シャマルの休日

Chapter 1



Written by 春日野 馨


*ミッドチルダ地上 時空管理局古代遺物管理部機動六課隊舎
 午前六時半、目覚まし時計がなる前に目が覚める。いい傾向かしら。慣れちゃっただけなのかもしれないけれど。
 ベッドから降りてカーテンを開ける。今日もいい天気。『世界はおおむね平和』というところ。まぁ、私たち局員が忙しい
のも困るのよね。私たちは暇なほうが世の中は平和なんだから。
 ……とはいうものの、慢性人手不足の時空管理局としては『他人が暇なときは忙しくて、他人が忙しいときはもっと忙
しい』という摩訶不思議な組織だったりする。
 私、シャマル。公式書類ではシャマル八神。時空管理局本局古代遺物管理部機動六課主任医務官。やたら長い肩
書きだけどこれも巨大な組織だから仕方ないのかも。機動六課のみんなは私が医務官だということもあって『シャマル
先生』と呼んでくれる。
 十年くらい前まで私は『夜天の書』、別名『闇の書』と呼ばれる魔導書の一部だった。ううん、『私は』じゃなくて『私たち
は』よね。私たちは夜天の書の守護騎士・ヴォルケンリッターとして主に仕える身。それが変わったのははやてちゃん
が夜天の書の最後の主となって、夜天の書に『祝福の風』『リィンフォース』という名をつけてから。
 それから悲しい別離と新しい邂逅があって、名実共にはやてちゃんを家長とする八神家の一員として、そして時空管
理局の上司と部下として今まで生き永らえている。
 その辺の話は話すと長くなるのでまた後日お話しする事にするけれど。
 とにもかくにも今日も新しい一日が始まる。

「シャマル先生、おはようございます」
「シャマルせんせい、おはようございます」
「おはようございます。シャマル先生」
「なのはちゃん、ヴィヴィオ、フェイトちゃん、おはようございます」
「はい」
「はい♪」
「ありがとうございます♪」
 午前七時。食堂前で白と青を基調とした教導隊制服の女性士官、『Ace of Ace』の二つ名を持つ高町なのは主任
教導官兼スターズ分隊長と彼女に手を引かれた虹彩異色の女の子、高町ヴィヴィオ、そして機動六課の切り札のもう
一枚、フェイト・テスタロッサ・ハラオウン主任執務官兼ライトニング分隊長と朝の挨拶を交わす。
 JS事件以前に機動六課に保護されたヴィヴィオはなのはちゃんが保護責任者として面倒を見ていたのだけれど、そ
れからいろいろあって、なのはちゃんは事件後に彼女を正式に養子にした。
 以前からヴィヴィオはなのはちゃんに特に懐いていたのだけれど、正式に親子となってからは更に仲が良くなった。な
のはちゃんは、優しくでもちょっと厳しくヴィヴィオを育てている。フェイトちゃんは二人の後見人として、そしてヴィヴィオ
のもう一人のママとして二人に関っている。
 ヴィヴィオはそんな二人のママの愛情を受けて素直に真っ直ぐに育っている。
「シャマル先生、今日明日はお休みなんでしたっけ?」
「ええ、久しぶりですね。ここは困った患者さんがばっかりだからなかなかお休みなんて取れなくて……」
「えへへ……すみません」
「『えへへ』じゃないよ、なのは。シャマル先生はなのはのことを本当に心配してくれているんだから」
「なのはママ、こまったかんじゃさんでシャマルせんせいにめいわくかけちゃだめ。ね〜フェイトママ」
 私のちょっぴり皮肉を込めた答えに加えてヴィヴィオとフェイトちゃんの言葉になのはちゃんは苦笑いを浮かべる。
「わたし、そういうの苦手なんだけど」
「苦手って、なのはは自分のことを棚に上げて人のことを心配ばっかりするけれど、ちゃんと自分のことを心配しなくち
ゃ駄目なんだからね。これは友達としての忠告」
「なのはママ、すききらいしてちゃいけません。おおきくなれないんだからね」
「はぁい、ごめんなさい、ヴィヴィオ」
「ふふ、そうだよ、なのは」
「ふふっ、ヴィヴィオの云うとおりですね、なのはちゃん」
 ヴィヴィオの一言で周りが明るい笑いに包まれる。

