著;よもぎの森

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はじめに。
この話は、23歳のOL二人がアダルトビデオを観るという話です。




  ビデオ観賞同好会  


 「でね、びっくりするくらいスタイルがいいの。美人で、スレンダーで、胸なんかも形良くてね、黙ってりゃどこかのモデルだって思うわよ。『え〜、なんでこんな人が〜!』って感じ。弟に言わせりゃ、そこがダメなんだって。『やせすぎ』『いやらしさがない』『一回観れば充分だ』だって。男って基準が分かんないわよねえ」
 週末の昼下がり。二十三歳の女二人がいったいなんの話をしているのかって、ずばりそれはアダルトビデオのこと。
 私は今、中学校以来の親友、有坂美穂の家に泊まりに来ている。ありていではあるけれど、美穂の両親が二泊三日のツアー旅行に出かけて留守なのだ。
 私と美穂は、自称アダルトビデオ評論家。といっても、別にレンタル店に通いつめていそいそとビデオ鑑賞にしけこむなんていう不毛な日々を過ごしているわけではない。だいたい女の身で、そんな恥ずかしい真似、なかなかできるもんではない。レンタルビデオ店の常連にエロビデオを借りるOLなんてものがいたら、それこそ店員たちの物笑いの種だ。
 私たちの活動の裏には、実は協力者がいるのだ。他でもない、美穂の弟の幹生《みきお》くんのこと。
 今年の春に高校を卒業し晴れて大学生となった幹生くんは、美穂曰く勉強そっちのけでアダルトビデオ狂いだそうで、レンタルや自費購入、友達からの流れものなどなど、手元にあるビデオ・DVDを気前よく姉に横流ししてくれる。美穂と幹生くんの関係は、昔からあけすけのざっくばらんだったが、ここまでだとは正直知らなかった。少々異常の域に達しているような気がしないでもないが、でも、ま、そのおかげで私もこうして体面を汚さずにアダルトビデオ鑑賞を楽しんでいるのだから、美穂さまさま幹生さまさまである。
 幹生くんも両親のいない今日を満喫するため友達の家に泊まりに行っているとかで、文字通り女だけのアダルトビデオ鑑賞会と相成った。
 今回の入荷は、冒頭で美穂が言っていたスレンダー美女モノである。
 美穂は昨日の夜に既にざっと流し観をしたらしく、「適当に観といて〜」と言ってリビングに私を残し、お茶を用意しに行ってしまった。
 というわけで勝手知ったる他人の家で、私はDVDデッキの電源を入れると、ちゃっちゃとソフトをセットして再生ボタンをON。テレビの画面に、すらりと細く長い足を強調するジーンズをはいた長い髪の女性が映し出された。シンプルでゴージャスなキラキラのアクセサリーをセンスよく身につけ、足と同様の細く長い手で髪をかき分け、アンニュイな表情で見下ろすアングル。モデルの写真撮影風をイメージしているらしく、これを観ただけでは誰もアダルトビデオだとは気づくまい。
 チャプター画面となったところで、美穂がコーヒーを持ってきてくれた。
「どう? モデルみたいでしょ」
「モデルもモデル。かなりの美人じゃないの。こんだけスタイル良くて綺麗なら、モデルでも全然OKだよね。なんでAVなんかに出演しちゃったんだろう。もったいない」
 ガーベラがプリントされたマグカップの中には、熱々のブラックコーヒーが注がれている。ふうふうと息を吹きかけると、コーヒーの表面が波立ち、細かな湯気の粒子が流れた。私は画面に映るすらりと長い手足に羨望のまなざしを送り、本編再生をリモコンで選んで決定ボタンを押した。
「私がもしこの人だったら、もっと人生を謳歌するけどなあ」思わずつぶやいてしまう。
「具体的には?」美穂が言った。
 テレビ画面に映し出されたのは、ホテルらしき一室。ベッドに腰を下ろしたスレンダー美女の元に、筋肉質なんだけれどもなんとなくだらしない体つきの色黒な男優が映し出された。すると美穂は、つい今さっき質問をしたことも忘れ「今回の男優は、なかなかいいランクだと思わない?」と被せてきた。
「そう? 私は嫌いなタイプだな」
「またそれえ? どんなのがタイプなのよ」
「もっと線が細くて、でも腹筋は割れてる、みたいな感じ」
「捺月《なつき》は理想を追い求めすぎ! それじゃいつまでたっても彼氏できないよ〜」
「彼氏とこれとは別問題でしょ。私はあくまで、鑑賞的であるかどうかの観点で評価しているまでよ」
「厳しい審査員だこと」
「女優のレベルは上がってるのに、男優はそれについていっていない気がするんだけど。毎度毎度お腹がたるんだオヤジが出てきて、正直うんざり」
「ターゲットはあくまでも男だから、ぶっちゃけ男優の見栄えなんてどうでもいいんじゃない? あ、それとも、見栄え良すぎると逆に受けが悪くなって売り上げが落ちるのよ。ありえる〜」
「そ、そうかな? ま、確かにAVのターゲットは男性だろうけど。こればっかりは直接男の意見を聞いてみないと想像の域を脱しないわね。今度それとなく幹生くんに訊いてみてよ」
「ラジャ!」
 画面の中の二人は、絡みに入る前のどうにもわざとらしい会話をはじめていた。
 私は買ってきたドーナツの箱を開けて、季節限定のふわふわいちごクリームドーナツを取り出し、美穂に手渡した。自分も同じものを取ってかぶりつく。いちごの香りとクリームの甘さが口の中にふんわりと広がる。ああ、おいしい。
「さっきの話に戻るけど、もし私がこの女優さんみたいだったら、合コン三昧の毎日を過ごすわ。医者や資産家の御曹司ばかりのパーティーにも潜り込んで、とにかくいい男を捕まえる。きっと、黙ってても向こうから言い寄ってきてくれると思うけど。全部向こう持ちで海外旅行に連れて行ってくれるかもしれないよね。で、ブランドのバックや服を好きなだけ買っていいって言ってくれるのよ。なーんか楽しそー」
