その日啓介は稀に見る上機嫌だった。
勿論啓介が上機嫌な理由は、そう、車と兄である。
バトルは快勝だった。しかもその所為か兄はやたら優しかった。積極的とまではいえないけど進んで身を任せてくれたように見えた。
(いつもあのくらい素直だとい〜んだけどな〜)
大好きだよ、と。
落ちついた優しいトーンの兄の声が耳に残ってる。思わず顔がにやけてしまうのを抑えた。
何しろ不機嫌で睨むとコワイ啓介だが、るんるん上機嫌というのも、逆にある意味コワイ。周囲は殆ど遠巻きだ。が、今の啓介にはそんなことも気にならない。スキップせんばかりの足取りで歩いていく。
「一体全体どうしたんだ……?」
こそこそ。その啓介を見やり、隅の方で男子が数名集まって語り合う。不機嫌な時は不機嫌な時で啓介は怖いが、ある意味その上を行く。一体全体何事だというのだ。
「あの幸せ一杯のオーラ……、まあ、普通の考えたら―――女かな」
「女……?」
「でも啓介だぜ……?」
ここにいる面々は殆どが啓介とは高校時代からの付き合いだ。昔から女にはもてたし、それなりにというか一時期結構派手だったが、ついぞラブラブファイアーな雰囲気だったことはみたことがない。殆ど女が一方的に追いかけてるようなもので。
「でも噂によればあいつにも本命がいるらしいぜ。ほら、最近ぱったり聞かねえだろ、女の噂」
「あいつに本命いい!?」
驚愕に全員が声を失う。
「それはまあ……あいつならいい女もつかまるんだろうけど……」
「あいつが女にぞっこんってのもまるで想像つかねえな……」
―――あの極度のブラコンが。
誰もが一応口にはしなかったがそう思った。
大体啓介が世の中で褒める人間はすっごく稀で、いつでもここでも賛美とともに語られるのは唯一その兄である。そこにいる面々は涼介とは一面識ある程度だが、とにかく速くってとにかく頭が良くってとにかくカッコよくてとにかく綺麗でとにかくスゴイんだそうだ。某弟談。
勿論女の話なんて聞いたこともない。隠してる、のかもしれないが。
大っぴらな性格だが、マジなだけに隠したい、という心理も、もしかしたら啓介にだって働く、のかもしれない。
「う〜ん、でもあいつの本命っつったらどんなタイプかな〜」
「ふわふわっと可愛らしい美少女タイプじゃねえ?」
「それ違うって。そうゆうタイプなら前のオンナにもいただろ。冷たいとまではいわねえけど、あんま大事にしてるってカンジじゃなかったな。女の方が一途でさ」
「ちょっと蓮っ葉なカンジじゃねえの? 小生意気そうな」
「それって仲悪くはねえと思うけどラブラブと違うだろ。そうゆうタイプキライじゃなさそうだけどさ、絶対ヤケになって言い返して喧嘩になるだろう、あいつの場合」
「清楚系かなあ」
などと、勝手な想像でそれぞれ色々言い出したが。
一人がわかってねえなあ、と自信たっぷりに口を開く。
「馬鹿。決まってんだろ。年上の知的なタイプだよ。あの根っから末っ子は甘えられるタイプに決まってんだろ」
「あ〜なるほど」
「頭良くって包容力あって、でもアイツ実はメンクイそうだから超美人で、でもあんまり身なりとか派手なタイプじゃないな。自分の仕事か趣味はちゃんともっててそれほど男には興味ないような。でも色気はあってさ」
「……あいつならそれくらい趣味煩そうだな〜」
「優しいんだけど、『あんまり甘えるんじゃないの』とかゆって小突かれたりするんだぜ」
想像つかないようなつくような。そんな高橋啓介を一度見てみたい。
各自の頭にもやもやとその『年上知的美人』の図が浮かびかける、が。
―――全員がほぼ同時に固まった。
そのもやんもやんと脳裏に描かれた年上知的美人の顔は―――はっきり、高橋涼介だった。
衝撃で全員、十秒程立ち尽くす。
「…………」
「…………」
「…………」
(……年上知的タイプ? 甘えられるタイプで頭良くって美人で派手なタイプじゃなくって……)
羅列された条件を鑑みるに、なんだか、すごく当て嵌まりそうな気がする。但し『甘えられる』というのは啓介に限るだろうが。だがしかし。
だがしかし。
それではどうにも。
なんというのだか。
つまりええっと。
「…………今何かお前ヘンなこと考えなかったか?」
「そ、そうゆうお前こそ!」
「そうゆうてめ〜はどうなんだよっ!」
コワい想像に各人がワケの分からない言い争いを始める。勿論相手が何を考えていたかはダレも正確には分かる由もないのだが、確かめ合う勇気はちょっとない。
「お、俺は別になんもコワイことなんて考えてねえぞ!」
「俺だって!」
「そうだ! 別にな〜んも考えてねえぞ!}
一致団結(?)して己の考えを否定しあう。
「…………取り合えず、この件は聞かなかったということで、いいな?」
一人の言葉に全員がこくこくと頷く。きっと本当にちゃんと一般常識的に許容範囲内の本命がいれば、そのウチ分かる筈だ。きっと。だから非平和的なことを考えるべきではない。
「何こそこそ話してんだよ?」
―――そこへ。
話題の主がぬっと現れる。全員が無茶苦茶焦った。
「よ、よう高橋!」
「今日もいい天気だなっ」
「別に俺達お前の噂なんかしてねえぜ、はははっ」
焦って言わなくてもいいことまで言うやつ一匹。
「―――んだよ、俺んことなんかゆってたのかよ」
『馬鹿野郎っ』と失言野郎が小突かれる。が、もう遅い。取り合えず啓介を敵に回すべきじゃない、色々な意味でだ。一人が焦って言い繕う。
「いや、だからだなっ。お前じゃなくてやっぱりお前にアニキは凄いんだなとそうゆう話をだなっ」
取り合えず兄を誉めとけば機嫌が良くなるだろう。そうゆう作戦の元の発言だったワケであるのだが。
「当然だろ! 俺のアニキは世界一だぜ!!」
どきっぱり!
