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2003年の動き

●その後の経過

デイサービスは、1週間に3回・ショートステイは、2泊3日を月に3回のペースで、5月上旬までは定期的に取り入れての在宅介護を続けましたが、ショートステイ先と母の様子から考えさせられることがあり、3ヶ月間ショートステイの利用は中止しました。 
そして、9月と11月には別の施設(医療施設)を利用することになりました。

今年の(2003年)1月に自分の部屋の中で転倒しました。私が見つけたのがPM9時半ごろだったのですが、いつ・何をして・どのように転倒したかを聞きだそうとしても、痴呆のため全く記憶がなくその場で座り込んでいるだけでした。
直後から寝返り・起き上がり・座位の保持・歩行が困難になりました。レントゲンの結果、幸いに骨折もなく徐々に自力で行動できるようになりました。しかし、今も座位と歩行に関しては、転倒前よりレベルが落ちてしまいました。

●2003年の動きです

1月自分の部屋で転倒。寝返り・起き上がり、座位の保持、歩行が困難になった
今年からショートステイを月3回とることにする
2泊3日のショートステイへ(1回)
私の腰痛から、6泊7日のショートステイへ(1回)
インフルエンザ予防接種
2月住宅改修の申請(手すりを増やす)
オーバーテーブルのレンタル
2泊3日のショートステイへ(3回)
介護保険・要介護状態区分変更の申請をする
介護仲間の集まりを開く
3月要介護度が「3」になった
2泊3日のショートステイへ(3回)
介護仲間の会
4月2泊3日のショートステイへ(3回)
サービス担当者会議を実施する
介護仲間の会でお花見(デイサービスセンターの桜の下で)
5月2泊3日のショートステイへ(1回)
6月介護仲間の会(初参加の方が一人来られました)
7月介護仲間の会
8月介護仲間の会
ショートステイの施設を見学に行く
9月新規利用のショートステイ先との打ち合わせ
3泊4日のショートステイへ(1回)
介護仲間の会
10月小澤勲著「痴呆を生きるということ」読む
介護仲間の会
11月今まで利用していたショートステイ先から声がかかり見学
2泊3日のショートステイへ(1回)
ボランティアグループ廿日市壮年チーム主催の神楽見物旅行へ参加
インフルエンザ予防接種
日赤看護大学へ特別講演会参加
介護仲間の会
Christine Boden著「私は誰になっていくの?」読む
12月介護仲間の会

●介護仲間の会
昨年の11月、デイサービスセンターで「介護者の集い」があり参加しました。
当日は利用者と介護者との関係により、3グループに別れた形式で話し合いが進行し、私たちのグループは、利用者に痴呆の症状がみられ、介護者が娘の立場が三人・嫁の立場が一人の計四人でした。

ある一人の方が、帰りがけに「**さん(私のこと)なら、大丈夫よ! このままで絶対大丈夫だから。いつかきっといい時が来るから・・・メールのアドレス教えて・・・」と肩を抱いて声をかけてくださいました。
早速その夜にメールをいただきました。一部分を紹介します。
『がんばらないで、自然体で、その日が過ぎればいいと思うようになりました。気持ちが楽になったので、良い状態になったのかもしれません。私で役に立つことがあれば聞いてください』

介護年数といい、お母様への対応の仕方・愛情・介護することへの気持ちなど、私が到底たどりつくことはできないことを自然体でされているのです。 もっと話が聞きたい・・・ということから、個人的にお話を伺いました。
そして、私と同じような悩みを抱えた他の二人にも声をかけると話はすぐにまとまり、最初の4人の集まりが実現したのです。 2月から始めた会は、6月から一人増え5人の会になりました。

介護してきた年数はそれぞれ違っても、母娘の関係から生じる葛藤や悩みは同じものがあります。
また、立場を変えてみれば、実の親子だから許せるもの・許せないもの・気が楽なこと・気を使うことなど、全く反対の内容も理解できて、同じ愚痴でもいつも笑い声と共にでてきます。
一ヶ月に一度の4時間余りですが、何となくすっきりとした心地よい風を感じ、次回を楽しみに待つことができるようになりました。
そして、この頃は皆さんのお話から得たものや、自分の心の中での気づきがあったりして、少しずつですが前進しているのを感じています。

介護についての本にもよく書かれていますが、介護者の交流会をすすめています。
解決はなくても、愚痴を言い合える時間をもつこと・地域の介護者に「あなたは どう?」と、声をかけること・周囲に相談することなどです。

一人で抱え込んでしまうと、どんなにがんばっても出口はみつかりません。
私は、デイサービスセンターでの「介護者の集い」に参加したおかげで皆さんと知り合えたのです。
そして、職員の方からも応援していただいています。
介護サービスを積極的に利用しながら・・・介護者のサポートをしてもらいながら、自然体で看ていきたいですね。

