I wish……

Chapter 3



Written by 春日野 馨


「クリス、スキャンは?」
「フィリス、敵は十体。うち七体がロボット。残り三体が指揮ロボットにスキャナーとコントローラー。戦力的にはこちらよ
りも相当に厚い」
「了解。敵配置を送って」
「了解。スキャナーとコントローラーは偽装している可能性あり」
「そう。この前それでやられたから」
 スキャナー(索敵担当)のクリスとテレパシーで連絡を取り合う。

 多分偽装しているだろう。当然のこと。
 多勢に無勢であたるときは敵の突出部に対して戦力を集中して各個撃破が基本。
 でも、今回はそんな悠長なことなんていっていられない。戦力差があまりにも大きいから。
 何せ、こちらは威力偵察程度の一個分隊くらいの戦力しかないというのに、あちらは一個小隊並みの戦力だ。ここは
中枢撃破あるのみ。

 クリスのスキャンとカモフラージュを頼りに進攻する。
「十時方向、種別不明のロボット、二」
 クリスからの情報だ。
 こちらを斥候ロボットと思っているのだろう。カモフラージュは上手くいっているよう。
 こちらから視認できるまでの距離に接近する。
 攻撃は先手必勝。こちらが見つけて相手に見つけられなければそれは一番のイニシアティブ。
 相手は二体。一体づつ一撃で確実に倒さないとこちらがやられてしまう。

 遮蔽物の陰に隠れて相手を視認する。ロボットはごく普通の歩兵型。
 特に重火器を持っているわけではないから敵としては比較的楽かも。AIのメモリーに狙いを絞ってトランスポートで攻
撃をかける。

 わたしの攻撃方法は生温いらしい。
『ロボットなんてスクラップになるまで叩き壊してやればいい』というのはケリーとジル。でも、わたしにはその攻撃方法
は向かない。
 動作に必要なAIのメモリーをトランスポートで除去してしまえばロボットなんてただの鉄屑。それで十分。動作さえしな
くなれば戦力ではないのだから。
「……トランスポート……成功……」

 それまで動いていたロボットの一体が音もなく停止して崩れ落ちる。他の一体はそれに気がついていない。
 もう一体にも同じ攻撃をかける。同じように戦闘不能となる。

「対象停止。一時方向、ロボット四、距離一五〇、指揮型と分隊支援型各一に歩兵型二」
 クリスから連絡。新たな敵の出現。でも、早めに中枢を見つけないと……わたしのサイコアタックも無制限ではないか
ら。
「了解。至急スキャナーとコントローラーを探って」
「了解。索敵中」

 この敵はいったん見送ろう。どのみち部隊の中枢であるスキャナーとコントローラーの動きを止めてしまえばあとは烏
合の衆に過ぎないのだから。
 とりあえず、この敵の牽制に斥候ロボットを向ける。やられなければいい。その程度だけしか期待できない。所詮は斥
候ロボットだし。

「発見。三時方向、距離五〇」
 えっ……距離五〇?近い……
 急いで意識をそちらに向ける。
 いた!
 視認するとすぐに攻撃態勢を取る。
 手始めにコントローラーから。相手はロボットではないから対人爆雷をトランスポートする。とはいっても能力に限界が
あるから行動の自由を奪う程度のものだけれど。
 信管は時限式。上手くポケットあたりに放り込んでやって同時に作動させればかなりの動揺を誘うことができるから。

 信管をセットして、トランスポート……
 よし、一個成功。二個目に取り掛かる。
「きゃぁ……」
 クリスの声だ。
「クリス?」
「ごめん、やられちゃった。あと、お願い」
 その声を最後にテレパシーは切れる。
 クリスがやられたということはカモフラージュが無くなって、わたしの姿も筒抜けだということ。
「……トランスポート……」
 急いで爆雷をトランスポートする。上手くいったかどうかは分からない。
 戦果確認なんてあとだ。早く離脱しないとこちらが危ない。

