なかにし礼作「赤い月」を読み終えた。
なんとも言いがたい感動が押し寄せてきた。
久しぶりのこの思いである。
1945年終戦に至るまでの満州を舞台にした壮大な物語である。
「生き抜くためには愛を必要とした」女の壮絶な戦いが描かれている。
主人公、波子を巡る3人の男達との係わり合い。
その微妙な心理。
作詞家であり、直木賞作家でもある作者の母が主人公である。
以前ドラマ化までされた「兄弟」も、自叙伝的要素が強い作品であり、
兄への思いをあまりにもリアルに描かれており、今でも鮮明に記憶に
残っている。
なかにし礼という方はこんなにもお兄さんに苦労させられたのかと
同情したものだ。
「赤い月」は、一応戦争を知らない私にとって、目を見張ることばかり。
第二次世界大戦終末期。当時の日本はかなり世界に対し驕った態度を
取っていたように思われる。
「五族協和」「王道楽士」のスローガンに魅せられ、森田一家は一旗揚げようと
大陸に向かった。
大成功を治め夢の世界の如く、日々贅沢な暮らし向きであった。
そんな時、ソ連軍宣戦布告の兆しをいち早く察した波子は、子供を守るために
必死の思いで策を労す。夫の留守中の出来事であった。
軍人家族優先の軍用列車に一般人が乗り込むことは至難のわざであった。
子供にお札を巻き付けるという知恵もあった。
牡丹江からの逃亡の旅、やっとの思いでたどり着いたハルビンでの、困窮の日々。
今までとうって変わった生活にも立ち向かう強い女であった。
一度着た着物には二度と手を通さない優雅な生活から一変してのどん底生活。
強靭な意志力なくして何があろう。
生き抜く意欲はどこから生まれたのか。
結婚に至る経緯も面白い。
初恋の相手である旧家の将来有望な軍人、大杉と結婚するかと思いきや、突然現れた
一風変わった風采の森田に引かれ結婚に至る。
一方大杉は波子のことが忘れられず生涯独身を通し、森田家を擁護する。
子供がいるにも拘らず、夜になると着物から洋服に着替えダンスに興じる波子。
自由奔放である。
妻であっても、3人の子供の母親であっても、女である波子は商社マンを装う
関東軍情報部秘密情報機関の諜報員、氷室に密かに恋をする。
性ない恋心ゆえに氷室の恋人(ソ連のスパイ)を告発し死に至らしめてしまうのだから、
なんともいえない激しさがそこにはある。
日本の敗戦を知り、避難所での夫との再会もつかの間、夫は死への旅立ちをしてしまう。
落胆する波子の前に再度現れた氷室は阿片で蝕まれ、彼もまた死の口を広げていた。
そんな氷室に渾身こめて介抱する波子の姿があった。
夫の死から2ヶ月も経っていなかった。
反抗する子供達に向かって言った言葉。
「生き抜くために女は恋をする」
まさに、子供を守り抜かんとする1人の女がそこにはいた。
しかし、思春期の長女、まだ幼い次男(長男は特攻隊として訓練を受けたようだが
行方知れず)に果たしてその意味するところが分かったのであろうか。
なかにし礼は言う。
「この小説を書くために生きてきた」と。
「今回の小説を書いて、僕はついに小説家になれたんだと思う。このテーマこそが
僕の書きたかったことだったのです。」と。

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