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| 悩める魔女思想・ハロウィン特別企画 ハロウィンは魔法の夜 6 そして、魔法の夜 |
人の流れが避けられる街路樹の下に、タズトはあたしを引っ張ってきてくれた。 そこで、ようやく立ち止まることが出来て、あたしはぐったりと街路樹にもたれかかり、ふうと肩で息をついた。 「あー、死ぬかと思ったわ」 額を拭うと、びっしょりかいた汗がたっぷりと手に付いた。前髪が水をかぶったみたいに濡れていたので、汗を拭ったそばから額にはり付いてしまう。 ふと、手に帽子を握り締めていたことを思い出し、あたしはくしゃくしゃになった帽子の型を整えて頭に被りなおした。 「あぶなかったね、キルさん。あの時はちょうど、人形使いたちのパレードが通りかかったところだったんだよ。」 ああ、それでか……。タズトに言われて、あたしは妙に納得してしまった。 人形使いは、毎年イベントに参加している、大人気の団体の一つなのだ。 人形使いによって命を吹き込まれた人形たちが、ひとりでに動き回ってお菓子を配ってくれるから、子供はもちろんのこと、大人までもが、動き回る人形を一目見ようと群がってくるのだ。 なるほど、さっきの異様な人の集まりは、人形使いのパレードを見に集まってきた人たちが原因だったか。 そういうことなら、あたしも滅多に見れない人形使いを見ておこうと、その場で背伸びをしてみたが、人垣の向こうに見えたのは別の仮装グループだった。人形使いたちのパレードは、もう既にずっと前の方へ移動してしまったらしい。ここからでは、遠くの方に小さく何かがふわふわと浮いているくらいしか見えなかった。 ああ、残念。 前から一度、お菓子を配ってる人形に、逆にお菓子を手渡してみたいって思ってたのよね。どんな反応をするのか興味があって。 来年こそは、きっと試そう。 「――それにしても、あんなところで倒れたりしたら、下手したら将棋倒しになるところだったよ。」 「ほんとね。タズトたちがあたしに気付いてくれなかったら、今頃どうなっていたか――」 「ずいぶんフラフラしていたみたいだけど、具合でも悪いの?」 「うん、ちょっとめまいがしちゃって……」 もし、あんなすし詰め状態の中で倒れていたら、と想像したら、背筋に冷たいものが走り、思わず身震いしてしまった。 「魔女がハロウィンの夜に天に召されるなんて、シャレにならないわね。」 冗談ぽくそう言うと、タズトは「笑いごとじゃすまないですよ」と言って苦笑していた。 頬をポリポリかきながらあたしも、ははは、と苦笑し返した時、タズトの隣りにいるべきウイの姿がないことに、今になって気付いた。 「……あれ、そういえばウイは?」 はたから見て羨ましいくらい、いつでもタズトとウイはワンセットだ。そのウイが、今はどこにも見当たらなかった。 あたしはきょろきょろと辺りを見渡してから、不思議に思ってタズトを見返した。 「ここに来るまでに、どこかではぐれちゃったのかしら?」 なんとなく思ったことをそのまま口にすると、タズトは「うん」と小さく頷いて言葉に詰まり、急にむっつりと黙り込んでしまった。 なんだか、様子がおかしかった。 何かを考えているようにも見えたので、あたしはタズトが喋り出すまで黙っていることにした。 そうして沈黙をやり過ごすうちに、人いきれしてボーっとしていた頭が妙に冴えてきて、不意に自分の勘違いに気付いてしまった。 あたしは、タズトが来たなら当然ウイも居るものだと勝手に思い込んでいたけれど、よくよく考えてみたら、さっきタズトがあたしを助け出してくれた時も、実際にウイの姿を見たわけじゃなかったのよね。 ……もしかして、最初からウイなんて居なかったのかも。 でも、そうなると、タズトは一人でパレードを見ていたことになるけれど。 うーん。 それはちょっと考えにくいかな。 