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悩める魔女思想
ど こ か の 国 の 魔 女
著・よもぎの森


9  魔女と人間の因縁



 「ねえ、タズト、もしかしてあいつらにマザーツリーのこと話したりした?」
 ドキドキがだいぶおさまって本来の自分を取り戻すと、あたしは心に引っかかっていることを思い切って切り出してみた。
「俺が? なんで?」
 タズトはきょとんとした顔であたしを見つめ返してきた。その顔は、どう見ても嘘をついているようには見えなかった。もしこれがあたしを騙すための演技なんだとしたら、タズトは都会に出て役者になるべきだ。あたしは注意深くタズトを観察した。
 薄汚れたズボンに上着、無造作に伸びたくしゃくしゃの髪、日々の労働によって引き締まった手足もまた薄汚れて、おしゃれのかけらもない。タズトはどこからどうみても田舎の猟師といった風情だ。結論、到底演技派には見えない。
「じゃあ、話してないのね」
「? ああ」
 どうやら、あいつらがここに来たのはタズトとは関係なかったようだ。それが確認できたら、思った以上に嬉しさがこみあげてきた。
 あたしは騙されていたわけじゃなかったんだわ。
「なんで、そんなこと、訊くんだよ」
「ううん、なんでもないの。気にしないで」
 にんまりしたいのをこらえて無表情で感激していると、タズトはすっと表情を変えて、訝しげな顔でじっとあたしのことを眺めた。
「君、俺のこと、疑っていたね。だからさっき俺を『嘘つき』呼ばわりしたんだ」
 ぼそりとつぶやいたタズトの声は、明らかに傷ついたようで、あたしはぎくりとした。
「あのな、マザーツリーのことは俺が話さないまでもないんだよ。もちろん、あの木にそんな名前が付いていたことは知らなかったけれど、山にはとてつもなく大きな木があって、それを魔女達が大切にしていることは、里のみんなが知っていることなんだ」
「そ、そうだったの……。あたし、あなたのことすっかり誤解してたわ」
 タズトはちらりとあたしを見て、溜息をついた。
「そうみたいだね」
 たったそれだけの言葉だったのにもかかわらず、ものすごい非難をされたようで、居心地が悪くなってきた。
「なによ、タズトだって昨日、さんざんあたしのこと誤解したくせに」
「そのことに関しては、俺はちゃんと謝ったぞ」
 すかさずそう切り替えされて、自分がまだ謝罪の言葉を口にしていなかったことを思い出して、完全にやり込められたことを悟った。あたしは小さくうめき声を上げた。
「――ご、ごめんなさい」
 ぶっきらぼうに謝ったあたしは、ぶーたれてそっぽを向いた。
「でも、あたしが誤解したのは、あなたが待ち合わせの場所にいつまでたっても来なかったせいだわ。だからあたしはてっきり、あなたは最初からここに来るつもりなんかなくて、あたしを騙したんだと思ったのよ。その、あたしからマザーツリーのことを聞き出すために……」
「おいおい〜、昨日のことを良く思い返してくれよ。俺は君に会いたいとは言ったけど、待ち合わせ場所を決めたのは君のほうだったじゃないか。俺は絶対にマザーツリーのことを聞き出そうとなんかしなかったぞ」
「分かったわよ。だから誤解だったって言ってるじゃないの」
 話せば話すほど自分にばかり非があったことを思い知らされるようで、うんざりとしてきた。
 早く、別の話題に移ってくれないかしら。
「待ち合わせに遅れたのは、あいつらが山に入っていく姿が見えたからだよ。いつも山になんか入らない輩が大勢集まってたら、いったい何をするんだろうかって気になるだろう。だからこっそり後をつけていたんだよ」
 で、結果的にこの場所にたどり着いた、ということらしい。
 あの連中の行き先がマザーツリーだと察してからは、あたしに知らせようと回り道を走ってきたそうだが、一歩遅かったという。タズトってば誠実なのね。
 ……う、う〜ん。
 タズトがそういう人間だということが分かったのは嬉しいことだけど、そうなるとあたしの立つ瀬が益々せばまってくるのよねえ。
 あたしはもう少し誠実にタズトに謝ったほうがいいのかしら。それとも笑ってごまかしちゃおうかしら。
 ま、いいか、魔女は別にいい人じゃなくていいわけなんだし。なんてことを考えていた時、突如カーンという音が森の静寂を突き破って響きわたった。鳥という鳥が、その音に驚いていっせいに飛び立ち、辺りがいきなり騒然とした。
「なに、今の音」