●ショートステイへの思いとサービス担当者会議について
2002年7月から再開したショートステイですが、2003年1月からは月に2泊3日を3回とることになりました。
これは、ショートステイの施設から「痴呆のある人は、本人も施設側もお互いに慣れることが必要だから」ということで、定期的に回数を増やしましたが、最近問題がある時が多くなってきました。

去年の7月から再開した頃は、母の状態も血圧が高くなるという以外は、変化がなかったのですが、4月・5月は「居室の入り口で座り込んでいた」・「しりもちをついていた」と、利用期間中の報告書に書かれるようになり、利用日には血圧が高くなって施設から電話がかかることも多く、留守にしていても頭から離れることがなく、在宅のときよりも気が重たい日を過ごすことが続きました。
「デイサービスの利用日は、いつも正常範囲の血圧なのに・・・!」とか、「やはり慣れるまでは仕方ないのかな?」 と、思いながらの利用をしてきました。

母がショートステイに行く場合は、母には「泊まりがけで出る」ということは言えません。家族としては、「デイサービスに行く」ということで送り出し、とても後ろめたい気持ちが帰ってくるまで続きます。
故に、帰宅時の表情や、身体的な状態が悪い時はこたえます。

今年1月からの転倒による腰痛により、デイサービスでの対応をいろいろと考えてくださっている現状の中で、最近ショートステイでの変化が多くなってきました。
私としては、母が今のレベルをできるだけ保って欲しい、そのためには、転倒による骨折・病気からの寝たきりを防ぎ、私ができる間は在宅介護をしていきたいと思っています。
こういう状況の中で、ケアマネージャーさんに「サービス担当者会議」を設定していただきました。

サービス担当者会議とは・・・
ケアプラン(介護サービス計画)の具体的な作成には、ケアマネージャーのみならず、保健・医療・福祉のサービス担当者が参加し、要介護者に適切なサービスが提供できるように会議が実施されます。
これをサービス担当者会議といい、サービス担当者に加えて本人や家族が参加し、意見を述べることができます。

当日は、ケアマネージャー・デイサービスの担当者・ショートステイの担当者それに私の四人で話し合いました。
母の主治医と痴呆の方での医師には、ケアマネ-ジャーさんが前もって意見を聞かれていました。
私はショートステイに対する思いと、施設への質問事項を書いたものを資料として提出しましたが、限られた時間内で家族の思いを述べるのは難しいので、前もって用意をして正解でした。

ショートステイへの質問事項
   @契約書のサービスの内容に掲げてある(機能訓練・レクリェーション・入浴サービス)について
   A看護職員の勤務時間帯と内容について
   B今後予想される、紙おむつ使用の時のこと
   C緊急連絡時の体制について
   D利用時の対応についての確認

ショートステイへの要望
   @本人を目の前にして、プライドを傷つけるようなことは言わないで欲しい。母はまだ敏感に感じているので、本人の前では話せることが限られている。
   A各事業所からみれば、1:利用者数ですが、家族にとって信頼関係は1:1なのです。
    私は、介護サービスを利用しながら、また明日から頑張って看ようという気持ちの転換できる日を大切に過ごしたいのです。
    預けたほうが家で看る時よりも、もっと気になったり、自責の念にかられると利用はできません。
    それが、どこの家族も感じていることだと思います。

質問事項に対する回答は、利用者としては納得できないことも多々ありましたが、家族としての思いを伝えられたことはよかったのではないか・・・これからを期待したいと思います。

●何気ないひと言が・・・
5月の1回目のショートステイを利用しましたが、「ショートステイ利用期間中のご報告」には、「PM2時、トイレに行こうと思ったと、しりもちをついておられ・・・」と書かれておりました。
このようなことを毎回繰り返していては、これからの在宅での介護が、今よりもずっと大変になります。

その上、担当者の「今が一番大変な時ですよ。そのうちに、痴呆がもう少し進むと動き回らなくなって楽になりますよ・・・」という言葉を今までに何度も聞かされていました。
「痴呆が進めば・・・楽になる?」これは、施設の職員さんの手が掛からなくなり、ベッドに寝たきりになったほうが事故が起こらなくて助かるということではないのでしょうか?
家族の思いは、そうではありません。痴呆もこれ以上進まないようにと、毎日戦っているのです。
今の母を介護している時が、私には一番楽な時だろうと感じていますし、介護は自分自身の心との戦いのように思えます。

母はときどき、「頭がまっ白になって、なんにも覚えられんようになってしまった!」と言うことがあり、その言葉を聞く私は「大丈夫よ!」なんて気休めの言葉は返せません。
痴呆という病気の怖さと毎日向き合っている家族にしか分からないことでしょうか?
何気ない言葉にも、鋭い刃があるのが分かってもらえるでしょうか?
ショートステイの職員さんが言われる「楽になる」というのは、身体的な大変さだけを指しています。しかし、家族は、「その人格をいかに残してあげられるか」という介護の究極の目的に向かって、今日も歩いているのです。