暗闇の中、社長と貯金箱、照らされる。
社長:ふっふっふ
社長、貯金箱の頭に硬貨を入れる。S.E.「チャリン」。社長、貯金箱の頭を振って音を聞く。S.E.「ジャラジャラ」。社長、嬉しそうに含み笑い、やがてこらえきれずに高笑い。
通信販売のテレビ番組。
女:家の中にゴキブリ!いやですねー。
男:殺そうとしても、タンスの裏に逃げ込まれたら手も足も出ません。
女:殺すにしても女性にはちょっと……。
男:そんなあなたに朗報です!
女:ついに画期的な商品ができあがりました。
男:全自動ゴキブリ退治機、「用心棒」のご紹介です。
拍手 全自動ゴキブリ退治機(以下用心棒)登場
女:大沢さん。これはどうやって動かすんですか?
男:いやいや、何てったって全自動ですからね。何にもしなくてもいいんです。
女:ええー!?本当に?
男:これが本当なんです。ゴキブリを見つけたら、大きな声で「先生!先生!」と言ってください。 それでスイッチが入ります。あとは何もする必要がありません。自動的に目標を追跡して一太刀のもとに切り捨てます。
女:それは楽ですね。
男:しかも、死体を自動的に河に投げ入れてくれる。ドザエモン機能付き。
女:これは便利!
男:それでは実際に使用してみましょう!
突然ちょっぴり大人な雰囲気のムード音楽。舞台はジャズの流れるバーに変わる。ゴキブリ登場。S.E.「チリンチリン」
男:(いつの間にかマスター)いらっしゃいませ。
ゴキブリ:(はなから抜いた声で)スコッチ。水割りで。
男:かしこまりました。(行こうとする)
ゴキブリ:あ、それと
男:まだ、何か
ゴキブリ:あちらのお嬢さんに、生卵一つ。
男:(微笑んで)かしこまりました。
男、まずスコッチを作る。
女:(いつの間にか男に振られたばかりの女。つぶやき)ったく。あたしが何したってのよ。全部あいつが悪いんじゃない。
男、グラスに卵を割り入れる。
女:はあ、なんであたしって男運悪いんだろ。
女ウィスキーを飲み干す。ため息一つ。そこへ男がグラスを持ってくる。
女:?
男:あちらのお客様から。
ゴキブリ、軽く手を振る。
ゴキブリ:(ジェスチャーで)そちらへ行ってもよろしいですか?
女:(ジェスチャーで)ええ、まあ。
ゴキブリ、グラス片手に女の隣に座る。
女:どうしてこれを?
ゴキブリ:疲れてるように見えたから。
女:そう、疲れてるように見える。
ゴキブリ:うん、なにかあったの?僕で良かったら、
女:ううん、何でもないの。
ゴキブリ:心の中に押し込めているのは辛いよ。話せば少しは気が楽になる。
女:(間)ちょっと、ね。男に振られちゃって。
ゴキブリ:君が?
女:うん。
ゴキブリ:君みたいな人を振るなんて信じられないな。
女:ふふ、そんなこと言って。
ゴキブリ:本当さ。で、そいつは?
女:理由は言えないって、
ゴキブリ:怪しいね。
女:私は知ってるの。あいつ、別に女がもう一人いたのよ。
ゴキブリ:二股か、ひどい奴だな。
女:前にね、あいつの部屋に落ちてたの。長い髪の毛。
ゴキブリ:そう……。
女:前から、怪しかったのよ、携帯にかけても全然出なかったり。
ゴキブリ:ふうん……。
女:この前なんかね、急に予定変わってデートいけない。なんて言い出したの。電話の後ろで知らない女の声がしてた。
ゴキブリ:決定的だね……。
女:それでもあいつ、妹だとか言って誤魔化そうとするの。
ゴキブリ:男の風上にも置けない奴だな。
女:ホント、もう最悪。許せない。……。でも……。私結局その女に負けたんだなぁって思ったら急に、なんか……。
ゴキブリ:疲れちゃったんだ……。
女:私……。そんなに魅力無いのかな。
ゴキブリ:何いってんだよ。魅力あるよ。もっと自信持っていいよ。
女:そう?
ゴキブリ:そうさ。僕が今まであった中で一番の美人だよ。
女:また。お世辞が上手なのね。
ゴキブリ:お世辞なんかじゃないよ。
女:そういうあなたは?
ゴキブリ:え?