何とはなしにタズトの肩越しに目をやると、さっきよりは幾分密度がまばらになっている人ごみが見えた。それを見て、あたしは心の中で手を打った。 あ、そうか。 パレードの人ごみの中で、二人はきっとはぐれちゃったんだわ。 それでタズトは、ウイを探してる途中で、たまたまあたしを見つけたのね。 うん。そうだ。きっと、そうに違いない。 自分の中だけで結論づけて納得すると、あたしは相変わらず黙り込んでいるタズトをチラリと覗《のぞ》き見てみた。そしたら、ばっちり目と目が合ってしまった。 やばい……と焦ったけど、それでタズトは観念したみたい。小さく溜息をついて、ようやく口を開き、ぶっきらぼうにこう言ったのだ。 「ウイなら、広場で待たせてあるんだ。」 予想外の答えがタズトから返ってきて、あたしは首をひねった。 「あ、じゃあ、タズトは何か用があって、偶然ここを通りかかったってことね。」 「違うよ。」 タズトはあっさり否定して、こう繋《つな》げた。 「俺は、キルさんを探しに来たんだ。」 「え、なんで?」 あたしは思わず聞き返してしまった。 別に待ち合わせをしていたわけじゃないし、タズトがあたしを探す理由なんてないはず。 もしかして母さんがあたしのこと探していたのかしら。と、とっさに思った。 で、たまたま店の前を通りかかったタズトに、あたしを探すように頼んだのかもしれない。 ……大いに、ありえる話だわ……。 まったく、母さんたら人使い荒いんから。 だいたい、タズトは他所《よそ》さまのうちの子なのよ。いくら付き合いが長いからって、あごで使っていいってわけじゃないんだから。と、一人でぶつくさと呟いていると、 「うーん、そこなんだよなぁ。なんで俺、キルさんを探していたんだろう」 タズトが妙なことを口走った。その、的を得ない返答に、タズト本人も戸惑っている様子だった。 そのあと何かを言いかけたが、タズトは再び口をつぐみ、あたしの手を不意につかむと、くるりと体の向きを変えた。 「こんな所にずっと居てもしょうがないから、もう行こう。」 そう言ってタズトは、肩で人波を切りながら流れに逆らって歩き出した。そのあいだタズトは、あたしとはぐれないようにするために、ずっと手を握りしめてくれていた。 見た目はほっそりと綺麗な手なのに、やっぱり男の子だ。骨ばっていて、力強くて、タズトの手の中のあたしの手がとても小さく見えた。 きっと、力いっぱい握られたら、あたしの手なんか粉々に砕けちゃうんだろうなー、なんて変なことを考えていて、ハッと気がついた。 も、もしかして、これって手をつないでるってことじゃない!? そんな当たり前のことに気付いて、あたしの心臓はドキドキと高鳴った。 なんだか、足元がふわふわしてきたみたい。それに、さっきから、体が燃えたように熱くなってるし。 や、やだ、手に汗かきそう……。 こういう時、手がひんやりと冷たかったりすると、女として格好良かったんだけど。 うちはあいにく、滋養強壮虚弱体質に効く健康クッキーを食べているし、ハーブティーもがばがば飲んでいるし、毎日の入浴には血行を促進させるアロマオイルを使っているから、冷え性というのには縁がないのよ……。 魔女は健康が第一よ! と母さんは言うけれど、もちろん健康食品やちょっとした常備薬を売っている手前、あたしたちが不健康だと都合が悪いのは確かなんだけど、せめて手が汗ばんでる女とだけは思われたくないわ。 けれど、自分の思いとは反対に、思えば思うほど手が汗ばんでくるような気がして、今度は背筋がひやりとしてきた。 だからあたしは、汗かくな〜、汗かくな〜、と心の中でずっと呪文を唱え続けていた。こんな呪文、効かないけどね。 まったく! せっかくのシチュエーションなのに、汗のことばっかり気になってしまって、全然ロマンティックな気分に浸れないあたしって、ちょっと間抜けかも。 