 なのはちゃんのそんな様子を見て、私は先日の出来事を思い出していた。
『落ちてから後悔しても遅いとよく云われますけれど、そもそもずっと飛び続けていることはできないのですから飛ぶこと
をやめるときまで何を残せるかだと思うんです。それにあの子たちにはまだまだ伝えたいことがありますし、何よりもわ
たしにはヴィヴィオがいます。わたしは落ちませんよ。あの子を泣かせるわけにはいきませんから』
 JS事件が終結して二か月後、十一月の定期検診後、私の長期休養の勧めにそう答えて現役を続けることを選んだ
彼女。
 飛び続けること、後進を育てること、そしてヴィヴィオを護り育て一緒に居続けることを選んだ。
 そして後進に何かを伝えるというそのときの言葉通り、日々の教導にもますます気合が入ってきた。
フォワードメンバーの四人も必死にそれに喰らいついている。そんな教え子たちの反応になのはちゃんはこれ以上はな
いほど嬉しそうな表情を隠そうとしない。
 でも、私には彼女が急ぎすぎているような気がしてならない。
 はやてちゃんも急いでいる感じはするのだけれど、それとは違った感じの急ぎ方。
 私が医者としてそんな彼女にできることは何なのだろう。
 彼女を見ながらそう考えずにはいられない。
 医者というのはどうしてこんなに無力なのだろうか……と。

 カウンターで朝食のトレイを受け取っていつものテーブルに着くとそこにはすでにはやてちゃんとヴォルケンリッターた
ちが勢揃いしている。
「おはようございます、はやてちゃん、みんな」
「シャマル、おはようさん」
「おはようございますですぅ」
「おっす、シャマル」
「おはよう」
「おはよう、シャマル。この休みは何か予定でもあるのか?」
「そうねぇ……ちょっとお出かけしてこようかしら」
「そらええわ〜。シャマルはここ最近ずぅっと働き詰めやったからなぁ。気分転換してくるとええよ」
「主はやての云うとおりだ。働き詰めは良くないからな。『医者の不養生』などということになったら本気で洒落にならん」
「そうですぅ。ゆっくりしてくるのがいいとリィンも思いますです」
「ふふっ、それではお仕事を忘れてゆっくりさせてもらいますね」
「フォワードメンバーのことはあたしらに任せておけ。擦り剥いたくらいで滑ったの転んだの云いやがったらグラーフアイ
ゼンで性根ごとぶっ叩いてやる」
 ヴィータちゃんのその一言が聞こえたのだろうか、近くにテーブルで食事中のフォワードメンバー四人の顔から一瞬で
血の気が引いたのが見て取れる。今日は日頃以上に厳しい訓練になりそうね、私はふとそう思う。
「ヴィータ、その発言は教導担当として不適当ではないか」
「そんなことねぇ。そもそもその程度で訓練放棄するような柔な連中には育ててないってことだ」
「まぁそういうことにしといたろうかな。でも無茶させちゃあかんよ、ヴィータ」
「……あたしは別に無茶なんてさせてない。あいつらに生傷が絶えないのは、なのはが滅茶苦茶ハードな訓練メニュー
をにっこり笑ってやらせてるせいだ」
「ふふっ」
「ふふふ、そうかもしれんなぁ。でもわたしはみんな本当に強うなった思うよ」
「リィンもそう思いますですぅ」
「確かにな。それにしてもフォワード全員、春と比べたら別人のようになったな」
「そやな。ヴィータ、おおきに。ありがとうな」
「……別に礼なんていらねえよ。当たり前のことだし……」
 そんな会話をよそにザフィーラは無言で朝食を摂り続けている。
 ザフィーラが無口なのは相変わらず。まぁ、狼形態なら尚更無口のほうが都合がいいかもしれないわね。事実、ザフィ
ーラがしゃべることができると知らなかった子もいたことだし。

 朝食が済んで一旦部屋に戻ると、私はお出かけの準備を始める。
 どこに行こうかな。出かけるなんて考えてもいなかったのだけれど公言してしまったことだし、せっかくの連休、ちょっと
遠出したいかな……そんなことを考えていたとき、テーブル上のフォトスタンドがふと目に入った。
 はやてちゃんと私たちの集合写真。
 季節は夏。リィンフォース・アインスの何度目かの月命日に、はやてちゃんが車椅子から降りられるようになった報告
に行ったとき、はやてちゃんと私たちヴォルケンリッターで撮った写真だ。
 私はカレンダーに目を移す。そうだ。今日はリィンフォース・アインスの月命日なんだ。
 行く先は決まった。
 私は通信端末を開くとIDを打ち込む。
「はい、こちら時空管理局本局渡航管理部です」
「お忙しいところを恐れ入ります。古代遺物管理部機動六課主任医務官のシャマル八神と申しますが、渡航管理三課
をお願いします」
「はい、渡航管理三課ですね。少々お待ちください」
 交換オペレーターが通信を繋いでくれる。
「はい、管理三課ローヴァーです。って、シャマル先生?」
「お久しぶり。ローヴァーさん。元気だった?」
「はい、ご無沙汰してます。シャマル先生もお変わりないご様子で何よりです。機動六課の大活躍は本局でもすごい話
題になってますよ。ところで今日はいかがされました?」
 通信に出たのは私が本局に居た時に仲良くしていたローヴァー渡航管理官。
 彼女がちょっと体調を崩したときに私が診たのがご縁で、それから仲良くさせてもらっている。
「あのね、一つお願いがあるんだけど、管理外世界へ行くのに転送ポートを使わせてもらいたいの。実はお仕事じゃな
いんだけど」
「はい、大丈夫ですよ。管理外世界だと次元航行船の通っていないところですしね。で、行く先はどちらですか?」
「第九七管理外世界なの。ちょっとした里帰りみたいなものかしら」
「はい、諒解です。では一旦本局までご足労ください。そこで渡航書類を提出していただければ問題なくポートを使えま
すよ」
「助かります、ローヴァーさん。じゃ、後ほどお邪魔しますね」
「はい、シャマル先生、お待ちしています。それでは後ほど」
 やっぱり『持つべきものはコネと人脈』。って、機動六課自体が『コネと人脈』の塊のような部署だから余計にそう感じ
るのかしら。でも本当に助かっちゃった。