女:私はもう話したわ、今度はあなたの番。
ゴキブリ:はは、いや、実を言うと僕も今夜振られたばっかりで……。
女:ふふ、似たもの同士って訳ね。その人、美人だった?
ゴキブリ:うーん。君ほどじゃないけど。
女:ははは、
ゴキブリ:あ、そうだ。ここ、結構夜景が綺麗なんだよ。
女:夜景?
ゴキブリ:うん。この店、結構高いところにあるでしょう。町が見下ろせるんだ。ちょっとみてみようか。
女とゴキブリ、席を立つ。窓の所へ移動。同時に用心棒、入ってくる。S.E.「チリンチリン」
男:へい、らっしゃい。
用心棒:おやじ、いつもの。
男:へい、かしこまりヤした。
男、熱燗を出す。用心棒、ぐいっとやる。 しばらくして客席の眼を女とゴキブリへ
女:へえ、こんな所から見えるんだ。
ゴキブリ:この辺の土地はあそこらへんより一段高いんだ。
女:そうなんだ。
ゴキブリ:展望台には及ばないけど、結構いいでしょ。
女:街の灯りが、まるで星みたい。
ゴキブリ:そうだね。(さりげなく肩に手)
女:綺麗ね。
ゴキブリ:いや、
女:え?
ゴキブリ:君の方が綺麗だよ。
と言ってキスしようとするゴキブリ。拒む女。「ちょっと、人が見てる」 「みてないよ」「みてるわよ」「大丈夫」「ちょっと、やめてよ」「僕に任せて」 「やめてってば」「君だってそういう気分だろ」「あたしそんな女じゃないわ」などアドリブで
女:やめてってば。先生!先生!(小学生が先生にすがるように)
男:チッチッチ(指をゆらして)先生、先生!(やくざが用心棒を呼ぶときのように)
用心棒、立ち上がり刀を抜いてゴキブリを切り捨てる。S.E.「ズバビュ!ブバァッ!」ゴキブリ倒れる。 用心棒、刀の血糊を拭いて鞘にしまう。S.E.「チン」用心棒、死体を引きずっていく。おどおどしている男。
用心棒:おやじ!
男:(びくっ)
用心棒:邪魔したな。
照明があれば暗転。音楽「東京03−58ぺけぺけ−5555はぽーん噴火センター」
SCENE1と全く同じ。
企業のお昼休みそしてカレー屋へ
後輩:先輩!お昼ご飯食べに行きましょう
先輩:そうね。何食べる?
後輩:そうですね。カレーライスなんか食べたいですね。
先輩、慌てて後輩の口をふさいで誰にも聞かれなかったか確かめる。 「そう、この世界では異常気象による香辛料の不作が相次ぎ、また、カレーに使用される香辛料に幻覚症状や極度の興奮をおこす物質が含まれるとされ、カレーは法律により第一級違法食物に指定されているのだ」というナレーションが入るぐらいのつもりで。
先輩:そんな言葉大きな声で言うんじゃないの。
後輩:ウウー。ウウー
先輩:ふう、誰にも聞かれなかったようね。
後輩:ウウーウウーー
先輩:そんなにカレーライスが食べたい?
後輩:うなずく
先輩:そう、じゃあ、食べさせてあげる。
「そして二人は人通りの少ない裏道の廃ビルの薄暗い地下への階段をゆっくりと下りていった。」って言う感じの雰囲気。 「ペンキの剥げたドアの向こうから声がする」って言う雰囲気。
おやじ:「三船敏郎の」
先輩:「用心棒、万歳!」
扉が開く
おやじ:ハポン噴火センターの人か。どこでこの合い言葉を?
先輩:経理部の右近さんから。
おやじ:そうか、まあ、入れ。
後輩:先輩、ここって。
先輩:この国でカレーを食べるには、こういうところに来るしかないの。
おやじ:ばれるとやばいんでな、わりいが早く食って帰ってくれ。何にする?
後輩:私カツカレー
先輩:私はビーフカレー。
おやじ:分かった。
おやじ、カレーを作り始める。
後輩:ところで先輩。
先輩:何?
後輩:あまり売れませんね「用心棒」
先輩:そうね。
後輩:何が悪いんでしょうかね?
先輩:やっぱりあのCMじゃない?
