Written by タケ
――はじめに――
この物語は、「とらいあんぐるハート」のヒロイン、鷹城唯子のシナリオを基に執筆されています。
従って、唯子シナリオをクリアしてからお読み頂けると幸いです。
それでは、つたない物語にしばし、お付き合いくださいませ。
「あけまして、おめでとうございます」
新しい年。
元旦の朝を、相川真一郎は海鳴で迎えた。
これまでと同じ、いや、同じ様でいて少し違う元旦。
「おぉ〜はよぉ〜、しんいちろ……ふああぁぁ」
「こらこら、新年早々大あくびかましてんじゃないよ、唯子」
ベッドからのろのろと身を起こして、鷹城唯子が寝ぼけ眼をこする。
まだ意識が朦朧としているらしく、片手で布団を抱き寄せたままであった。
「ほへ? しんいちろが布団に……」
「なってない! ほれ唯子、目を覚ませぇ〜」
「ふにゃ?……はやぁ〜、こっちにいたかぁ、しんいちろ」
ようやく真一郎の姿を認める唯子。しかし彼女の目は未だに半分閉じたままだ。
そして真一郎の姿を認めるや否や、唯子はいきなり彼の片腕を掴み、そのまま力任せにぐいっと抱き寄せる。
「しぃ〜んいぃ〜ちろぉ〜♪」
「って、おわっ!? ちょ、ちょっ、ゆ、唯子、まっ……」
抱き寄せるが早いか、唯子はあっという間に真一郎を組み敷いてしまった。
「んん、まぁだ朝早いにゃあ……もう少しぃ〜」
と、組み敷いているのをいい事に、寝言混じりに身体をぐりぐりと押し付ける唯子。
真一郎の身体が思わず反応しかけるが、今はそういうわけにはいかなかった。
「ええい、起きんか唯子、みんなと初詣に行くんじゃなかったのかぁ!?」
叫ぶなり、どうにか自由を確保した両の拳を唯子のこめかみに押し当て、「ぐりぐりの刑」を執行する。
「はぁ〜にゃにゃ、い、痛いいたいイタイ……!!」
耐えかねて、唯子が真一郎から飛び離れる。ようやく自由を回復して身を起こした真一郎は、
「ほれ、目が覚めたんなら早く着替えようよ。今日はみんなと初詣に行く約束だろ?」
「あ……そだった」
「お雑煮を作ってあるから、着替えて顔洗ったら、一緒に食べよう」
「うん! じゃ、待っててねぇ……おっ雑煮、おっ雑煮ぃ〜♪」
"にぱっ"と満面に笑みを浮かべると、急いで着替えを済ませ洗面所に小走りする唯子。先程までの痛みは、お雑煮
の一言でどこか「明後日の方向」にでも旅立ってしまったらしい。
新年早々、ため息混じりの苦笑を漏らす真一郎だった。
この辺りで少々、状況を説明しておく必要があるだろう。
真一郎も唯子も、年越しを小鳥の家で過ごしていた。いづみや大輔、ななか、さくらといった友人達も集まり、小鳥の
父親も交えてそれは賑やかなものであった。皆の「お姉ちゃん」と言ってもいいであろう千堂瞳は、生憎熊本に帰省して いたが、除夜の鐘が鳴る前に電話で連絡を取っていた。
新年の挨拶が終わり、友人達はそれぞれ帰路についたわけだが、唯子は前もって親に承諾を得ていたらしく、さも当
たり前のように真一郎にくっ付いて行き、そのまま朝を迎えたのである。
お雑煮をテーブルに上げる真一郎は、普段と変わりなく見える。だが、よくよく見ると、両の目の下にごくうっすらと「く
ま」らしきもの……いや、ごくうっすらとクマが出来ていた。
夜中に何があったのか……それは"推して知るべし"であろう。
お雑煮のほのかないい匂いが、唯子の鼻をくすぐっていく。
雑煮は、どちらかと言うと「お吸い物」に近い感じであろうか、透明なお出汁の中にお餅と、かまぼこやたけのこなどの
具が入っている。
あとは、小鳥の家からのおすそ分けで貰ってきたおせちを並べ、軽い朝食にする。
「いただきます」