 向こうはもう秋も終わりの頃かしら。そんなことを思いながらワードローブの中から秋向きのスーツと軽めのコートを取
り出して着替える。そうして姿見の前に立って身嗜みのチェック。うん、秋らしくていい感じ。あとはお化粧道具やちょっ
とした着替えを入れた小ぶりの旅行鞄と小さなポシェットを持って準備完了。
 隊舎のエントランスまで来ると、部隊の公用車が止まっている。外出だろうか、マリーさんとシャーリーが車に乗ろうと
していた。
「あら、シャマル先生、お出かけですか?」
「ええ、ちょっと、ね」
「よろしかったら乗っていかれます?デバイスのパーツ調達にシャーリーとちょうど地上本部まで行くところなんです」
「あら、じゃ、お言葉に甘えちゃおうかしら。ありがとう」
 せっかくの申し出だし、遠慮なくお世話になることにした私はリアシートに乗り込む。みんながシートベルトを締めて準
備完了。それを確認したマリーさんが車を出す。
 マリーさん、マリエル技官は本局第四技術部の敏腕技術者で機動六課に出向中。シャーリーはもともとフェイトちゃん
の補佐官でその縁があって機動六課の主任オペレーター兼デバイス担当をしている。姉妹というか師弟というかそんな
間柄。並ぶと姉妹と云われても全く違和感を感じない。二人にはみんながデバイスの製作やメンテナンスでお世話にな
っている。機動六課に欠かせない二人。
 隊舎入口の警備詰所にシャーリーが軽く手を上げて通過していく。
「シャマル先生はどちらまでなんですか?」
「私も地上本部までなの。で、そこから本局へ」
「じゃあかなりの遠出ですね。楽しんでいらしてくださいね」
「ええ、マリーさんとシャーリーはお休みの予定なんてないの?」
「わたしはデバイスを弄っていられたらそれで幸せですから」
「私もかなぁ。デバイスを弄っていないときはフェイトさんのお手伝いかオペレーションルーム詰めです」
「二人らしいわね。あっ、悪い意味なんかじゃないわよ」
「くすっ、はい、ちゃんとわかってますよ。ねぇ、シャーリー」
「でも、もうちょっと暇になって欲しいかなぁ、私は。これでもJS事件の解決前よりは暇になったんですけれどね」

 隊舎を出発した車は中央高速線のランプを上がっていく。
「あの……シャマル先生?」
「なぁに?」
「もし違っていたらごめんなさい。最近、シャマル先生、ちょっと悩んでいらっしゃるんじゃないですか?」
 え?いきなりど真ん中ストレート?どうしよう……誤魔化すこともできるけれど、でもマリーさんは心配して云ってくれた
んだろうし、ちゃんと答えないと駄目よね。
「……やっぱりわかっちゃうかしら?」
「う〜ん、誰にでもっていうことはないと思いますけれど、わたしとかシャーリーとかはそれなりに……でしょうか。何とな
くそんな感じがするなってこの前もシャーリーと話したんです」
「確かにシャマル先生、ちょっとお元気がないというか考え事をされているようなお顔をしていたから」
「見抜かれちゃったわね……うん、実はちょっと……ね」
「いろいろあると思いますんでわたしはこれ以上はお伺いしませんね。でも、このお休みで吹っ切れるといいですね」
「私もそうしますね。お帰りになったら元気なお顔を見せてくださいね」
「……ええ、ありがとう。マリーさん、シャーリー」
「もしよろしければ少し休んでいらしてくださいな」
「……ええ、そうさせていただくわね。ありがとう」
 マリーさんの言葉に応じて私は軽く目を瞑る。
 マリーさんとシャーリー、鋭いな。でも深く訊かないでくれたのは嬉しいかも。
 訊かれても今の私にはちゃんと答えられるかどうかわからないから。
 そういえば、ティアナが悩んでいたときに解決のきっかけになってくれたのはシャーリーだったし、もしかしたら二人と
も機械好きだけじゃなくて心理学にも詳しいのかも。
 そんなことを考えている私を乗せて車は進んでいく。

To Be Continued





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