後輩:ああ、この前オフィスになだれ込んできたのは。
先輩:PTAと教育委員会の代表者。
後輩:やっぱり、子供への影響ですか。
先輩:そう、あまりシュールなネタは教育上よろしくないとか言っちゃってさ。
後輩:そうですか。
先輩:あと、試し切り用のゴキブリを抱き合わせで売ったのも良くなかったみたいね。
後輩:あまり、いろいろつけてもだめなんですかね。
先輩:燃料の酒代が結構かかるって苦情があったわ。
後輩:アルコール燃料で動くんですよねアレ。
おやじ:へい、お待ち。カツカレーとビーフカレーね。
後輩:あ、どうも。
先輩:味わって食べなさい。もう食べられないかもしれないから。
間、「おいしいですね」「そうね」「福神漬け取ってもらえます?」などアドリブ
後輩:先輩、
先輩:何?
後輩:うちの社長って、会社の売上金をどう使ってるんですか?
先輩:貯金してるらしいわね。
後輩:貯金箱にですか?
先輩:ええ、
後輩:お金貯まったらどうするんですか?
先輩:さあ?……。もっと大きな貯金箱でも買うんじゃないの?
後輩:その貯金箱もいっぱいになったらどうするんですか?
先輩:さらに大きな貯金箱を買うんじゃないの?
後輩:それもいっぱいになったら。
先輩:また大きなのを買うんじゃないの?
後輩:ずっと繰り返すんですか?
先輩:そうね。「お金は使わなければたまるものだ」って誰かが言ってたわ。
後輩:でも、お金って、使うものじゃないんですか?
先輩:「お金は使ったら無くなるものだ」って同じ人が言ってたわ。
後輩:使うものですよね、おじさん。
おやじ:応よ。精一杯汗水垂らして働いた金で、カレーを食う。これが人生ってモンだな。
後輩:やっぱりそうですよ。社長がやってる事って無意味じゃないですか。
先輩:確かに不毛ね。
後輩:……。
先輩:……。
おやじ:その金を全部使って、豪華なカレーを食えばいいんじゃないのか?
後輩:そうですね。
先輩:そうかしら?
突如ドアを蹴破って刑事登場。
刑事:(警察手帳を見せながら)警察だ!全員動くな!
三人フリーズ。ゆっくり5秒間そのまま。
刑事:ゆっくりとスプーンを置け。ゆっくりだ。
ゆっくりとスプーンを置く
後輩:最後にカツを一切れ……。
刑事:だめだ!ここにあるものは全て証拠物品となる。手を着けるのはいっさいゆるさん!
後輩:せめて福神漬けだけでも……。
刑事:だめだ!言われたとおりにしろ。
おやじ:女の子が最後に食べたいって言ってるんだ。情けってモンはねえのか?
刑事:そんなモノはない。お前は黙ってろ!
おやじ:てめえ、それでも人間か?
刑事:俺がこの女の子と話してんだ!横から茶々入れるな!(やけ)そっち側の壁に手を着け!
そっち側の壁に手をつく。
刑事:第一級違法食物、製造、密売、摂取の現行犯でお前らを逮捕する。 お前らには黙秘権と弁護士を呼ぶ権利がある。弁護士を呼べない場合は国選弁護人がつく。なお、これ以降の発言は全て記録され、法廷での証拠能力を持つ。
と言いつつ3人を身体検査。後輩、先輩、おやじの順に。手つきがいやらしい。「ちょっとどこさわってんの!」って感じ。無論おやじに対しても。 どこからか縄を出して縛る。
おやじ:ちょっと扱いが荒いんじゃないか。刑事さんよ。基本的人権って知ってるか?
刑事:犯罪者が何を言う。基本的人権は法を守り、義務を果たした人間が持てるものだ。貴様らには、もはや人権など存在せん!
おやじ:てめえの血は何色だ?
刑事:この女のパンツの色と同じかな。まあ何とでも言え。この場で主導権を握っているのは、この俺だ。 今この場でお前を射殺する事もできる。報告書に抵抗したので射殺した、そう書けばいい。
おやじ:法の番人たる人間がこれか。
刑事:今に始まった事じゃない。
おやじ:……。鍋の火がついたままなんだが消していいか?カレーが焦げついちまう。
刑事:まあ、良かろう。証拠品が焦げついちまっちゃしょうがないからな。
鍋の火を消しにカウンターの向こうへ。スパイスの袋を取って、粉を刑事に投げつける。
おやじ:これでも食らえ!
刑事:うわっ。これはレッドペッパーか?うわぁ目にしみる!
おやじ:うりゃっ!シナモン!、カルダモン!、ナツメグ!、ターメリック!
