Written by 春日野 馨
*第九七管理外世界 地球 海鳴市 月村邸
渡航管理部に依頼して転送ポートを使わせてもらうことができた私はミッドチルダの地上本部から本局、そこで手続
きを済ませると中継ポートを二つ経由。そうして目的地の転送ポートに到着した。
「いらっしゃいませ、シャマルさま」
「シャマルさん、いらっしゃい」
「いらっしゃいませ。シャマルさん」
「すずかちゃん、先日といい今日といい度々使わせていただいてすみません。アリサちゃん、ファリンさん、ご無沙汰し
てます」
海鳴の転送ポートの一つは月村邸の庭園内に設定されている。先にメールで連絡していたからだろうか、ポートの前
では現地の民間協力者ではやてちゃんたちの十年来の親友、月村すずかちゃんにアリサ・バニングスちゃん、すずか ちゃんお付きのメイドさん、ファリンさんが出迎えてくれた。
「いいえ、便利に使っていただけて皆さんのお役に立てるならわたしも嬉しいですから。はやてちゃんになのはちゃん、
フェイトちゃんや皆さんはお元気ですか?」
「ええ、おかげさまで。ありがとうございます」
「いえいえ、シャマルさんもお忙しいでしょうし、本当ならなのはやフェイト、はやてがもっとこっちに来れればいいんです
けれどね」
「……アリサちゃん、皆さんお仕事もあるのにそれはちょっと……」
「解ってるわよ、すずか。ちょっと云ってみただけなんだから。シャマルさんは今日はお仕事でこちらにいらしたんです
か?」
ふふ、アリサちゃんは相変わらず。心配なのに心配していない振りをしちゃって。性格的にはティアナにちょっと似て
いるのかしら。
「いいえ、ちょっとした休暇がてらの私用です。明日には戻らないといけないんですけれど」
「お仕事、相変わらずお忙しいんですよね」
「そうなんですよ。あんまり忙しくないほうがいい仕事なんですけれど」
「そうですよねえ。わたしもそう思います。お忙しくないほうが平和な証拠ですものね」
「……あたしもそう思う……正直な話、こっちでも警察さんや消防さんは暇なほうがいいものねぇ」
すずかちゃんとアリサちゃんがしみじみと語る。
「……あの、すずかお嬢さま、アリサお嬢さま……その、立ち話もなんですので」
「あ、ごめんなさい。わたしったらつい話に夢中になっちゃいました。いつまでも立ち話もなんですよね。中へどうぞ。ファ
リン、ご案内して」
「はい、かしこまりました。シャマルさま、こちらへどうぞ」
すずかちゃんの言葉に一礼したファリンさんが中に案内してくれる。私の後にはすずかちゃんとアリサちゃん。そして
通されたのは応接室。私もはやてちゃんと何度かお邪魔しているけれどここは初めて。
一目で年代ものと判る調度品が置かれていて、丁度聖王教会の騎士カリムの執務室みたいな感じ。とは云ってもあ
ちらはお仕事の部屋でこちらは普通のお宅の部屋だからその辺の雰囲気は決定的に違うけれど。
「すみません。ファリンに云われるまで気づかなかったなんて。今、お茶を淹れさせますね。ファリン、お願いね」
「はい、かしこまりました。では少々失礼致します。どうぞごゆっくり」
ファリンさんがお茶の準備のために一旦下がる。
「そういえばシャマルさんがお一人でいらしたのって初めてでしたよね」
「そうそう。いつもははやてと一緒だったから、あたし、何となく緊張しちゃうかも」
「ええ。いつもは大所帯でお邪魔することばかりでご迷惑をお掛けしまして」
「いえいえ、迷惑なんてちっともそんなことはないんですよ。わたしははやてちゃんだけじゃなくて皆さんとも仲良くさせて
頂けて、こうやってお会いできて嬉しいなって思います」
「それはあたしも全く同感だわね。おかげさまで世の中にはいろんな世界があって、それぞれいろんな生活があってい
ろんな考え方があるんだって気づけたから」
「お礼を云わなくちゃいけないのは此方の方です。今のはやてちゃんや私たちがあるのもお二人のおかげだと思います
から」
「それじゃあお互い様ということではいかがですか?このままだと盛大な恐縮大会になっちゃいそうですし」
「そうね、それがいいかも。すずか、さすがね」
「ふふっ、ありがとうございます」
こういうところが優しいすずかちゃん。そしてすずかちゃんといいコンビのアリサちゃん。変わらないな。
『こんこん』というノックの音がしてドアが開くとファリンさんがワゴンを押して入って来る。
「失礼致します。お茶をお持ちしました」
「ありがとう、ファリン」
