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悩める魔女思想・3話
こ れ は 『・・・』 の 鍵
著・よもぎの森


7  恋する『再現ドラマチック』


 かつてのタズトは――まだほんの五ヶ月かそこら前の話だが――僕の姉さんに片想い中だった。
 なんでまたあんなに冴えない姉さんのことを好きになったりしたのかなあ。特別可愛いわけでもなく、何かに突出しているわけでもない、普通≠ニいう言葉を全身全霊で表現しているようなやつなのに。
 でも、ま、たで食う虫も好き好きという諺もあることだ。姉さんクラスの女なら、簡単に落とせるだろうとでも思ったのかもしれない。
 タズトに姉さんのことを打ち明けられたのは、もうずいぶん前のことになる。あの時は実に仰天した。でも僕はタズトの好きなようにすればいいと思ったし、だから「あんな女、やめておけよ〜」というようなことは一切言ってこなかった。つもりだ。
 正直なところ、一年後にはどうせ別の誰かを好きになっているくらいにか考えていなかった。
 なのに予想に反して、あいつは驚くほど一途だった。僕はこれまでに幾度となく、タズトの姉さんに対する想いを聞かされてきた。そのつど「バカだよ、こいつ」とあきれたりもしたもんだ。
 中学に入ってからもタズトの想いは変わらなくて、さすがに僕も「そうか、本気なんだな」と思うようになった。
 そうなると今度は、将来もし姉さんとタズトが結婚したら……なんてことを考えてしまい、妙にそわそわしたもんだ。
 僕は何年もかけて、タズトの想いが軽々しいものでないのを知った。だからこそ軽々しくホレ薬を飲ませた姉さんのことが許せなかった。姉さんはタズトをまるで実験動物かなにかのように扱ったんだ。
 あの瞬間、怒りが抑えられなくて姉さんをボコボコに殴ってしまったけれど、やりすぎたなんて今でもぜんぜん思わない。むしろ殴りたりなかったくらいだ。タズトが止めにはいりゃなきゃ、もっと殴ってやれたんだ。
 殴られて目が覚めたのか、姉さんは自分の行いを後悔し、ホレ薬の効果を消すためにタズトの記憶から、自分と、自分に関する記憶を全て消すことにした。姉さんもタズトのことが好きだったことを聞いたのは、全てが終わった後だった。
 被害者はあくまでもタズトだけれど、あいつはすっかり忘れて今現在を普通に過ごしているのだし、あの事件で心身ともに一番傷を負ったのは姉さん本人だったから、今では姉さんに同情すらしているけれど。
 ……なんだかんだいって、二人は結局両思いだったんだよな。
 さっさと告白して、お互いの気持ちを確かめ合っとけば、そもそもあんなことは起こらなかっただろうに。今では姉さんの方がタズトに片想い中ときたもんだ。
 世の中、うまくいかないもんだなあ。
 遊びに来たタズトをほったらかして一人物思いにふけっていると部屋のドアが開き、恋するのん気者(現在進行形)が再び顔を出した。
「お茶のおかわりはどう?」
 姉さんはドアの隙間からニコニコと微笑んでティーポットを差し出してくる。
 反射的に自分の前に置かれたカップに視線を落としたが、紅茶はまだなみなみとそそがれたままだ。タズトのカップも同じようなものだった。
 そりゃ、そうだ。お茶をもらってから、まだ五分と経ってやしないんだから。
 少しでもタズトと接したいからって、姉さんのこれはちょっとあからさまじゃないのか?
 横目でタズトの様子をうかがったら、タズトは姉さんに気を使ってあわてて紅茶を飲んでいるところだった。あーあ、気の毒に。
「姉さん、悪いけど、まだぜんぜん飲んでないからさ、またあとで来てくれるかな」
 できれば僕が呼んだ時にでも、と、そっけなく言いそえると、姉さんは絵に描いたようにしょんぼりとした。わはは。
「なんなら、ポットを置いていってくれよ」
 僕は姉さんの持っているティーポッドを指差した。
「そしたらあとは自分たちで勝手にやるからさ。その方が、姉さんも行ったり来たりしなくて楽なんじゃないか」容赦なく極めつけてやる。
「そ……そうね、その方がいいかもね……」
 しょんぼりとした声でそう言い、テーブルの上にティーポットを置いた姉さんの頬がぴくぴくと痙攣している。
 さらに未練がましくポットの腹をなでている姉さんを見て、僕は笑い出したいのを必死でこらえた。
「あ、そうだ。あとで、ティーコゼを持ってきてあげる。あれをポットに被せとくと、中のお茶が冷めないのよ」
「いらないから」
 僕は即座に断った。
 僕をにらむ姉さんの目が恨めしげだ。なんでイジワルするのよ〜という心の声が聞こえてきそうである。
 このとおり、姉さんをあしらうのなんて、ちょろいもんさ。
 魔女は魔女でも、姉さんはレイと違って実に扱いやすい。全ての魔女が姉さんみたいならいいのに。
 しかし腐っても魔女というやつか。姉さんはカラスのような執念深さで、しぶとく僕の部屋に居座り続け、口実になりそうな何かを探してキョロキョロとしていた。その様子がまるで挙動不審だったので、タズトに変に思われやしないかと、僕はちょっとばかり冷や冷やしてしまった。