刑事:くそっ、このままではカレー味になってしまう!
おやじ、お玉を振りかざして突撃。
おやじ:うぉおおお!カレーばんざーい!!
S.E.「バーン!」照明があったら暗転。
SCENE3と同じであるが、S.Eはやや大きくなる。
再び通信販売の番組。
男:今日はご好評を頂いております、全自動ゴキブリ退治機の新シリーズのご紹介です。
女:そんな、もうモデルチェンジしたんですか?
男:その通り。より迅速に、より確実に、より安全にゴキブリを退治できるようになりました!
女:前作を買ってしまった人の事なんかちっとも考えてないんですね。
男:(気にもとめずに)世の中のゴキブリを退治する。革のベストの憎いやつ!期待の新人!その名も「早撃ちガンマン」です!
拍手。早撃ちガンマン入場
男:では昨日の方を説明しましょう。まず、大きな特徴として拳銃がついております。これにより、目標と離れていても一瞬で敵を抹殺できます。
女:これって室内で使うんじゃないんですか?
男:(無視して)早撃ちのスピードはおよそ0,3秒。相手に逃げる隙を与えません。
女:壁に穴あきませんか?
男:なお、いまお買い上げいただきますと、もれなく、快楽主義者のあなたにぴったりの幸せになる薬がついてきます。
女:抱き合わせ商法ってあまり感心しないわよね。本来の商品と全く関係ないし。
男:それでお値段はなんと19800円!
女:高々200円なんだから2万円で売ったらいいじゃない。
男:お問い合わせはいますぐ!
女:ねえ、
男:なんだいさっきから!ごちゃごちゃとうるさいね!
女:用心棒とどっちが性能いいか比べてみない?
男:何だ!そんなに用心棒の方がいいのかお前は!
女:別にそういう訳じゃないけど
男:いつまでそんな古い物にこだわってるつもりだ!時代は刻々と変化してる。 新しい物をどんどん受け入れて、進歩していかなければ時代において行かれるんだ。 お前なんかいまに、時代において行かれて、とぼとぼと歩いているのがオチさ。 忙しいって?ああ、忙しいともさ。時代はこんなに速く回転している。 それに追いつくためには、心も亡くして走るしかないのさ。俺は新しい時代を生きるんだ!お前みたいな懐古主義者とは訳が違う!
女:急に何言い出すの(やけに冷静に)
男:ああ、そうかい。分かったよ。そんなに言うンなら、実際にその目で確かめりゃいいじゃねえか。やってやるよ。そこに立ってろ。
女を無理矢理センターに立たせ、しばらく待つ。するとゴキブリがやってきて。
ゴキブリ:ふぅ。やられ役ってのも楽じゃないよね。
女:……。
ゴキブリ:聞いてる?
女:もういや。
ゴキブリ:そういやがるなよ。この前は二人で楽しんだじゃないか。
女:いつの話?
早撃ちガンマン登場
ガンマン:よせ、いやがってる。
ゴキブリ:なんだお前は。
ガンマン:俺とやる気か?
ゴキブリ:誰もそんなことは言ってないぞ
ガンマン:じゃあ、表へでろ。
ゴキブリ:ちょっと待て。話がかみ合ってないようだが。
ガンマン外へでる。
ガンマン:怖じ気づいたのか?
ゴキブリ:だから、話を。
ガンマン:所詮口だけか。
ゴキブリ:こっちの話を聞いてるかお前
ガンマン:腰抜けめ。
ゴキブリ:なに?
ガンマン:聞こえなかったのか?もう一度同じ事を言ってやる。お前は腰抜けだ。
ゴキブリ:……注意しておいてやろう。1回目と2回目で言ってることが……
ガンマン:どうやら耳が悪いようだなもう一度同じように言ってやる。お前の家族は先祖代々腰抜けだ。
ゴキブリ:……貴様。何処まで人を無視して話を進める気だ!もう許せん。俺の話を聞かなかったことを後……。
ガンマン:このコインが地面についたらスタートだ。
ゴキブリ、上着を脱いでいる。 ガンマン手前勝手なペースでコインを投げる。
ゴキブリ:待ってろ、俺の家系には抜ける腰のないことを教えて……
コインが落ちる ガンマン、銃を抜いて撃つ S.E.「ドゥン!」
ガンマン:悪く思うなよ。(胸に十字を切る)大丈夫かい。
女:あんた何考えてんのよ!
