◆呼称


「だってさ…なんか『アニキ』っていうとなんか筋肉むきむきで、しかも妙にてかてかしてそうなイメージねぇ?」
「………は?」
 涼介は一瞬何を言われたか理解できなかった。いきなり何を言い出すんだこいつは。
思い返せば、確かに啓介は【悩みなさそうにみえるのかよ】と言ったが、【ある】とは言ってない。言ってはいないが・・・・・・まさかこう来るとは。
この弟は分かり易いくせに、ふい打ちでこっちが考えつかないような事を言う時がある。ほとんどが禄でもない事ではあるが今回もまたそれだったようだ。それにしてもこれはないだろう。全身から力が抜ける。なるほど脱力とはこういう事か。
「その上ムダに半裸でスマイルな気がするんだよなぁ、そういう『アニキ』って。しかもさ、歯が無駄に白くてピカって光るんだぜ?きっと。」
涼介が思考を巡らしている間、啓介は延々と彼の言う『アニキ』の描写をしていく。はっきり言って、想像して楽しい物じゃない。
「・・・・・・・・・それはボディビルダーじゃねぇのか?」
「まーそうだけど。でもなんっか、『アニキ』つったらそうゆうの浮かばねぇ?まぁ、俺がアニキで連想するのはアニキなんだけど、これは違う方のアニキで、でも名称はアニキじゃねぇけど、このアニキは俺のアニキとは違うアニキだからええと、うーんと。ああ?…………。」
・・・・・・お前途中でよく分からなくなっただろう。
涼介はそう心の中で突っ込みを入れながら、弟の考えが纏まるのを待った。
「アニキは俺にとってはアニキだけだって事か?」
「なんだそれは。」
涼介はため息を付きながら、啓介の額を指で弾いた。いつも思うが弾き易い額だ。慣れているだけかもしれないが。
「てっ!弾かなくてもいいじゃんよぉ………。」
「……あのな、そんな特殊な物と俺を一緒にするんじゃねぇ」
「してねぇけど・・・・・・学校のダチがさぁ、『アニキっつーと、なんか筋肉むきむきの男が一杯出てきそうな気がしないか?』て抜かしやがってさぁ、そんなのと俺のアニキ一緒にするな殴ってやったけど、何かそれ以来引っかかっててさぁ。」
別に一緒にはしてないような気がするが、もしそいつに会う事があったら、丁重にもてなしてやろう。
そう涼介が不穏な事を考えると、啓介が笑いながら爆弾を落とした。
「でも俺、外見そんなんでも中身アニキだったらいいけどな!」
その妙にすがすがしい笑みを無表情に見詰めながら、涼介は密かに困惑した。
………これも一種の愛情表現になるのだろか。それにしてもそれはどういう事なんだ。嫌だといいながら、実はお前俺にそんな風になって欲しいのか。俺の知らない所で、ぴくぴく痙攣してみせる上腕筋とか腹筋や、オイルでてかてかに輝いてる焼けた皮膚がたまらない、とか思う人種になっていたのか。もしそうだったら縁を切った方がいいのだろうか。自分に出来るとは到底思わないけれども。
「・・・・・・俺はもしお前がそんな風だったら蹴り倒すだろうな。」
「ええ!?なんで〜!!」
「とりあえずだ。まだ筋肉と笑顔は妥協してやれるかもしれんが、油と半裸は御免だ。特殊な場や趣味の集いだったらともかく、日常的にそうなのは、どう考えても可笑しいだろう。一般人の感覚だと、ほとんど変質者に近いぞ。」
「そりゃそうだけどさぁ…」
「大体だな、お前絶対抱きつくだろう。」
普段あれだけくっついてくるんだからな、と言わんばかりの兄の言い草に啓介が反論する。
「う……、いいじゃんアニキにくっついてんの好きなんだからしょうがねぇだろ!」
「どうしょうがないんだ・・・・・・。」
 理屈になってないぞ、と言った途端、唇を尖らせて拗ねてみせる啓介はまるで子供のようだ。自分にしかみせないその顔を、涼介気に入っていたが、今はそれどころではない。
「まぁ普段のお前だったら、確かにいい年した男が兄に抱きつくのは異常は異常かもしれないが、しょうがないですましてやってもいい……もちろん場所柄を考えてならが条件だが。でもな、いくら弟でも俺は油まみれの筋肉マニアの成年男子と抱擁しあうのはごめんだ。お前だって筋肉だるまに抱きつかれたら嫌だろう」
