ? 会ったことがあるって」
ネリリン「風伯艦長セツヤ・クヌギ。あなたは何のために戦うの?」
セツヤ「心に絶望を齎させない為、祝すものの為」
ネリリン「? 変わった答えね」
セツヤ「・・・・・・・・・まぁいい。・・・・・・・・・御開きだ」
ヒョウエ「行かせねーよ」
 セツヤが踵を返す一拍前にヒョウエが未だに納めていない刀でセツヤに斬りかかった。それをセツヤは鉄拵えの鞘で上手く受け止める。
ヒョウエ「これ以上お前の思い通りにはさせねーよ。どうするつもりだ? どうするつもりだ!? お前はフイユとトネールをまた捕まえて懐柔するつもりなのか!!? ネージュのように」
ネリリン「!?」
セツヤ「・・・・・・・・・ああ。あの子等にはその権利がある。しかし、思い違いをしてないか? 懐柔したのはお前達だろう!!! 子供等の意思を殺しつくし、選択肢の全てを奪った!! 子供を使って戦争をする。しかも、子供等は痛みも意思もない!!!」
ヒョウエ「殺すということは生きるということだ!! この世に存在する絶対の法則だ!! それを行使して何が悪い!!!」
セツヤ「・・・・・・・・・そう、これだ。この考えだ。トキオミ・シダラが忌み嫌っていた考え。俺の血を沸かせる考え。世界に蔓延る負の循環だ」
ネリリン「??」
セツヤ「・・・・・・・・・いいだろう。ヒョウエ・ナミハラ、ネリリン・ハーユイ。見せてやる。『鳥超千眼』ことトキオミ・シダラが会得した極意を。・・・・・・・・・涅槃の心を」
 セツヤが目を細める。それだけだった。たったそれだけでなぜか2人にはセツヤが大きく見える。
 2人がそう思った瞬間だった。セツヤが消える。不動GENと同様の動きだ。柔らかいモーション。それを用いたセツヤの気配は非常に希薄になる。まるでどこにもいないかのようにだ。殺気、覇気、怒気、どれもない。とっさのことではあったが数々の戦地と修羅場をくぐってきた2人だ。どうにかそれに反応する。ヒョウエは咄嗟に距離をとり、ネリリンは銃口を向けてトリガーを引く。
 セツヤに向かう弾丸までもセツヤを意識してないかのようだった。セツヤはあろうことか的確な狙いで向かってくる弾丸をすり抜けた。そして、その異様な柔らかい動きでネリリンの前にまでやってくる。そして、額に手をかざして少しだけ押す。それだけだった。たったそれだけでネリリンは意識を失ってその場に倒れる。
ヒョウエ「・・・・・・・・・!? ・・・・・・・・・?? ・・・・・・・・・貴様」
セツヤ「・・・・・・・・・まだやるのか?」
 この意味は全滅か否かという選択肢だった。少なくとも、ヒョウエにとって目の前のセツヤ・クヌギという人物はもう化け物以外の何物でもない。殺気もなく全てを滅することができる男に見えるのだ。こんなものは存在し得ないはずだった。人が人である以上あるはずのものがない。未知への恐怖。それをヒシヒシと感じ取っていた。
ヒョウエ「くっ!」
 ヒョウエはベルトの後から手榴弾を取り出すとセツヤの方向に投げた。セツヤの動きをもってすれば致命傷にはならないだろう。だが、逃げることはできる。ヒョウエはネリリンとシエルを担ぐとその場から逃げさる。それをセツヤも追うつもりはなかった。ヒョウエが消えてからセツヤはの表情がいつものそれに戻る。そして、何事もなかったかのように風伯の格納庫へ向かう。


 苦戦をしていた。同等の実力を持つ兄弟。フイユ、トネール。無謀であることは知っていたが諦めるわけには行かなかった。互いに手の内は知れている。見る見るうちにネージュに手傷が増えていく。
 既に残弾はない。最初から少なかったわけではないが片方を牽制するために発砲したりすればどうしても弾丸の減りが早くなってしまう。それは相手側にもこちらの戦い方で当然察知されてしまう。そのため、無意味に距離をあけられなくなる。両手にナイフを逆手で持ったネージュは遮蔽物を利用しながら的確なポジションにいた。遮蔽物はコンテナ。相手の持つ武装が重火器ならば意味がないが短銃ならば充分だ。
ネージュ「はぁ・・・・・・・・・はぁ・・・・・・・はぁ・・・・・」
 この瞬間にネージュは息を整える。数的不利を体力でカバーしていたのだ。息が上がって当然だった。しかし、それをさせるわけには行かない理由が向こう側にはある。
ネージュ「!?」