 そのとき、目の前に爆雷が現れた。
 瞬発式だったのだろう、現れたそれは間髪をいれず爆発した。
 目の前に閃光が光り視界がホワイトアウトする。爆発音で耳が機能を失う……
 そして、わたしは意識を失った。


 意識が戻ったわたしの目に入ってきたのは、さまざまなパイプやコードが縦横に走り回る黒塗りの天井だった。薄暗
い室内ではいろいろな色のランプが明滅している。
「……う……ぅ……ん……」
「"エルシー・ロミオ"、気がついた?」
 一人の白衣姿の女性が声をかけてきた。
「ここは……」
「ラボよ。あなたの目の前で対人爆雷が爆発して、それであなたは戦闘不能になったの」
 ……そうだ、戦闘中だったんだ。誰と一緒だったっけ……たしかコントローラーがわたしで、スキャナーはクリスで……
相手はシェリーとサブリナだったはず……でも、爆雷はこんなに威力が強かっただろうか……
「……クリス、クリスはどうしたの?」
 勢い込んだわたしは起き上がろうと左手をついた……はずだった。でも、つけるはずの左手は肩から先がそっくり無く
なっていた。
「……"エルシー・ロミオ"、爆雷が爆発したとき、あなたの腕も一緒に吹き飛ばされたの。でも、今、あなたの体は腕を
再生しようとしてる。あと何日かですっかり元通りになるわ」
 いとも簡単に、さも当然のように白衣の女性は言ってのける。
 ……再生……腕を……再生している……
 その事実に呆然とする間もなく、彼女は続ける。
「あなたの戦闘能力は相当上のほうね。今日も"チャーリー"と"エコー"と戦闘をして見事に打ち破ったんですもの」
「クリスは……クリスは……」
 なおも続けるわたしに彼女は奥のガラス容器を指し示す。
 そこには……胴体の三分の二を吹き飛ばされた肉体が培養液に浸けられている。
「……ク……リ……ス……」
 息を飲むわたし。そんなことはお構いなしという風に彼女は更に続ける。
「"シエラ"と"チャーリー"は残念だけど、多分駄目。シールド展開能力が低すぎる。せめて"ロミオ"、あなたくらいにシ
ールドを展張出来ないと生き残れないわ。まぁ、あと見込みがあるのは"エコー"くらいかしら。新型の爆雷の実験も成
功したし」
 クリスの入ったガラス容器の隣に、顔を半分吹き飛ばされた体が浸けられている。シェリーだ。
 そして、その隣には首から上のない体だけが入ったガラス容器が……
 わたしの周りの世界が廻りだした。不規則に回転軸もぶれながら。
「……いっ……いやああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ」

 そしてブラックアウトが訪れた……


「きゃあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ……・」
 上半身がばねでも入っているかのように跳ね上がる。
「はぁ、はぁ、はぁ……」
 呼吸が荒い。恐る恐る左肩に右手を伸ばす。よかった……ついている。そして、そのまま左手で右肩を抱く。
 ……怖い……怖さで震えが止まらない。奥歯を合わせることも出来ない。あれが現実なのか、今が現実なのか、わた
しにはわからない。

 ……助けて……わたしを助けて……おねがい……わたしを……たすけて……

 わたしはソファーテーブルの上の携帯電話を取り上げる。時間は午前零時をちょっと回ったところ。
 居ても立ってもいられずに恭也くんの携帯の番号を探す。
 無い……なぜ……なぜ無いの?どうして見つからないの?
 
