スポット、
僕:僕はかつて犬だった。父さんと母さんは一日何度も僕に言ったものだ。
母(声):「立派な犬になりなさい。」
僕:だけど、僕はどうにもそうできなかった。
明かり、全体に
僕:父さんと母さんは立派な犬だった。体も大きくてがっしりしていて、みんなを引っ張っていくような力があった。そんな両親の子供だから、やっぱり皆は期待するわけで……
僕:あれは、もっとずっと小さい頃だったかな。ちょうどかじりがいのある赤い色の棒を見つけて、それで遊んでいたんだ。
友人、赤い棒を手にやってくる。
友人:おい、見ろよ。いいもん見つけたぜ。
僕:何だいそれ?
友人:わかんねえ。でもなんか楽しい。
僕:どう、楽しいのさ
友人:かじってるとなんか変な味がする。
友人、棒の片方をかじり出す。
僕:どれ、僕にもかじらせてよ。
友人:ああ、でも一本っきゃ無いから交代な。
友人、かじるのをやめて棒を渡す。僕、棒をかじり出す。
僕:本当だ。甘いようなしょっぱいような変な味。
友人:な?だろ?ほら、俺の番。
僕:ああ、はい。
僕、棒を渡す。友人、棒をかじる。
友人:ああー、変な味だ。変な味。
友人、しばらくかじり続ける。
僕:ねえ、そろそろ変わってよ。
友人:もうちょっといいだろう。
僕:もう交代だよ。
友人:俺が見つけてきたんだぞ。
僕:自分で交代って言ったじゃないかよ。
友人、僕、棒を取り合う。
両親、やってきて言う。
父:馬鹿もの!おまえたち何やってるんだ!そんな事をやるんじゃない。
母:それで遊んじゃいけません。
僕:何で遊んじゃいけないの?
母:何でじゃありません。それは良くないことなの。わかった?
僕:はい。わかりました。
僕:僕はよく叱られた。父さんと母さんは手を挙げることはほとんどなかったけど、ものすごい形相で僕をにらみつけた。 あの顔でにらまれると思わずしっぽを丸めて小さくなってしまう。 父さんたちの、そのやり方は見事に成功して、僕は次の日からそれで遊ぶのをやめた。
僕:何度も何度も叱られていくうちに、だんだんとやっちゃいけないことが分かってくる。もっとも、やっちゃいけない理由はよくわからないけれど。
僕:もう少し大きくなったある日、父さんが僕に言った。
父:いいかい?おまえはいずれみんなを引っ張っていくようにならなきゃいけない。そのために必要なことを今日から教えていく。いいな。
僕:はい。でも……
父:なんだ?
僕:何でもないです。
友人:よう。リーダーになるための訓練だって?
僕:うん、まあ。
友人:何だか、顔つきが変わってきたね。
僕:顔つき?
友人:ああ、何ていうか精悍になった感じだ。
僕:そうかい。
僕、うつむいて肩を落としている。
友人:何だよ。元気ないなぁ。ほめてやってんのに。
僕:うん、ありがとう。
友人:疲れてんのか?まあ、大変そうだけど。大丈夫だろ?おまえなら。
僕:ああ、うーん
友人:ああ、俺もういかなきゃ。まあがんばれよ。やれば出きるって。
友人、走り去る。
僕:そんなこと……僕には……僕には……(荒い息)……ううっ!
突然の吐き気
僕:おえええええええええええええええええええええええええ。
僕、しばらくのたうち回ってうめいている。
僕:その後、吐瀉物にまみれた僕を見つけた母さんは、「変なものでも食べたんだろう。」と言って僕を叱った。 母さんは僕の顔が涙で濡れているのには気づかなかった。 何で突然はいてしまったのかは、そのときは僕にもわからなかった。
僕:僕がこのままリーダーになれるのかどうか不安になっていたころ、町にやってきたのがある聖人だった。
聖人、大きな荷物を背負って登場。
聖人:はぁ、はぁ、ふぅ。
聖人、木の陰を見つけてそこに腰を下ろす。
僕、聖人に近寄って。
僕:こんにちは。
聖人:やあ、こんにちは。
沈黙。しばらくして
僕:あの……
聖人:何だい?
僕:隣、いいですか?
聖人:隣。ああ、どうぞ。
沈黙、しばらくして
僕:あの……
聖人:何だい?
僕:偉い……人なんですか?
聖人:いや、偉くなんか無いよ。
僕:でも、みんなとっても偉い人だって……。
聖人:とんでもない。僕なんか全然……
沈黙、しばらくして
聖人:偉いって言うのは、いったいどういうことかなぁ。
僕:それは……よいこととか、正しいことをたくさんすることじゃないの?
聖人:じゃあ、良いことってどんなことだい?
僕:それは……えぇと。
聖人:正しいことって言うのは?
僕:うーん。
聖人:答えられないかい?
僕:じゃあ、おじさんはいったい何をしてるんだい。
聖人:僕は人の悩みを聞いて回っているだけだ。
僕:奇跡を起こして病気を治したりするんじゃないの?
聖人:そんなこと出来やしないよ。そういうことをやってくれって言う人はいるけど。
僕:じゃあ何で、おじさんは聖人なんて呼ばれてるんだろう。
聖人:さあ?話を聞いたうちの何人かは、実際に重い病気にかかっていて、そのうちの一人が話を聞いているうちに見る見る具合が良くなっていったことがあるんだ。その噂が広まったんじゃないかな。
僕:ふうん。
沈黙、しばらく続く。
僕、聖人の鞄に目をやって、
僕:大きな鞄ですね。
聖人:うん。
僕:重いですか。
聖人:おいて帰りたいぐらいね。
僕:何が入ってるんですか?
聖人:何が入っていると思う?
僕:何だろう。
聖人:当ててごらん。
僕:うーん。お金、かな?
聖人:はずれ。お金は一銭も持ってないんだ。
僕:じゃあ、食べ物、かな?
聖人:はずれ。もう3日間も何も食べてないんだ。
僕:じゃあ、何だろう。解らないや。
聖人:ヒントをあげようか。
僕:うん。
聖人:じゃあ、ヒントその一。この鞄は一つの町を出るたびに大きくなっていくんだ。
僕:うーん。まだ解らないや。
聖人:じゃあ、ヒントその二。この鞄はこれからもどんどん大きくなって、僕はいつかこいつにつぶされてぺしゃんこになるんだ。
僕:さっぱりわからないや。いったい何が入ってるの?
聖人:降参かい?じゃあ、あけて見せよう。
聖人、鞄を開けようとする
そこへ母がやってくる。すごい剣幕で。
母:ちょっと貴方!うちの息子に変なこと吹き込んだらただじゃおかないよ!あんたも、こんな人間と関わり合いになるんじゃありません。こっちにきなさい。
僕:母さんこの人は……
母:くちごたえするんじゃないの!貴方。今日中にこの町を出ていかないと、何が起こっても知らないからね。
聖人、静かに荷物をまとめ始める。
同時に照明が落ちていき、僕にスポット
僕:聖人はその日のうちに町を出ていったらしい。彼の鞄の中身がいったい何だったのか未だに良くは解らないけれど、僕はこの聖人と出会った数日後に、犬になるのをやめた。
幕