 コンテナを飛び越えてトネールがナイフをネージュに突き立てようと迫ってくる。その攻撃をネージュは横に跳躍してどうにかやり過ごすがそれはフイユに読まれていた。地面に腹ばいに転がり終えたネージュの顔面にナイフの刃が襲ってくる。腹筋の力を使ってその刃をやり過ごす。ここからナイフでの近接戦闘を行うのに距離が近すぎた。ネージュは首を主軸にブレイクダンスの要領でフイユの足を払い、同時に起き上がる。ここで再びネージュは2人から距離をとる。
 正直、ここまで来てネージュは限界を感じていた。相手の気を失わせるにはどうしても隙を突く必要がある。こちらの隙も大きい動きをしなくてはいけない。それが当身だろうと絞め技だろうとも時間が掛かる。そして、この2人はそんな隙は見せないだろうし、仮に作れたとしてもこちらにもできる隙を逃すような真似はしないだろう。できることは非常に少ない。この時間になっても味方がこの場所を通過しないということは全侵入予想ポイントが狙われたということだ。援軍もしばらくは期待できない。この答えを相対している2人も容易に思いついたようだ。
フイユ「絶望的ね、ネージュ。投降する気になった?」
エーデ『シルフから各員へ。現時刻を持ってフェイス3に移行します。繰り返します。フェイス3に移行します。要員は速やかに行動を開始してください。・・・・・・・・・・・・・・・・・・』
 エーデからの通信が耳についている通信機から聞こえてくるがそれに反応する余裕がネージュにはなかった。もっと別なことを考えてしまう。
ネージュ「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
フイユ「残念。・・・・・・・・・あなたは私達の中で一番感情が希薄な子だったのに。変わったね」
トネール「ああ。同胞といえどもこれ以上の醜態は見るに余りあるな」
ネージュ「醜態? ・・・・・・・・・そう見える?」
トネール「見える」
フイユ「見えるわね」
ネージュ「そう見えるんだ」
フイユ「昔のあなたなら私達と同じことを言ったのに」
トネール「フイユ」
フイユ「ええ、もう時間稼ぎもさせない。バイバイ、ネージュ」
ネージュ「・・・・・・・・・死なない。やっぱり死ねないよ」
 何の根拠もない言葉だ。だが、それは2人の知るネージュが口にするような言葉ではなかった。しかも、ネージュはそれを随分と穏やかな表情で口にしているのだ。
ネージュ「死ねない。私は皆に知って欲しい。戦いをしなくてもいい世界があるって。優しい人たちがいることを知って欲しい。だから・・・・・・・・・死ねない。セツヤは絶対に来る。だから・・・・・・・・・それまで私がここを守っていればいい」
トネール「・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
フイユ「・・・・・・・・・理解できないわ。私達にあるのは任務とそれが達成したか失敗したかだけ」
ネージュ「知ってる。だから、戦うんだよ」
 再び戦闘が始まる。憂いはもうなかった。先ほどの疲労も嘘のように消えている。不利は変わらないはずだがどういう訳か負ける気がしないのだ。
 トネールが残りの弾丸を使ってネージュを狙ってくるがそれをネージュは真横に飛んで回避する。そのあとに来たのはフイユだった。ネージュと同様に身軽なフイユがナイフをネージュに突き刺そうと突いてくる。その動きはやはり漣仕込。非常に速かったネージュでも目で追うのがやっとだ。目で追いながらもトネールの射撃の死角になるようなポジションに立っていなければいけない。そのことまで計算に入れて動く。フイユもネージュを前にして幾つもフェイントを入れて隙を突いてくる。体をひねってネージュの肋骨の部分に膝蹴りを入れてきた。
ネージュ「ぅぐぁ」
 だが、体から力は抜けない。ネージュは浮いた左半身を捻ってフイユの胸部を蹴る。これで距離を取れるはずだった。しかし、その攻撃をフイユは見通していた。直撃を貰ったフイユだが、そのままナイフもさせないほどにネージュに体を密着させると柔道の体落としの勢いでネージュを地面に叩きつける。マウントポジションを取ったフイユがネージュの心臓目掛けてナイフを突き立てようと体重をかけてくる。それをネージュも全膂力を持って力で押し返していた。向こうではネージュの頭を狙っているトネールもいる。
 かなり厳しい状況ではあるがなぜかネージュの心は落ち着いていた。こんな状況だから稼動かは分からないが、セツヤの戦い方を少しだけ思い出したからだ。セツヤは体に力を入れない。だから、こういう状況から逃れやすい心持を常に備えている。
