Written by タケ
「それにも増して空高く、速く舞うは、真の愛の思い」
――エドゥアルト・メーリケ:「狩人の歌」より抜粋――
――香港――
それから、幾ばくかの時が過ぎた。
とあるオフィスの一室で、三人の男が談笑している。
「……良かったんですか?」
「……うん?何がだい?」
「彼女は我が警防隊にとって貴重な戦力です。それを事実上手放すとは……大胆な事を」
「……グエン、君の言いたい事は分かるさ。正直な所彼女抜きというのは辛いが、だが今までも似た様なものだったし
ね、違うかい?」
グエン――グエン・ヴァン・タオが苦笑して、
「まぁ……それは否定しませんがね……」
と言葉をつなぐ。
「今頃は誓いの儀式、ですかね、隊長?」
元グルカ兵のクラトゥ・ナグマが話しかける。
「そうだな。ここら辺りで彼女には幸せになってもらわないと、いい加減困るというもんだよ」
隊長――「樺一号」こと陣内啓吾は、ミネラルウォーターの入ったコップを片手に窓辺に寄って、下がったブラインドの
隙間を指で広げると、そこから見渡せる街の風景をおもむろに眺める。
そこからは、いつも変わらない都会の日常のみが見えていた。
まだ、俺達の「戦い」は終わらない。しかし、彼女はもう自分にまで嘘をつく事はない。自分に嘘を刷り込んでまで不器
用な生き方を貫き、「精神の支え」を失いかけてその事を知り、彼女は今ようやく、その"呪縛"から解放されたのだ。
ふと、啓吾の脳裏に浮かんだ言葉がある。
――この世に善など何も無い。人がそれを成すまでは――
ならば、啓吾は思う。
――この世に悪など何も無い。人がそれを成さぬなら――
脈絡も無く浮かんできたドイツのある詩人の警句から、啓吾は思考を弓華に戻してひとりごちた。
……弓華よ、お前さんはようやく「本当に求めたもの」を手に入れたんだ。それを絶対に手放すなよ……。
――海鳴市――
祝福の鐘が高らかに鳴り響く。
弓華は、「夢心地」とはこういう事を言うのだろうか、と思っていた。
ウェディングドレスを身に纏い、左手にブーケ。右手は新郎の左手と固く組まれている。
新郎の横顔をのぞき見ようとして、目が合った。
新郎――火影が弓華の瞳を優しく見つめて、精悍な顔を綻ばせる。それだけなのに、こうも心が歓喜に沸き立つもの
なのだろうか。そう、そうなんだ。私は、やっと求めたものを得たんだ。涙が――夢だと、はかない夢だと思っていた― ―歓喜の涙が、弓華の瞳から一筋こぼれた。
火影が、弓華の涙をそっと拭う。
とこしえの誓いを立て、接吻を交わす。
扉が開かれ、二人は招待した皆からライスシャワーの祝福を浴びる。
「お幸せにぃ〜♪」
「おめでとう〜♪」
「弓華ぁ〜、あたしにブーケ投げてくれるよねぇ?」
「にゃあ、あたしよあたしぃ!」
思わずきょとんとする弓華に、火影がささやく。
「弓華が、幸せを分けてあげるんだ。そのブーケに託して」
「私ガ……幸せを、分けてアげる……」
少しの間ブーケを見つめ、弓華は次に火影を見る。火影が笑顔で頷く。
「はい……はい!火影様♪」
弓華の、その心からの満面の笑顔を、一生忘れる事はない……そう、火影は確信した。
「行っキまぁ〜〜すッ!!」
弓華の左手が振り上げられ――
――幸福のブーケが舞った――
「そして、あなた達の心は喜びで満たされるであろう。その喜びは、誰もあなた達から奪う事は出来ない」
――「ヨハネによる福音書」より第16章 第22節――
〜Lied der Nacht〜 了
いかがでしたでしょうか?
今回の作品が執筆された経緯は、いささか複雑でして。
元々は、とあるチャットで知り合った方が、スタッフをしていたHPを訪れて掲示板に書き込んだ際、SSを書いていると
書いたら当時の管理人(代理)の方から、
「では、できましたら何かひとつ書いていただけませんか?」
と依頼を受けたのが、そもそもの始まりでした。
この時点からメインは弓華と決めていましたが、その時は戦闘無しでのストーリーを考えていまして、一話読み切りの
短編を予定していました。
ところが、書き始めてさほど経たない内に、依頼元のHPが事情により閉鎖してしまいまして、一旦書きかけのまま宙に
浮いてしまったのです。
結局はそのまま放っていたのですが、後にちょっとした経緯から、再び執筆を始める事となりまして。ただ、今度はメイ
ンを弓華とするのは変えないものの、短編ではなく中あるいは長編として、戦闘シーンも加える事としました。
再開するにあたって自分がふと考えたのは、
「警防隊での弓華は、これまで"何の為に戦ってきた"のか?」
という事でした。
この作品は主にDVDの「おまけシナリオ」を参考にしている為、弓華と火影は序章の時点ではまだ結ばれていません。
もっとも、「1」のいづみシナリオのエピローグを見ても、二人が結ばれるまでにはそれなりの時間を要していますが。
では、この場合の弓華がこれまで死線をかいくぐって戦ってきた、その"根底にあるもの"とは一体何だったのでしょう?
今回執筆したものは、それに対する自分なりの"推論"です。
そんな意味では、かつて神咲一灯流を題材として執筆した「"悲島"の記憶」作品群と、同じ線上のものとして書いたつ
もりです。
さて余談ですが、この作品を執筆中に図らずも「9月11日」を迎えました。
実はこの日まで、あまり執筆は進んでいませんでしたが、偶然にもこの日を境として、少しずつストーリーとキャラクター
がかみ合っていきました。
だからどう、という話ではないのですが、自分の中で、
「警防隊」=「弓華」
「御剣流」=「火影」
「弓華」=「火影」
が、ようやく作品中の歯車として動いたのではないか?そんな気がしています。
余談をもうひとつ。
一番最後の「ヨハネによる福音書」の一節は、以前に書いた「復活」にも引用したものですが、これを敢えて当作品でも
引用する事としました。
今度の物語の最後を飾るのに、やはり最もふさわしいのではないか?
そう考えた結果でもあります。
これからの二人の幸せを、心より願って…………。
この辺りで筆を擱く事にしましょう。
いずれ、また。
ではでは。
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