「ありがとうございます」
「ファリン、いつもありがとうね」
ワゴンの上には調度品に負けないくらいに瀟洒なティーセットとお茶請けのクッキー。
「お待たせ致しました、シャマルさま、どうぞ」
「ありがとうございます」
ファリンさんが優雅な手つきでポットからお茶を注いでくれる。紅茶のいい香りが部屋に満ちていく。
「アリサお嬢さま、どうぞ」
「ありがとうね。ファリンはお茶を淹れるのがとっても上手だものね」
「いえ、滅相もございません」
「ふふ、ファリンの目標はノエルなのよね」
「すずかお嬢さま、それはくれぐれもご内密にと……」
頬をちょっと紅くしながらすずかちゃんにお茶を給仕するファリンさん。何だかとっても可愛らしい。そう云われてみる
と、ファリンさんの話し方が何となくノエルさん風になっているみたい。
「ファリンさんは他の誰でもなくてファリンさん自身なんですから、ご自身を素直に出しちゃってもいいと私は思いますよ。
ファリンさんのいいところ、たっくさんあるんですから」
「あの……そんな……恥ずかしいです……」
私の言葉にますます紅くなるファリンさん。やっぱり可愛らしい。語尾にハートマークつけちゃいたいくらい。
「クッキーもファリンの手作りなんですよ。ノエル直伝のレシピだそうです」
「ノエルさんのとはちょっと違ったアレンジになっているのよね」
「美味しそうですね。では一つ頂戴しますね」
クッキーを一つ摘んで口に入れる。
バタークッキーベースなのだろうか、ややしっとりとした感じなのに口に入れると『さくっ』とした歯応え。紅茶の香りと味
を殺さないように甘さを控えめにして素材の風味を生かした感じがとても心地いい。
「……はぁぁ〜……」
「あの……シャマルさま……お口に合いませんでしたでしょうか?」
「ううん、美味しくてすっごく幸せですよ。お茶とのバランスがぴったりです。レシピ、教えていただけないかしら」
「……ありがとうございます。それでは後ほどプリントで差し上げます」
そして、しばしの雑談。
「そういえばなのはちゃん、ママになったんですよね。ヴィヴィオちゃんでしたっけ、可愛いですよねえ。お会いしたらわ
たしたち、なんて呼ばれちゃうのかしら」
「ええ、来年から小学校ですね。丁度可愛い盛りですよ」
「いいところ『おばちゃん』くらいじゃないの?」
「えっ?わたしたち、まだ大学生なんですよ?アリサちゃん」
「あら、呼ばれ方には年齢は関係ないと思うわよ。それにすずかはヴィヴィオちゃんにとっては名実共に『おばちゃん』
でしょうに。この前忍さんたちが帰ってきたときに雫ちゃんに『すずかおばちゃん♪』って呼ばれて『はにゃ〜〜っ』って 悶えてたって聞いたわよ」
「アリサちゃんひどいですわ。どこからそんな話を?」
「ふふんっ。あたしの情報網を甘く見るんじゃないわよ」
「もうっ、アリサちゃんったら。……でもなのはちゃんもママなんですね。時間が経つのって本当にあっという間ですよ
ね」
「そうですね。私たちがお二人に初めてお会いしてからでももう十年近くですものね。すずかちゃんもアリサちゃんもなの
はちゃんに負けない可愛らしいママになれると思いますよ」
「……その前に相手を見つけなくちゃいけないって云うのはさておいて、ね」
「そうなんですよねえ。こればっかりは本当に自由になりませんし……」
「そんなことはないと思いますよ。すずかちゃんもアリサちゃんも本当に美人さんですから」
「すずかが美人と云うのは間違いないけれど、あたしが美人と云うのはちょっと定義から外れていると思うわ。こんなに
可愛げないのに」
「アリサちゃん、そんなことないわよ。アリサちゃんはわたし以上に美人で可愛いなって思うもの。大学でも引く手数多だ
って聞いてるわよ」
「……あたしは簡単に云い寄ってくるような男には興味ないから。って、そう云うすずかはどうなのよ。今年の大学祭で
は並み居る先輩を蹴落として『ミス工学部』だったって聞いてるからね」
「あれは……わたしの知らない間に勝手に応募されて、いつの間にかそうなっていただけで……」
恥ずかしそうに紅くなるすずかちゃん。
「ふふっ、お二人とも大学では思い切り目を引く美人さんということですね」
「まあ、すずかもあたしもさっさとなのはに先を越された所詮『売れ残り組』ということですけれどね」
「あの、『売れ残り組』って……わたし、思い切り敗北感を感じます」
そう云いながらも明るく笑うすずかちゃんとアリサちゃん。