というようなことを馬鹿みたいに考えていたら、急にタズトが立ち止まった。 一瞬気付くのに遅れたあたしは、タズトの背中に鼻からぶつかってしまった。思いっきりブタ鼻になって、目がツーンとなった。 「ご、ごめん。考えごとしてて――」 鼻をさすりながらあやまると、タズトはつないでいた手を離し、つとあたしを振り返った。 握られている時は、汗の心配で気が気じゃなかったのに、いざ手を離されると、とたんに寂しく思ってしまう。タズトの手のぬくもりが消えて、冷たい外気が手の平を急激に冷やしていくようだった。 タズトはそんなあたしの様子を気にするでもなく、 「……俺、キルさんの声が聞こえたんだ。キルさんて、魔女なんでしょ。もしかして、俺のこと呼んだ?」 と、唐突に話を切り出してきた。 あたしは、びっくりしてタズトを見つめた。少し見上げる高さに、タズトの顔がある。 いつのまにか背を追い抜かされていたんだ。 この年頃の男の子は、よそ見をしていると置いていかれる速さで成長する。 そのうち声変わりもして、別人になってしまうんだ。 タズトの中に、急に男を感じてしまい、あたしはどきりとした。 「わ、わかんない……」 数ヶ月前より、少しだけ成長したタズトの顔をじっと見つめてしまった自分に気が付いて、慌ててあたしは答えた。だから言葉がもつれてしまった。余計に恥ずかしさが増して、またもやあたしは、うつむいてしまった。 タズトは「そう」とそっけなく言うと、それ以上は何も訊かずに、正面を向き直り、再び歩き始めた。 あたしの声を聞いた? どういうことだろう。 あたしはタズトの言った言葉を考えてみた。 が、考えてみたところで、さっぱり心当たりは見つからなかった。 あたしは、タズトなんて呼ばなかった。 ううん。もし呼んだとしても、その声がタズトに届くはずは無い。 そんな高等な魔力、あたしは持っていないもの。 もっとくわしくタズトに訊いてみたかったけれど、結局あたしは何も言わなかった。タズトも何も喋ってくれずに、もくもくと人ごみの中を歩いていた。 一度離された手が、いつのまにかにつながれていたけれど、不思議と今度は何も気にならなかった。 あたしたちは、ごくごく自然に手をつないでいたんだ。 あたしは月を見上げた。 今日の空は、黒い空。 今日の月は、くっきりとした金色の月。 立体的で、研ぎ澄まされた金属のような月は、無数の小さな星々を押しのけて、孤高の輝きを地上に下ろすのだ。 その光の尾をつかまえて、あたしたちは魔法を編み上げる。 魔女たちの間では、ハロウィンは魔法の夜だと言われている。 その夜に、こうしてあたしはタズトと歩いている。 もしかしてこれは、誰かがかけた魔法なの? コスモス広場に着くと、ハロウィン特製の巨大カボチャを3つ積み上げたオブジェの前で、ウイが不機嫌な顔をして待っていた。 タズトの姿に気付くと、眉間にしわを寄せ、どしどしという足音が聞こえてきそうな乱暴な足取りで、こちらに歩み寄ってきた。 「おっせーよ、タズト。いつまで待たせる――って、あれ、姉さん? なんで姉さんがタズトと一緒にいるのさ」 一歩遅れてあたしの存在に気付いたウイは、不機嫌な顔をきょとんとした顔に変えた。 ウイは、しばらくあたしとタズトを交互に見つめていたが、その視線がゆっくりと下に下りていき、ある地点で止まったかと思うと、急に口の端をあげてニヤリと笑ったのだ。 「へえ〜、そういうことか。」 ウイの目に冷やかしの色を感じて、あたしはハッとなった。 そうだ、手! あたしたち、手をつないでいたんだわ! そのことを急に思い出して、あたしは慌ててタズトの手を離し、跳びすさってタズトのそばから離れた。 「ば、ばかね! 何勘違いしてるのよ!」 「僕はまだ何も言ってないぜ。姉さんの方こそ、何をそんなに焦ってるんだよ。」 「あ、あせってなんか、ないわよ!」 