獅子の邂逅



Written by 春日野 馨


「シロウ?動物園とはどのようなところなのですか?」
 夕食の席、セイバー……いや、今ではアルトリアが俺に訊ねてきた。
「うーん……そうだな、いろんな珍しい動物を公園のようなところに集めて見られるようにしたところかな?」
「士郎、それって正確じゃないわよ。あのね、動物園っていうのは珍しい動物を繁殖させて種を保存することが第一の
目的なの。で……その合間を縫って見られるようにしてるってわけ」
 いつの間にか、またもうちで晩飯を食している遠坂が俺の説明を訂正する。その隣にはライダーまでもがちゃっかりと
座っていたりする。なぜかこの中で一番正座が似合うのかは……この際問題にしないでおこう。
「リン、そこには獅子もいるのでしょうか?」
「うーん、たぶんいると思うわよ。なぁに、アルったら見に行きたいの?」
「……ええ……まぁ……」
 ちょっと恥ずかしそうに答えるアルトリア。
「士郎、あなた確か次の土曜日は何もなかったわよねぇ……」
 遠坂が、口元を押さえたあの意味深な表情をしながら俺に詰め寄る。
「ん? なんで俺の名前が出てくるんだ?」
 努めて平静を装う俺。結論なんてわかっているのだけれど、遠坂にけしかけられてというのは俺のなけなしのプライド
が許さない。
「だって。ね、アル、連れて行ってもらっちゃいなさいよ」
「でもシロウにもシロウの予定が……」
「アルトリア、行ってみたいか?」
「あ……ええ……それはできれば」
「よし、決まりだ。次の土曜日に行こう」
 それを聞いたアルトリアの表情が、瞬時にパッと明るくなる。
「シロウ、いいのですか!? 本当に良いのですか?」
「ああ、構わないよ。なんたってアルトリアと一緒なんだしな」
 ここまで来てようやく、見事に遠坂の策略に載せられたことに気づいたが、そんなことはどうでもよかった。
 俺にとって、アルトリアと一緒に動物園に行くという事が一番の大事なのだから。

 そんな会話を聞きつけたのか、先に食事を済ませ庭に出ていたイリヤから
「あ〜あたしも行きたいよー」
と不満の声が上がった。
 が、
「あのね、イリア、そういうことをすると馬に蹴られちゃうんだよ」
「ふ〜ん、リン、それってどうしてなの?」
「日本ではね、昔からそういうの」
「ふ〜ん……そうなんだ」
「……そんな馬くらい私が乗りこなしますが」
 ライダーがお茶をすすりながら何事もなかったかのように呟いたのは……聞かなかったことにしておいたほうがいい
んだよな、きっと。

「シロウ、すごい人ですね」
「ああ……俺もこんなだとは思わなかった」
 驚いたようにアルトリアが言う。日も悪かったかのかもしれない。ゴールデンウィークの真っ只中。混むなと言う方が無
理だろう。駐車場は三時間待ちだとか。つくづくバスで来てよかったと思う。
「アルトリア、手を離すなよ。もし逸れたらなかなか会えなくなっちまうから」
 俺がそう言うと、アルトリアはにっこり笑って俺の左手に腕を絡めてきた。
「シロウ、大丈夫ですよ。こうすれば離れることはありません」
「……それ、誰に教えてもらったんだ?」
「リンからですが? 『好きあっている者同士は、人ごみの中で離れ離れにならないようにこうやって歩くものだ』と教えら
れました。何か不都合でも?」
「……あ、うん……まぁその……」
 不都合なんて、ないといえばないがあるといえばある。
 いや、大ありだ。
 アルトリアと一緒にいるというだけでただでさえも目立つというのに、腕をしっかりと組まれて歩こうものなら周囲の羨
望を一身に浴びるであろうことは想像に難くない。
 俺としてはせいぜい手をつないでと思っていたのだが……
 遠坂……恨むぞ……
 いや、感謝するべきなのかもしれないけどさ……

 それから約二時間、俺とアルトリアは動物園の中を歩き回った。
 アルトリアは、カンガルー舎では育児嚢から顔を出した子供に大喜びし、ホッキョクグマ舎では水の中に入ったときの
動きに感心し、ゾウの巨大さに驚いたりもした。猛獣舎にある「ヒトの檻」の前では二人で入って、通りがかったスタッフ
に写真を撮ってもらったりした。
 また、爬虫類館に入ったときに俺の後ろに隠れて覗き込むように見ていたのがやっぱり女の子なんだなと思わせてく
れたりもした。
「エクスカリバーを取れば無敵のセイバーにも弱点があったんだなぁ」
 俺が笑って言うと
「……わたしにだって苦手なものはあります。それがたまたまヘビとかトカゲだったというだけですから」
 ちょっぴり口を尖らせて膨れっ面をしながら反論するアルトリア。