 悪い予感がして、あたしは言うと同時に走り出していた。タズトの制止の声が聞こえてきたけど、聞こえないふりをした。
 マザーツリーが目に入るところまで戻ったあたしは、脳裏をよぎった悪い予感どおりの光景を目にして、かーっと頭に血が上った。マザーツリーの幹に斧の刃が深々と突き立てられていたのだ。
「あ、あいつら……!」 
 繁みを飛び出そうとしたあたしは、タズトに寸でのところで追いつかれ、手首をつかまれて引き戻されてしまった。
「待て、君一人でどうにかなるもんじゃないだろう。みんな斧を持っているんだぞ」
 もっともな意見だったが、逆上していたあたしの脳にはあいにく浸透していかなかった。
「そんなの魔法で吹っ飛ばしてやる!」
「バカ、良く見てみろ。相手は五人も居るんだ。みんなまとめて片付けられなきゃ、君の身が危なくなるぞ。出来るのか?」
 そんなの簡単よ!
 と、そう言いたいのはやまやまだったが、あいにく答えはノーだった。嘘をつくことも出来たが、タズトの真剣な目を見たら言葉に詰まってしまった。
 タズトは、あたしの沈黙を肯定と受け取ったようだ。
「仲間の魔女を呼んでくるべきだよ」静かにそう告げた。
 ここから魔女の家まで超特急で戻っても二十分はかかる。往復で四十分……。
 ダメ、時間がかかりすぎる。
 魔法のホウキを持ってこなかったことが、つくづく悔やまれた。やはり魔女は常日頃からホウキを持参しておくべきなのだ。
 空を飛ぶことができなければ、空を飛ぶものに伝言を託す魔法があるけれど、あいにく鳥と心を通わすことが出来なくて、その魔法はまだ習得できていなかった。バカバカバカ、あたしの役立たず!
「そんな悠長なことやってたら、マザーツリーが切り倒されちゃうわよう」
「あんなに太い木、そう簡単に切り倒されるもんか」
「傷つけられるのもイヤなのよ」
「落ち着けって!」
 タズトは押し殺した声で叱責した。
 自分が冷静さを失いかけているのは分かっていた。けど、斧の音があたしの理性をかき乱す。
「ダメよ!」
 あたしは小さくそう言い返すと、タズトの手を振り切って繁みを飛び出した。
 ガサガサガサという音に、男たちの何人かがこちらを振り返る。そして、あたしの姿を見て「魔女だ」と誰かが叫んだのが聞こえた。
 それからは映画のアクションシーンをスローモーションで観ているような感じだった。
 あたしを取り押さえようと襲い掛かってきた男を、あたしは驚くほどの軽い身のこなしでかわした。
 勢い余ってつんのめった男の背中に指を振りかざし、あたしは意気揚々と呪文を張り上げた。
「イエホヴァ・ツァバーオス!」
 タズトを助けた時の熊のように、その呪文で男はその場から忽然と姿を消した。
 周りで他の男たちがいっせいに息を飲むのが分かった。あたしはにんまりとして振り返った。
 男たちは、たった今目にした信じられない光景を前に、驚愕の表情を浮かべつつ氷のように固まっている。ざまーみろだわ。男たちが戦慄すればするほど、あたしの気分は高潮する。あたしは悪魔のような気持ちで微笑んでみせた。なんて性格の悪い魔女かしらと頭のどこかでささやく声があったが、マザーツリーを傷つけられたことで表れ出た凶暴な人格は、いまさら押さえ込むことは出来そうになかった。
 次は誰を消してやろうかしら。
 ほくそ笑みながら指をゆっくりと振り上げた時、男たちの目つきがにわかに変わった。防衛本能が働いたのか、いっせいに呪縛から解けた男たちは、「うおおおーーー」という雄叫びをあげて、あたしに襲い掛かってきた。 
 状況が一転したことをあたしが察した時には遅かった。
 手負いの獣は、危険なものだ。
 追い詰められたねずみは猫に噛み付くものだ。
 それこそ呪文を唱える暇もなかった。もし仮に呪文を唱えられたとしても、一人ずつしか吹っ飛ばすことができないのなら、結果は同じだったろうけど。
 ごつんという鈍い音がして、割れるような痛みが頭のてっぺんから身体を突き抜けていった。後頭部を何か固い物で――多分斧の柄だったのだろう――なぐられたのだ。目の奥で火花が散り、吐き気がこみあげてきた。目の前が白くなったり黒くなったり赤くなったりして、自分でもヤバいなと思った。とたんに辺りの風景がぐんにゃりと曲がって、平衡感覚がまるでなくなり、よろけたところを四人がかりで押さえつけられてしまった。
 頭ががんがんと痛くて抵抗も出来ず、気がついた時には地面に組み敷かれていた。


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