 啓介の顔が引きつる。何かを想像したようだ。
「ついでに言うと、もし俺達二人ともそんなだったらな。まともな神経持っている奴は、普通逃げ去るぞ。」
それはそれでおもしろそうではあるがな、とこっそり思ったのは顔に出さずにじぃっと啓介の顔を見る。
「…………………確かにちょっと怖いかも。」
「ちょっとじゃねぇとだろう。大分怖いぞ。」
「そうだけどさぁ。俺そーゆー事言いたかったんじゃねぇんだけど・・・・・・・・・」
 何か不満があるらしい。大体なぜかは分かるが、言及するとむず痒い展開に持って行こうとするのが予測されるので放っておく……つもりだったが。
「まぁ…そうだな。」
 そっと啓介に口付ける。触れるだけの、柔らかで優しい口付け。
「筋肉だるまはともかく……お前は、お前だから好きだよ。」
どんな姿でも、とか例えても仕方がない事だ。啓介は啓介。涼介にとっての啓介はこの姿と魂が合わさったものなのだから。ありえない事を考えている暇はない。目の前の存在がいとおしくて、違う可能性など探ってるいられない。死んでも言うつもりはない事だけど。
ふいを付かれて、ぼうっとしてる啓介の頭を軽く叩くと、啓介は慌てて涼介の手を掴んだ。
「えと・・・・・・・・・いいの?」
「・・・・・・・・・何がだ?」
「しても。」
 ・・・・・・・・・何をだ。
そう口に出そうになったが、聞かなくても分かる。まったくそれしかないのかお前は。
涼介は一つ溜め息を付くと、きっぱりと宣言した。
「ダメだ。」
「えー?なんでだよぉ?」
「やかましい。お前のおかげでさっきからレポートがまったく進んでねぇだろうが。」
「んなこと言ったって、アニキからキスしてくれる事なんて滅多にないじゃんよ。したくなったって仕方ねぇじゃん。」
 啓介はぶつぶつ文句を言い始めた。放っておこうと思ったっても、煩すぎる。
…………しつこいな。
追い出してやろうかと思った時、ふといい事を思いついた。
「啓介」
 優しく声を掛けると、嬉しそうに啓介が顔をあげた。気を変えたとでも思ったのだろうか。
「そんなにやりたいのなら俺が突っ込んでやろうか?」
それだったらいいぞ?と言うと啓介は目を丸くした。驚いたようだ。
「………え?」
「それだったら明日の授業の間腰痛に悩ませされる心配もないしな?少なくとも自分で調整出来るから限界を越すこともないだろう。終ってからでもなんとかレポート仕上げれそうだしな?いい考えだろう。」
どこがどういい考えなのかは謎だがまぁいい。ここで啓介を言いくるめておかないと、後で苦労するのは自分自身だ。
「ええええ、でもあの……」
「・・・・・・・・・啓介。分かってると思うが、俺はやるといったらやるからな?………さぁ、どうする?」
普段滅多に見せないほどににこやかな笑顔で決断を迫ると、それに怯えたのか、啓介の顔が引きつっている。
もう一押ししてやろうと、涼介が手を伸ばしてゆっくりと首筋を撫で上げてやると、慌てて後ろに下がった。
「……………ごめんなさい。俺が悪かったです。許して下さい。」
ぺこりと頭を下げて謝る啓介の額には汗が浮いている。本気で怯えているようだ。
・・・・・・そんなに嫌なのかこいつ。
そう仕向けたのは自分なのだが、密かにむかついた。
いい度胸だ。いつも俺に乗ってるくせに、自分は嫌なのか。いや喜ばれたらそれはそれで困るが、自分が嫌なことを俺にしてるのかと思うと非常に腹正しい。
とりあえずしばらくは触らせないでおこう。少なくとも気がすむまでは、泣いても縋っても放って置いてやる。しばらく有効な手段も発見した事だし丁度いい。
涼介はそう決意すると、まだ怯えている弟を放置して作業を再開した。



 すみません。ギャグですから許してください。でも兄貴っていうとなんかマッチョっぽい気がするじゃないですか。そう思いませんか?By望月離
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