 凡庸な容貌の自分には、到底縁のないことだった。中の下? 下の上? 下の下とまで自分を卑下しようとは思わないけど、なんだか無性に自分の人生が味気ないものに思えてきた。 
「美人には美人なりの挫折ってもんがあるんじゃないの。ほら、誰しも今の自分で満足なんて、なかなか思えないものでしょ」
「あー、それはそうだねー。美人に生まれたら、私もモデルや女優になることを目指したかもね」
「テレビではあまり冴えなくても、実際に見る芸能人てすごく綺麗だったりするよね。逆に、美人美人ともてはやされている人が、テレビに映ったらそれほどでもなかったり。美人にも並、上、特上ってのがあるんだろうね。どこの世界でも特上になるのは厳しいものよねえ」
「特上特上って、もっと他のたとえはないの? カルビを思い出すんですけど」
「あ、最近焼肉食べに行ってないね。給料出たら久々に食べに行かない?」
 二つ目のドーナツは、和風の抹茶あずき味。カロリーが気になるお年頃なので、ドーナツは昼食とおやつの兼用である。
「私たちと同じ歳くらいだよね。この人、AV女優が本業なのかな」
「案外、昼間は普通に会社勤めしているかも。現役の大学生でほんのアルバイト感覚でビデオ出演している人もいるらしいし」
「AV出演がアルバイト!? その感覚が分からないわ。周りにバレたりしないのかな」
「他人事ながら心配になるよね」
 私達のおしゃべりとビデオは同時進行で進む。
 わざとらしいやり取りが続けられながら、キスをされ、シャツがめくられ、スレンダー美女のスレンダーな胸が揉みしだかれる。そしてブラが押し下げられ、いよいよバストトップがあらわになった。歯の浮くような胸への賛辞。
 評論家と名乗るにはまだそれほど本数を見ているわけじゃないけれど、こういうわざとらしさは何度観ても笑ってしまう。突っ込みどころ満載。二人で観ていたら尚更で、いちいちつっこまずにはいられない。
 それでも女優の着衣が全て剥ぎ取られてしまうと、同じ女性としての興味からか、いやさ、未知なるスレンダーボディとはいかなるものか、好奇心半分やっかみ半分で私は(そして多分美穂も)女優の体つきを無言でチェックしていた。その時、美穂の携帯の着信音が鳴り響いた。
「あ、ごめん、電話かかってきちゃった」
 美穂は「もしもし」と電話に出ながら、曰く電波状況が最高な和室へと走って行った。
 場面はついに本格的な接触を迎える。
 いやらしさがないというのはちょっと分かる気がした。作り方というのもあるのだろうけど、女優さんの雰囲気に合わせてなのか、とってもお洒落なつくり方をしている。どちらかといえば女性が観ても安心。もしかして監督が女性とか。うん、好感が持てるわ、と思った矢先、考えを改めた。
 いきなり過激になったからだ。
 ビデオを何本か観ていると、アダルトビデオというジャンルでひとくくりできるほど、作品がパターン化しているのが分かる。
 そしてそのパターンの中に私にはどうしても馴染めない表現があり、けれどもこれだけパターン化されているのならそれが多くの男性の求めるものだと結論するしかなくなる、ような気がする。
 お、おおおおお………
 思わず、頬が引きつってしまった。
 何かの漫画で、女性の理想とするセックスは、白いシーツであり、脱ぎ捨てられたドレスであり、エナメルのパンプスであり、絡み合った二人の手であり、薔薇であり、カクテルであり、なんてことが表現されていた。大げさではあるけれど世の女性たちの図星をつく上手い表現だな、と思ったものだ。
 この、私にとって苦手なシーンが早く終わってくれないかなあ、と、ドーナツをまた一口かじり、コーヒーをずずずとすすった。いっそ早送りでもしてしまおうかとリモコンを手に取ったその時だった。
「なんだ、幹生、昼まっからエロビデオなんか観―――」
 突然の声に、ぎくりとして振り返った私は、そこに見てはならぬヒトを見た。
 この、女たちのアダルトビデオ鑑賞会に決して存在してはならぬ人物、そう、美穂以外の家の住人――ご両親でもなく、幹生くんでもなく――
 私はすっかり忘れていたのだ。美穂には、幹生くんのほかに兄弟が――お兄さんが居たということを。
 お兄さんは私と目が合うと、向こうも向こうでぎくりとして、「あ、」と言う声を漏らし、固まっていた。
 この時この瞬間まですっかり忘れていた、美穂の六つ年の離れたお兄さん。たしか何年か前に大阪に転勤になり、向こうで独り暮らしをしているという話だったが……
 ビジネスバックの他に、荷物をめいいっぱい詰め込んだようなボストンバックをかかえて、髪はぼさぼさで、だいぶ疲れきった顔をしていて、今までの私は男の無精髭なんておやじくさーとしか思っていなかったはずなのに、それがなんともいえず……、
 ぞくりとしたものが私の全身を駆け抜けていった。
 私は美穂のお兄さんから、一度貼りついた目を離せなかった。
 久しぶりに見た、美穂のお兄さん。ほんと、なんねんぶりだろうか……
「――ごめん、邪魔したね」
 そう言って目をそらしたのは、お兄さんの方で。それで私ははっとなった。金縛りが解けたことで、自分の置かれた立場というものが少しずつ身にしみこんでくる。
 お兄さんは気まずそうに咳払いしながら、いそいそと視界から消えていった。直後に階段を昇っていく音がきこえた。再び一人となった私の耳の中で、お兄さんに言われた言葉が再生される。

