◆リビングにて

 今日は、家にいるのはハインリヒ一人だった。
そのせいか、ついうとうとと眠ってしまい、気がついた時にはもう二時近かった。まだ居間で眠っているならまだしも、自分の部屋で眠り込んでいたら留守番の意味がない。今日明日中に博士宛の宅配便が届く事になっているというのに。
 まだ頭がはっきりしない。このままだとまた眠ってしまいそうだ。とりあえず居間に移動した方がよさそうだ。
ハインリヒは軽く頭を振ると、サイドテーブルに置いておいた読みかけの文庫本を手に取って立ち上がった。

 リビングのドアを開けると、柔らかな日差しが窓から差し込んでいた。それに一瞬目を細めて、居間の中を見ると先客がいた。こっちに気づいて、彼は微笑みながら軽く手をあげた。
「よ、ハインリヒ」
「ジェット……戻ってたのか。いつのまに帰ってきたんだ?他の奴らはどうした?」
確かジェットは、昼前に出かけてたはずだ。週に2、3回の買い出しは習慣になっていて、紅一点でフランソワーズの他に何人かが付いていくことになっている。今日はジョーとジェットが付いていっていたはずだ。ギルモア博士は出かけてるし、そのお供でピュンマもいない。ジェロニモとグレートは張大人の店の手伝いに借り出されているため、今日の午後はハインリヒで一人留守番だったのに。
「20分位前かな?あ、ボクだけ先に帰って来たんだよ。邪魔しちゃ悪いだろ?」
 いたずらっぽい笑みを浮かべながら、軽く右目を閉じる。ジェットはこういう仕草が似合う。嫌味にならないのが彼の持ち味だ。
「………だったら、イワンも引き受けてやれば良かったんじゃねぇのか?」
 今イワンは眠っているが、そろそろ起きる時期に入る。もし早めに目覚めたりしたら、ハインリヒ一人でイワンの世話は無理よね、とフランソワーズが抱いて行ったのだ。
「引き受けようかって言ったら、危なっかしいからダメって言われちまったよ。その代わり、大荷物持たされちゃったけど」
 ジェットはひょい、と肩をすくめた。まぁ老若男女入り乱れて10人分の食料だ。2、3日分であってもものすごい量だ。
「そんなに重かったのか?」
「重さは平気。伊達にあんた抱えて飛んでないよー。でも嵩張るのは困るなぁ。悪目立ちしちゃうし。今度はあんたも付き合ってよ」
 赤毛を逆立てた長身のアメリカ人が、大荷物抱えてひょいひょい歩いてたら確かに目立つだろう。
「まぁそれはおいておくとして、……何やってんだおまえ」
 さっきから気になっていたのでたずねてみる。ハインリヒが居間に入ってから今までずっと、ジェットは床に座り込んで自分の足を抱えあげているのだ。まるでヨガでもしているようだ。
「うーん……それがさ、どうも……何か引っかかってるみたいなんだよねぇ。」
そう返事をしながらも、ジェットは一生懸命自分の右足を引っ張っている。長い足を持ち上げ、足の裏を無理矢理顔に近づけるようとしているのを見ていると、手も足も長いせいか、絡まってしまいそうな気がして落ち着かない。
「引っかかってるって……もしかして中に、か?」
「うんそう。自分の足の裏って見にくくてさー…」
「…見せてみろ」
 手を伸ばしてジェットの足首を掴む。ひょろりと長く細い足を掴むと、ジェットは体のバランスを崩して倒れこんだ。仰向けになったままハインリヒの顔を見上げてぼやく。
「…もうちょっと優しくしてよ、ハインリヒ」
「贅沢言ってんじゃねぇよ。………どの辺だ?」
かかとの部分にぽっかりと開いた噴射口の中を見つめるが、良く分からない。
「さぁ…?」
「さぁってお前なぁ…!」
「や、感覚ちゃんとあるわけじゃないからねぇ。違和感は感じるんだけど」
 そう言われれば納得するしかない。確かに感覚があったら大変だ。
そう思いながら、ハインリヒはもう一度中を覗き込んでみた。が、やはり良く分からない。
「……良く見えないな。」
 そう呟くとと、ハインリヒはジェットの足を掴んだまま立ち上がった。そのままずるずると、窓際までジェットを引きずっていく。そして、噴射口に光が差し込むように足の向きを変えた。
「……ハインリヒ、ボクの事荷物かなんかと間違えてないか?」
「うるさい。黙ってろ。気が散る」
 そう畳み掛けるようにいうと、ハインリヒはまた足の中を覗き込んだ。思いっきりジェットの足首を掴んで固定している。