 ネージュはフイユの腕にかけていた力を徐に抜いた。そして、フイユの体が沈む瞬間、その方向を変えるように少しだけ力をかけた。ただそれだけ。それだけでフイユの体は重力にしたがって落下しネージュの腕に少しだけ掠りはしたものの地面にナイフを突き立てた。しかもその位置はトネールの死角になる。その瞬間、飛び上がってネージュは再び距離をとる。
 異様な技術を目の当たりにしたトネールと実感したフイユはネージュを見る。
フイユ「今のは・・・・・・・・・」
トネール「ああ、俺達の培った技術じゃない」
 2人がさらに気を引き締めてネージュに襲いかかろうとした瞬間だった。何かを察知したのか2人が飛び跳ねる。その飛び跳ねた場所には無数の弾丸がけたたましい轟音を響かせて着弾する。
 予想外の方向からの援護攻撃。それはネージュも見知った顔だった。SRTの面々。ソースケ、クルツ、マオだった。
ネージュ「ソースケ!」
ソースケ「下がれネージュ!」
ネージュ「止めて! この人たちは私の兄弟だから! 助けたいんだよ!!」
ソースケ「!? ・・・・・・・・・マオ」
マオ「ネージュと同部隊ってこと? 報告書は読んだけど、もしそうなら私達に彼等を助けることはできないわね。個々のレベルはSRTと同様かそれ以上。しかも、特殊なコントロールを受けてる。下手に攻め入ったら自殺されてしまうわ」
 マオの判断にソースケが頷く。
クルツ「ならよ、待ってりゃいいじゃん。俺等のボスが来るのをよ」
ソースケ「・・・・・・・・・そうだな」
マオ「そうね。それでいきましょうか」
 頷いてからソースケとクルツの2人が散開する。加減しながらの戦闘という芸当はプロフェッショナルだからこそ可能な行動といえるだろう。攻め入りすぎず、相手の反撃の隙を与える。
 この攻防にコンテナに体を隠しながらの銃撃戦に変わってしまったフイユとトネールは小さく算段をしていた。
フイユ「増援。・・・・・・・・・致命的ね」
トネール「ああ。任務の遂行が難しくなった。これであの化け物にまで戻られたら・・・・・・・・・」
フイユ「ええ。早急に撤退すべき」
トネール「足止めがいるな」
フイユ「今決めなくてもいいでしょう? 負傷した方よ」
トネール「・・・・・・・・・だな」
 飛び出した2人を歓迎するかのように銃弾の雨が降り注ぐ。だが、この銃弾すらも的確にやり過ごす技術と胆力を2人は持っていた。反撃をしながら頭を低くして片方が牽制、移動を繰り返す。しかも双方にコミュニケーションの類はほぼない。それだけ意思疎通が完璧だということだ。
ソースケ(兵士としては理想だな)
 トリガーを引きながらできるだけ致命傷を避けるように照準を甘くしながらの発砲は神経を使う。だが、ソースケにはそんなことを考えるゆとりがあった。ネージュもマオから拳銃を借りると発砲を繰り返す。
 どうにか漣の2人は撤退ルート前に到着することができた。これも、2人の技術のほかにソースケたちSRTの技術の賜物といえるだろう。だが、個々から2人同時に逃げるということは不可能だろう。どうしても狙い撃ちになってしまう。片方が残らなくてはいけない。
トネール「互いに無傷だったな」
フイユ「ええ。でも、ここから先は無理ね。どちらかが残らないと」
トネール「・・・・・・・・・俺だな。銃の技術はお前よりも上だ。そのほうが確率が高い」
フイユ「そうね。それが合理的。いってもあの化け物と出くわす可能性があるからどっちにしても死ぬかもしれないけどね」
ネージュ「ダメ!!」
 いつの間にか銃弾がやんでいる。ネージュが2人のまん前に立っていた。
ネージュ「死んだらダメだよ! 死なないで!!」
 そのネージュの言葉に2人は驚く。敵のまん前。銃も持っていない。警戒もない。自分等がどれだけの暗殺者かも理解してその場に立つ少女は彼等には理解できないものに見えた。
フイユ「・・・・・・・・・何を言っているの。私達は負けたのよ? もっと喜びなさい」
トネール「・・・・・・・・・・・・・・・・・・その通りだ」
ネージュ「知らないだけなんだよ・・・・・・・・・・・・・・・・・・。皆知らないだけなんだ」
フイユ「・・・・・・・・・私達がどう習ってきたか、あなたなら分かるでしょう? 敵に捕まるくらいなら・・・・・・・・・」
 フイユが己の拳銃を米神に密着させる。自殺するつもりなのだろう。
トネール「俺も直ぐに行く」
フイユ「ええ」
セツヤ「させねーよ」
