どくしょ感想文

作:よもぎの森




 どくしょ感想文を書いてきなさいと先生に言われた。曜日がひとまわりして次の木曜日がくるまでに、げんこう用紙2まいいないに書かなければならない。いわゆる宿題というやつだ。
 だけど、どくしょ感想文てなんなのだろうか。ぼくは学校の帰り道、いつもの道くさをしないで、ずぅーっと考えていた。
 まずはじめに本を読みなさい、と先生は言ったけれど、じまんじゃないがぼくは国語の教科書いがいに本を読んだことがない。しんぶんのテレビらんのうらの4コママンガなら、毎日かかさずに読んでいる。大人になったら4コママンガいがいの、ちっちゃな字がびっしり書きこまれているところも読まなくちゃいけないのかと思うと、おばけの話をきく時みたいに背中がブルブルっとする。どくしょ感想文も、ぼくをブルブルっとさせるなかまのような気がしてならない。
 そういえば、近所の2つ年上のあっちゃんが、どくしょ感想文で賞状をもらったと、だれかが言っていたっけ。あっちゃんに聞けば、なにかいい方法がみつかるかもしれない。
 ぼくは家に帰ってランドセルをおいてくると、急いであっちゃんちに向かった。
 あっちゃんは3年生のおねえさんで、まだ学校から帰ってきていなかったので、しかたがないから門の前でしゃがみこんで待ちぶせすることにした。
 すこししたら、あっちゃんが帰ってきた。しゃがみこんでいるぼくを見たあっちゃんは、ニッコリと笑ってくれた。だからぼくもニッコリと笑いかえした。だれにもないしょなんだけど、ぼくたちはとてもなかよしなんだ。あっちゃんはぼくより大きいお姉さんだけど、同じクラスのだれよりも、びじんでかわいい。
「ひろくん、どうかしたの。わたしになにか用?」
 やさしい声で聞かれたので、ぼくはなんだかてれくさくなって、もじもじとしながら、
「あっちゃんにどくしょ感想文の書き方をおしえてもらおうと思って。」
 と言った。あっちゃんは、
「それなら、うちにいらっしゃい。」
 と大人っぽく言って、ぼくを家の中にいれてくれた。やっぱり、あっちゃんはさいこうだ。
「読む本は決まっているの?」
「ぼく本は読まないんだ。本を読まなくても感想文を書くことはできないのかな?」
 ぼくがたずねると、いままで笑っていたあっちゃんの顔が、こまった顔に変わってしまった。
「感想文は、本を読まないと書けないのよ。本を読みおわった後に、その本について心にのこったことや、こういうところが面白かったとか、自分なりに思ったことを書くものなんだから。」
「本を読まなきゃ書けないなんて、どくしょ感想文て作文より面倒くさいんだ。」
「ひろくんの好きな本を読めばいいのよ。」
「好きな本なんてない。ぼくはたぶん、生まれつき本を読めない体質なんだと思うよ。」
「そんなひと、いるわけないじゃない。」
あっちゃんはそう言うと、声をだして笑った。ぼくの言ったこと、そんなにおもしろかったかな?
 あっちゃんは笑いが止まらないらしく、おなかをおさえて苦しそうにしていた。
「うーん。それじゃ、ひろくんはどんな感じのお話が好きなの?  たとえば冒険のお話とか、鬼退治をするお話とか、動物が主人公のお話とか。」
 ぼくは考えてみた。笑いがおさまったあと、あっちゃんは急に真剣になってしまい、ひとみが大きなブドウのようになっていた。そんな目で見つめられたら考えなくちゃいけないような気がしてくるだろ。考えに考えたすえに、毎週日曜日の朝8時から見ているヒーローもののテレビ番組の話をしてみた。
 あっちゃんはまた困った顔をした。それきりあっちゃんはだまりこんでしまって、ぼくがなにを言っても「うーん……」とうなるばかりだった。ぼくはなにかいけないことを言ってしまったんだろうか。あっちゃんの大きな目の上の眉毛は、富士山のようにたれさがっていた。
 ぼくが帰ろうとしたとき、あっちゃんは本を一つ、ぼくの手ににぎらせた。
「この本は絵がたくさんあるし、文字も少ないから、ひろくんにも読めると思うよ。」
 本の表紙には、緑の服をきた少年が空を飛んでいる絵がえがかれていて、『ピーターパン』と太い字で書かれていた。題名くらいなら、ぼくも聞いたことがあった。
 たしか、ピーターパンは妖精で、空が飛べて、それから……。
 それから、なんだっけ。
 家に帰ったぼくは、あっちゃんのかしてくれた本を読んでみることにした。でも気がつくとぼくはねむってしまってた。気をとりなおしてまた本をひらいてみた。ちからのかぎり、せいいっぱい、ぼくはどりょくをしたんだ。だけど、どうしても本の中の文字よりも、さしえのほうが気になってしまって、『本を読む』じゃなくて『本を見る』になっちゃうんだ。