「……あの、不躾で失礼しますけれど、シャマルさん、何か気にされていらっしゃること、ありませんか?」
「え?そんなことないですけれど」
そんな会話を断ち切るかのような突然のすずかちゃんの言葉にドキッとする私。
「うんうん、あたしもそれは感じるわ。ほんのちょっとですけれど眉間に縦線が見え隠れしてますから。もしかしてなのは
関係のことですか?」
「……お二人には隠し事は出来ませんね。ええ、なのはちゃんのことなんです」
「よかったらお話していただけませんか?わたしたちでお役に立てるかどうか判りませんけれど、話すだけでも楽になる
事もありますから。ね、いいわよね、アリサちゃん」
「すずかは本当に優しいわよねぇ。まっ、そこがすずかのいいところなんだけど」
にっこり笑ってウインクするアリサちゃん。
「……これからお話しすることはお二人の心の中だけに留めて置いていただけますか?」
「はい」
「ええ」
「では、お話しします。二か月ちょっと前のことなんですが……」
そして私はJS事件の時のなのはちゃんのことを掻い摘んで話した。
文字通り獅子奮迅の働きの反動がダメージとなって確実になのはちゃんの身体に蓄積していること。治療のために
長期休養を勧めたけれどそれを拒否されたこと。仕事を続けながら治していくと宣言したこと。後輩たちやヴィヴィオの ためにも飛び続けていきたいと云った事……
もちろん部外秘な事は云えないけれども、それでも二人に概要がわかるように。
「そんなことが……でもなのはらしいな。なのはは昔から一本気で頑固で意固地だから。今でも『突撃ロケット娘』なの
ねえ」
「……そうですね……周りに気を使いすぎちゃうのも変わっていませんね」
「……あのね、すずか、あのこと、あたしたちの出会いのこと、話しちゃってもいいかしら?」
「アリサちゃん……私もそれをお話しようと思っていましたから」
「……ありがとうございます」
「なのはとあたしたちは小学校に入学してからすぐの親友なんです」
「ええ、その頃わたしは本当に内気で引込思案で誰とも仲良くなれなくて一人だったんです。そうしたらなのはちゃんが
『お友達になろう』って声をかけてくれて、それからなのはちゃんとわたしはお友達になったんです」
「で、あたしがすずかやなのはと仲良くなったのはそのちょっと後でした。その頃のあたしは自信家で我儘で強がりでク
ラスメートをからかって見下して優越感に浸ってて、それを注意されても止めようとしない、そんな弱くて我ながら最低な 子だったんです。……その日もあたしはすずかの髪留めを取り上げてからかっていました。返してって云われたのに返 さずに。何度かなのはに注意されていたのに」
アリサちゃんはお茶を一口飲むと続ける。
「そうしたらなのはにいきなり平手打ちをもらったんです。その後『痛い?でも大事なものを取られちゃった人の心はそ
れよりもっと痛いんだよ』って云われて……それから取っ組み合いの喧嘩になりました。そんな喧嘩に泣きながら割って 入って止めてくれたのが内気で引込思案なはずのすずかだったんです」
「だって、わたし、必死だったんですよ。それにあれはわたしも悪かったんです。『大事なものだから返して』ってはっきり
云えなかったんですから。その後、三人で先生に沢山叱られたんですよね。アリサちゃんとなのはちゃんはお父様まで 学校に呼び出されて」
「それから少しずつあたしはすずかとなのはと話をするようになったんです」
「そうだったんですか……」
「なのはは人と付き合うにも自分の夢にも本当に真っ直ぐで……そんななのはが眩しくて、なのはと友達になったすず
かが羨ましかったんだと思います」
「でも、それからも何度も喧嘩しているんですよね、アリサちゃんとなのはちゃんは。一番派手だったのは三年生の秋の
あれでしたっけ?」
「あれは、なのはが悩んでいるのが判って、あたしはなのはの力になれないのを判ってて、なのはは他人に心配を掛け
たくない子だから自分で抱え込もうとして、それでもあたしはなのはの力になりたくて、そんなふうにお互いの気持ちが すれ違っちゃったんです。あたしもこの通り頑固で意固地な性格ですからお互いに口もきかないほどの喧嘩になっちゃ って……けれど、その時もすずかが助けてくれました。待つしか出来ないんだったらとことん待ってあげればいいんじゃ ないか。待っててあげて『おかえり』って迎えてあげるのも友達だって」
「あれはアリサちゃんが自分で結論を出しちゃっていたんですよ。わたしはただそれを後押ししただけです」
