◆夜空の下で


ふと立ち寄った町の小さなホテルの一室。
 開いていた部屋は安いだけあって作りは良くないが、窓が広くて丈夫なのが良い感じだった。もう夜中を幾分過ぎ、賑やかだった町の光が薄れて来る頃。
 その代わりのように、一面の夜空が広がっている。
 まばらな雲の狭間から淡く強く光る月と星を見上げながら、ヴァッシュはふと思いだした。
 旅の連れだった、一人の男の事を。
 何より優しくて、ひどい黒衣の男を。
 厳しい目で人を見つめるくせに妙な所で優しかった男を。
 そして、もう帰ってこない男を。
 そう……孤独に震える夜に力強く抱き寄せてくれた腕はもうないのだ。
「ウルフウッド……。」
 ヴァッシュはかすれた声で彼の名を呼んだ。もう随分と呼んでなかった気がする名を。噛み締めるように何度を繰り返して、ドアを見つめる。
 今にも彼がそこを開けて入って来そうな気がして。
 そんな事は絶対にないのだと分かってはいたけど。


懐かしい男の事を考えているヴァッシュの頭部に鈍い衝撃が走った。
結構な痛みについ振り返ると、そこには顔を引きつらせた黒衣の男が立っていた。
「……ええ加減にせぇ。」
 げんなりとした声で彼は呟いた。
 酒場から戻ってきてからかれこれ1時間。
 その間ヴァッシュはずっとこの調子で、ウルフウッドの存在をひたすら無視し続けているのだ。
 何回話し掛けても返事はしない彼の態度に業を煮やして、ウルフウッドは実力行使に訴えた。
 手っ取り早くヴァッシュの後頭部を殴りつけたのだ。
 とりあえず会話しなければ先に進めない。こんなねちねちした嫌がらせが続くのは出来ることなら遠慮したい物だ。
 しかし、ヴァッシュはまるで知らない人を見るような視線をウルフウッドに向けて、冷たい口調で言った。
「何君。部屋間違えたの?ここ僕と連れの部屋なんだけど。何にしろ、訪問するには遅い時間だよ?失礼な人だなー、ほら帰った帰った。」
そのまま、手でドアを示すとふいっとそっぽを向く。そんなヴァッシュの様子が腹に据えかねてウルフウッドは彼を怒鳴りつけた。
「やっかましいわー!!ぐだぐだぐだうっとおしい!大体なぁ、さっきからここにおるやろワイ!無視すなー!」
「……僕、『今日は一緒に御飯食べようね』って約束してたのに一人で賭博場行って夜中まで帰ってこないような人は知らないもん。」
 そう言うとヴァッシュは、視線を窓辺に移した。
 その背中から『拗ねている』というオーラが立ち上っているのがよく分かる。
 それを見てウルフウッドは思わず寝てしまおうかと思ったが、すぐに考え直した。
 これ以上拗ねられると後々めんどうだ。
「……それは悪かったわ。けどなぁ……」
「しかもそいつ、人の財布握りしめていったらしいんだよね……。おかげでさぁ……お腹減ってもご飯食べれなくてくるくるくるくる鳴っているお腹抱えて泣く羽目になった人がいるんだってー。ひどい奴もいるもんだよね。人の風上にも置けないね。最低。」
「………ええやん細かい事言いなやー?見てみぃ結構儲かったんやでー?これでメシ奢ったるさかい機嫌直しや?な? 」
 そう言いながら、ウルフウッドはそっと彼の首に手を回した。
 いつもだったら絶対にしない甘えた仕草。そのまま耳元に唇を寄せて囁く。
 180cm超えのいい年した大男が二人で何やっているのか、という気になったがそこにはあえて目を瞑ることにした。
 とりあえず少しでも機嫌を直して貰わないと話が進まない。
 が、ヴァッシュはその手を払いのけると、何もなかったかのように夜空に向かって呟いた。
「ねぇ、レム。どこに行っちゃったんだろうね……ウルフウッド。早く帰ってこないかなぁ…うんそう、すっごくいい奴なんだよ?今度紹介するね……今何の辺にいるんだろう。あのお星様の辺りかな?」
 ぶち。ウルフウッドの中で何かが弾けた。
 そのまま彼は、ヴァッシュの首に回した手に力を込めて耳元で叫ぶ。
「やから!さっきから後ろにおるやろが!大体なんやその表現!縁起でもないやっちゃな〜。ワイ死んどるみたいやんか!!ああもう、とりあえずこっちむかんかい!このくされトンガリ!」
「ああなんか聞こえるね、小鳥さんかなー?ぴーぴーぴーぴーうるさいねちょっと。品のない。それはそうとして聞いてよレム。こないだねもね……。」
「だーっっ!」ええ加減にせんかー!!!!


この星で一番有名なガンマンによる低レベルで陰険な戦いは夜が明けても続いたとか続かなかったとか。


これは某御方に送った爆弾ショートです。そのままじゃなんなので、少しだけ修正しました。
いえ死にネタ苦手な方だったのであえて!と思い書いた騙まし討ち小説です。
なんだかオチが弱い気がするんですが、拗ねたトンガリさんは楽しんで書けました。
いつもいつもこんなオチで申し訳ない‥‥。(でも多分またやります)

望月離 拝
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