 最近、アルトリアはよくこんな表情をしてくれる。
 そのたびに俺はどきりとさせられてしまうのだ。
 遠坂に言わせれば
「そんな表情ができるのは、きっとアルのセイバーとしての精神的な制約がだんだん外れてきているからよ」
ということなのだそうだが、俺としてはセイバーの時の凛々しさもいいと思うし、今のアルトリアの表情もいいと思ってしま
う。
 俺って優柔不断なのだろうか……

 休憩がてら寄った広場で、放し飼いにされていたウサギと戯れるアルトリアを見ていると、
『あぁ、やっぱり女の子なんだな……』
と改めて実感してしまう。
 今でも剣を取らせたら、俺とか藤ねえよりもアルトリアのほうがはるかに強い。
 でも、以前アルトリアがセイバーだった時のあのぴりぴりした感じはだいぶ薄れてきたように感じる。
 何せ、あのころのアルトリアは常に緊張の塊だったようなものだから。
 だからこそ今のアルトリアを愛しいと思うし、護りたいと思う。
 それが俺のもとに戻ってきてくれたアルトリアへの正直な気持ちだから。

 弁当を食べ、園内をもう一周してライオン舎の前に来たときだった。
「……子供はいないんでしょうか?」
 アルトリアがそうつぶやいた。
 言われてみると確かにそうだ。オスとメスとは別々の檻に入れられてしまっている。
 根が優しいアルトリアとしては、それがさびしかったのだろう。
 俺の左腕に回されたアルトリアの右腕に、わずかだが力が入ったのがわかる。
「さぁ、シロウ、次に行きましょうか?」
 何事もなかったかのように言うアルトリア。
 そんなに強がる必要なんてもう無いんだと言いたかった。
 その言葉が喉まででかかった。
 でも言えなかった。
 言ってしまったら、アルトリアの気持ちを無にしてしまいそうだったから。

 閉園まではちょっと早いが、混雑しないうちにということで俺たちは帰ることにした。
 出口に向って歩いていたアルトリアの足がふと止まる。
「どうした?」
 アルトリアは黙ってとある方向を見ていた。
 気になった俺がその視線の先をたどると……アルトリアは売店のぬいぐるみを見つめていた。
 中でも一身に注目を浴びるのは……ライオンの子供のぬいぐるみ。
 肩に乗せたらちょうどいいくらいの大きさだった。
「……欲しいのか?」
「え、いえ、あ、あの」
 真っ赤になったアルトリアが、あわてて何か言おうとする。
 遠慮なんてしなくていいっていつも言ってるけれど、アルトリアとしてはそうもいかないらしい。
「俺も欲しいものあるしさ、一緒に行こうよ」
「は、はい!」
 売店の前でのアルトリアは、それはもう女の子だった。
 どの子が一番可愛いか必死になって比べている。
 不謹慎にも俺は、その真剣さは剣を取ったとき以上かもしれないなどと思ってしまった。
 そして、その視線が一頭のぬいぐるみで止まった。
「決まったか?」
「……」
 無言で俺を見上げるアルトリア。悪いことをしてしまったような、そんな表情をしている。
「この子がいいんだろ」
「……はい」
 俺は店員さんに告げる。
「この子、いただけますか?」
「はい、ありがとうございます」
「あ……できれば抱いていきたいんですけど」
「はい、かしこまりました」

 代金を支払って、俺はその子をアルトリアの肩に乗せる。
「ほら、こうしたかったんじゃないのか?」
「……はいっ」
 うれしそうにライオンのぬいぐるみに頬ずりするアルトリア。
「シロウ、この子に名前をつけてもいいですか?」
「かまわないぞ。なんてつけるんだ?」
「『シロウ』ってつけたいんですが」
「おい、それじゃ俺はぬいぐるみと一緒か?」
「いいえ、わたしにとって一番大事だからですよ」

 そういって、アルトリアは笑顔で俺のほうを向いて言った。
 ちょっと頬を赤らめながら。
「シロウ、ありがとう。大好きです」
「どういたしまして。じゃ……帰るか」
 再度絡められた腕の感触を味わいながら、俺はまた頬が熱くなるのを感じていた。

 何の変哲も無いゴールデンウィークの動物園での一日。
 でも俺はアルトリアのアルトリアらしいところを新たに見つけられたような気がしていた。

「楽しかったか?」
「ええ、とっても楽しかったです。また来たいです」
「あぁ……そうだな。また来ような」

 俺とアルトリアは腕を組んだままバス停に向った。
 お互いそうするのが自然だというふうに……
 もう気恥ずかしさなんて感じない。
 教えてくれた遠坂に感謝しないとな。ふとそんなことを思っていた。



(初出 Fate/the pouit dream)





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