「それでもすずかの後押しがなければ、あたしは踏ん切りもつかずに悶々としていたと思うから」
「そうですか……」
「だから今のなのはの気持ちも解ります。母親になって、育てる後輩がいて、その全部に真っ直ぐに向かっているんだ
と思います。なのははどれが重要かとか優先順位なんて考えないんです。全部同時に全部一所懸命にしちゃうんです。 でもそれを気にして欲しくないって考えちゃうんです」
「だから無理をしちゃうのよね、なのはちゃんは。わたしたちと一緒の時でもそうでしたから」
「無理を無理とも思わないんです、なのはって。あの子の辞書には『無理』って言葉が無いんです。自分がやらなくちゃ
いけないことだから、自分のことなんてお構いなしにいつでもどこでもどんなことにも『全力全開』でぶつかっていく。あた しはそんななのはが危なっかしくて時々見ていられなくなっちゃう。でも見ずにはいられない、ううん、見届けなくちゃいけ ない。それがあたしにとってのなのはなんだって思います」
「わたしもアリサちゃんの云うとおりだと思います。なのはちゃん、目の前に何か大きな事が立ち塞がると、時々どこか
遠くに飛んで行きそうな目をしちゃうんです。良い方に解釈すれば、あれってなのはちゃんなりの決意の表現なんでしょ うけれど……今でも充分すぎるくらい遠いところです。でもメールや電話で連絡は取れますし時々会うこともできます。 でも、わたしはなのはちゃんにこれ以上遠くに行って欲しくないんです。なのはちゃんが帰ってきたら『おかえり』って迎 えてあげたいんです」
「それはあたしも一緒。なのはが魔法と出会って管理局でお仕事をするようになって、心配していないって云ったら嘘に
なります。でもなのはが自分で考えて選んだなのはの道ですからあたしたちは応援したいって思ってます」
あぁ、すずかちゃんとアリサちゃんは本当になのはちゃんが好きなんだ。ずっと一緒に居たいんだ。
「あの、これはなのはちゃんに口止めされている話なんですけれど……なのはちゃんのお家、大変だったことがあるん
だそうです。お父様がお仕事で大怪我をされた時があって、お母様が看病とお店の切り盛りをされてお兄様がお店の お手伝いに付きっ切り。お姉様も看病と家事に学校の掛け持ち。なのはちゃん、まだ小さかったのに誰もいないお家で 一人だったそうなんです」
「あたしも聞いた話ですけれど、その時、翠屋さんは本当に危ないところだったって……そういう寂しさを知ってるから、
護りたいものを『全力全開』で護ろうとしちゃうんだと思います。なのはは本当に優しいから『全力全開』でぶつかって、 『全力全開』で護って……本当に不器用なんだから……なのはは……いつまで『突撃ロケット娘』で居続けているのよ ……」
そうなんだ……私の休養の勧めに対して、育てる事、護る事に拘ったのはそういうことがあったから。自分と同じ思い
をして欲しくないから。
「あの、シャマルさん、なのはちゃんをよろしくお願いします」
「どうしても云うことを聞かなかったら、その時はあたしたちに連絡してください。あたしたちで何とかできるかわかりませ
んけれど、でも、友達としてできる限りのことをしますから」
「……ありがとうございます」
私は自然と二人に頭を下げていた。
暫しの沈黙が応接室を満たす。その沈黙を破るようにノックの音がした。
「アリサお嬢さま、すずかお嬢さま、そろそろ学校にお出かけのお時間です」
タイミングを計っていたのだろうか、ファリンさんが応接室に入ってきた。
「そうね。ファリン、ありがとう」
「あたしったら、時間忘れちゃっていたみたい。ありがとうね」
「すみません、お忙しいところにお邪魔しちゃいまして」
「いいえ、お気になさらないでください。ファリン、車の準備をしてくれるかしら」
「はい、準備は出来ております」
「シャマルさんはこれからどちらにおいでですか?」
「ええ、桜台の公園に寄ってから大学病院の予定です」
「それでしたら途中までになりますけれどお送りいたします。ファリン、お願いね」
「はい、かしこまりました。すずかお嬢さま」
「重ね重ねありがとうございます」
すずかちゃん、アリサちゃんと一緒に車に乗り込む。
運転はファリンさん。助手席にすずかちゃん、運転席の後ろが私で隣にアリサちゃん。
四人の乗った車は月村邸を滑るように出発した。
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