と言いつつ、大いに自分が焦っているのが分かっていたから、あたしはしどろもどろになってしまった。 やだ、あたしったら、さっきからずっとタズトと手をつないで歩いていたんだわ。なんで、今まで何も感じなかったんだろう。 今更ながら、どっと恥ずかしさが込み上げてきた。 今でこそ辺りの景色は現実味を帯びているけど、なんというか、さっきまでは夢の世界に居たというか、どこか二人だけの世界みたいな感じがあったような……。 もしかしてタズトも同じ? あたしは、隣に立つタズトをそっと横目で覗いてみた。するとタズトもあたしを見ていて、困ったような照れたような顔をして、あたしに笑いかけてきた。あたしもつられて笑い返したけれど、頬がぴくぴく痙攣《けいれん》しちゃったわよ! 「パレードの間は店が暇だから、一人でパレードを見てたのよ。そしたら、見物客の波に飲まれちゃって、身動き取れなかったところをタズトが助けてくれたのよ。」 これは事実だから、あたしははっきりきっぱり言い切ってやった。やけに早口になっちゃったけど。 「ははーん。そんなこと言って、実は姉さん、迷子になってたんじゃないの?」 ぎくっ。 「やぁねえ、そんなことあるわけないでしょ。子供じゃないんだから。」 それでもウイは、疑いの眼差しでニヤニヤしながらあたしを見ていたが、不意にあたしのそばに寄ってきて、 「これは、ひょっとすると、ひょっとするかもな。」 なんぞと、小声で耳打ちしやがった。 うー。 実際、ウイには弱みを握られているようなものなんだ。 悔しいけれど、あたしは何も言い返せずに、ただただ真っ赤になってしまった。 「じゃあ、あたし、もう店に戻るから。」 このままここに居たら、何を言われるか分かったもんじゃない。 あたしは早々に退散することにした。 「また迷うんじゃないのか。女の脳ってのは方向感覚が欠落しているって、なんかの本に書いてあったぞ。タズトに店まで連れてってもらった方が、い・い・ん・じゃ・な・い・か・な〜。」 ウイは、あたしが迷子になったものだと決めてかかって、最後の方はいやらしい笑いを浮かべて、ほどんど冷やかしのように言いやがった。ウイの奴、覚えてろよ! 「ご心配なく。ここまでくれば、うちの店まで目と鼻の先じゃない。目をつぶったって迷わないわよ!」 「ほら、やっぱり迷ってたんじゃないか。」 「うるさい!」 あたしは声を荒げて怒鳴ると、くるりとウイたちに背を向け、ツンツンしながら歩き出した。 しかし数歩も歩かないうちに、ウイの提案を断ってしまった自分の言動を後悔していた。 素直に聞き入れていれば、店につくまでの、もちろんほんのちょっとの間だけれど、タズトと二人きりでいられたのだ。 でも、だからって、あんなにあからさまに言われて、「はい、そうすることにします」なんて言ったら、タズトが好きですって言ってるようなものじゃないのさ。 もうちょっと別な言い方ってもんがあるんじゃないの? そしたら、あたしだってすんなり聞き入れたかもしれないのにさ! 姉想いなのか、ただ単にあたしをからかうのが面白いのか、あいつの言動はまったく訳が分からない。 ウイのせいで、せっかくのいい気分も台無しじゃないの……。 まあ、ウイが居てくれなきゃ、タズトとの接点がなくなっちゃうから、あまり強いことも言えないんだけどね。 ホレ薬の件もあるし、弟に頭が上がらないなんて、辛いところだわ。 まさかウイの奴、いつもあんな調子で、タズトをけし掛けているんじゃないでしょうね……。 急に心配になって、あたしは後ろを振り返った。けれども、ウイとタズトの姿は、雑踏の中にまぎれて見えなくなっていた。 あーあ。 あたしは大きな溜息をついた。 「もう少しタズトと一緒に歩きたかったなあ。」 ウイに悪態をつこうとしたのに、どういうわけかあたしの口からは別の言葉が飛び出してきた。 そして、店に戻る道すがら、あたしは何度もそうやって呟いていたのである。 おしまい |