ある一日



Written by 春日野 馨


『ただいま七津森動物公園駐車場は満車のため三時間待ちとなっております。ご迷惑をおかけいたしますがご了承を
お願いします。繰り返しお客様にご案内いたします。ただいま七津森動物公園駐車場は満車のため三時間待ちとなっ
ております。ご迷惑をおかけいたしますがご了承をお願いします』

 目の前には長蛇の車列。わたしたちはその最後尾についたところだった。

「やっぱりちょっと出かけるの遅かったかしら」
 助手席のわたしは隣の男性に声をかける。
「まぁ、ゴールデンウィークですから仕方ないですよ」
 彼はちょっと苦笑しながら、でもにっこりと笑う。

 わたしはフィリス・矢沢。海鳴大学病院の医師。
 まだ一応若手の部類なのかな?あとにはたくさん後輩たちも入ってきてわたしもチーフクラスの立場になってきたけど
……
 でも、義父さんとかのベテランって呼ばれる先生たちにはまだまだ遠く及ばない。
 それはそうよね、年季の入り方が違うもの。
 でも、わたしはわたしなりに精一杯がんばって患者さんを治したいなって思っている。
 それが、少しだけ違う生まれ方をしたわたしの望んだ道だから。

 隣でハンドルを握っているのは高町 恭也くん。
 わたしの患者さんで……わたしの一番大事な人。
 そして、わたしを夜の闇から助け出してくれた人。
 そして……一緒になるってお互いに約束をした人。

「先生……どうしましょうか?」
 運転席の恭也くんが訊く。
 そうよね、三時間待ちだなんて……今が十時半だから、順調にいっても一時過ぎちゃうし、そうなるとゆっくり園内を
見てなんていられないし……
 でも、この前リスティと賭けしちゃったのよね。動物園に行って、そこの動物を嫌がられずに抱き上げてこられれば今
までの借金を返すって。
「……うーん……どうしよう……」
 ここで帰るっていうのはリスティの軍門に下るようで癪だけど……
「先生……またという機会もありますから、今日はどこか別のところにしませんか?こんなに混んでたらゆっくりなんてで
きないですから」
「うん、そうよね……」
 うん……恭也くんのいうとおり。おたがいにお休みの取れないところを何とか時間合わせられたんだもの、やっぱり二
人っきりで楽しみたいから。
「そうね、じゃ、またの機会にしましょ。リスティに負けるのは癪だけど」
「あはは、いいじゃないですか。俺が証明しますよ」
「うん……でも癪よねぇ」
 恭也くんが軽い笑いを浮かべてくれる。
 わたしはそんな恭也くんの笑顔が好き。彼の一番良い顔って軽い笑顔だなって思ってるの。

「じゃ、どこにいきましょうか?」
「うーん、恭也くんにお任せでいい?」
「俺もそうは知らないんですけど……この前月村に教えてもらった場所があるんでそこにしましょうか?」
「どんな場所なの?」
「なにやらすごく眺めのいい場所らしいんで……大穴らしいですよ」
「うん。じゃ、そこにしましょ」
 どんな場所なんだろ、楽しみ。

 言うが早いが恭也くんは車を列から出して、山を降り始める。
 どこに行くんだろ……
 ちょっと不安だけど、でも恭也くんだからって安心もしてる。
 あ……いけない……眠くなってきちゃった……
 欠伸をかみ殺す。
 そんなわたしに恭也くんは
「先生、休んでてください。お昼までには着けると思いますから」
と言ってくれる。
「うん……ごめんなさい。ちょっと休ませてね」
とわたし。
「ごゆっくり、おやすみなさい」
 そういう恭也くんの声を聞いたあと、わたしはいつ知れず眠りに落ちていた。

「……先生、着きましたよ」
「……あ……うん……ごめんなさい。すっかり寝ちゃってた」
「お疲れだったんですよ、きっと」
「そうね……」
「それに、日ごろ見られないものも見せてもらいましたし」
恭也くんが笑う。
「あ、また寝顔見たでしょ?やだぁ〜」
 そういいながら笑ってるわたし。もう恭也くんには寝顔見られてもいいって思ってる。
 ううん、恭也くんにだから見せられるって思ってる。
 それは恭也くんだから……
 何か変な理由だけど、でもいいの。わたしがそれでいいんだから。