 次の日、あっちゃんがぼくに聞いた。
「あの本、読んでみた?」
 ぼくは答えた。
「まだ読んでない。」
 次の次の日も、あっちゃんは聞いてきた。ぼくは、また答えた。
「まだ読んでないよ。」
 次の次の次の日も、その日は学校が休みの日なのに、あっちゃんはわざわざぼくの家まで来て、言った。
「まだ読んでないの?」
 さすがのぼくも、その時ばかりはすぐに答えることは出来なかった。なぜって、あっちゃんの顔がとても怒っていたから。眉毛なんかつりあがっちゃって、このあいだとはまるで反対で、さかさ富士になっていたよ。
「まだ読んでないのね。ひろくんはいつまでも読まないつもりなのね。」
 ぼくが何かを言いだすよりも早く、あっちゃんはぷんぷんしながらぼくをしかりはじめた。ぼくはなんだか、いやーなよかんがしてきた。
 なんだかしらないけれど、あっちゃんはぼくんちにづかづかと入り込んで、ぼくの部屋をせんきょしてしまった。
「このあいだ貸してあげた本はどこ!? ひろくんが読まないというなら、代わりに私が読んであげるから、ひろくんはそれを聞いてればいいわ!!」
 あっちゃんの声は家中にひびきわたった。お皿をわったぼくをしかるお母さんよりも、迫力があった。ぼくはブルブルッとふるえあがってしまった。あっちゃんのどなり声を聞きつけたお母さんが、ぼくの部屋をのぞきにきたけど、本を読みはじめているあっちゃんを見たら、なにも言わずに行ってしまった。(はくじょうもの)とぼくは心の中でさけんだ。
 というわけで、ぼくはプレイするのを楽しみにしていたテレビゲームを横目でみながら、あっちゃんの読む『ピーターパン』を聞かされるハメになってしまったのである。
 あっちゃんは途中でなんども声をからして、そのたびにぼくのお母さんに水をもらって飲んでいた。ぼくは、なんともいえないあっちゃんの迫力に、逃げることもできず、ただただ耳をかたむけていた。もし逃げだしたら、ぼくはあっちゃんに食べられてしまったかもしれない。
 長い長い時間をかけて『ピーターパン』を読みきったあっちゃんは、50メートルを走った後のように、ハアハア息をしていた。ぼくは逆に息を止めていた。
「今のお話を聞いて、思ったことやドキドキしたことを、忘れないうちに書いておくこと。」
 最後にあっちゃんはこう言い残して去っていった。ぼくはあっちゃんの言ったとおりに、そのあとすぐ、どくしょ感想文というやつを書いてみた。だって、そうしないと、あっちゃんがまた乗り込んでくるかもしれないだろう?



 ピーターパンの感想
            1ねん3くみ   きど  ひろゆき

 ぼくは、きんじょのあっちゃんに『ピーターパン』というほんをよんでもらった。
 あっちゃんは、いつまでもほんをよまないぼくを、とてもおこっていて、とてもこわかった。けれど、ほんをよみだすと、あっちゃんのこえは、いつものこえにもどっていた。
 いつものこえなのに、ぼくはあっちゃんが、おにばばのようにみえた。
 ぼくは、あっちゃんのはくりょくに、びびってしまった。
 おんなはこわいと、ぼくはおもった。
 
                         おわり



 曜日がまたひとまわりして、次の木曜日がくると、ぼくの元にどくしょ感想文が戻ってきた。げんこう用紙のひだりがわのくうらんには“本の感想を書きましょう” なんて文字が赤ペンで書かれていた。


おしまい

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