ある日の出来事



Written by 春日野 馨


「はい、おしまい。お大事にね」
「それでは、失礼します」
「たまには、酷くなる前に来てくださいよね」
「善処します」

 笑って彼が去ったのを確認してから、大きく溜息を一つ。

「……ばか」

 デスクに置いてある男の子のぬいぐるみにぽすんと右手でパンチ。

「……鈍感……わたしがどんな気持ちで診察してるかなんて……」
 もう一度ぽすんとパンチ。今度は左。

「なんで好きになっちゃったのかなぁ」

 デスクからベッドに移って……仰向けに寝転がってぬいぐるみを両手で持ち上げて……しげしげと眺める。
 うん、よくわからない。
 気がついたら好きになってた……そして、彼のことを考えると幸せなわたしがいる。

 彼はぶっきらぼうで恥ずかしがりやさんで、でも正直で……
 わたしはそんな彼が好き。
 だから彼の膝を治したい。

 でも、膝が治ってしまったら、彼と会う時間が短くなる……
 そんなのはいや。


 ずっと一緒にいたい……


 このぬいぐるみだって、彼と少しでも彼と一緒にって思ったから作ってもらった。
 彼が忙しくてなかなか会えないから……

 でも不安……
 わたし、足引っ張ってないかな。
 わたし、邪魔してないかな。
 わたし、迷惑かけてないかな。
 いつもそんなことばかり考えちゃう……

 だけど、彼はそんなわたしの頭に手をおいてにっこり笑ってくれる。
 それだけで日頃の不安が融けていく。
 わたしは幸せ者だとはっきりと自覚する瞬間。

 だいじょうぶよね・・好きでいてもいいよね……
 一緒にいてもいいよね……


 ……大好きよ……恭也くん。



(初出 十六夜の宿)





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