物凄くどきっぱりと言いきった。しかも物凄く幸せそうな顔で。
世界はすっかり『アニキ〜』だ。一色だ。
とてもじゃないのだが。なんというのだか。本命の年上美女にラブラブな男の言動ではない。
「…………いいか、何も考えるな」
「…………俺は何も聞いてない見てない知らないぞ」
「南無阿弥陀仏南無阿弥陀仏」
ど〜してもコワイ想像がぶり返してきた面々は取り合えず自己暗示(?)をかけだした。
だが啓介はそんな下々(?)の思惑など知ったこっちゃない。一同の決死の努力など無視して、トドメの一言を笑顔で放ってくださった。
「凄い取り澄ましてるけど時々凄いカワイイしな」
「―――」
「―――」
「―――」
(……か、か、カワイイって)
(……カワイイって)
(か、カワイイ―――!?)
あの高橋涼介が?! そりゃ〜確かに美人っつったら美人だけど何かそうゆう問題とは激しく違うようなというよりもアニキに普通使う単語なのかそれが!?
全員がその言葉の破壊力に立ち尽くす。
一同を金縛りに陥れた啓介は、上機嫌故にかそれに気づくこともなく、るんるんと立ち去っていった。
後日談。
その三日後。
「いつも啓介が世話になってるな」
そうあることではないが、時々、涼介は大学まで啓介をFCで迎えに来る。そんな時も普段は大抵さっさと帰ってしまって涼介とは会わないのだが、その時はたまたま件の一同が一緒だった。
啓介を除く一同が、思わず、涼介を凝視してしまったのも無理はない。
なにしろ、これがあの啓介の兄である。
まあ顔だの頭だのはおいておいてだ。あの。
弟にカワイイ、と評される、稀代の兄である。
(カワイイ……)
(カワイイ……)
(か、わ、イイ……?)
確かに顔はとんでもなくいい。男だが綺麗といってもそうは驚かない。だがしかし、整った大人びた面持ち、スキのない笑顔、理知的な物腰、何処をど〜とっても、はっきりいって、『カワイイ』なんて要素は欠片もない、ような、気がする。
まだ啓介の方が多分に性格面で、そう評されてもおかしくないくらいだ。多分年上の女性なんかには『かわいい』と言われるタイプなんだろう、多分。が。この人は絶対に違うと思う、のだが。
……それとも啓介と二人だとやっぱり違うのだろうか……。
「……どうかしたのか?」
再度コワイ想像になりかけたところで、涼介が不思議そうに一同に問う。それも当然である。挨拶もそこそこ、自分を凝視していては。
「ヘンなヤツらだな〜。じろじろ見るなよっ」
啓介の発言は『俺のなんだから』という一言が音声としてつかなっただけ、一応平和だった。ただ口調のウチに物凄く濃厚に漂ってはいたが、そう言いたい雰囲気が。
「いや……、な、なんでもありませんハハハ……」
「空があんまり青いもんで……ハハハ……」
乾いた笑いがこぼれる中、へ〜んなヤツらと啓介は呟きつつも、仲良く兄と二人で立ち去った。
―――その兄弟がFCに向かう途中で一度、啓介が思いきり兄に抱きつき、思い切り小突かれた場面を目撃した気がするが。
(気のせいだ多分)
(気のせい気のせい天気の所為)
(俺達はなあんにも見なかった……)
自己暗示をかけて無事精神均衡を保ったとのこと。
その後。
結局『啓介の本命の知的美女』が発覚することはなかったとな。
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