 その姉さんの目が、僕の勉強机の上のあるものをとらえた。
「あら、それ」
 瞬間、僕の中でとある記憶がぶわっとよみがえり、僕の背筋が凍りついた。
 タズトが来たことですっかりその存在を忘れていたが、いやもしかしたら僕は、僕の憂鬱の元であるあれ≠ゥら自分を守るために、意識的にあれ≠記憶の外に追いやり、そこに在りながら無いものとしていたのかもしれないが、僕の机の上にあれ≠ェ在るのは紛れもない現実だった。
 あれ≠ニは、いわずもがな、あれ≠フこと――屋根裏で僕を飲み込んだ本のことである。
 姉さんはこともなげにその本を手に取ると、僕の眼前にぐいと押し出してきた。
「あんな大変な目にあったってのに、屋根裏から持ってきちゃったの? あんたも意外に懲りない性格だったのね」
「やめろよ」
 僕は本気でのけぞり、意地でも本に触れるのだけは避けた。
「触るのも気味悪いんだ」
 だから結果的に、そのままにしておいただけのことであって、だれがあんな妙なものを好き好んで部屋に置いておくかってんだ。
「大変な目って、何かあったんですか?」
 ここにきて、はじめてタズトが口を開いた。よっぽど興味をそそられたんだろう、ずずいと身を乗り出してくる。姉さんはタズトを見つめてにっこりと笑い、嬉々として喋り始めた。
「信じられないと思うけど、つい何日か前、ウイったらこの本の中に吸い込まれちゃったのよ。ウイの言う話じゃ、この本の中に昔風の魔女が居て、それも一人じゃなくて囲まれるぐらいたくさん居たんですって。で、その魔女たちに追いかけられて、ウイはあやうくつかまって食べられるところだったんだって」
「ほんとかよ、ウイ」
「ああ、ほんとさ」
 タズトの僕を見る眼差しは猜疑心たっぷりだった。
「ちょっと見せてもらえますか」
 不用意に本に手を伸ばすタズトの腕を、僕はとっさにつかんで止めた。
「やめとけよ」
「あら、大丈夫よ」
 かたわらで姉さんはケロリと言ってのけ、あろうことかタズトに本を手渡してしまった!
 それですっかりあわあわしてしまい、タズトが何の躊躇もなく本の表紙をめくるのを止めるのが遅くなってしまった。
 僕は反射的に頭を抱えてうずくまった。
 終わりだ、と思った。
 あの時のように、真っ黒い本の穴の中から不気味な青白い手がにょっきりと現れて、タズトを本の中へと引きずりこむ様を、僕は見たような気がした。
 だいたい、何を根拠に「大丈夫」だなどと言うのか。それが理解不能なのだ。
 現に僕は危ない目にあった張本人なのだ。その僕の忠告を無視して、なんだってこう姉さんは考えなしにタズトを巻き込むかな。
 ホレ薬に続き、またもやタズトは我が家の家庭の事情の犠牲になるのかと思うと、僕の嘆きはオープニングセール時期にデパートの屋上に出現する巨大バルーンのように膨らんでいった。
 口にこそ出して言わないが(どうせ本人は覚えてないから)、僕はホレ薬の件でタズトには心から申し訳なく思っていたんだ。
 それなのに……
 こんな僕を友達に持ったばかりに、また今度も妙なことに巻き込んじまって、僕はもうどうしていいのか分からない。タズト、ごめん、ごめんよ。
 僕は、魔女の家系に生まれてしまった我が身を心底呪い、嘆き悲しんだ。すると、  
「どうしたんだよ」
 耳元でタズトのあきれ声がして、僕ははっとして顔を上げた。そこに、声と同様にあきれているタズトの顔があった。僕は目をぱちくりとさせた。
「えーと……」
 とっさにタズトの全身を見渡し、それから部屋の様子を見て、タズトの手に握られた本に視線を落とした。
 タズトの手の中に納まった本は、本のままだった。
 とりあえずタズトが普段と変わっていないのを確認して、僕はほっと胸を撫で下ろしたい心境だった。
「ただの本――とは言えないか。物入れかな? こういう入れ物ってたまにありますよね。本物の本で作ってあるのは、さすがに見たことないですけど」 
「ウイが吸い込まれたのは本当なのよ。あたしもこの目で見たから」
「信じられないなあ」
 口ではそう言いながら、魔女である姉さんの言うことは信じたらしく、さも興味深そうに本をまんべんなく撫で回している。
 僕としては、いつ本が暴走を始めるか気が気でなかったので、タズトが姉さんに本を返した時は死ぬほどほっとした。
「姉さん、悪いんだけど、その本を屋根裏にもどしておいてくれないかな」
 間髪いれずにそう言うと、姉さんがぷっと吹き出した。
「やーね、ウイ、戻しにいくのが怖いんでしょ」
「違うよ!」
 図星をさされて頭に血が上り、とっさにそう言ってしまった。
「もう頼まねーよ。用が済んだらとっとと出てけ!」
 僕はイライラしながら姉さんを部屋から追っ払った。姉さんはもう少しここに居たかったらしく残念そうな顔をしていたが、知るかっつーの。僕の協力がほしいのなら、もっと謙虚になれっていうんだ。

 というわけで、結局あの本はもう暫く僕の部屋に居つくことになったのだった。




(8に つづく)




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