「いただきまぁす♪」
早速、唯子はお雑煮の出汁をすする。
「うぅ〜ん、おいちいにゃあ〜♪」
真一郎も一口すすって、満足げな表情になった。
お雑煮だけでなくおせち料理の中にも、真一郎の作ったものが当然入っている。
(やっぱり、しんいちろの作るものは、みんな美味しいにゃあ……)
お雑煮の餅を口にくわえたままで、唯子はふと真一郎を見やる。
(これからもずっと、"しんいちろごはん"を食べられるなんて……うぅ〜ん、これ以上の幸せってないよねぇ〜♪)
気付かぬ内に唯子の表情が、傍目にはだらしなく緩み始める。当人としては幸福感一杯の表情なのだが、やはり餅
を"びろ〜ん"と口からのばしたままで、ふにゃりと笑いながらほけぇ〜っ、とした表情をしているのは、如何にも間が抜 けている様に見えてしまう。
流石に、真一郎も気付いて怪訝な表情になった。
「ん? どした、唯子?」
(ほけぇ〜っ……)
まだ唯子は"戻って"来ない。
「唯子、唯子ぉ〜?」
真一郎、今度はお椀を一度置き、唯子の眼前に手の平を近付けて上下に振ってみる。
まるで、どこぞのサラ金企業のCMの様だ。それでも唯子はまだ上の空。
「こんの……いい加減戻ってこんか!」
遂に、真一郎の"デコパチ"が唯子の額を強襲する。
バチッ!!
「ふぎゃん!!」
「"帰って"きたか……何をぼけっとしてたんだ、唯子?」
「あぃたたたた……そそ、そんな事ないない」
「……ならいいけどさ、早く食べないと、お雑煮は冷めたら美味しくなくなるし、それに約束もあるんだからさ」
「にははは、ごめんなちゃい♪」
食事が済むと、二人は手早く後片付けをして、軽く身だしなみを整えると外に出て行った。当然、腕を組んで。
真一郎の腕に絡めた唯子の両腕。その左手の薬指には、真一郎の"心"が銀の光をささやかに放っている。
「あ、真くん、唯子、こっちだよ」
「やっぱ、唯子と相川が一番最後だったな」
「あははッ、そデすね」
「御剣先輩、時間には間に合ってるんですし、いいじゃないですか」
「新年早々、仲のいいこった」
「大輔さん、茶化さなくても……」
「やっほ〜、みんなぁ〜♪」
「ごめん、待ったかな?」
……友人達と落ち合い、神社にお参りする。
さて、唯子の新年の願い事はというと……。
護身道の腕が上がりますように、であろうか、みんなと仲良くいられますように、か、はたまた真一郎の作る食事を腹
一杯食べられるように、なのだろうか?
(今年もぉ……しんいちろう"を"目一杯"食べられます"様に……ぱん、ぱん♪)
……唯子の隣で、真一郎が小さくくしゃみをした。
……今年はどんな年になるのだろうか。そんな二人の、それは"情景"である……。
情景 〜元旦〜 了
いかがでしたでしょうか?
今更元旦のネタ、というのも何ですが(笑)。
元々これを書き始めたのは去年末。遅くとも正月三が日が終わるまでには……と思っていたのが、結局今まで完成を
見る事がなかったわけです。
この元旦ネタ、誰をメインに据えるかで多少考えたのですが、「ルーツとなる作品のメインヒロインにしよう」という事で
唯子を登場させました。
やはり自分としては、どこかで必ず唯子の登場するネタを書かないと、「とらハ」のSS書きとしては"片手落ち"なので
はないか、と考えておりまして、ようやくそれが叶った事になります。
さて、この作品は「唯子らしさ」を出せたでしょうか?
それを決める資格は、この作品を読んだ方々のみにあります。
ではこの辺りで、筆を擱きたいと思います。
ではでは。
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