情景 〜誓約〜


Written by タケ



――はじめに――

この物語は「とらいあんぐるハート 〜さざなみ女子寮〜」のヒロイン、槙原愛のシナリオを基に執筆されております。
従って、愛さんシナリオをクリアした上でご覧になる事をおすすめします。

では、つたない物語にどうぞ、しばしお付き合い下さいませ。










 その日の朝も、キッチンにはいい匂いが漂っていた。

 耕介が慣れた動きで、次々と料理をこしらえていく。ただ、見る者が見れば今作っている料理が"いつもとどこか違う"
事に気付くはずだ。そして盛り付ける器にも。
 揚げ物、煮物、そして果物にご飯。全てが"どこか違う"事に。そして盛り付けた器が重箱である事を。
 重箱を積み上げて蓋をし、風呂敷に包む。そして果物の載った深皿もやはり、風呂敷に包み込む。
「愛さぁ〜ん、準備出来ましたよぉ」
 少しして、リビングからゆったりした声が返ってくる。
「はぁ〜い。私も準備、出来ましたよぉ〜」
 耕介が風呂敷包みを両手に持ってリビングに出ると、中に色々と入った手桶を持った、穏やかな雰囲気の美しい女
性が待っていた。さざなみ寮のオーナー、槙原愛その人である。
「じゃあ、愛さん、行きましょうか」
「はい〜♪」
「……あれ? リスティは?」
「あら? おかしいわねぇ。そろそろ来てもいい頃だけど」
 と、いきなり二人の目の前に銀髪の美しい少女がテレポートしてきた。リスティ・槙原、事情があって愛の養子となった
少女である。彼女はHGS(高機能性遺伝子障害)患者であったが、普段はそんな病気のカケラも見えない。ただ、時折
こうして前触れも無くHGS患者特有の"力"を出してくるのが玉に瑕であろうか。
「ごめん、ちょっと寝坊した」
 ちゃんと外行きの服に着替えている分、耕介は大目に見てやる事にした。
「ははっ、まぁ、今度からは気をつけろよ」
 玄関に出たところで、丁度原稿執筆の追い込みで修羅場っていた仁村真雪が、よたよたと階段を下りて来た。
「あ、真雪さん。また徹夜っすか?」
「……そぉの通り……ふあぁ……ま、もうチョイだけどね」
 そこで真雪の視線が耕介の両手に向けられ、彼女は納得したようにうんうんと頷くと愛の方を見て、
「ああ、そう言えばそうだったね。これから行くんだろ?」
「はい、そうですぅ」
 愛は笑顔で真雪に応えた。
「んじゃ、気をつけてな」
「はい〜、行って来まぁす♪」
「行ってくるね」
「じゃ、真雪さん、行って来ます」
「あ〜いよぉ〜」
 外に出た三人は、揃って駐車場に停めてあるミニクーパー(二代目)まで歩く。そこへ、巡回から帰って来た「次郎」と
「ことら」がやってきた。
「おっ、次郎、ことら。ちょっと出かけてくるからな。いない間、留守は頼むぞ?」
「にゃ」
「にゃ〜ん♪」
「それじゃあ、じろちゃん、とらちゃん。ちょっとだけお留守番しててねぇ♪」
「後で遊んだげるからね」
「にゃ」
「にゃ〜あ♪」
 三人は荷物を積み込み、愛の運転で出発した。





……途中で花屋に寄って切り花を買い、目的地にさほど時間をかける事もなく到着した。

 車を降りた三人は、寄り添うかのように並んで歩く。周囲には石碑が――いや、それは墓石である。そう、目的地は
墓地であった。
 耕介と愛、リスティは、とある墓石の前で立ち止まる。

「槙原家代々之墓」

 墓石に刻まれた文字。愛の両親や祖父が、ここに眠っている……。

「それじゃ、始めましょうか」
「はい〜」
「うん」

 愛とリスティが周りの雑草を取り、耕介は手桶に水を汲んでくる。
 耕介が水を汲み終わってふと見ると、愛がリスティに色々話しかけながら作業をしているのが見て取れた。リスティも
 笑顔でそれに応えながら、多少ぎこちない手つきで雑草を取っている。
 雑草を取り終わると、今度は今まで風雨や埃に晒されてきた墓石を、布巾で水拭きする。
「さあ、綺麗にしましょうね〜♪」
「愛さん、リスティ、そっち側もお願い」
「はぁ〜い」
「了解♪」
 三人で墓石を綺麗に拭き、水をかけてやる。
 その後で、耕介は蝋燭と線香に火を点け、愛が花を花差しに差すと、リスティが包みを開いて重箱や果物を供えてい
く。
「耕介さんが、いっぱい美味しいもの作ってくれたんですよぉ♪」
 言いながら、愛は花差しに差した花の見映えを少し気にして、花の組み合わせを変えていた。