 殺気も気配もない。セツヤの特殊な陰行術だ。突然現れたセツヤは拳銃を後から触って安全装置をかけてからフイユの反応よりも早くに彼女に首筋に無針注射をうつ。恐らくはネージュと同様の麻酔系の薬品だろう。即効性の麻酔で一瞬にしてフイユはその場に倒れこんだ。
ネージュ「! セツヤ!」
セツヤ「お待たせ」
トネール「・・・・・・・・・あ、セツヤ・クヌギ。・・・・・・・・・教官たちは」
セツヤ「死んじゃいないさ。お前も眠れ」
トネール「させない!! させるものか!!!」
 後に飛び跳ねるトネール。だが、セツヤの歩法は更にその上を行く。そして、セツヤにはこのトネールという少年の思考が手に取るように理解できる。
セツヤ「死ぬ気で自殺なんかするな少年」
トネール「五月蝿い!!」
 飛び跳ねたトネールだったのだが、突端彼の動きが止まった。まるで蜘蛛の巣のようなものに体が絡まっている。向こう側からやってきたのは九朗だった。
九朗「遅くなりました」
セツヤ「いいや、ナイスタイミング」
 束縛されて相方はもう捕まった。この状況でこのトネールという少年に残されている選択肢は1つしかなかった。
セツヤ「この!」
 トネールが力いっぱいに歯を食いしばろうとする。それは恐らく歯に仕込んだ毒物を摂取しようというのだろう。そんなことはセツヤはさせない。既に残弾がない拳銃をホルスターから抜き放ってからグリップの部分をトネールの口に押しこんだ。これだけでも妙芸といえる代物だろう。
 そのままにもう一本フイユと同等の薬をトネールの首に突き刺して勝負を終える。トネールの意識が飛ぶのを確認してセツヤは拳銃をホルスターにしまう。
セツヤ「みんな、ご苦労様」
 アトラック・ナチャから開放されたトネールを担いだセツヤが口にする。格納庫前にいる全員がセツヤの周りに集まってくる。
セツヤ「その様子じゃ、全通路で戦闘があったみたいだね」
九朗「こっちはアンチクロス2人でした。不動司令が来なければ危なかったです。途中ではぐれちゃいましたけど」
セツヤ「成程。やっぱり凄腕なんだよなぁ。あの人。マオさんのところは?」
マオ「アストラル10数体でした。全て無力化しています」
セツヤ「あれか。3人だけで厳しかった?」
マオ「シンプルな通路でしたしアストラルの参入も考えての武装でしたから」
セツヤ「・・・・・・・・・ネージュ、よく頑張ったな」
 セツヤはフイユの体を背中に背負っているネージュの頭をわしゃわしゃと撫でる。それがものすごく気持ちよさそうにしてから、はにかむようにネージュが笑った。
ネージュ「うん!」
セツヤ「さて、まだ終わってないからね。これだけとは思えない。恐らくDEAVAの外じゃ敵さんわんさかではって来ているだろうから安全圏に出るまでは休ませてあげられない。もう少し頑張ってくれ」
一同「「「「「「了解!」」」」」
 セツヤを戦闘にして一同が母艦へと帰還する。


 セツヤが風伯のブリッジに到着する。
セツヤ「お待たせ。まず報告聞かせて」
 既にジャスやユージーンもブリッジに戻って所定の位置にいた。
ユメコ「不動司令の許可を得てDEAVAのレーダー情報と見せてもらっています。結構大所帯で来ていますね」
セツヤ「当然だね。畳み掛けるのは基本だ」
ユメコ「細かくはクローヴァル2隻、エイゼタス4隻。風伯の規模を考えると追撃戦だとしても大盤振る舞いって感じですね。単純な戦力比は5対1です」
セツヤ「ジャス君、風伯の武装は?」
ジャス「完璧ではありませんが戦闘行動は可能です」
セツヤ「大気圏内迷彩システムが直っているならそれは問題ない。・・・・・・・・・2人は連邦さんはどう出てくると思う?」
ジャス「単純な追撃戦でしょうね。ここまで距離を詰められると隠れきる時間ができません。無駄な戦闘は避けて距離をとることを第一に考えるべきです」
ユメコ「それに賛成です。風伯は足が速いですから追いかけっこしてから太平洋に出て、それから隠れるっていう手がベスト」
セツヤ「よし、それでいこう。STT、バルキリーは空戦。SRTは風伯の甲板に出て迎撃戦をしてもらう。万が一のときの合流ポイントを各パイロットに伝えておいて。俺も出るからいつもどおりに操艦と戦闘指示は任せる」
ユメコ・ジャス「「了解」」
 セツヤは忙しなくブリッジから飛び出して格納庫へと向かう。




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