 車を降りて周りを眺める。
「ねぇ……ここ、どこ?」
 周りには一面水仙の花。一面なんてものじゃない。もう水仙のお花畑状態。
「冬にはスキー場になるんだそうですよ。そのゲレンデなんだそうです」
「スキー場かぁ……わたし、スキーってできないから……」
「俺も月村に教えてもらうまではこんな場所があるなんて知りませんでしたし」
「広々としてゆったりできるわね。教えてくれた月村さんに感謝しないと」
「ええ、本当にそうですね」
 そういう恭也くんもほっとしてるみたい。
 日ごろあわただしいわたしたちには本当にぴったりの場所。
 わたしは恭也くんと腕を絡めて、暫しぼおっと散策していた。

 どのくらい時間が経っただろうか、突然『ぐぅ〜』という音。
 それもわたしのおなかから……
 思わず顔が熱くなるのを感じちゃう。
 そうしたらそれが引き金になったのか、恭也くんのおなかからも同じ音がする。
 思わず二人で顔を見合わせて……吹き出しちゃった。
「ふふ、おなかすいちゃったわね」
「ええ、そうですね、ご飯にしましょうか?」
 こうやって二人でお出かけするときはお互いに交互にお弁当を作ってくる。今回はわたしの番。

 シートを広げて、お弁当を出して……
 今日のお弁当はお煮しめに厚焼き玉子とウインナー。それと別にイチゴ。あとはおにぎり。
 お互いに手を合わせて「いただきます」って挨拶をして……
「お口に合うかどうかわからないけど……」
「先生の作られたものなら何でもおいしいですよ」
なんて恭也くんったら……お世辞うまくなったんだから。
「お料理はレンちゃんや晶ちゃんには敵わないわよ、やっぱり。最近じゃなのはちゃんもじょうずになってきたんでし
ょ?」
「ええ、平気な顔して煮物作るようになって来ましたし」
「すごいですねぇ。わたしもレンちゃんと晶ちゃんに弟子入りしようかしら」
 ほとんど本気でそういうと、
「でも俺は、先生の料理が好きですから」
と、いともさりげなく恭也くんが返してくれる。
「お煮しめおいしいですよ。たけのこも柔らかいし」
「うん、喜んでもらえてうれしい」
「先生、ウインナーって必ずたこにしますよね」
「あら……いけない?かわいいでしょ」
「……そうですね、先生らしいというかなんというか」
 そんな会話をしながらお昼ご飯が進んでいく。
 先生らしいと言うのは気になるけれど、とっても幸せな時間。

 ご飯が終わってシートの上に二人で横になって……手をつなぐ。
 空がとてもきれい。
 来てよかった。
 すごく幸せ。
 恭也くんと出会えてよかった。

「ねぇ、恭也くん」
「はい?」
「空……きれいね」
「ええ……」
「……先生」
「うん」
「いい天気ですね」
「……うん」

 なんてことはない、深い意味もない、でも、確実に二人一緒にいる時間。
 そんな時間がわたしは好き。
 恭也くんと一緒のそんな時間が好き。
「ねぇ、恭也くん」
「はい……」
「あのね……大好き」
 思わず握った手に『きゅ』って力がこもる。
「……俺も大好きです」
 恭也くんも力強く握り返してくれる。
 手を通して恭也くんの気持ちが伝わってくる。
 わたしの気持ちも伝わってるかな……

 お互い忙しくて、なかなか一緒の時間なんて取れないけど……でも、気持ちはいつも一緒。
 だから、せめてこうやって一緒にいられる時間はお互いを感じていよう。
 だって、大好きだから……

 恭也くん……ありがとう。



(初出 天使のまなざし)





「とらいあんぐるハートシリーズ」目次へ戻る

「主人の書斎」目次へ戻る

店内ホールへ戻る