◆枯れない花


 ヴァッシュ・ザ・スタンピード。
 ヒューマノイドタイフーンと呼ばれる元六百億$$の賞金首。
 大バカのつくお人好し。
 能天気な顔で笑う旅の連れ。
 深くて暗い闇を持つ男。


 以前、こいつに聞いたことがある。


 静かな夜だった。
 裏通りにある小さなホテルの一室。薄く開いたカーテンの隙間から射す月の光の中、二人でゆっくりと酒を飲んでいた。
グラスの中の氷が触れ合う音が微かに響いてる。柔らかい沈黙が続いている。
「なぁ。」
 ふと、言葉が唇からこぼれた。
「何?」
 遠いところを見つめていた瞳がウルフウッドを見る。
ヴァッシュはちょっとした時に自分の考えに沈んでいる事が多い。
本人が気付いているかどうかはわからない。一緒に旅を初めて知った事の一つだ。
「なんでや?なんでおどれはそないな風に前を進んで行けるんや?」
 ずっと思っていた事だった。でも、決して聞くつもりなどなかった言葉がウルフウッドの口をついて出た。
もしかしたら、あまりにも静かで世界に二人しかいないような気がしたからかもしれない。
「随分唐突だね。」
 ちょっとびっくりしたような顔をしてヴァッシュが答える。
「……ちょっと思いついただけや。言いとおないんやったら、それでええわ。」
 本来、聞くつもりなどなかったことだ。自分とヴァッシュの生き方は違う。
ヴァッシュの生き方は自分には理解できない。決して自分とは交われない生き方だ。
人を殺さない生き方。ウルフウッドにはできない生き方。聞いても仕方がない事だ。
「……ウルフウッド、花が咲いているんだ。」
 唐突に、ヴァッシュが言った。
「………はぁ?」
「僕の胸の中にね、ずっと咲いている花があるんだ。」
 にっこりと、笑って言う。まるで夢でも見ているような笑顔だった。
「好きな人や大事な人。生きている人やもういない人。また会える人、会えない人。そんないろいろな人達の思い出や優しさが降り積もって花を咲かせるんだ。だから、だよ。」
「……随分とロマンティストな事を言うんやな。どんな奴でも心の中に修羅の一つや二つは持っとるもんや。綺麗なことばっかやないやろ。」
「いや、そういうのとはちょっと違うかな?僕が言いたいのは………そうだね、例えば、僕が落ち込んでたりするだろ?そんな時に『これ、おいしいんですのよ。』って言って暖かいココアを持ってきてくれたり、『お腹空いてるとどんどん落ち込んじゃいますよー。』と言ってドーナツ持ってきてくれたりとか、頭突付きながら『うっとおしい顔すんなや、あほ。』とか言いながらずっと傍に居てくれたりする……そんな事があるだろ?」
「…………めっちゃ具体的な例やな……。」
 そういえば、そんな事があった。結構前の事だ。何があったのかは分からない。
一緒に旅をしているといっても、ずっと一緒にいるわけじゃないからだ。
ほおっておこうかと思ったが、結局ほおっておけなくて傍にいた。訳は聞かなかった。
聞いて欲しければ言うだろうし、言いたくなければ言わないだろう。人には踏み込んで欲しくない事もあるものだ。その事をウルフウッドは良く知っていた。
「わかりやすくていいだろう?まぁ、そんな日々のちょっとした優しさとか、そって触れ合った思い出とか。……僕はずっと旅をしていて、色々な人達と出会ったり別れたりしたよ。少し一緒に旅をした人もいたよ。ずっと一緒にいたかった人がいれば、すれ違うだけで終る人もいるし、当然僕を避ける人や嫌う人もいた。敵対する人も。良い事も悪い事もたくさんあったよ。………もう耐え切れない、もう駄目だと思ったことも何度もあるよ。」
 息をつく。少し遠い目をしている。数え切れないほどの昔を思い出しているんだろう。
ロストジュライの時から変わらない男。ヴァッシュ・ザ・スタンピード。
本当は幾つなのか見当もつかない、人間よりも人間らしい人間と違う生き物。
「でもね、僕を心配して声をかけてくれる人や、そっと笑いかけてくれる人も結構いるんだよ。そんな事があるとね『ああ、よかった。あそこであきらめないで。』って素直に思えるんだ。そういうことが少しずつ積もって花になる。だから、僕は前を向いて歩いていけるんだよ。」
「……花は、いつか枯れて落ちるもんや。」
「そうだね。だけど枯れない花もあるんだよ。」
 ヴァッシュがゆっくりと笑う。今まで見てきたどんな笑顔とも違う穏やかで深い笑み。
「ねぇ、ウルフウッド。確かに綺麗なだけの人はいないかもしれない。けど、僕は案外この世界は綺麗なんじゃないかって思うんだ。」
 優しい声がこぼれる。まるで、意識の中に染みとおるような。
「辛くてたまらない時、目を瞑って一つ深呼吸をして、ゆっくりと目を開ける。そうすると世界が思っているよりずっと綺麗だって事に気がつくんだ。」
 緑の瞳がウルフウッドを見つめる。陽に照らされた若葉のような瞳。
心の奥まで見透かされるような気がしてウルフウッドは目をそらした。
それでもヴァシュはウルフウッドをただ見つめ、唇を開いた。
「ウルフウッド。君の中にも花は咲いているだろう?」
 世界は血と硝煙の匂いに満ちている。それも事実だ。
奪い合い、殺し合う人々。死と絶望がどこにでも転がっている世界。
悲劇は繰り返され、拡散していく。
そんな中でも優しい人達はいる。目の前にいる男程ではなくても。
 ふいに涙がこぼれたような気がした。眼球はからからと乾いていたのに。
涙を流す事だけが泣くという事じゃないのかもしれない。
そんな理屈に合わないことをぼんやりと考えながらウルフウッドは氷が溶けて薄くなった酒を飲み干した。
沈黙が戻ってくる。ゆっくりと夜が更けていく。静かで優しい夜が。


 たしか、これが二人で酒を飲んだ最後の夜だった。


 視界が霞んでいる。身体が重い。感覚が段々となくなっていく。痛みすら分からない。
ぼんやりとした意識の中、ウルフウッドは自分が死に向かっているという事実を感じていた。
ふと、ヴァッシュの顔が浮かんだ。能天気に笑っている。よく知っている笑顔。
周りにはミリィやメリル、教会の子供達。他にもたくさんの人たちがいる。
この砂漠の星で出会った優しい人達。ウルフウッドの中に咲くたくさんの花。


   なぁ、トンガリ。


 微笑んだ。
 微笑もうとした。
 もう唇の端さえ動かせなかった。


   お前の中にはワイも咲いとるんか?


 そうだったらこの人生もそんなに悪くなかった、そんな気がした。



 これが初めて書いた小説です。最初に死にネタとはなんとも……。私文章チェックするので何回も自分の文章を読み返す(……しなくてよけりゃぁ、二度と読みたくないが……)のですが、まぁこれは一番好きです。(他のよりは、だけどね)ただのポエムですが。アニメの牧師さんの死が彼にとって優しい物であった事を願います。

……ワシが終ってるのはよく分かってるのでつっこまないように。(泣)
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