ガンマン:惚れたか?
女:そんなこと言ってないでしょ!
ガンマン:流れ者に惚れちゃあいけない。よく言うだろ。「娘さん山男にゃあ惚れるなよ」って。
女:あんた人の話聞きなさいよ。
ガンマン:ハッハッハそこまで言うんじゃ断ったら失礼だな。
女:あんた会話の流れを分かってる?
ガンマン:大丈夫。レディーの扱いには慣れてるんだ。
ガンマン、女を抱き上げる。
女:ちょっとなにすんのよ。
ガンマン:だけど一晩だけだぜ。明日にはここをでなきゃいけないからな
女:ちょっとおろしなさいよ。だれかー助けてー(急に声を低くして)先生!先生!
用心棒、刀を振りかざして登場。男が止めようとして羽交い締めにしているが、男を引きずったままガンマンに近づいていく。
男:まて、オイいまは放送中だぞ。気を鎮めろ。放送中なんだぞ。
用心棒:ええい邪魔だ!離せ!
ガンマン、振り向いて一言
ガンマン:残念だったね、彼女俺に惚れてるんだ。
女:離してって言ってるでしょ
ガンマン、用心棒に背を向けて去ろうとする。 用心棒、ガンマンに背中から斬りつける。
ガンマン:うっ
ガンマン、女をおろして振り返る 振り返ったところをまた斬りおろす。 ガンマンのけぞるように倒れる。 用心棒、血糊を拭いて納刀。 ガンマンの足を持って引っ張っていく。
用心棒:おやじ!
男:は、はいっ!
用心棒:邪魔したな。
用心棒去る。銃声 暗転。
社長貯金箱にお金を入れる。S.E.「ガシャッ」貯金箱を振る。S.E.「ガシャガシャ」秘書、入ってくる。
秘書:失礼します。
社長:失礼な奴だ。何だね。
秘書:おやつの時間でございます社長。
社長:ああ、もうそんな時間か。今日は何だね?
秘書:○○○○(普通の子供向けのお菓子)でございます。
社長:そうか、持ってきてくれ給え。
秘書:はい。
秘書、引っ込んでお菓子を持ってくる。 社長、また貯金箱を振る。S.E.「ガッシャガッシャ」
秘書:もって参りました。
社長:うん、そこに置いておいてくれ給え。
秘書:はい、
社長:あ、いや、やっぱり今食べよう。
秘書:そうですか。
社長、お菓子を食べ始める。
社長:君も食べるか?
秘書:いえ、私は。
社長:嫌いか?
秘書:そうではありませんが。
社長:私の渡したお菓子が食べられないと。
秘書:いえ、そこまで言うなら頂きましょうか。
社長:じゃあ、あーんして。
秘書:あーん。
社長、自分で食べる。秘書、悲しそうな顔。 社長、また貯金箱を振る。S.E.「ぐわっしゃぐわっしゃ」
秘書:だいぶたまりましたね。
社長:もう入らないんだ。
秘書:じゃあ、新しいのを買いましょうか。
社長:そうだね。じゃあ、金槌持ってきて。
秘書:(持ってくる)もって参りました。
社長:一緒に壊そうか。
秘書:そうですね。
社長と秘書、一本の金槌を二人でもって貯金箱の頭を殴る。S.E.「ガシャーン」貯金箱倒れる。あるいは暗転。
社長:けっこう入ってるね。
秘書:そうですね。
社長:散らかっちゃったね。
秘書:掃除のものを呼びましょうか。
社長:そうだね、頼むよ。
秘書電話をかける。
秘書:あの、ハポン噴火センターの社長室なんですが。はい、そうです、掃除を。 え、あ、そうですか?ちょっと待ってください。社長。いま、サービスでみそラーメンを作ってるそうですがどうしますか。
社長:僕はいいよ。君がほしかったら、どうぞ。
秘書:あ、もしもし、せっかくですがみそラーメンは結構です。はい、はい、分かりました。(電話を置く)すぐ来るそうです。
社長:そう、(お菓子を持って)はい、あーん。
秘書:あーん
ちょうどそこへ、掃除の人二人が入ってくる。そこでは社長と秘書がじゃれあっているではありませんか。 二人は帽子を深くかぶりなおし、見ない振りして。死体を片付ける。そしてそのまま見ない振りして、何ごともなかったように去る。
秘書:みられちゃいましたね。
社長:噂になっちゃうね。
秘書:いえ、私は別に……。
社長:僕も別に……。
秘書:はい、あーん。
社長:あーん。
秘書、自分で食べる。
社長:じゃあ、きみ、ここのお金で新しい貯金箱を買って来てくれ。
秘書:はい、かしこまりました。
部屋を出ようとする秘書。呼び止める社長。
社長:ああ、君。
秘書:なにか?