 これは半分くらい意地になってるな。
 ジェットはため息をついて、体の力を抜いた。彼は案外、子供っぽいところがある。この調子だと、ハインリヒが発見するまで放して貰えないだろう。まぁ、どうも自分では出来そうにないから、彼に任せるしかないのだけれど。ハインリヒのターゲットアイなら、小さな異物でも見逃さないだろうし。
 ハインリヒの右手と噴射口が触れて、かつんと音を立てる。金属と金属の触れ合う音。一見人型だけど、作り物だという証の音。いつもなら敏感に反応して、微かに顔をしかめるハインリヒが、異物探しに夢中で反応しない。珍しいなと思いながら、ジェットはハインリヒの顔を見つめた。
ハインリヒは真剣な目で噴射口を覗き込んでいるけど、この状態って傍から見てたらかなりまぬけだろうなぁ。そんな事が胸の中に沸いて出たけど、伝えたら速攻で怒られそうなので口をつむぐ。上手く逃げれそうもない状態で、墓穴を掘るのは避けたい所だ。
また、かつん、と音がする。この音を聞くとなんとなく安心すると言ったら、彼は眉をひそめるだろうか。物好きな奴だな、とでも言うかもしれない。ジェットは互いの機械部分が触れ合う音が、嫌いではなかった。変わってしまった体が触れ合う事によって、一人じゃないと確認しあってるような、そんな気がするからだろうか。それとも、もしかしたらハインリヒだからだろうか。
 ジェットがぼんやりとそんな事を考えていると、ハインリヒが顔を上げた。
「……ここか?なんか、引っかかってる」
「え?どこ?」
「動くんじゃねぇ!わかんなくなるじゃねぇか!」
 勢いよくジェットが起き上がると、ハインリヒが怒鳴りつけた。そして、ジェットの太ももの辺りに膝を乗せ、体重を掛けて足を固定した。
「……重いんだけど、ハインリヒ。」
「我慢しろ」
 ジェットの抗議にそっけない返事を返してから、ハインリヒは左手の指で足の穴を探る。しばらくして、金属の繋ぎ目にひっかかってる小さな異物を、なんとか爪に引っ掛けた。それは、2,3ミリの小さな金属片だった。こんな小さな欠片を取り除くのに、大の大人が大騒ぎしてたのかと思うとなんとなく不思議な気持ちがする。
「取れたぞ。」
「ホントだ、異物感が消えたよ。ハインリヒありがとな」
 そういって、ジェットはにっこりと笑った。その愛嬌のある楽しげな笑みにつられて、ハインリヒも笑みを浮かべそうになったが、気をとりなおしてわざと眉を顰めた。
「一応、内部を洗浄した方がいいだろう。他にも入ってるかもしれねぇからな」
「そうだねぇ……あれ?帰って来たかな、もしかして」
 車の音が聞こえたような気がして、ジェットは玄関の方に顔を向けた。しばらくして、ドアが開く音がする。それに続いて廊下を歩く音も。
「ただい……まー…」
 リビングのドアを開けたジョーが、ぴたりと固まった。それをいぶかしげに思いながらも、ジェットとハインリヒは彼に声を掛けた。
「あ、おかえりー。早かったなぁ、もっとゆっくりしてて良かったのに」
「ご苦労さん、フランソワーズはどうした?」
「あ、いや、えと、キッチンで食料品整理してる……」
 ジョーは口ごもると、困ったように目を逸らした。よく見るとうっすらと顔が赤くなっている。その妙な態度を見て、ハインリヒは嫌な事に気がついた。
 もしかして、ジェットの足を押さえつけ圧し掛かってる姿は傍から見てると、別な事をしているように見えるのではないか…?
 一瞬後、ハインリヒはものすごい勢いでジェットの上から離れた。
「ジ…ジョー!違う!これは違うんだ」
「あのさ、別にいちゃつくなとは言わないけど、出来る事なら、その、…部屋でした方がいいと思うよ?誰が入ってくるか分からないしさ」
 ジョーは目をそらしたままそう言うと、勢い良くドアを閉めてリビングから出ていった。どうやら完璧に誤解しているようだ。
頭を掻き毟りたい衝動に駆られながら、ハインリヒはジェットに視線を移すと、彼は転がったまま笑い転げていた。
「おいこら!てめぇ笑ってるんじゃねぇぞ、ジェット!」
 ハインリヒは怒鳴りつけると、ジェットの足を蹴飛ばした。笑いの合間に、痛い、というのが聞こえたが、彼が笑い止む気配はない。頭に血が上ったハインリヒが、もう一回蹴飛ばしてやろうとすると、ジェットはごろりと転がって逃げた。
「た、確かに、あ、あの体勢だったら、ハインリヒがボク押したおしてるみたいに見えるよなー」
「確かにじゃねぇー!!どうすんだこれ!」
笑い続けるジェットの前でハインリヒは頭を抱えた。なんにしろ、完璧に誤解しているジョーをなんとかするのには時間が掛かりそうだ。こんな事になったのも、ジェットが悪い。そう結論付けたハインリヒは据わりきった目でジェットを、もう一度蹴りつけた。


 私はジェットファンなせいか、彼の足の穴が気になります。何か(虫とか)が入っちゃいそうで怖いんです。蓋を付けてあげてください、ギルモア博士。はめ込み式でいいですから。(開閉式だと不具合が起きて、開かなくなったら大変じゃないですか。暴発して足吹っ飛びそうですし)
あ、題名適当ですみません。                 望月離
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