 邪魔したね。

 邪魔したね。

 邪魔したね。

「(アダルトビデオを真剣に観ているところだったのに)邪魔したね」

 体の芯に煮えたぎるマグマのようなものを感じた。と思った瞬間に、それは大噴火を起こしていた。羞恥という名の火砕流がどろどろと私の身から流れだしていく。
 私はその場を動けず、硬直したままの手からするりとリモコンが滑り落ちた。ガタンという音がリビングに響く。それを合図にしたかのように、美穂が和室から飛んできた。
「え、今の声、兄さん? うそ、帰ってきたの? ちょ、ごめん、捺月!!!」
 石像と化した私を見るなり、美穂は私を抱きしめ、何度もごめんと謝ってきた。瞬時に私の状況を把握してくれた美穂は、やっぱり私の長年の親友である。
 放心状態の私の気を確かに持たせるためか、美穂は抱きつきながら背中を何度もさすってくれていた。けれど、そんな親友の好意も、今の私には受け取ることも感じることも出来そうになかった。 
「ねえ、美穂」
「ん、なに?」
「今すぐ帰ってもいい?」
 ベッドシーンは佳境に入り、テレビのスピーカーからは女性のあえぎ声がマックスで流れていた。




あとがき
元は、55のラブコメお題(『すけべでごめんなさい。)に挑戦しようとして書いたものでした。

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