 わたしは焦る。
 恐怖に押しつぶされそうで……わたしがわたしじゃなくなってしまいそうで、怖い……
 携帯電話を持つ手が震えてなかなかうまく操作できない。
 やっとの思いで恭也くんの携帯番号を見つける。発信ボタンを押して……やっと繋がって呼び出しが始まる。

 何回目のコールだっただろう、恭也くんが出てくれる。
「はい、高町です」
「……恭也……くん……」
「先生、どうされたんですか?」
 恭也くんの声を聞いたわたしは思わず泣き出していた。
「先生、何かあったんですか?先生!」
「……恭也くん……怖い……怖いの……わたし、怖い……助けて……」
「先生、今、病院ですよね。すぐ行きます。電話切らないでください。すぐ行きますから」
「……う……ん……助けて……お願い、早く助けて……」
「今出ますから。先生、何でもいいですから話していてください。俺が答えますから、何でもいいですから話していてくだ
さい」
 恭也くんはそう言い続けている。

 電話の向こうでドアを閉める音がする。
「美由希、悪いが病院に行ってくる。今夜の鍛錬は一人でやってくれ」
『?うん、いいけど……恭ちゃん、どうしたの?そんなに慌てて』
「フィリス先生に何かあったみたいなんだ。かーさんたちには病院に行ったことを伝えてくれ」
『うん、わかった。気をつけて』
「頼む」

 車のドアを閉める音がして、エンジンの始動音。
「先生、聞こえますか?今、車を出します。あと十分くらいで着きますから。先生、大丈夫ですか?」
「……うん……恭也くん……」
 車の発進する音がする。
「先生、大丈夫ですから。俺が行きますから。頑張ってください」
「……うん……」
 わたしは流れる涙も拭うことも忘れて電話を耳に押し付けていた。

 どのくらい時間がたったのだろうか?
 物理的にはほんの短い間だったのかもしれない。でも、わたしにはどのくらいだったのか見当がつかない。とてつもな
く長い時間だったような、でも、ほんの一瞬だったような不思議な時間……

 廊下を走る足音がする。そして、医局のドアが開けられる。
「先生!遅くなってすみません。大丈夫ですか?」
 声と共に恭也くんが飛び込んでくる。
 わたしは思わず恭也くんに抱きついてしまった。
「恭也くん……怖かった……わたしじゃなくなっちゃうみたいで怖かった……」
 泣きじゃくりながらわたしは恭也くんに力いっぱいしがみついていた。
 怖かったから。
 ちょっとでも腕の力を緩めたら心がどこかへ飛ばされていってしまいそうだったから。
 また、あの怖い世界へ引き戻されそうだったから……
 恭也くんは何も言わずに、ただ、わたしを抱きしめてくれていた。

 しばらくたって、夜も白み始めた頃、やっとわたしも落ち着くことが出来た。
 恭也くんはわたしをソファーに座らせると肩から自分の上着を掛けてくれた。
 そうして、医局のキャビネットの中からマグカップを出してココアを淹れてくれる。
 お砂糖とミルクをたっぷり入れたココア……
 無言で、でもそっと、わたしの前にカップを差し出してくれる。

 両手でカップを受け取るとゆっくりと口に運ぶ。ココアの甘い香りが鼻腔をくすぐる。
「あたたかい……」
 思わずそんな言葉が出る。
 そんなわたしを見ながら、恭也くんもココアを飲む。
 それからはお互いに無言のまま。でも、言葉にしなくても恭也くんの優しさが伝わる。

 ああ……わたしはわたしでいられたんだ。昔の生体兵器に戻らなくて済んだんだ……
 なぜかそんなことを思っていた。

 お互いのカップが空になった頃、恭也くんが口を開く。
「先生、どうされたんですか?」
「うん……あのね……」

 わたしは昔の、わたしがまだ生体兵器だった頃の夢を見たことを告げる
 恭也くんは黙ってそれを聞いてくれる。
 わたしは、夢であったことを残さずに恭也くんに話す。
 
 クリスと一緒にシェリーやサブリナと戦ったこと……
 ラボでガラス容器に入って培養液浸けになったシェリーとクリスにサブリナを見たこと……
 戦闘でわたしは左腕がなくなってしまい、シェリーは顔が半分なくなってしまっていたこと……
 クリスとサブリナは怪我の程度が酷くて回復が間に合わなくて死んでしまったこと……

 そして、わたしが夢の一部始終を話し終わったとき、恭也くんは静かにこう言った。

「……先生……北海道に行きましょう」


To be continued





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