Written by タケ
――はじめに――
この物語は「とらいあんぐるハート3 〜Sweet Songs Forever〜」のヒロイン、神咲那美のシナリオを基にしていま
す。
その為、那美ちゃんシナリオをクリアしてからお読み頂く事をお薦めいたします。
では、つたない物語にどうぞ、お付き合い下さいませ。
「恭也さぁ〜ん♪」
可愛らしい声が呼ぶ。
ふと見ると、まさに「ぱたぱた」といった擬音が似合いそうな走り方で、ひとりの女の子が駆け寄ってくる。
名を呼ばれた男――高町恭也は、それまでの精悍ながら無愛想な表情を、多少綻ばせた。
女の子は、そのまま走り寄って……。
「って、たっ、とっとっととっ…………て、きゃあ!?」
何もない所でいきなりつまづいた。
そして、そのまま倒れ――る直前に、いち早く駆けつけた恭也の胸元にすっぽりと収まる。
「大丈夫ですか、那美さん?」
「あうぅ〜、す、すみませぇ〜ん……えへへ」
恭也の胸元に体当たりして転倒を免れた女の子――神咲那美は、すみませんと言いながらもかなり嬉しそうにしてい
る。
しかも、那美はこういう時だけ条件反射が早いのか、しっかりと恭也の背中に手を回して、まるで人懐っこい子猫のよ
うに恭也の胸に顔をすりつけていた。
まるで「うにゃあ〜ん♪」なんて鳴き声が聞こえてきそうである。
それはいい。
それはいいのだが。
問題がおおいにある。
……何故?
どこに問題が?
……そりゃあ、大有りだろう。
校内の、しかも学食のまん前でこんな光景見せられた日にゃあ、それも昼時に。
今更言うまでもない話だが、昼時の学食という場所は、生徒達がそれこそわんさとやって来る場所である。
いわば、一種の「戦場」とでも言うべき場所のまん前でこんなシーンなんぞやろうものなら、当然周囲の目が集中する
事になるわけで。
色々な感情の交錯が、そのまま二人に突き刺さっていく。
驚き、好奇、羨望、嫉妬、やっかみ、その他……。
それらを通り越して「邪魔だよ、おい! 入れねぇじゃねえか」という視線もちらほらと。
流石に恭也はそれに気付いている。
「……ええと、いつまでもこのまま……というのは、周りに迷惑な上に恥ずかしいものがあるかと……」
「ふぇ?……あ……あぁぁぁぁあ、そ、そうですね」
流石に恭也の口調が、動揺を隠せないものになっているのは仕方がない。
那美もようやく気付いてまっ赤っ赤な表情になり、慌てて恭也から離れる。
とにかく、ふたりは学食に入ってそれぞれ注文したメニューを口にしたわけだが、学食内にいる生徒全員の視線が突
き刺さっている様な気がして(実際そうだった)、折角の昼食だというのに、味どころの話ではなかった。
放課後。
下駄箱で待ち合わせると、恭也と那美は連れ立って校外に出る。
あれから、校内では何かと周囲の視線を気にしがちなふたりではあったが、結局一緒に歩き始めると、あっという間
に「二人の世界」が出来上がってしまう。
「あ、あの、きょ、恭也さん?」
「…………(なでなで)」
「……あ、えへへ♪」
何とはなしに「ほわほわ」とでもいう(やはり)擬音がついてきそうな"オーラ"を放出しながら、ぶらぶらと商店街を歩
く。
少し歩いて路地を入った所、そこに一軒の駄菓子屋があった。
こじんまりとした店先の床に、ぺたりと一匹の子犬が座っている。まるで店番でもしているかのように。
「ああ、可愛い」
那美が子犬に手を差し伸べると、くりくりした目を向けた子犬はくぅ〜ん、と一声上げて那美の手をぺろぺろと舐める。
「おや、いらっしゃい」
奥から店の主が出てきて、笑顔を見せる。年の頃は70歳代であろうか、柔和な顔をしたおばあさんだった。