社長:これからは、この部屋にはいるときは「失礼します」じゃなくて「はいるわよ」っていってくれ。
秘書:はい。では、行って参ります。
社長:行ってらっしゃい。
秘書、去る。社長、見送ってしばらくして、含み笑い。身だしなみを整え始める。 ひげを剃ったり、髪をなおしたり、制汗スプレーやら、口臭スプレーやら、オーデコロンやら。一通り終わったら、なにやら予行演習を始める。
社長:「どう、今夜、一緒に食事でも。」いや、直接的すぎるな。「おなか空いたね、どこか食べに行こうか?」こっちの方が自然だな。 「いい店知ってるんだ」これもつけた方がいいな。それで、次はいい雰囲気のバーに誘っちゃって。 で、よった勢いで「なあ、いいだろ」「いけませんわ、だって、社長と秘書なのよ」「その前に男と女さ」 「でも、だめよ。」「体は正直だぜ」なーんて、むちゅうー!てしちゃうと眼がトローンとしてきてそのまま……。
秘書:社長?社長。
思いっきりあわてふためく社長。
社長:お、お帰り。
秘書:貯金箱を買って参りました
社長:そうか、見せてくれ。
秘書:はい、
秘書、貯金箱をつれてくる。貯金箱は役者はさっきと同じだが制服を着ている。中学生っぽい。
社長:おかね、余った?
秘書:はい、これだけ。
社長:じゃあ、早速入れよう。
S.E.「チャリン」 社長と秘書、含み笑い。やがてこらえきれずに高笑い。
社長:どう、今夜一緒に食事でも?
照明があったら暗転。
オフィス。勤務時間の終わり。
男:あれ?春日さんは?
女:夢の島。
男:そうなの?なんで?
女:第一級違法食物摂取の罪。
男:そう……
女:カレー食べてるとこ。警察に見つかったらしいわ。
男:いつ?
女:この前の昼休み。
男:そう……
女:気になるの?陽子のことが?
男:いや、そういうんじゃなくて。
女:何がそういうんじゃないのよ。
男:ただ……悲しいなって、
女:それは相手が彼女だから?
男:違うよ。
女:じゃあなんで悲しいのよ。
男:人が一人いなくなったから。
女:人が一人いなくなったから?今時珍しい人ね。それとも純真ぶってるだけ?
男:どうしてそんなに突っかかるの?
女:あたしはあの子がいなくなってせいせいしたわ。
男:そんなこと言うなよ。
女:嫌いなのよ、あの娘。周りの男に愛想ばっかふりまいてさ。
男:やめろよ。
女:同期で入った私は毎日パソコンに向かってる、なのにあいつはお茶汲んでいるだけ。 いろんな男に声かけられて、幸せだったでしょうよ。私は毎日パソコンのモニターとにらめっこ。 おかげで眼はドライアイになるし、男は声かけてこないし。何なのよ、この差は!
男:やめろよ!
女:あいつが死んだって、涙なんか流すもんか。私の涙は私の目を潤すためにしか流れないのよ!
男:もう、やめろ!
女:そう……、あんたもあの女が好きだったもんね。
男:違う!
女:違わないわよ。あたしが死んだあと誰かがこんな愚痴を言ってたら、あんた同じように言えるの?やめろって言えるの?
男:言えるさ。
女:男なんか口先ばっか。私はだまされないわ。みんな社内恋愛して適当に結婚するだけ。 私には誰も振り向いてくれない。社長だって秘書といいことしてるのに。なんで私はひとりぼっちなのよ。
男:もうやめようよ。
女:あんただってそうじゃない。残業してるあたしには「大変だね」とか声もかけずにあのこのことばっかり。 あのこのことは心配で、私のことはどうでもいいの?私が毎日残業して過労死してもどうでもいいの?何なのよみんなあの娘のことばっかり!
女、男を押し倒す。 オバチャン、「若いっていいわねー」と言う感じの笑顔。
エピローグかどうかは神のみぞ知る。社長室。 社長と秘書、貯金箱にコインを入れ、二人で振る。高笑い。
幕