 全ての準備が終わり、愛は墓石の前にしゃがみ、耕介とリスティはその後ろに立って、それぞれ手を合わせ黙祷す
る。
 目を開けて、愛は"家族"と会話する。
「今日はね、耕ちゃんと、それからリスティも一緒。リスティは、前に一度連れてきた事があったよね?……今日は、少
し話したい事があってね?」
「…………」
「私、耕ちゃんとリスティと、一緒に歩いて行きたくて。三人で、寮のみんなと一緒に、これからずっと……」
 愛は少しだけ頭を垂れると、再び上げて明るく言葉を紡ぐ。
「だから、私達を、見守ってね?」
 耕介は、そんな愛の肩に優しく手をやって、場所を変わる。愛の両の瞳には、うっすらと涙がにじんでいた。耕介は一
度深く礼をすると、そこにしゃがんで手を合わせる。

「俺、いえ僕はこの度、愛さんと夫婦になります」

 それまでは、遠く離れた肉親。

「もう、指輪も渡してしまってますが……ええと、その……」

 今は、もう掛け替えの無い……家族、恋人……いや。

「槙原耕介は、ここに誓います。絶対に……絶対に、これから愛さんを一人にはしません」

 静かに、耕介は誓った。「さよなら」が嫌いな従姉を、いや、これからを共に歩む伴侶、いやいや……「比翼の鳥」の
分身を悲しませない為に。
 それは、耕介の決意でもあった。

「そして、リスティも一緒に、家族として」

 立ち上がると、耕介は愛とリスティの肩を抱き寄せる。涙に頬を濡らして耕介を見返し、微笑む愛は、耕介にとって本
当の"絶世の美女"に他ならなかった。そして、リスティも涙をにじませて、微笑みながら耕介を見る。





「耕介さん……」
「はい、愛さん」
「耕介……じゃないや。これからは……パパ、でいいのかな?」
「あははは、好きに呼んでくれていいんだぞ、リスティ」





 ……しばらくして。
 墓参を済ませた三人は、墓所の近くのベンチに座って、重箱の中身を少しずつつまんでいた。
 耕介の作ったものは、愛にとっては「全てが美味しく感じる」ものである。どんなに腕のいいシェフが作った料理とて、
耕介の心がこもった料理には、敵うべくも無い。
「このごぼうの煮物も、味がしみていておいしいです〜♪」
「あははは、愛さんにそう言ってもらえると、俺も作った甲斐があったってもんです」
 耕介が水筒から注いだお茶を飲みつつ、笑顔で応える。その笑顔が、私の心を支えている。そう感じてますます愛は
嬉しくなる。
「ああ、いつ食べても耕介の料理って、おいしくて"あったかい"ね♪」
 リスティが笑顔でつぶやく。今は"耕介"で呼び方を通すつもりなようだ。
「ん? あったかい?」
「うん。"カイハツキョク"で食べていた食事は……すごく"冷たかった"んだ……」
 少し思い出したのか、表情を曇らせたリスティだったが、
「でも、今は違う。耕介がいて、愛がいて、寮のみんながいて……ボクは今、本当に生きてて良かった……そう思ってる
んだ。だって、今生きてなきゃ、こんなに"あったかい食事"なんて絶対できなかったもんね」
 すぐに笑顔に戻ると、重箱の中の食べ物を瞳を輝かせて物色する。その様子を微笑ましく見ていた愛が、ふと思い出
したかのように耕介に話しかけた。
「あ、そうだ。耕介さん?」
「ん? 何です、愛さん?」
「今すぐじゃなくていいですけどぉ、耕介さん、今いるお部屋空けてくれますか?」
「……はい?」
「あ……そのぉ……これからは、ふ、夫婦になるわけですし……その……」
 そこまで言って顔を赤らめた愛を見て、耕介はその言外の意味(というのも語弊があるが)を悟った。
「あ、ああ、は、はい、も、もういつでも開けますとも!」
 真っ赤になってしどろもどろに応える。
「あ、じゃあ、耕介の部屋はボクがもらおうかな♪」

 リスティも加わって、笑い声は絶えない。





 空は三人を祝福するかの如く晴れ渡り、風はそよそよと流れる。





 ……それは、将来を誓い合った"家族"の「情景」である……。











情景 〜誓約〜 了







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