「タロや、あんまりまとわりついて、お客さんに迷惑かけんようにな」
「タロっていうんですかぁ?可愛い子犬さんですねぇ♪」
那美はタロと呼ばれた子犬を気に入って、頭を優しく撫でている。
「ああ、お兄さんや、そこに長椅子があるから、座るといいよ」
「では、甘えまして」
恭也は、椅子代わりにせんべいと缶のお茶を買って、長椅子に座る。
「このところ、学生さんのお客は珍しいねぇ」
「……そう、なんですか?」
「シャレたお菓子なんかが多いからねぇ、こうしたものには目もくれなくなってるよ、今の若いモンは」
店には、それこそ5円や10円のチョコレートやら、50円、100円程度で買えるお菓子が所狭しと並べられていた。
「う○い棒」や「○だこさん太郎」、水で薄めるとまったく美味しくなくなってしまう粉末ジュース、包装紙の裏に「当たり」と
書いてあればもう一個もらえる、一個10円の風船ガム、そして「よっ○ゃんいか」等など……。
ぱりっ……。
恭也はせんべいをかじって、それら品物の数々に目を向ける。
そういえば、うちでは殆んどこうした駄菓子を食べてなかった様な気がする……。
恭也は、ふと小さい時を思い出してごくごく小さな独り言を漏らしたが、それも頷けよう。何となれば「かーさん」こと、高
町桃子自身が「お菓子の名人」、つまりパティシエだからだ。
「これ、ください♪」
那美が買ったのは、黒糖棒だった。
タロはおばあさんの側に行くと、そこに座って尻尾を振っている。
那美はそれを見つつ恭也の隣に座って、黒糖棒を食べる。
「うぅ〜ん、甘くて美味しいです♪」
時間がゆっくり流れる様とはこういうものなのか、そう恭也は思った。
那美と付き合ってから、自分は何かとあくせくするような事が少なくなっている。心のどこかに、いわば余裕を持つ事
が出来てきたのかもしれない。
満面に笑みをたたえて黒糖棒をほおばる、彼女の横顔を見ている内に、心が"すうっ"と優しくなれる、そんな気がし
て、自然と恭也の表情も柔らかくなっていった。
ぴぃ〜、ひょろろろろろ……。
白い雲の覗く青空を、一羽の鳶が舞う。
しばらく駄菓子に舌鼓を打って――
「あ、恭也さん、そろそろ神社の方に行かないと」
「(コク)……おばあさん、ご馳走様でした」
ふたりは長椅子から立ち上がる。
「はいはい、またおいで」
「あ、そうだ恭也さん、お土産代わりに何か買いませんか?」
「そうですね、買っていきましょう」
「はい♪」
色々と駄菓子の類を買った。二人ともさほどお金を使ったわけではなかったが、結構品物を買った気分になる。
「どうも、ありがとうね」
「では、また」
「じゃあ、タロ? またね♪」
「ワン!」
おばあさんと尻尾を振るタロに見送られて、ふたりは店を出た。
「恭也さん、いい場所を見つけて得した気分ですね♪」
恭也は微笑んで頷くと、
「今度は、なのはと久遠を連れて行ってもいいかもしれませんね、那美さん」
「ああ、いいかもぉ♪……でも、そうしたらタロちゃんも久遠も、最初はお互いビックリするかも」
「……?……ああ、そうかもしれませんね」
脈絡も無く、あのタロと久遠が互いに相手を窺いあう姿を想像して、思わず微笑が浮かぶ。
「でも、久遠もタロちゃんも、すぐに仲良しさんになれますよ♪」
「ふふっ……ですね」
互いの手をつないで、もう片方の手には学生かばんと駄菓子の入った袋。
……夕方前の商店街、それは恋人ふたりの「情景」である……。
「情景」 〜那美〜 了
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